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すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第一章 クランコンテスト編
9/54

第一章(8) 引かれ者

◆Unknown◆


 深夜二時。

 ローズベル学園第三図書室・厳重保管書庫ストリクトセーフキーピングアーカイブ

 通称、《埃高き書架》。

 マジで埃くせぇ。

 一冊の書を手に取った。

 まるでそう、『引き寄せられる』ように。初めからそれが目的だったかのように。

 真っ黒な本には表題はない。だがこれが何かわかっていた。知識ではない。直感だ。もっと言えば、何かに囁かれた。

 それを懐に忍ばせる。

 もう用はない。

 本来、この場所は先生の許可証がなければ入ることは出来ない。許可が下りたとしても先生の監視の元でしか閲覧は出来ない。というか、許可なんてほぼ下りない。

 正直に言えば、侵入している。

 バレたら最悪、退学処分に科せられるだろう。良くて謹慎処分か。なんにせよ、今の立ち位置さえ失うことになるだろう。

 ――構うものか。

 全てを取り戻せば何も問題はない。図書室をあとにし、廊下を早足で歩きながら、彼は自室を目指した。

 一人部屋である自室に駆け込むようにして入る。服を着替えるのも後回しにして机に向かう。懐から本を取り出した。

 表紙を捲り、取り憑かれたようにページを捲ってゆく。書いている文字が自然に頭に入ってきた。やはり、僕は天才だ。

 妄執するように、舐め回すように文字を見つめる。

「これは……」

 そして見つけた。

「ク……フ、フフフ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 これだ。

 これがあれば。

「これで……これで僕は……」

 見ていろ。

 すぐに僕は貴様を越えるぞ。

 彼は口元を歪ませた。



◆Firo◆


 クランには色んな特典がある。

 たとえば、依頼において報酬が少々優遇されたり、獲得ポイントを何パーセントか上乗せしてもらったりと何かと生徒にはありがたい特典が盛りだくさんだ。

 というのもクラン結成を推奨する学園側の意向が汲み取れるが、別に悪いことじゃない。いいことだ。ぜひこれからも続けて下さい。

 その中で、クラン用の部屋を与えてもらえるという特典がある。クランクC以上のクランに割り当てられる。部室スタジオと呼ばれており、それらを集合させた部室棟(スタジオリッジ)がある。わりとでかい。ちなみにクランクC以下のクランってあんまりないから、ぶっちゃけ結成すれば貰える。

 《カタハネ》のクランク的にも条件を満たしている。そのためフィーロたちには部室を与えられているのだが、場所が悪かった。というか最近越してきた隣人ならぬ隣クランが問題だった。

「ガンガンガンガン煩いですのよっ!」

「アンタはキーキー煩いけどね?」

「なぁんですって!? そもそも、あなたが壁をガンガン蹴るから悪いのですわ!」

「ガンガンなんて蹴ってないわ。バンバンよ」

「大して違いませんわっ!」

 う……うるせぇ。

 金切り声っつーか超音波? むしろ怪音波? なんにせよ頭が痛くなる音である。

 シェリカとベアトリーチェの言い争いが周りに及ぼす被害は尋常じゃない。精神的にくる。割れそうだ。頭が。パーンて。破裂しそう。いや風船じゃないんだから。なんでもいいけど。つか誰かあれ止めてくれないかな。お願いだから。

 不運なことに、今まで空きだった《カタハネ》が使う部室の隣はベアトリーチェが急造したクラン《アンセムスター》のものになった。不運だ。

 この二人、いつも仲が悪い。いやシェリカと仲の良い女の子とかモランくらいだし、仲悪いのは今に始まったことじゃないんだが。

 どちらかといえばベアトリーチェがシェリカに突っ掛かる感じではある。学部も学科もクラスまで違うっていうのにどうもこう折り合いが悪いのか。なんにせよ張り合いばかりしている。多分、ベアトリーチェがシェリカに突っ掛かる理由としては、彼女がガナッシュの非公式ファンクラブ《SW3G》に属しているからだろう。

