第二章(2) 思惑
◆Firo◆
翌日になって、俺は自分とシェリカの荷物を肩に担いで学園から出発する浮遊高速車両――通称ハネウマに乗りこんだ。
大陸中央部ミッドダムナ中域のカラムジャスタ機甲国は技術大国と呼ばれる。ナインエルド獣王帝国と中央の覇権を巡り鎬を削っていた国ゆえにその技術力の進歩は目覚ましい。前の戦争で最強を誇っていた獣王騎師団に対抗すべく、彼らは鉄の馬を作った。戦車と呼ばれるそれは大きな砲台を伸ばし、そこから圧倒的火力の砲撃を繰り出す。威力は魔術とほとんど差はない上に、魔術と違い詠唱なしでぶっ放せる。そしてなにより魔術反射の加護が通用しない。それは大きな驚異であった。
その戦争も停戦条約をもって一応の終結を見せている。丁度、大陸の三ヵ所で進められていた《冒険者養成校》のプロジェクトが軌道に乗りはじめたのも要因の一つだったのだろう。仲良しこよしとはいかずとも、彼らも歩み寄る努力をしているようだ。
ハネウマはそのカラムジャスタ機甲国の製造で、今では全世界の主な移動手段となっている。シェアもほぼ独占している。カラムジャスタ機甲国は高度成長期に入っているのだ。
亜人種撲滅協会《ユヴァラ》のテロ行為で打撃を負ったナインエルド獣王帝国は、それゆえに警戒を続けている。テロの復興は着実に進み、カラムジャスタ機甲国もそれに支援を出す国ではあるが、かつての敵国が弱っているのだ。いつ手の平を返してくるかもしれないと疑心暗鬼になるナインエルド獣王帝国の気持ちも解らなくはない。
事実、もちろん何もない――と言い切れないのが怖いところで、未だカラムジャスタ機甲国では兵器開発は予算編成の主な題目として取り上げられている。高度成長期ゆえの技術革新に、両国だけでなく、西のアブラハ三国から東の鸞明国くらいまで緊張の輪は広がっているというのが現状だ。
まあ、そんな微妙な情勢の位置に存在するのがセドアである。
とはいえセドアは実際はミッドダムナ中域からは若干外れている。正確にはアガタ国の一部なのだが、戦火に見舞われかねない位置であることに変わりはない。
「早く平和な世の中になってほしいねぇ……」
「セドアのこと?」
独り言のつもりだったけれど、シェリカが拾ってきた。フィーロも拾われては受け取るしかないので、うんと頷いた。
「今のところは大丈夫だけどさ、いつ戦争が勃発するかって思うとね」
「大丈夫でしょ。技術国はカラムジャスタだけじゃないし。技術力向上に目がいってるうちは何も起こらないと思うわ」
「まあねぇ……ナインエルドも昔ほど好戦的じゃないみたいだし」
それが退屈でバルドはあの国を出てきたのかもしれない。
あれが国内にいるだけで戦争の火種になりそうだから学園にいてくれてある意味よかったのかもしれない。考えすぎかもしれないが。
「セドアまでは一日かかるか……中継地はアルハーレン?」
「ううん。ラ・ドーマのほう」
「了解。じゃあちょっと寝るか」
「二人で寝る?」
「何、逆に聞くけど俺と寝たいの?」
「うん」
「うんって……」
冗談きついぜ。
「さ、横になりましょ」
「俺はあっちで」
「なりましょ」
「……」
「なりなさいよ」
「命令ですか……」
なす術なかった。
フィーロが臥せる横にシェリカが潜り込んで来る。
「なにも毛布まで同じじゃなくても……暑いだろ」
「丁度いいわ」
「俺が暑いんだけど」
「照れてるの?」
「そんなわけねーいたたたたたたたッ嘘です照れてます照れてます!!」
強烈な痛みが背中を襲った。万力でつねっているのかこいつは!
