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すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第二章 ディヴァイン編
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第二章(12) 知らぬは本人

二日連続の更新。ストックはないので、まじでヤバイと思っている。

◆Firo◆


 清々しい朝だ。雲もないし、夏らしい空気が風に乗って身体を包み込む。暑いことには変わりがないが、比較的過ごしやすい日和だろう。

 だってのにね。

 なんでこんな薄ら寒いかな。

 フィーロの両腕をそれぞれシェリカとリエラがホールドしていた。逃げられない。捕縛された犯罪者みたいになっていた。なんの罪? 絶対冤罪だろ。

 うーか腕組むっていうか、キメてるよねコレ。痛いんだけど。ねえ、おかしくない? おかしいよね。絶対におかしい。誰かおかしいって言って。

 何よりこの空気。清々しさを真正面からぶち壊す絶対零度の沈黙。さっきから鳥肌がヤバイんですけど。

 そもそもこの件に関しては俺から誘ったわけで、今更逃げたりしないから。でもこの情況からはとても逃げ出したい。せめて表面上でも仲良くしてくれないかな。なんで負の面でそんなに同調してるの。

「な、なあ。なんか喋ろうぜ。黙ってると怖いんだけど。そして腕離さないかな? 痛いんだけど」

「そこの女が離せば離すわ」

「右に同じ」

 わぁ、とんだ平行線。

 声は抑揚がなく、これでもかというくらい冷えている。なんでだろうね。夏なのに寒い。凍死しそう。

「てゆか、これでも妥協してるのよ、あたし。左半分は譲ってるんだから」

「左半分って何……」

 何勝手に俺の身体分割してるの。単細胞生物扱いですか。プラナリアかっつーの。分裂しねーよ。

「そもそもフィーロはシェリカのものじゃないわ」

「あたしのものよ」

「それ、俺の意思が介在してないよね?」

 なんで俺の知らないとこで俺の所有権争いが起こってるの。モテるって何。保てるってこと? 保持されるってことですか? そういうもんなの? ねぇ、ミヤコさん! なんかおかしいんだけど!

 俺のモテる男像ってのはこう、ガナッシュとかエリックみたいな感じなの。俺のこれ違う。モテ違う。そもそも一人は身内です。そこへ行き着くとガナッシュは大概変態。なんであれがモテるのだろう。ああ、顔か。いや知ってる。何回も自問自答してきたし。ホント、この世は残酷だな。

 やっぱり学園内でモテ男といえばエリックかな。ああいうなんかいるだけで空気が浄化されるような男こそ本物だろ。何ってあの人パティシエ志望だからか知らないけど甘い匂いするんだよ。反則じゃね? あの顔、あの性格ときてあの匂いだ。いやもう女の子なら誰でも惚れるでしょう。

 なんにしても、俺のこれは違う。

 殺伐とした空気の中、フィーロ一行は街の近郊の湖の近くを歩いていた。湖には船が浮かんでいるので、誰かが漁をしているのだろう。

 大きな戦火に見舞われることなく、この街は至って平和に存続している。それを象徴するかのように、花畑が広がっていた。

 アガタ国内でも隠れた名所として知られるセドア湖岸の花畑だ。いつからなのか。少なくともフィーロが居た頃から度々聞いた覚えはある。それでも有名とまではいかないし、どこかの観光パンフレットに載ったこともない。これぞ本物の知る人ぞ知るだろう。

 ちなみに、この花畑は代々孤児院が管理している。別にフィーロは花には詳しくないが、とにかく綺麗に咲いている。

 昔は湖だけで何もなかったけれど、当時の院長が子どもたちに何かいい仕事はないかと考えた結果、始まったものらしい。当時から孤児院には訳ありの子どもばかりが集まっていて、中には荒んでいる子もいた。何か生甲斐を与えてあげたかったのだと思う。

 とどのつまり、観光事業のためではないのだ。あと、当然ながらフィーロも何度か手伝ったことがあった。まあ、恥ずかしながら自主的なわけではなかったけれど。

「懐かしいな。リエラに引っ張られて来たっけ」

「ん……覚えてるんだ」

「一応な」

 あまりいい記憶でもないんだが。どちらかというと、恥ずかしい記憶に分類される。

 引き篭もりの如く何もしない俺に対してたまには手伝いもしろと、リエラに引っ張り出されていた。シェリカももれなくついてきた。とりあえず適当にこなしてさっさと戻ったのだが、その後リエラは機嫌が悪かった。我ながら自身の協調性の無さが嘆かわしい。