 正式名称はガナッシュ様の優美なお姿をそっと見守る会、とかなんとか。よくわからんが、あれをそっと見守って得も徳もあるようには思えない。

 ベアトリーチェはガナッシュのファンだというのは日々の態度でありありとわかる。ガナッシュはどうか知らんけど。《カタハネ》の結成時も今でこそ沈静化したのだが、発足当初はヤバかった。ガナッシュに群がる女子の加盟希望者が上級生を含めて三桁代を越えかけた。どうなってんのマジで。そこにシェリカが入ったのだ。すんなりと。学部主席の有名人なだけに波紋も大きかった。巻き込まれる俺には迷惑でしかないし、ベアトリーチェとしても面白くないだろう。

 それからというもの、遭遇するたびに喧嘩する。口喧嘩くらいならまぁ構わないかなと思っていた時もあったが、とんでもない。彼女らの怪音波は人の鼓膜を破壊する。危険だ。

「あなたのようながさつな女がガナッシュ様の隣にいるだけで許せませんわ!」

「はあ? あたしだってあんなんの隣にいたくないわよ。てかなんで変態が出てくんのよ。馬鹿なの? 死ぬの?」

「馬鹿ですって!? そもそもガナッシュ様をあんなん? 変態? 失礼極まりないてすわ……!」

 変態争って喧嘩するなら構わないけど外でやってくんない。なんで広くもない部室で騒がれないといけないの。大丈夫かこれ。風紀委員(モラルキーパー)とか飛んで来ないだろうな?

「ガナッシュ、こいつら何とかしてくれよ……」

 お前が原因なんだから。

「――ああ、なんて美しいんだ。可愛いイリア。ボクのイリア。愛しいイリア。これほどまでにボクを焦がれさす存在は全世界を探そうともキミだけだ……! 際限の最果てからでもボクはキミを迎えに行くことを誓うよ。そう、ここに秘めた究極の愛とともに……!」

 身悶えしていた。

 駄目だ。

 コイツはもう駄目だ。手遅れだ。

 重度の変態シスコン野郎はすでに周りの騒音も介しないほどにトランス状態となっていた。頭湧いてるんじゃねぇの。そこはかとなく気持ち悪い。つーかキモい。

「あ、あの、フィーロ君、お茶煎れましたっ……!」

 ユーリが湯呑みをフィーロの前に置いた。綺麗な茶髪を後ろでまとめ、なぜかグランチェのコスチュームで身を固めていた。何か悪いものに影響されたのだろうか。

「ああうん……ありがと」

「く、苦節一時間……! やっと届けることが出来ました、わたしっ!」

「そうだね頑張ったね」

 でもこの状況でお茶っておかしくねぇ、と水を指すこともあるまい。なんせさっきからお茶を淹れては零してを繰り返していた。なんか見るに忍びなくて、もう見ないことにした。

 ちら、と床を見たらびっちょびちょだった。誰が掃除するんだろう。俺は知らんぞ。とりあえずありがたく湯呑みを手に取ろうとした。そして消えた。

「……え」

 いつの間にか、モニカがフィーロの前にあったと思われる湯呑みを口にしていた。恐るべき早さで掠め取ったようだ。「ああ……これがユーリの淹れたお茶……」と恍惚とした表情で飲んでいる。気持ち悪いというか、薄ら寒い。鳥肌立ってきた。

 何これ。ほんとなんなの。

 いろんな愛の形もここまで混沌としてると大変だよ。大変な変態だよ。

「耐えらんねぇ……」

 こんな魔の巣窟に留まるから悪いのだ。外に出てしまえば問題ない。召集をかけられてこの仕打ち。全然笑えない。むしろ泣けてきた。泣いていいかな。

 フィーロは座席を立ち上がり、外に出た。みんな、各々の世界に没頭していたため、見向きもしなかった。

 ただ、クロアとだけは目が合った。「………」彼女は何も言わなかった。なんか不気味だった。

「あ、フィーロ君」

 部室を出ると、長い廊下の先に二人の少女がいた。各階にある小さなラウンジ。そこに、犬っぽい耳をピコピコと動かす少女と、十歳かそこらに見えるロリ少女だ。犬耳少女ことモランがこちらに気付いた。毎度耳がピコピコとするのが可愛い。癒やされた。

