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すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第二章 ディヴァイン編
47/54

第二章(5) 故郷の地を踏んで

◆Firo◆


 森を抜けると、すぐにセドアの町並みが見えてきた。とはいえ小さい町だ。町並み、というほどなにかが並んでいるわけでもない。

 アガタ国は資源が豊富な国だ。昔から自然調和が抱負の国だったため、その習慣は根強い。セドアもその例に漏れず、土壌が良好なため農業などが中心だ。また森や鉱山も近いので林業や鉱業も行われている。

 時代錯誤と笑う国もいるが、アガタ国は別に国力が小さいわけではない。伝統ある軍隊は、攻めよりも防御に徹底された存在だ。その防御力はナインエルド獣王帝国を退けた歴史も持つ。それだけにその鉄壁の防衛ラインは目を見張るものがある。

 ただまあ、あれは首都防衛を目的としている。辺境は自ら身を守るほかにないのだ。セドアはそういう意味では危うい場所にある。

「帰ってきたな……」

「うん。変わってないわ」

 もう戻る気はなかった。だけど戻る理由が出来た。

 故郷だと、少し語弊があるか。

 フィーロの故郷はもうない。だけど、故郷を失ってからローズベル学園に入学するまでの間育った場所だ。第二の故郷とでも呼ぶべきなのだろうか。

 こそばゆい表現であると同時に、フィーロにはいささか心苦しい。

 あまりいい思い出はなかった。

 それは自分自身のせいなのだけれど。

 シェリカが手を握ってきた。少し驚いて見据えると、シェリカは微笑んだ。それが答えだ。フィーロも握り返して、口許を綻ばせた。

 迷うことはない。

 俺の世界はいつだってここにある。

 フィーロは、町と外との境界線を一歩踏み越えた。なにかを乗り越えるような心持ちだった。

 ふと、振り返って森を見る。

「どうしたの?」

「ああいや……なんでもないよ」

 気のせいだろう。なんとなく、撃鉄を起こす音が聞こえた。森に変わりはない。だから気のせいだ。

「行こう」

 フィーロは歩みを進めた。この胸騒ぎも、きっと俺が臆病だからだろう。歩いていれば、すぐに消える。

 セドアの町並みは変わらない。まあ数ヶ月のことなので当然ではあるが、ここの町並みの変わらなさはなんというか、ほっとする。

 それを身体いっぱいに感じつつ、フィーロたちは丘の方を目指す。古めかしい建物は昔は教会だったらしい。ああいや今もか。たまに忘れる。

 それこそがフィーロとシェリカの育った孤児院だ。

「お……フィーロ……? フィーロかお前?」

 道半ばで、声を掛けられる。町で唯一肉屋をやってるマシューだった。いい歳の太ったオヤジだが、気さくで、孤児院の子どもに時折コロッケを焼いてくれていた。

「あ、マシューさん。四ヶ月ぶり」

「帰ってきたのか。いつだ?」

「今日。つーかさっきだよ」

「そっかそっか……」うんうんと頷き近付くマシュー。「――こんのバカヤロウ!」

「でっ……」

 拳骨された。

「なーんも言わずに出ていきやがってよぅ……心配したんだぞ!」

 抱きしめられた。暑苦しい。

「ごめんよマシューさん。あれは……」

 単純にシェリカが嵐のごとく町をあとにするから、ろくに挨拶も出来なかったのだ。それをよしとしていたのはフィーロもだけれど。

 マシューに抱きしめられ、こそばゆさと申し訳なさを感じつつ、フィーロは小さな声で「ただいま」と呟いた。特定の誰かに向けたというよりは、町そのものに言った気分だった。