つーかそもそも毛布もいらん。冷房完備という素晴らしいハネウマの中で寝ると若干冷えるかもしれないからと運転手に渡されたものなのだが、それほど寒くもない。
むしろシェリカが横にいることで暑い。超迷惑。
「こうやって一緒に寝るの久しぶり」
えへへ、と笑うシェリカにご機嫌そうだなーとか小声で呟き、もういいやと諦めて寝ることにした。
しかし暑い。悪夢を見そうだ。
◆◆†◆◆
商業都市ラ・ドーマはアルハーレンよりも長い歴史を持つ。
ネームバリューというのはやはりどこでも存在するもので、流通だけでいえばアルハーレンの二倍はある。だから都市の大きさとしてはかなりのもので、国から自治領指定までされているのだ。
ハネウマはほとんど揺れることなく快適な旅を実現してくれ、目が醒めた時にはもう目の前に巨大なラ・ドーマの防壁が見えていた。
窓から乗り出してうわあと感嘆の声をあげるシェリカに苦笑をしつつ、フィーロも外を眺める。するとパンパンと空砲があがった。
「フィーロ! 花火やってる!」
「昼間から花火はやらねーだろ。でもそうだな祭じゃないか?」
「行きたいわ!」
「行けば?」
「フィーロも行くのよ!」
心底嫌だ。
まあどうせ嫌がったところでラ・ドーマで明日までいないといけないし、別に構わないんだが。なにが嫌って荷物持ちさせられることが解っているから嫌なんだよね。
ラ・ドーマからセドアまでは馬車で行く。
安全快適スピード重視のハネウマは速いが小回りが利かない。ラ・ドーマとセドアの間にある森――確か孤児院時代は入らずの森といわれていたか――を通らなければならない。森なので、ハネウマで飛ばせばものの一秒で木に直撃して爆発する。ぼーん。木っ端みじんだ。
そうなるとさすがに笑えないので、ここから先は馬車を利用する。
森は夜になると危険なので、朝まで待たなければ馬車はでない。出てるところもあるんだろうが、まあ合法じゃない。だから命の保証がないわけだ。
シェリカはそれでもいいと言っていたが、俺が嫌なので安全策を取った。逸る気持ちも解らないでもないが。つーかシェリカがあの孤児院にそこまで思い入れがあるとは思わなかったが。
ちなみに俺はない。単なる罪悪感と、けじめだ。
嫌いだったわけじゃない。孤児院の養母は優しかったし、笑顔の絶えない場所だった。あそこはきっと幸せだった。いろいろと失ってきた子どもたちの唯一の安寧の場所だったはずだ。
むしろ異物は俺だったと思う。
「ひねてるだけかな……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「そう? とにかく、剣を見に行きましょう!」
「あ、ああ。うん。そうだね」
街に入ると、そこは大変な賑わいだった。祭りではなく、どうやらショウをやっていたようだ。各地を巡っている大道芸の集団のようだ。人だかりであまり見えなかったので、シェリカは一瞬で飽きた。
中央部の広場は大きな市場となっている。俺はシェリカに腕を引かれながら、いろいろ見て回った。
というか剣を探しているはずなのに。気付けばアクセサリーを手にどっちが似合うかなどと聞いてくるシェリカに呆れるしかない。どっちでもいい。似合う似合う。
また触媒の専門店も数多くあり、こういう機会にとシェリカも学内では手に入らない触媒を買い揃えていた。しかし専門ではないし、聞き齧った程度の知識ではその触媒がなんなのかは解らなかった。このドロっろした液体の入った瓶は……アシュトプレグリンか。なんだそれ。
紙詰めにしてもらったそれをフィーロが受け取り、シェリカの後を続く。解っていたが、こうなるのかやっぱり。
溜め息を零しつつも順応してることに一抹の悲しさを感じる。
もはや定めなのだと腹を括り(というか諦め)、ぐいぐい引っ張るシェリカに「あんまり急ぐとぶつかるぞ」と諭しつつ後をついていく。
「次は……あ、あそこ武器売って――きゃっ!」
「ってぇ……」
言ってる間に人にぶつかって尻餅をつくシェリカ。
「あーだから言わんこっちゃない……スンマセン大丈夫ですか?」
「てぇなオイ。どこ見て歩いてんだコラ」
センスのあまりよろしくない服装を身に纏う男が、フィーロを睨みつけてきた。厄介なタイプに引っ掛かったようだ。どうしたものか。出来れば穏便に済ませたいが。
「いや申し訳ない。しっかりと言い聞かせますんで」
「そぉいう問題じゃねぇよカス。見ろや。俺の一張羅が泥ついたんじゃボケ。どーしてくれるんだテメー」
「本当に申し訳ない。おいシェリカも謝れって」
「う……ごめんなさい」
「謝罪なんざ求めてねーよカス。弁償しろっつってんだよオイ。百二十万だぞ百二十万」
それに百二十万はないわ。ダサい。
「いやーさすがに……」
「それともあれかァ? オメーらの身体で払ってもらおうか?」
「や……放してよ!」
男はシェリカの腕を掴んできた。
「シェリ……」