 今更ながら悪いことをしたとは思うけど、なんとなくこのタイミングで言うのは気が引けた。

「手入れ、まだやってるのか?」

「たまにね。でも子どもたちの仕事だから」

「そっか」

 かつて孤児院で暮らしていた子どもの多くは街の外に出ていった。どこにいるのかも知らないけれど、みんな精一杯生きているのだろう。

 リエラはそれをどう思っているのか。

 いや、真っ先に出て行った俺が言えることじゃない。半端な優しさはリエラに対して失礼だ。そんなものは優しさですらない。

 それ以前に何か気の利いたセリフが浮かんでくるわけでもないけれど。貧相な語彙なことだ。

 とにかくなんでもいいから言葉を絞り出そうとして、ようやく声になった瞬間だ。

「あのさいたたたたたたた! 痛い痛い!」

「何よ」

「こっちがなんだよ!?」

 盛大に脇腹をつねられていた。超痛い。心の準備が出来ていなかったので(ちなみにいつも出来ていない)、もうホント超痛い。涙でちゃったよ。

 なんだ、除け者扱いされたから怒ってんのか? ホント面倒くさいね、うちの馬鹿姉は。

「たく……」

「何よ?」

「いや、なんでも」

 脇腹から手を離せと言いたかったが、なんだか下手なことを言うとさらに攻撃が加わりそうだったので、もう何も言わないことにした。何事も諦めが肝心だ。

 シェリカの横槍のせいで沈黙が訪れる。妙に気不味い雰囲気を保ちつつ、湖岸を歩く。なんだこれ、全然楽しくない。

 会話がないので思考の方が働く羽目になる。

 ダンデライオンのこともそうだが、なんだか色々と厄介事が舞い込んで来てる。リカルドにはあまりあてにしないほうがいい。腹の底が見えない内は特に。やはりイネス先生に聞くのが妥当だろう。だが聞きすぎれば否応なく首を突っ込まざる得なくなる。それだけは避けたい。この不機嫌面な馬鹿姉のためにも。

 そういえば単に散歩するだけだから置いてきたが、あのお喋りな剣はどうなっているだろう。一応曲がりなりにも武器なわけで、危ないから自室に置いている。とはいえ、孤児院内では部屋なんてあってないようなものだ。勝手に子どもたちが触ってなければいいが。怪我されると困るし。まあ、ダンデの刀身に落書きとかされるぶんには文句ない。もしもそうなったいた時は指差して笑ってやろうじゃないか。

 段々と益体のない妄想に変わっていくうちに、少し湖岸から離れた丘のあたりまで来た。花畑と湖が一望出来る場所だ。

「隠れた名所ってわりに観光客はいないなぁ」

 いくらなんでも隠れすぎでしょう。

「まだシーズンじゃないから。もう少ししたら街全体で準備始まるんじゃないかな」

「そか」

 これで満開じゃないのか。どんなけ植えてるんだ。昔から結構広かったと思う。今となっては街の収益にまでなっているというのだから感嘆に値する。

 三人は持ってきたシートを敷いてそこに座った。リエラは手伝ってくれたけれど、シェリカには腕掴まれたままだからやり辛かった。

「んじゃまあ、ここらへんでのんびりするか」

「そうね」

「シェリカも腕離して。座りたいし」

「むぅ……」

 なんでそんな嫌々?

 やっべー超理不尽。

 渋々とではあるがようやく開放されたので、フィーロはシートに座った。その隣に、リエラも腰を下ろしたのだが。

「……いや、近くね?」

「こ、ここの方が落ち着くし……」

 そんなわけない。

 リエラ、なんか変な子になってきてるな。シェリカの影響か? なんなんだ俺の姉は。病原体か。

「普通よ」

 と病原体は言った。どこの普通だ。

 シートは割と広い。広いんだけど、フィーロを真ん中に、シェリカとリエラが両サイドに隙間なく座っていた。おかしい。落ち着かないし普通じゃない。

 心身ともに窮屈な思いをしていたが、彼女らはそうでもないようなので諦めた。もう自身の慰安は捨てた。もうあれだ。この二人が仲良くなってくれればいい。

 日はまだ高くないのと、湖が近いのもあってか風は涼しい。が、密着されると暑い。そして柔らかい。

 ……いや、ね。

 必死で考えないようにしてきたけどね、座って一息つくともう駄目だわ。柔らかいし、いい匂いだし。何この苦行。

 シェリカの慎ましい体型と違って、リエラは歳相応の身体つきをしている。孤児院じゃ家族みたいなもんなのかもしれないけど、そもそもフィーロは馴染んでなかったし、血はつながってないわけでして。いやもうね、とりあえず、アレだ。

