第二章(7) ダンデライオン
◆Firo◆
「うおっ!? ほうっ! おおぅ! どぅあ!?」
ぶっちゃけ、この場において最も足手まといは俺だ。
フィーロはただ回避に専念していた。だって武器がない。格闘はそこまで得意じゃない。つーか蹴り潰しても死なない相手を素手で倒せるわけねー。
とりあえずシェリカ頼み。うちの姉は素晴らしい。
「――うはっ! うあはははははははっ! 砕けろ燃えろ弾けろぉーっ!」
久々にトリップしてる。超楽しそう。
シェリカの魔術はもともと動が早いのが特徴だが、ここ最近になってその発動速度はさらに速くなった。一般的な低級要素魔術なら一呼吸で発動する。他の魔術士なら度肝抜くどころかプライドずたずただ。
つーかここ墓地なんだけどな。墓荒らしどころか墓ごと爆破するのはどうよ。人道的に。まあ、言ってられない状況だけどさ。
「おいオメー」
たまたまか隣に着地し背中合わせになったシンドが息を吐き出しつつ声をかけてきた。
「なに?」
「あの女頭イッてね?」
言うなよ。
シンドの言うことはもっともだが、それは心の内に留めておけ。さもなくば狙いが生物兵器から生身の人間に変わる。とばっちりは御免だ。
しかし最近魔術のレパートリーも増えたみたいだ。
バチンという音がして、ギギドが一体弾けた。大気中の要素精霊を操ることで内側から爆破させる要素魔術のようだが、かなりグロい惨状だ。さすがに悪魔かなんかに見えてきた。まさかとは思うが人には使わないよな?
まあ、だがシェリカの破天荒はよく知っているので、どちかというと俺が一番物申したいのはシンドとグランゼの凸凹コンビだ。
「避けきれるか雑魚野郎ッ!」
シンドが嬉々として叫ぶ中、幾本の閃光がギギドを貫き刻んで絶命させた。閃光は旋回してシンドの背に収束する。まるで翼だ。フィーロはそんな感想を抱いた。
そいつは剣だ。八本の剣。形はどれも似ているが、若干異なる。その八本の剣はまるで意思を持っているかのように宙に浮き、シンドに付き従う。基本的に背中に翼のように展開する。
ぶっちゃけ意味が解らん。なんだあの武器。
魔術の一種かと思えてしまう。
シンドがジャンプした。剣が次々と足場になり、樹木よりも高く飛び上がった。すげえ便利だなアレ。
「トルトゥリエ!」
剣が再び収束し、矛先を前方に向けた。正確には、直下だ。
「穿て!」
放たれる。
垂直落下とは思えない速さで剣が地面を穿つ。まさに剣の雨だ。嵐と言い換えてもいい。一撃一撃がギギドを脳天から砕いた。発射から着弾までの速さが凄まじい。あのスピードに物を言わせた圧倒的な破壊だ。
「頭を下げろ、フィーロ!」
とっさに頭を下げる。
「おおおおおおおッ!」
グランゼの咆哮が後方から轟き、
「――アガスタシア!」
比類なき一閃が――頭上を飛んでいった。
まさにフィーロに飛び掛かろうとしていたギギドが直撃を受け、胴体が千切れながら吹っ飛んでいった。フィーロはただそれを眺めていた。なにあれ。
グランゼの剣はシンドと違って普通の剣だが、だが普通じゃない。攻撃が。
衝撃波? 鎌鼬? よく解らんが普通斬撃が目に見えて飛ぶとかない。それこそエリックの扇術とか、ガナッシュの魔剣じゃないと為せる芸当じゃない。要するに要素魔術の領域だ。
この二人本当になんなんだ。
意味不明すぎてギギドどころじゃない。
だが解っていることが一つだけある。
とりあえずあれだ。
この三人に任せときゃいいや。
「おいコラテメーも戦えや! さっきから避けてばっかじゃねーか!」
フィーロの腐ったサボり根性を察知したのか、シンドが上空から叱責を浴びせてきた。
「バカヤロー武器がねーんだよ!」
「気合いでやれや!」
「無茶言うな! つーかお前の剣貸せよ、八本もいらねーだろ!」
「テメーこそ馬鹿言うな! トルトゥリエは八つで一つなんだよボケ! んなことも知らねーのかよアホ! 死ね!」
「知ってるわけねーだろ! つーか馬鹿ボケアホうるせーんだよ! お前が死ね!」
「やんのかコラぁ!」
「やらねーよコラァ!」
「やらねーのかよ! なんでそんな誇らしげなんだよ!」
なんとなくシンドとの付き合い方が解った。
「じゃれてる暇はないぞッ! 新手だ!」
グランゼが叫ぶとほぼ同時に上空からなにかが降って来る。
「くっそ、急襲兵だ!」
「神器使いが二人だからな……!」
二人して納得しているが、こっちは意味が解らない。内輪の単語とか超迷惑。オサルなんとかとプロなんとかが解らん。なんのこっちゃ。
「あっはははははははは!」
まあ、シェリカにはあんまり関係ないっぽい。
シェリカの周囲にはバラバラのギギドが転がっていた。精肉工場かここは。虐殺という言葉ではいささか生温い惨状である。さすがにギギドといえども哀れだ。
「それか、あの女が原因か……?」
「……一概にはなんとも」
二人も引いてた。
「とにかくこれ以上増えるのはまずい。女王の発見と排除を急がねばな……」
「ここが片付かねーと俺たちも動けねーぞ」
シンドが辛辣な視線をこちらに向ける。