「モランと、確かロリエだったか?」

「そー。ロリエはロリエだよー。こんにちは〜」

「フィーロ君も逃げてきたの?」

「ご明察っつーかうるせぇもんな。このまったり具合、モランたちは早々に離脱してたわけか」

「うん。付き合ってらんないしね」

 お、おおう。温厚なモランにして攻撃的な発言。

 今のは聞かなかったことにしよう。

「しっかし……なぁんで喧嘩ばっかりするかなぁ」

「喧嘩するほど仲がいいんだよ。きっと」にこりと笑うモランは天使だ。

「なら周りに迷惑にならない場所でやれよな……」とフィーロは力のない笑いを漏らした。

「リーちゃんはガナッシュ君のファンだしね。仕方ないんだよ。から回ってる感はあるけど」

 ああうん、そこは否定はしない。

「ガナッシュ君、かっこいいもんね〜」

「シスコンだけどな……」

 奴の妹のイリアとやらがどんな娘なのか、フィーロは知らない。色んな意味で怖いので、奴が肌身離さず持っているロケットを覗いたことはない。ただ、あのガナッシュの妹だからさぞや美少女だろう。それでも狂喜乱舞するほどなのか。兄が。肉親が。自分に当てはめて想像してみた。シェリカの写真を舐め回すように愛でる俺。キショい。ヤバい。湧いてる。嫌悪しかない。つーかあり得ない。

「どうかしたの?」

「ん? なんで」

「すっごいしかめっ面」

 嫌な想像をしたせいか、顔に出ていたらしい。フィーロは顔をうにうにと揉んだ。少しだけ頬が赤くなる。

「なんでもないさ。気にするな」

「ねぇねぇ、そういえばさ〜」

 いきなりロリエが切り出した。つーか近い。目がでかい。フィーロは思わず身体を引いた。何。なんだ?

「フィーロ君は彼女さんとかいるの?」

「は? 彼女? いやいないけど」

 言って、死にたくなった。

「ホントに〜?」

「いないって」

「そうなんだ〜。ふぅん。へー。じゃあさじゃあさ、好きな人とかは〜? ロリエ気になるなぁ〜」

 しつこいな……。やめて何コレなんで初絡みの女の子からこんな公開処刑みたいなことされてんの。

「い、いないけど」

「えーホントにー?」

「ホント」つーかマジうっぜ!

「ロリエ。あんまり質問攻めしちゃダメだよ」

「だって〜」

「だってじゃないよ。ダメなものはダメなの。フィーロ君にも、その、迷惑でしょ?」

「う〜〜〜」

 むくれっ面をするロリエ。一部(勿論、男子)にはこういうキャラも需要があるらしい。フィーロには到底理解できない。が、今回ばかりは少し同意せざる得ない。モランとロリエのやり取りは姉妹のそれにも見えた。コンビとしちゃいいのかもな。見ていて目の保養くらいにはなる。そういう点でな。

 しばらくしすると、二人は何やら言い合いを始めた。いやいや……ここもかよ。そう思い、自然と溜め息が零れ落ちる。とはいえあっちよかマシか。言い争いというより、まぁ、戯れ合いみたいなものだろう。なんにしても、居づらい雰囲気だ。

 フィーロは二人を一瞥して、その場を離れた。


◆◆†◆◆


 部室の基本用途はミーティングなどだ。毎日集まるクランもあるが、《カタハネ》のメンツがそんな殊勝なはずがない。今回フィーロたちが部室に集まったのは、ガナッシュに召集されたからだ。おそらく、二日後に迫ったクランコンテストについての話だろう。わかってるから行きたくなかったけど、ガナッシュに引きずられるハメになった。