 煩悩よ去れ。

 もしかして男として認識されてないのかな? 昨夜のミヤコさんの言葉が蘇ってきた。泣いちゃいそうだ。

「フィーロさ、学校はどんな感じ?」

 悟りでも開いてしまいそうな勢いのフィーロだったが、リエラ話題を提供してくれたのは渡りに船だった。よし、余計なことを考えるな。

「まだ一年生だしな。まあ、それなりにやってる」

「剣士、なんだよね」

「そうそう。で、シェリカが魔術士」

「戦いとかあるんだ」

「あーまあ、時折」

 時折っつーか、つい最近もの凄い死にそうな目に遭ったけれど。マジで腹に風穴空けられたしな。

「フィーロは凄いんだから」

 シェリカが胸を張った。が、強調出来るほどないんだからやめとけ。俺もお前も不幸になるだけだ。

「凄いっつーか、ある意味凄いな。ビリだし」

「ビリなの?」

「学部内の順位みたいなのがあってな。俺は最下位で、シェリカはトップだ」

「そうなんだ……でもフィーロ運動は得意だったよね? もっと強い人がいるの?」

「いるぞ。イケメンでモテモテなくせにシスコンで救いようがない奴とか、見えないくらい足が速い変態とか」

「それ、強いの……?」

「かなり強いぞ」

 個性が。

 変な奴ほど強いこの世の中だ。

 フィーロはそんな変態どもの話などをした。クランコンテストの話も、話せる部分は話して聞かせた。いちいちシェリカが横槍を入れてきて鬱陶しいことこの上なかったけれど、リエラが楽しげにしていたのでよしとしよう。社会不適合者の分際でちょっとは役に立ったじゃないか、あの変態ども。

 他愛のない話をして、それから昼食をとる。

 キッチンを借りて、簡単にサンドウィッチを作った。当然のことながらシェリカは何もしていない。こいつは自立とか不可能じゃないんだろうか。

「フィーロ、料理上手だよね。昔も勝手にキッチン使って軽食作ってたし」

 リエラはそう言うが、なんとなく不服そうだ。

「自炊できたほうが便利だしな。てかなんでそんな顔してんだ。なんか嫌いなの入ってたか?」

「そんなんじゃないよ。ただわたしの立場が……」

「ん? 立場?」

「や、なんでもない」

「ふぅん? まあ、リエラも料理出来るだろ」

「まあ」

「んじゃ今日の晩作ってくれよ。ああ、ミヤコさんのとこの手伝いあ……」

「作る。絶対作る」

 食い気味に来られた。少したじろいでしまった。

「お、おう。楽しみにしてるわ」

「うん……!」

 満面の笑みだった。思わず胸が高鳴る。

 身近にもいたんだな、こういう癒される人。昔の俺は惜しいことをしている。

「――フィーロ」

 身体がビクッとした。

 なぜか女の子と話すたびにシェリカがキレる。忘れているわけじゃない。身体が反応するのでむしろ染み付いている。

 また抓られるのか……?