要するに俺たち(つーか主に俺)がお荷物なんだろう。失礼だな。邪魔にならないところにいるじゃないか。
「――くそ、《鮮血十字軍》の中隊だ、束で来るぞ……!」
はいまた内輪の単語キター。なんだそのあからさまに危なげな単語。
言うてるまに空からズドドドドとなにか降ってきた。
まあなにか、っつーかあれだ。現状降って来るのはギギドだけだわ。それか土埃。ちょっとマジ勘弁。
勘弁してほしいのは本当に。なんだ。アレ。
「向こう本気出しすぎだろーよォ」
「狩りすぎたか。早々に女王を殲滅すべきだった」
「見つかんねーから手強いんだろーが」
とにかく結構まずいということはしかと伝わった。見れば解る。
甲冑や凶悪な鋼爪やら手甲を引っ提げているギギドの群れが降ってきたのだ。つーかどこから降ってくんのこいつら。
「なんだあのやばそーなの」
「あの甲冑は黒騎士だ。マジでやべぇ」
余裕をかましていたシンドが少し表情を強張らせている。
「ヤバいのか……」
「見た目変わんねーくせにパワーもスピードも倍はあんぜ」
「それが……二十体?」
ギギド四十体分くらいってことか?
「うむ……どうやら中隊というより騎兵隊を引いてしまったようだ」
グランゼは冷静に言うが、表情はやはり浮かない。
「フィーロ、君はここからは下がっていた方がいい」
「え、俺そのつもりですけど」
「……いやまあそれならいいが」
「じゃ、頑張ってください」
うん。武器なしの俺にはあまり関係ないからね。トリップしてたシェリカが少し疲れてきてるようにも見えるので、そちらに向かうこととする。
「あいつ……とことんクズなー」
じとーっとした視線を背に感じたが、ぶっちゃけどーでもいい。
前線で戦うなど真っ平ゴメンだ。
◆◆†◆◆
「キリがないぃぃぃ……」
深淵からの呻きみてーな声色でシェリカがヒステリックに頭を抱えていた。こえー。井戸からはい上がってくる人みてーだ。
盛大に息切れしてやがる。
体力ないくせに調子乗って魔術バンバン放出大サービスしてりゃ誰でもああなるか。馬鹿じゃねーのとは言わない。保身のために。
しかし疲れたからといってすぐに気を抜くのはやめてほしい。シェリカ飛び掛かってきたギギドを蹴りで地面にたたき付け、反撃させる前に頭を踏み潰した。一応機構上中枢を破壊すれば止まるらしい。まあ、頭叩き潰すのは格闘だと手間だからあまりやりたくない。他に任せた方が効率はいいので俺は基本的になにもしないけど。
「あ、フィーロ」
「お疲れ……って言いたいけどまだ敵いるぞ」
「こいつらうじゃうじゃ沸いて来るの。さすがにしんどいわ」
「察するけど。さすがに俺代われないしな……」
「あ、でも武器あったわよ。これ」
「はい?」
ひょい、と事もなげに差し出された剣。一瞬言葉を失う。
「どっから……?」
「そこ刺さってた。誰のかしら……」
「いや……そこに眠ってる方のだろ!?」
ちゃっかり荒らしちゃっんじゃねーか! 人道的に堕ちまくってるよもう! マジでスンマセン!
「隣が母さんのお墓っぽい」
「ぽい!? いや、つーかそんなとこで爆発させる普通!?」
「だって背に腹は変えられないし……一応当たらないよう気は配ってたわ。欠けたけど」
「おいいいいいッ」
見ればその若干欠けたところがあるものの無事な墓石があった。その隣の破壊された墓に眠る方の剣がこれなのだろう。無惨に墓石がバラバラの木っ端微塵だ。ごめんなさい。
「なによぅ。だって悪いのはあっちじゃない」
「いやそうだけど」
「むしろ母さんの墓を守ってたのはあたしだわ」
「そう……かもしれないけど……」
欠けてるけど。少なからず被害受けてるけど。
つーか墓前に立つときのこといろいろ考えてたんだけど、俺。なんか全部ぱーだよぱー。感動も感傷もくそもへったくれもないよ。別の意味で謝りたいよ今。ごめんなさい母さん。シェリカはこんなにも破天荒です。
……思えば母さんも破天荒なところあったか。遺伝か。やなとこ似るよな親子って。
手に握られた剣を見つめる。つーかこれ本当にどうしよう。返却した方がいいの? いいよな。墓荒らしに墓泥棒って完全に呪われても文句言えないもの。やだよ俺そんな死に方。
剣自体は変哲ない剣だ。鍔部分がどこか機械的な印象を受けるものの、両刃の、普通の片手剣だ。装飾らしい装飾もなく、精々刀身に模様と文字が彫られているくらいだ。波紋が独特とかそういうこともない。つーか波紋ねーしこの剣。
ただずっしりと重い。感覚的にはあの黒い剣とほぼ同じ重さ。びっくりするくらいとてもしっくりくる剣だった。逆に不気味なくらいだ。なんだ、この感覚は。
「……どうしよ」
欲が湧いてしまうのは多分財布事情から。
とはいえさすがに悪いので、とりあえず……今だけ使わせてもらおう。今だけ。うん。今だけだ。すぐ返します。
「結構いい剣じゃない? 貰っちゃえば?」
「やめろ! 今必死で言い聞かせてたのに!」
この姉はどうしてナチュラルに盗賊思考なんだ。冒険者辞めてそっち転向しちまえ!