 しばらくして、マシューさんはシェリカも抱きしめようとしたが、さすがにシェリカが嫌がった。その時のマシューは、(´・ω・`)←まあこんな表情だった。

 とはいえすぐに気を取り直し、ほかの奴らにも伝えてくると去って行った。そこまで大々的に出迎えて欲しいわけじゃなかったのだけれど。

 これまで感じてこなかったセドアの町の温かさに触れて、なんとなく涙が出そうだった。

 やっぱり自業自得だ。塞いでいたのは自分自身だったのだから。

「どうする、フィーロ?」

「うん……とにかく、孤児院に行こう」

 顔を出そう。

 謝る、というのもおかしな話だけど。

 違うか。

 お礼を言いたいんだ。俺は。きっと。

 丘に造られた木の階段を登り、喧騒が耳に届く。懐かしい、まだ半年も経っていないのに、そう感じる。

 見慣れた風景。この時間は、いつもここであの人は洗濯物を干しながら、暴れ回る子どもたちを窘めていた。笑顔の絶えない、そんな場所。

 子どもが一人、フィーロたちに気付く。

 それに釣られて、視線が集う。

 ゆっくりと、洗濯物を干していた女性は振り返り、そして目を見開いた。

 どう言おうか。

 そうだな。最初は決まっている。

「――ただいま」


◆◆†◆◆


 センドリカ孤児院という。

 養母はシアノッティという女性で、修道女だったが、神父の死後に教会を孤児院に変えた。一時、野盗の襲撃で流れてきた孤児が溢れていたのだ。ちょうどナインエルド獣王帝国のテロがあったりして、近隣国家の情勢も不安定だった。美味しい蜜を吸いに来た奴らの被害にあった者はフィーロとシェリカだけではない。

 セドアは貧困していたわけでもなく、そういう難民収容などの面に関してはおおらかだった。特に子どもが少ない町だったので、子どもはむしろ歓迎されていたようだ。孤児院はそういう町に支えられて運営されている。

 ほぼ黙ったまま出て来たことは、かなり重罪だったらしい。

 吊るし上げられた。

 文字通り吊るし上げられた。恐ろしい。二度も体験したくはない。

 というかなんで俺だけ。シェリカ主犯だろ。後々知ったがこいつは書き置き残したらしい。どう違う。書き置きだけも大概じゃないか。こいつも罰を受けるべきだろ。つーか俺引っ張り出されたんだぞ。被害者だ。おかしいだろ。おかしいよな。おかしいと誰か言ってくれ。

 折檻じみた罰を受けたあと、部屋に通された。あれで一応許されたらしい。そういうところはあっさりしている。もうフィーロたちの部屋は別の子どもが使っているらしい。というわけで空き部屋を使う。当然のごとくシェリカと同じ部屋にされた。

 シアノッティは厨房にいるらしい、昼ご飯を作っているのだろう。手伝おうかと思ったが、そうもいかなかった。

 孤児院のみんなに囲まれて、てんやわんやとされては抜け出せない。

 大体が勝手に出ていきやがってとかそういう類の恨み言だった。家事やらが当番制なため、フィーロとシェリカが抜けたせいでスパンが短くなったとかそういう不平だ。なにそれ。

 あとは色々聞かれた。ローズベル学園はどんなところか、とかどんな奴がいたかなど。うちのメンバーは濃いので話題には事欠かなかった。

 ただずっとシェリカが不機嫌だったのはよく解らない。

「フィーロ!」

 バン、と扉が開けられた。

 息を切らせているので、走ってきたのだろう。

「やあ、久しぶり……リエラ」

「ひさ……久しぶりじゃないわっ。なんでっ……」

 涙目のリエラ。その耳は長い。亜人なのだ。フィーロはそういった他種族の人種を見慣れているのも、一重にこの孤児院に育ったからだ。

 リエラはちょうどフィーロたちと同い年。上の者たちはほとんど外へ出たので、おそらく年長者だ。背中に果物の入ったカゴを背負っている。仕事帰りなのだろう。

 いや、それよりも言うことがある。シアノッティと同様に、俺はこの子に色んなものを押し付けていたのだから。

「ごめん。勝手に出ていってさ……」

「謝るなら……最初からしないでよ……ばかぁ……」

「うん……そうだな。悪い」

「シェリカも……勝手にでていってさ……」

 涙を拭いながらリエラは恨めしそうにシェリカを睨む。シェリカは謝るのかと思えば、ふんと鼻を鳴らした。……はい?

「別にあたしの勝手じゃない。そんなの」

 おいおい。

「相談くらいしてくれてもよかったじゃないのっ。別にあんたはどこへなりと行けばいいけどさ……フィーロまで連れてって……」

「フィーロはあたしの大事な人だもの」

「あたしだって……! あたしたちにだって大事よ!」

 待て待て。

 なんだ。この熱気。

 雰囲気が変わってきたぞ。

 こう……触ると爆発しそうな感じ。

「もう十五よ? 自分の進路くらい自分で決めてもいいじゃない」

「だからなんでフィーロの進路まで貴方が決めるのって話なのっ」

 あれ。違う。思ってる展開と違う。

 二人ともなんで喧嘩腰なんだ。

 なんかこう、ごめんね、もうバカン、みたいな和解で終わるんじゃないの? なんで悪化してるの。つーかこの二人って仲悪かったっけ? やべぇ孤児院時代の記憶とか朧げ過ぎて覚えてない。

「あらあら……修羅場ねぇ」

「あ、シアさ……あいて!」

 フライパンでしばいた! 当たりのきつさがおかしい!