 しかし、約一名がいつまで経っても来ない。待たせるのは好きだが、待たされるのが好きではないという、素敵な性格をしている我が姉シェリカは苛々を壁にぶつけた。それが隣の部室に響き、向こうを怒らせた。で、相手が不幸にもベアトリーチェだったわけだ。

 ガナッシュは時間の有効活用とかいってトリップしてしまい、喧嘩も収拾つかなくなった。いやお前が原因なんだって。有効活用じゃねぇよ。無効だよ。とはいえ、ユーリはあの通りお脳が少々残念な女の子だから、全く状況など理解していないし、モニカに救援などはなから頼めるはずもない。

 結果としてフィーロは部室棟を離れ、現在は錬金術士学科アルケミスト実験室ラボのある学園の南東区の石詰めされた道を歩いていた。点在する実験室ならたまに強烈な爆発音がする以外は静かな場所だ。少なくとも、あっちよりはゆっくりできるだろう。

「つーか、あの変態野朗はどこをほっつき回ってるんだか……」

 考えてみれば元凶はシスコンの変態だが、発端は両刀の変態だ。あれ、両方変態だ。どうしよう。どうもしない。手遅れだし。つーかそもそも、あれが早く来ていればこのような悲劇は起こらなかったはずだ。

 まぁ、奴はあとでぶっ飛ばすとしよう。

 なんてことを考えていると、ドン、と誰かとぶつかった。転けたりはしなかったが、少しよろめいた。踏み留まって、ぶつかった相手を見る。まったく。誰だ? ……マジで誰だ。黒いフードを目深に被った人だった。体格は華奢とまではいかないが、細い。それでも女性的ではない。多分男だろう。

「……てて。わ、悪い」

「ちっ……」

 黒フードの彼(?)は舌打ちをして走り去っていった。なんなんだ。気分悪いな。

 すぐに角を曲がってしまい、姿が見えなくなった。急いでるのか知らんけど、人としてのマナーくらい守れってんだ。

 腹立たしさを紛らわせるように小石を蹴った。勢いが余って、一直線に飛び上がる。ごつん。「あだっ!」人に当たった。

「わ、悪い。大丈夫か?」

 急いで駆け寄る。これじゃ黒フードのことどやかく言えないな。そう思った、

 ――のだが。

「いっでー……」

「……なんか……心配して損したな」

「なんでだよ!」額を少し腫らしながら、ツッコミを入れてきた。「石ぶつけておいてそりゃないだろっ! 絶対腫れたぞコレ!」

「ああ、腫れてるな。滅茶苦茶かっこいいぜ」親指を立てる。

「え、マジ!?」

「マジマジ」

「じゃあオレってばモテモテ!? モテモテかな!?」

「そりゃないな」

 よくてマスコットだお前は。

「意味がねぇ―――っ!」

 頭を抱える。リアクションの大きい奴だな。見ててかなり笑える。バカっぽくて。バカは愛すべきものだってつくづく思うわ。

 変態だけはごめんたが。

 そんなこんなで数分後、石をぶつけられたおバカさんはようやく平常心を取り戻したか、のた打つのをやめた。息切れをしていた。いやホントバカ。

「ぜぇ……に、にしても、久しぶりじゃんフィーロ」

「そうか? 考査の時いたじゃん」

「いやこうやって喋るのが」

「あーそういやそうか。お前クラス違うしな」

「つかぬことを聞くとさ、もしかしてオレのこと忘れてた? 忘れちゃってた?」

「若干」いやだいぶと。

「ぬお―――――――――――――――――っ」

 頭を再び抱えて頭をブンブン振り始めるが、いい加減うるさいし鬱陶しい。フィーロは頭をぶん殴った。「あだっ」おとなしくなった。涙目かつ上目遣いでうーと唸りながら見てくる。お世辞にも愛らしいとは言えない。あざとい感じがするから。