 ビクビクしていたが、どうやら違った。

「あれ」

 指を指すのは花畑。

 そこに人影が一つあった。

「あれ、ドロボーじゃないの?」

 フィーロほどではないがシェリカも目がいい。シェリカで見えるのだから、当然フィーロにもよく見えた。

「摘んでるな。あれ街の奴じゃない、よな?」

「手入れの時間はまだだわ」

 リエラの一言が決定打になった。

「じゃあ泥棒だ」

 立ち上がるとそのまま駆け出す。二人が喚いていたけれど、待ってられない。俺一人で行ったほうが速い。

 それに危ない目に合わせたくもない。

 花畑は目と鼻の先だ。すぐに泥棒の近くまで来た。

「おい、何やってんだ」

「ん?」

 泥棒が顔を上げる。ボサボサの癖毛をした、俺と同い年くらいの男だった。腰には刀だろうか、二本の刀剣が提げられている。

 自然と警戒が高まる。フィーロは今、ダンデを置いてきているのだ。つまりこちらには武器がない。

 慎重に行くべきだな。

「ここの花、無断での摘み取りは禁止なんだが」

「あ? ……え、マジ?」

 怪訝そうに眉を顰めた相手は果たしてこちらの言葉を理解したのかどうか。しばし手に持っていた花の束と俺を何度か交互に見やった。

 突然男はわーと叫んだ。声デカイ。びっくりした。なんだこいつ、と思っていたら男はそのまま土下座した。綺麗なジャンピング土下座だった。

「まっことすまんでした!」

「えーと……」

 なんだ。

「知らんかったとはいえ、勝手に取ってもうた……悪い! スマン! 申し訳ねぇ! アイムソーリー!」

「いや、顔上げろよ……」

 予想外の反応だったので、フィーロは当惑していた。

 まさかあっさりと土下座までしてくるとは思わなかった。いや、まあ、その方がありがたいのだけれど。

「どないしよ? 金は……あんまないんやけど」

「ああ、うん」

 どうしたら、か。そこまでは考えていなかった。摘まれている以上はその分は戻せないし。

「まあ、看板とかあるわけでもないしな……。暗黙の了解みたいなもんだからさ。今回は別にいいよ。俺から適当に言っとくし」

 後で俺がどうなるかは別として。

「ホンマか!? お前エエヤツやな……」

「反省してるなら責めても仕方ねーし」

「ああ、マジで反省してんで。いやもうこりゃ猛省やでモーセー。猛烈に省みる。うん。いやね? 綺麗な花やったもんやから……」

 なんか非常に面倒くさいなコイツ。喋り方がアレに似てるんだよ。だから余計にね。……まあ、悪い奴じゃないんだろうけど。しかし花を愛でるような人間にも見えないんだが……。

「誰かにあげんのか?」

「ん、まあ、そんなとこやわ。あいつ花好きやし」

 なるほど。

 死ねッ、と思った。

 もうコレあれだろ。女の子にあげる気満々だろ。何遠い目してんだ。こっち見ろコラ。

 許すんじゃなかった。臓器なりなんなり売らして金払わせればよかった。でももうなんか許されました感たっぷりな笑顔してるもの。はは、ムカつく。爆発しろよ。

 座ったままのこの男の顔面を蹴り飛ばしたい衝動を抑えつつ、フィーロはしゃがんでその肩に手を置いた。

「よし、それじゃあその花持って去れ。腹立つけど我慢するから」

「お、おお。なんや急に怖なったな……」

「そんなことない。俺超スマイル」

「目ぇわろてないんやけど……まあ、ええか。あ、俺は銀星や」

「ギンジョウ?」

「そうそう。鸞明出身や。お前は?」

「フィーロ、だけど」

「フィーロか! よしゃ、覚えたで。お前は恩人や」

「そりゃ、どうも」

「俺ぁ恩は忘れんのや。だから困ったらいつでも言うてくれや。助けるさかいな!」

「はぁ……」

「じゃっ! 俺用事あっから、帰るわ! またな!」

「あ、おい……」

 滝のごとくなんか色々言った挙句、ギンジョウと名乗る男は走り去っていった。速いな。喋り方だけでなく走る速さまで既視感を覚える。

 既に点にしか見えないくらいの所まで辿り着いている男を呆然と見つめ、フィーロは独りごちた。

「いや、名前だけしか情報ねーじゃん……」

 困ったらとか言われても、どうやったら伝わるんだそれは。せめて住んでる場所とか言わないか? 普通。

 あれ絶対恩とか忘れるタイプだろ。


◆◆†◆◆


「あいつ逃げてったけどいいの?」

 ギンジョウなる男が去った後、すぐシェリカとリエラがこちらに駆け寄ってきた。どうやら後を追ってきたらしい。待ってろと言って待つ性格じゃないだろうし、仕方ないか。ギンジョウが危険な奴じゃなかったからよしとしよう。

「あーうん。悪い奴じゃなさそうだったから、注意だけした」

 ホントは膾切りにしてやりたかったが。

「爆破すればよかったのに」

「なんでナチュラルに抹殺思考なんだよ。なんか女にプレゼントするんだと」

「へぇ……」

 リエラは少しだけ頬を綻ばせていた。まあ、無断ではあったが、それだけ花が魅力的だったのは、育てている側からすれば喜ばしいだろう。

「さて、戻って飯にしよう。腹減ったよ」

 三人は丘を登る。シェリカが途中で疲れたと座り込んだ。どんなけ体力ないんじゃこいつは。フィーロは仕方なく背負う。暑い。暑いし、役得感がないから辛い。これなんて苦行?