まあ、呪い以前に死ぬかもしれない状況だ。シェリカの言葉を借りるなら背に腹は変えられないってやつだ。
しゃーないしゃーない!
もうヤケクソだった。
「だークッソ!」
体勢を低く攻め込んでくる黒騎士なる甲冑ギギドを叩きふせんと真上から垂直に兜割りの要領で斬撃を叩き込んだ。
が、ギギドは一気に急停止して斬撃をかわした。あれ、こいつ頭いい!
身体能力が倍というのも解る。急発進と急停止は肉体への負担がでかい。あのギギドの身体能力はそれを軽々とやってのける分には底上げされているわけだ。
鋼爪が足元から襲ってくる。慌てて引き戻した剣を地面に突き立て、防ぐと同時に剣を支えにその場で逆立ちした。
旋回し、体勢を起こそうとしたギギドを踏み付けにした。剣を引き抜き、甲冑の隙間――首筋に剣を突き立てる。肉を裂き、土を穿つ感触。
ギギドは数度痙攣して、そのまま動かなくなった。
「フィーロ、まだいるわ!」
シェリカはどうやらもう応援モードのようだ。まあ、いいけど。体力回復したらちゃんと戦ってね。俺これでも結構無理してるんだぞっ。
左右から甲冑ギギドが二体。え、二体? ちょ……無理。
戦う分にはまだいけるが、後ろにはシェリカがいるのだ。二体を相手取ってシェリカを守るのはいささかキツイ。……使いどころか? 魔術相手ではないが、使い方では十分役立つ。
ただ、それはシェリカの魔術の妨げになる。確実に仕留めなくてはならなくなる。歩の悪い賭けだ。甲冑ギギドの戦闘力はまだ把握しきっていないんだから。
考える時間がほしい。
つっても待ってくれるわけがない。
「その剣を起こせ、フィーロ!」
グランゼの叫び声に弾かれたように前に踏み出す。
起こす? 意味が解らない。
甲冑ギギドが挟撃を仕掛けてくる。身体を捻り回避しつつ、剣でもう一方を防ぐ。足払いを仕掛けてきた。飛び上がってかわすが、もう一体が待っていたと言わんばかりに空中のフィーロに襲い掛かる。
足で甲冑ギギドの腕を蹴り飛ばし、反動で着地する。剣を真横に薙ぐが、体勢を地面に張り付くほどに落として避けられる。
がっ、と剣が鋼爪の間に引っ掛けられた。腕に衝撃が走り、思いっきり捻られ耐え切れず柄から手が離れた。空中に剣が放り出される。
あ、死んだ。
「フィーロ……!」
「あンの馬鹿ッ……!」
空を舞う剣が瞳にうつる。
絶体絶命なのになんでか落ち着いていた。
同時になんでか腹が立つ。
俺は、この剣を知っている。
「くっ……フィーロ! 名を呼べ! そいつは……」
刀身の装飾はここからは見えない。ただ、シェリカから手渡されたとき目に入っていて、なんとなく記憶に残っていたとかそんなんだろう。
だからだろう。
理由を付けるとしたらそれくらいしかない。
確か刀身には文字が彫られていたはずだ。
一緒にちらつく記憶はなんだ。ええい鬱陶しい。靄のかかったそれを振り払う。剣を見据える。
あれには名前がある。
――真っ直ぐで折れないとことか、それっぽいだろう。
誰だ? いや、俺はただ聞いていただけだ。
――いつかお前も持つことになるだろうからな。お前には名前を教えといてやろう。
恩着せがましい、そんな口調で。
確かそう、剣にしてはまるで似合わない……
「――ダンデ……ライオン」
ポツリと零したその瞬間。
まばゆい光が降り注いだ。
「うお……!?」
粉塵を巻き上げ、雨のように降り注いだ光。
まるで流星のようだった。
呆然とそれを眺め、そんなことを思う。
土煙が消え、視界が開けると、ギギドはなんだかよく解らないほどにズタズタになっていた。変わりに一本、さっきの剣が突き刺さっていた。
いや、これ、さっきの剣か……?
フォルムに変化はないが、妖しく光っている。
血管を思わせるような線が、点滅し脈打っている。
まるで生きているみたいに――
『――一次イニシャライズ完了。声紋の登録が完了しました。貴方のお名前をお聞かせ下さい、我が主」
……はい?