 本人はそういうつもりはないのかもしれない。そういう計算とかたぶん得意じゃないし。まぁ、おバカとして愛されてる面があるのでこれはこれで幸せなんじゃないかな。

「で、ルツは何してんだ?」

「ん? あー錬金術士の友達のお使い」

「パシリか」

「お使いだってば!」

 耳がピンと立って、全身の毛が逆立っていた。とりあえずもふもふしてやる。「くぅーん」……犬だな。

 ルツはモランの幼なじみで、獣人だ。性格は、真面目なモランと正反対、というかおバカ。もうおバカと書いてルツと読んでもいい。それくらいのおバカだ。

 近戦学部の戦士学科ウォーリアで、盾持ち片手剣と手斧ハンドアックスを使うオーソドックスなタイプの戦士だ。レベルⅠで、フィーロと同じような立ち位置にいるが、やはりマスコット適扱いをされているためか、不思議と友人は多い。

 こいつがこういう性格でもあって、しかもレベルが同じなためかよくよく話しかけてくる。そうしているうちになんか縁が出来た。たまにこうやって弄って遊んでいる。

「あ、そうそう」

 突然、何かを思い出したように、ルツが切り出した。

「聞いたぜ? お前クランコンテスト出るんだろ?」

「ああ、まあな。どこで聞いたんだ、そんなもん」

「女子が噂してた。ガナッシュが出るから」

「なるほど……」

 そういえばガナッシュの情報とかって売れるのかな。パンツ履くときは絶対に右足からとか誰かに売ればなんか結構な値段つきそう。

「頑張れよー。オレ応援してんだからさ」

「しなくていいけどな……」

 ぶっちゃけ出たくねーし。

「お前、ガナッシュばっかモテて悔しくねーのかよ! オレだってガナッシュくらい強けりゃシェリカさんに……ぐお―――っ」

「悶えてんじゃねーよ気持ち悪い。つーかお前まだ夢から覚めてないの?」

「夢じゃねえ! オレは本気なんだよ!」

「……あっそ」

 ルツはシェリカが好きらしい。物好きな。まあ、見てくれは悪くないみたいだしな。入学一週間後に行われた男子のみの秘密投票『第一回目美少女ランキング』のアンケートで、シェリカは一年生の中で五指に入ることが判明した。もちろんフィーロは違う女の子に投じた。え? モランだけど? 俺の癒やしだ。文句あるか。

 まぁ、誰に投じたかはともかく、その旨をぽろっと口走った日には、フィーロはシェリカに四十八のサブミッション技を食らわされた。血塗られた悲しい思い出だ。どこにあんな戦闘力隠してたんだろうね。怖いよ。

 それはさて置いても、ルツはシェリカの何がそんなにいいのか。あれだぞ? あのシェリカだぞ? 気に食わないことがあれば力技でねじ伏せる女だぞ? 暴力の体現みたいな女の何がいいんだろうか。気でも狂ったんじゃないの?

「まあ、人それぞれだしな……」

「ん? なんか言った?」

「いや。まあ、なんだ。頑張れ」

「おう!」

 ガッツポーズするルツ。これを義兄さんとは呼びたくねぇな。というかモランが可哀相だと思った。なんとなく、だが。

 溜め息が漏れた。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

「………」

 違う。これは俺の溜め息じゃない。

 尻に嫌な感触がした。

 撫で回してきた。頬摺りまでし始めた。太股をまさぐり始めた。鳥肌が立ってきた。おぇっ。

「やっぱええわ〜。こう固さがなぁ。ええわ〜。ベストやわ〜。まあ、個人的にはもうちょい柔らかさが欲しくもあるんやけど……」

「………」

 プチン。

 頭の大事な線が切れたような感覚がした。右足を後ろに勢い良く上げる。ごす、とどこかに当たった。どこでもいい。「べふっ」と対象が呻いた。そのまま左を軸に回転させ、右足を横薙ぎに蹴り飛ばした。「ぎゅふぇっ」顔面を捉えた。吹っ飛ぶ。追撃を掛けた。横臥状態の対象の腹を踏む。「ぐえっ」くぐもった呻き声。手が痛むが、そんなものは無視だ。次にマウントポジションをとった。そして殴った。タコ殴りにした。