 リエラが不機嫌そうに睨んでくる。さっきから情緒が安定しない女の子達だ。訳がわからぬ。

 知恵熱が出ても嫌だから考えないことにする。

 せめてもの慰めか、薫風が髪を撫でる。汗が滲み出した額が心地良い。

 ま、なんだかんだ悪くない。

「……ん?」

 ふと、視界の端になんか見えた。人影? 林のところだ。ギンジョウか? いや、逆方向だ。そもそも隠れる意味がわからない。

 つーか三人くらいいる。奴らか? いや、露骨すぎるし、そんな真似するようには見えない。シンドとか、隠密は苦手そうだし、用があるなら特攻してきそうだ。

 向こうは俺が見ていることに気付いたのか、さっと木の影に身を隠した。完全に素人じゃねぇか。

 あー……はいはい。

 わかっちゃったよ。なんか萎えてきた。

「シェリカ、ちょっと降りてくれ」

「えぇー」

「えーじゃなくて……」

 脚に回していた手を離すと、自力でしがみつく力がないのでシェリカは渋々降りた。ぶっすーと睨んでくる。怖いんだけど。

「悪いが先に行っててくれ」

「あっ、ちょっとまた?」

「もう……」

 なんか二人とも呆れていたけれど、一番呆れてるのは俺だと思う。全速力で人影の見えた場所に駆け寄る。

 向こうは逃げようとしたのか、もつれて転んだ。溜め息が出そうになる。

「……仕事しろよあんたら」

「過ちがないか監視を」

「仕事は晩からだから」

「暇だったので」

 最後いい度胸してんな。

 マシューさん、ミヤコさん、町長だった。

 マジで何してんの、この人たち。

「それに、彼も気になるって言ってたから」

「彼?」

 町長が、背中に背負っていた何かを下ろした。

『どうも』

「お前かよ」

『剣士たるもの、剣は常に持ち歩かなくては。神器遣い(プロヴィデンス)としての心構えがなってませんね』

「そうやってうるせーから置いてんだろーが!」

 察しろよ!

『わかっています。からかっただけですよ。デートに私は無粋ですし』

 無機質に、腹の立つ物言いをしやがる。

 この剣は本当にムカつくな。

 今度は本気で溜め息が零れた。


◆Unknown◆


 通信用タブレットの画面を開く。

 そこには少年が仕える少女の顔が写り込んでいた。

「調査結果やけども、神器遣いは既に移動しとる。一つはトルトゥリエやと思うわ。もう一個の反応はわからんかったんやけど、初めて見るわ」

『そう。ありがとう』

「せや、さっき綺麗な花見つけてん。これ」

 少年は手に持った花を画面に向ける。

「花、好きやったやろ?」

『興味ないわ』

「そないなこと言わんと。ええ香りやで?」

『興味がないと言ってるの。我が君は花が嫌いなの』

「あ、そう……」

 少女は変わってしまった。

 昔のような笑顔を少年に向けることはなくなった。寂しいと思う一方で、そんな感情はおこがましいとも思っている。少年は少女の守り人。少女が何を望んでいようと、少年はただ少女を守るだけだ。

 少女は変わってしまった。

 けど、少年は変わることはない。

 想いは胸に秘める。表に出すことはない。それでいいのだ。少年は守り人なのだから。

『我が君がお呼びだわ。切るわね』

「あ、ちょ……」

 回線を無理やり切られ、声が届くことはなかった。

 黒い感情を押し込める。お門違いだ。落ち着け。

 手に力が籠もる。

 花びらが散った。

 この手はやはり花を掴む手ではないのだ。

「なぁ、アスティオン」

 守り人として、あらゆる障碍を殲滅するだけ。

 すべては、少女のために。


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