「ここでは?」

「……母さん。これどうしたら……」

「放っておきなさいな。乙女の戦いよ。優勝商品は精々眺めてなさい」

「……意味が解んねぇ」

「それより、昼ご飯運ぶの手伝いなさいな。少し豪華にしたつもりだから」

「つもりかよ……」

「グダグダ言わないで手伝う」

「うっす」

 のそっと立ち上がり、二人の喧嘩を横目にキッチンに向かう。棚から皿を取り出そうとしているシアノッティに近寄り、変わりに取る。

 シアノッティはフィーロの持つ皿を一枚取って、鍋のクリームシチューをよそう。それを眺めていると、シアノッティがおもむろに口を開いた。

「フィーロ。少し変わったわね」

「そうかな……多分、なにも変わってないよ。色々、忘れてたことを思い出しただけで、本質的には振り出しみたいなもんだよ」

「思い出した?」

「母さん……うん。俺たちの本当の母さんのこととか。焼かれた町のこととか、そういうの」

「そう……よかった……とは言えないけど。少し顔が上がったのがそのお陰なら、意味はあったのかもね」

「顔上がった?」

「あの頃よりは。ひたすら塞ぎ込んでた時期に比べればよっぽどマシね」

「そっか……うん。ありがと、母さん」

 シアノッティの手が止まった。

 なぜか頬を染めて、こちらを睨みつけた。

「いきなり言われると照れるじゃないの」

 この人でも照れるんだな、とか考えるのは失礼か。

 フィーロが苦笑していると、シアノッティは手をまた動かしはじめる。その皿を受け取り、テーブルまで持っていく。その往復を三度か四度繰り返したところで、また彼女は口を開いた。こちらは見ない。まるで言うべきか迷っている風でもあった。

「貴方の……」

「うん?」

「貴方たちの母親のお墓がある場所、あとで地図描いたげるわ」

「……うん。ありがと」

「さ、残りもきちきち運びなさい。下の子は腹空かせて駄々こねはじめるわよ」

「そりゃ怖い」

 肩を竦め、皿を運ぶ。

 運びながら思う。

 シェリカはどうなんだろう。あいつはすべてをずっと覚えていた。ならお墓のことも知っているのだろうか。孤児院で生活していた頃、お墓参りなどには行かなかった。そんなそぶりも見せなかった。

 もしかしたら、あの頃からシェリカが一番辛かったのかもしれない。俺はそれを支えることも出来なかった。

 ただ、自分でも解らないくらいに虚無で、すべてが色褪せていた。

 支えられていたのは俺だ。

 気付かなかったのも俺だ。

 こうして帰ってきて色々見えてくるのは、そういった自分自身の情けない部分ばかりで、それでも知らなければ俺はずっと情けないままだったろう。

 前を向けるようになった。

 なら次は前に進まなくては。

 振り出しにいる俺は、進む方向を決められる。

 せめて、これ以上情けない自分にならないように道を選ぼう。

 ぐぅ、と腹が鳴った。

 うん。差し当たっては、みんなでご飯を食べようか。そういう道も、きっと大事だ。見過ごしてきた色んなものを拾いなおせるなら、全部拾いなおしたい。

 欲張りかな。そうかもしれない。

 でもそれくらいは欲張ってもいいかな。

 あとで聞いてみよう。


◆◆†◆◆


 昼食を終えたフィーロたちは町長の家にいた。

 もともと依頼で来たのだ。その方が移動費の負担が減る。セドアの依頼が一件あったのは僥倖だろう。まあ、町になにかあったわけだから、両手を挙げて喜ぶにはいささか憚れるものがあるが。

 シェリカはボサボサになった髪を整えていた。ブスッとしてふて腐れているので、しばらくは機嫌が直らんだろうとフィーロは溜め息を漏らした。話し合いは俺の役目か。

「久しぶりだね、二人とも。元気そうでなによりだ」

 セドアの町長ヘンドリック・ロゴスは厳ついながらも人懐っこい笑みを浮かべた。齢六十だというのにやけに若々しい。

「はい。町長さんもお変わりなく」

「そういうフィーロは変わったね。少し、男の顔になった。男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが……」