「ちょっ……ごめっ……謝ります! ホンマ謝るから許して……ぎゃあああああああああああああああああああああああっ……!」

 対象の沈黙を確認し、誓いを果たしたことへの証として、勝利の拳を天高く突き上げた。


◆◆†◆◆


 沈黙した変態野朗の首根っこを掴んで引きずりながら、フィーロは部室棟に戻ることにした。さすがにもう沈静化しているだろう。

 部室は静寂に包まれていた。

「ん……? フィーロ、お前どこに行っていたんだ。勝手に出ていくな」

 入室するなり、ガナッシュは開口一番そんなことを言いやがった。イラッとした。お前がトリップしてたから俺は出ていったんだよ。人のせいにすんなって両親から習わなかったのか。フィーロは不機嫌な顔をした。

「まぁ、戻って来たから問題ないが。ん? その後ろのはなんだ?」

「不燃ゴミだ」

「そうか」

 この病気はたぶん燃やしても治らないだろう。

「フィーロっ! どこに行ってたのよっ!」

 シェリカが飛びつかんばかりにこちらに駆け寄ってきた。いや、お前から避難してただけです。

 ふくれっ面で見上げてくるので、とりあえず頭をぽんぽんと軽く叩いてやった。驚いた表情をしつつも、シェリカはこそばゆそうに首を竦めた。

「避難してたんだよ。騒がしかったから」

「一言言ってくれないと、急にいなくなったら……不安になるじゃない……」

「悪かった。怒るなよ」

「別に……怒ってないけどさ……」

 シェリカにしては、最後のほうが聞き取りづらいくらいの、ぼそぼそとした喋り方だった。なんだろうか。腹が減ってきたか?

「そうだ。お菓子買ってきた。食べるか?」

「……食べる」

 飛びついてくるかと思ったが、そんなことはなかった。なんだ、腹が減ってるんじゃないのか?

 フィーロは帰る途中に購買部で買ってきたお菓子の袋をシェリカに渡した。

「そんで、ガナッシュ。召集かけたのはお前だろーが。変態不燃ゴミ、ちゃんと回収してきたんだからいい加減本題に入れよ」

 大方の予想は付いてるが。

「ああ、そうだな。……じゃ、席についてくれ」

 部室には長い折りたたみ式のテーブルが二つ並べて置かれているだけだ。部室のレイアウトはクランによってそれぞれなんだが、どれだけ《カタハネ》のメンツが部室に思い入れの一つもないかが覗える。

 フィーロが座ると、代わりにガナッシュが立ち上がった。備品として置かれているホワイトボードを取り出す。ユーリは備え付けのキッチン(これも生徒会長の計らい)でごそごそやっていた。懲りずにお茶の用意でもしているんだろう。

 隣にシェリカが座る。すげぇ速さで隣に来た。

 モニカはシェリカの向かいに腰掛けている。めっちゃ不機嫌な視線を送られていた。怖い。不燃ゴミは端っこに捨ててある。あれ、もう一人はどこに……?

 膝の上に重力を感じた。ついでに柔らかさも。こう、人肌の温度も感じた。というか、後頭部が見える。つむじが可愛いとか思ってしまった。いやいやそうじゃねぇだろ。

「………」

「……あの」

「……何?」

「……なにゆえ、俺の膝に座るのでせう? 席は他にも空いてるんですが?」

「………ここ、特等席」

「そうなんだー」意味不明だ。

「………うれしい?」

「……いや……全然?」

 ど、動揺しちまったじゃねーか。いや確かにちょっと嬉しかったり? するけどさぁ。そりゃさ、男だもの。クロアはまあ、ロリエみたいな幼児体型ではあるがしかし、女の子だしね。男としてはうわーいといったシチュエーションでもあるけれども……ね?

「どこ座ってんのよ!」

 今は不味い! 今じゃなくても不味いけれども!

