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グレースの隠し事

ケニアが去ると、アレクサンダーはグレースに向き直った。


「部屋に戻るぞ。いろいろ聞きたいことがある」


「はい」


グレースの声は消沈していた。


何を企んでる。

お前はいったい誰だ?


そのまま無言で部屋に戻るとパタンと扉を閉めグレースに言う。


「見聞殺しの術をかけろ。お前に聞きたいことがある」


「わかりました。はい。かけたわ。どうぞ」


「今の男は誰だ?」


「サミュエル・クレーバーよ。クレーバー子爵の次男坊」


隠しても仕方ないと思ったのか少し投げやりな言い方だ。


「クレーバー?知らないな。あまり中央と近い家ではないのか?」


「かもしれないわ。領地も小さいし名産物もないからギリギリの暮らしだと思う。あの男の取り柄は顔くらいかしら」


「どうしてそんな男を知ってる?」


いけないと思うが、どうしても口調が荒々しくなる。


「以前に…会ったことがあったのよ。わたしが13歳の時に、あまりに咳が止まらなくて、毎夜ぜーぜーいうので、医者の薦めで西部の空気のいい山の上に滞在したことがあったの。空気が良かったおかげで体調はだんだんよくなってきたのだけれど、少し油断をして外に出ていた時に湖に足をすべらせて落ちてしまったみたい。その時あの男が助けてくれたらしいわ」


もしかしてそれが好きな男というわけか?

しかし、らしいとはどういう…


「お前は記憶をなくしていたはずだろ?なぜそんなことがわかる?」


「日記を読んだのよ」


「日記?」


「グレースは昔から日記を事細かに残していたみたい。偶然見つけたの。魔術で引き出しに鍵をかけていたからなかなかわからなかった。けれどこの間開けることができてね。それを読んだからわかったの。だからあの男にお礼を言おうとしてただけで…」


「そうは見えなかったぞ。お前はあの男に婚約者が死んだと言っていた。なんでそんなことまで知ってる?どこで調べた?中央にほぼコネの無い男だぞ」


畳みかけるように言ってしまう。

そうだ。こんなに気になるのはグレースは俺の婚約者だからだ。

気にしないわけにはいかないんだ。


「……」


無言だ。


なぜだ?


かなり長い沈黙があった。


そしてグレースは小さな声でつぶやいた。


「言えないわ。ごめんなさい」


イラっとする。


「なんでだ?なぜ言えない!」


思わず声が大きくなる。


クソっ!!



イライラして、ソファにどさりと腰を下ろした。


うつむいたままのグレースが立ったままビクッと肩を震わせた。


「なぜなんだよ」


クシャクシャと自分の頭を掻きむしった。


「仮面夫婦だからか?」


仮面夫婦。

その響きがこの時ほど恨めしかったことはない。


「……」


それでもグレースは無言だった。


「いい。もう屋敷に帰れ。ケニアに馬車まで送らせる」


「は…い…」


イライラしてグレースがうつむいたまま出て行ったあと、思わずとなりにあったクッションを壁に向かって投げつけた。


「くそっ!!」


こんなにイライラして、侍女がいてもムカついて感情を抑えられないのは…ほんとに小さい子供の時以来だ。


侍女は驚いたように静かに粛々と仕事をこなしている。


あり得ない。

俺がこんなに感情を抑えられないなんて。


なんでだ!

なんで言わない?


お前は何を隠してる。


お前はグレースじゃないだろう?

誰だ?




イライラ、悶々としつつ、それでもあの男が気になってアレクサンダーは部屋を出て地下牢へ下りていった。


絶対何を隠しているか暴いてやるからな。グレース。


このままでは終わらない。

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