「いや……そんな大層なもんじゃ……」

「謙遜は毒だよ。褒めているんだ、素直に受け取りなさい」

「うす……」

 町長は町の学校を運営している。

 大した規模じゃない。ローズベル学園のような大規模なものではなく、ちょっとした塾みたいなものだ。読み書きと計算、あとはアガタ国と周辺諸国の歴史。そういった生きていく上で必要な知識を学ぶ場を彼は設けた。しかも無償でだ。本人は「年寄りの道楽だよ」と笑っていたが、町長のしてきた功績は大きい。その分、町の信頼も厚いものだ。今回の依頼はそんな町長から出されたものだ。

 ラ・ドーマに存在する大規模なクランは《H&Bヒートアンドビート》。支部だが、それでもかなりの規模を誇る。鉄火場専門の冒険者が集まるクランだが、彼らはセドアの依頼を蹴ったらしい。

 《H&B》は大きな仕事や、ドでかい戦闘を好む。町長の出した依頼内容は「森に発生した危険の排除」。敵の詳細は不明で、襲われたのは町の林業関係者。つまり戦いに無縁の者。そういう者たちがやられたところで、敵の力量が計れるわけがない、というのが彼らの言い分だ。

 学園に送られてきた依頼は基本的にそういうものが多い。外部のクランが弾いた依頼が流れ着くのだ。学園に直接依頼を出すものがいないわけではないが、それは一重に「安い」からだろう。

 依頼の最終ライン。そこへ行き着いて寄越されたのは学生。町長の気分はあまりよくないと思っていたが、意外にも彼は笑顔を見せた。

「しかし君たちが依頼を受けてくれたのは本当にありがたい。黙って出ていって、ここが居心地悪かったのかと少し心配していたからね」

「依頼を見付けたのはシェリカなんですけどね」

 しかしこの依頼をシェリカはどうやって見つけたのやら。なんだかんだで一日に送られてくる依頼量は三千弱はあるのだ。こんなピンポイントで見つけるなんて結構大変だと思うが。

 シェリカを横目で見るが、未だに膨れっ面だ。聞き出せそうにない。別にいいけど。

「依頼内容の確認だけど、森の方で町の人がなにかに襲われるという事件が二件起きている。《H&B》は取り合ってはくれなかったけれど、私たちの町にとっては大事件だ。解るね?」

「件数や規模ではなく、襲われたこと自体が問題ですね。あそこはそこまで危険じゃなかった」

「確かに熊などもいるけどね、林業はそこまで深いところまで入らないし、縄張りから外れたところでやっている。つまり『なにか』が森に現れたんだ。きっとね」

「それの調査と掃討、それが主任務でいいですか?」

「うん。危険なことだし、正直子どもに行かせるのは私としては気が引けるが、君たちは冒険者の卵だ。必ず大丈夫だと信じているよ」

「……解りました。必ず」

 フィーロは神妙に頷く。まあ、主戦力はシェリカなんだが。

「じゃあ、準備してさっそく発ちます」

「頼りにしているよ」

「では……シェリカも膨れてないで、行こう。髪はあとで整えてやるから」

「ん……」

 微笑む町長にフィーロは礼をして、シェリカを促す。一応機嫌はマシになったらしい、ぶっすーとした表情は変わらなかったが、こくりと頷いてあとをついて来る。町長の苦笑が印象的だった。

 外に出て、後頭部を掻く。どうも、心に靄がかかっているようだ。釈然としないというか、気持ち悪い。

 町のことは心配だ。ここには今まで気付きもしなかった大事なものがいっぱいあったのだから。

 そう、大事だ。大事なはずだ。

 大事なはずなのに、どこか客観視している自分がいる。

 優先順位を付けているのだ。

 いや、誰にだって優先順位はある。自然なことだ。おかしいことでもないし、今までと取り立ててなにかが変わったわけではない。変わっていないはずだ。なにも。

 ただ怖いのだ。

 シェリカとこの町を天秤に掛ければ、俺は迷わずシェリカを選ぶ。

 予感とかではなく、それは確定している。そこに一切の迷いはない。

 それが怖い。

「フィーロ……?」

「ん、ああ。どうした?」

「顔色悪いわ」

「いや……なんでもないよ。町の人のためにも、頑張らないとな」

「そうね」

 まるで嘘を吐いているようで、胸やけが酷かった。


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