「………フィーロは……悦んでる」

 あれ、なんか今ニュアンスちがくなかった?

「そうなのフィーロ!?」

「滅相もありますんっ!」

 噛んだ。

「どっちよ!」

「滅相もないでありをりはべりいまそかり!」

「………心臓は、ばっくばっく」

 余計なこと言うな! 違う。違うぞ。命の危機に対して心臓がばくばくなんだ。決してやましいことは考えていない! 断じて!

「フィーロっ!」

「だーから違うって!」

 意思の疎通ってホント難しい!

「あーもーつーかどけ! 早く!」

 フィーロは急いでクロアを降ろした。ちょっと名残お……いや、清々したさ! 勿論さ!

「お前ら、いい加減にしろ! クロアも早く座れ!」

 ガナッシュが業を煮やして叫んだ。もっと早く助けてくれても良かったのではないでしょうか。

 クロアも一応観念したようで、しぶしぶ空いている席に座った。フィーロの隣だった。すっげえ見てくるんですけど。シェリカはそのクロアを睨みつけていた。なんなのこの殺伐とした空間。

「あ、粗茶でっふあっやっ!?」

 ガシャーンという音とともに、ユーリはお茶を床にぶちまけた。いやもう諦めたら?

「ユーリ……超可愛い」

 目の前に座られているモニカさんはきっと頭がおかしい。ホント変な奴しかいないよね、ここ。

 ちなみにぶちまけた先は不燃ゴミの転がってる場所だった。いつまでも寝転がってるほうが悪いので同情はしないが、あれはたぶん火傷してる。

「まったく……落ち着くまでにどれだけ時間を掛けるんだ……まあ、いい。始めるぞ」

 ガナッシュには言われたくない一言だ。

 ホワイトボードには『わくわく! いったれクランコンテスト必勝作戦会議』と書かれていた。何そのネーミング。誰が書いたの。ガナッシュ? ヤダキモイ。

「なんだ、フィーロ。言いたいことがあるなら言え」

「いやなんでも」

「……まあいい。まず、クランコンテストは二日後にまで迫っているわけだが、このコンテストには六つの審査のポイントがある。“戦力”“協力性”“作戦”“応用力”“技能”“格好よさ”だ」

「へえ……」

 格好よさって何。ルックス勝負なのこれ。

 出生の時点で順位つくとかどんなけ理不尽なんだよ。

「“協力性”は捨てる」

 そりゃ同感だ。俺たちにチームワークという言葉は存在しない。クランってホントなんなの。

「“作戦”はあってないようなものだ」

 いつも『ガンガン行こうぜ』だからね。

 力押しとも言う。

「“戦力”“応用力”“技能”に関して言えば、個々の水準は高い。問題は……」

 ガナッシュはこっちを見てきた。なんだよ。

「フィーロ、お前だ。こうなってくると“格好よさ”も必然的に、フィーロにかかってくるだろう」

「なんで」

「お前が三つのポイントを満たすのが条件だからだ」

 はーんなるほど。なら諦めろ。

「フィーロは立ってるだけで格好いいわ」

「わ、わたしもそう思います~」

「ちっ……」

「えっ……」

 涙目になるユーリ。ホント学習しない子だね。

 ガナッシュが咳払いした。

「新入生の部門で優勝すれば、クランクAAへの昇格はほぼ確実だ。今年は有力なクランが多い。風紀委員モラルキーパー直属のクランも参戦すると聞く。難しいけど、やれないことはない」

「《ピースメーカー》ね」モニカが呟いた。

「あれはトップレベルの実力を持つと聞く。学園外のクランに匹敵する実力を持つ者もいるそうだ」

 わぁそんなん勝てるわけないじゃん諦めようぜ。

「だからってやる前から諦める理由にはならない」

 フィーロの考えなどお見通しといった様子で、ガナッシュは顔をしかめた。うーわやな奴。

「ボクらは、強い」

 やるぞ。

 そう言った。

 いや、だから。

 俺をカウントするなっての。


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