「おぉっと動くなよぉ? とりあえずこの女が頑張って俺たちに弁償してくれりゃぁ、許してやるよ」
囲まれていた。
最初から狙われていたのか。
全員で七名。正面の男はシェリカを人質にとって、男は下卑た笑いを浮かべた。手にはナイフを握っている。そいつをぴと、とシェリカの頬に付けた。
周囲は遠巻きに見ているだけだ。呼べば一応大都市なわけだし自警団がいるのかもしれないが、これでは助けも望めそうにない。
なるほど。ラ・ドーマの治安はやはりあまりいいわけではないようだ。自治領指定を受けているためか、アガタ国の法と独立している。そのため流れ者が行き着きやすい街でもあるのだ。当然ながらこういう無法者も存在する。
まあ、どうでもいい。
怖いとかそんなのはもうどうでもいい。
あれは敵だ。
俺の世界を脅かす敵に、法など関係ない。
奴らの命も。
「おい……シェリカを放せ」
「あ?」
「放せ……つってんだッ!」
男のナイフがシェリカから一瞬離れた瞬間に、フィーロは鋭く踏み込む。態勢を低く、屈むようにして正面の男の懐に潜り込み、思い切り男の手を蹴りあげた。
ナイフが男の手から零れ、宙を舞って後ろの方に飛んでいく。男は唖然として身体を硬直させたままだった。だがフィーロは止まらなかった。あげきった足の間接を曲げて、返す力で男の顔面に蹴りを捩り込む。
「ごあぁ……!?」
足が着くと、そのまま逆の足でストンプしてやる。
「て、てめぇ!」
仲間が一人、短刀のような刃渡りのナイフを突き出して向かってきた。
フィーロは足をさっと引いて交わしながら、裏拳で刀身を叩き折った。
「はへ……?」
「寝てろ」
間抜けた声を出す男の顔面にストレートをぶち込んで沈黙させる。鼻血が線を引きながら地面に臥したのを横目に、襲い掛かってきたもう一人に後ろ蹴りを食らわせようと身体を回しつつ接近したところで、横合いから得体の知れない殺気を感じて急停止する。
「――そこまでにしたらどうかな、諸君」
「……!」
フィーロはそいつから距離をとって下がった。見たところ、若い男だった。二十代くらいか。髪は長めだが、ガナッシュほどではない。線は細いが、爽やかというよりは精悍といった感じか。しかしなんだか妙な恰好をしていた。この真夏に白いロングコート。背中には赤く何かのマークが描かれている。十字架にも見えるが、なんなのだろうか。
突然の乱入者に戸惑っていた男たちが、ようやく我にかえったように怒鳴り声を浴びせる。
「な、なんだてめぇ! 邪魔すんな!」
「君たち、このままだと彼に殺されてしまうよ。死にたくなければさっさと去りなさい」
「んだと……!」
「ざけんなァ!」
「まったく……穏便に済ませようとしているのに。――ヴィオレディオス」
溜め息を漏らす男が何かを掴んだ瞬間、強烈な発光がフィーロを襲った。突然だったので目が眩み、顔を慌てて背ける。
視界が戻ると、フィーロはその光景に呆然と立ち尽くしていた。
何が起こったのか、一瞬理解が出来なかった。
男たちが地面に倒れていた。一人残らず。
死んではいない。呻いているので息はあるんだろうが、チンピラとはいえ五人を一瞬で気絶させるとは。明らかにただ者ではない。
男が腰に獲物を納めた。垣間見たのは短剣のようなもの。刃渡りもちらとしか見えなかったが三十センチもないだろう。
あんなもので五人を一瞬でノックダウンできるのか。
「……これは礼を言った方がいいのか?」
「いやそんなものは要らない。ここで殺しをされては気分が悪かったのでね。これは君を止めるためにやったんだよ」
敵意は見られない。だが、妙な真似をすればすかさず斬ると言わんばかりの気迫が相手にはあった。本物か。
だがそれはすぐに萎えた。
「――リカルド。騒ぎを立てないで」
同じような白いロングコートを羽織る女が現れた。洗練された歩き方が貴族みたいだが、何よりあの鋭い眼光は目の前の男より怖い。
「……メイディー。すまない。だけど私は人が血を流すところは見たくないのだよ」
「目立つ行為を避けろと言っているの。それよりグランゼとシンドの二人と通信が途切れたわ。どうするの?」
「……二人なら心配はいらないはずだろう。指折りの使い手だ」
「そう」
「だが用心は必要だ。予定を早めて回収に向かおう」
「了解。手配するわ」
なんの話かはしらないが、言葉を交わし、女は踵を返して去っていく。一瞬こちらに一瞥をくれてきたが、フィーロはなんとか留まった。目が超怖い。
「……では私はこれにて失礼するよ」
男がにこっと笑う。人懐っこい笑みだ。悪い人間ではないのかもしれない。ああそうだと男が振り返った。
「大切なものを守ろうとする姿勢は素晴らしいが、それ以外を切り捨てるのはいかなものかと思うよ、少年」
「……はあ」
なんなんだあれ。
まるで知ったような口を聞く。
悪い奴ではないんだろうが、あまり好きにはなれないタイプだとフィーロは思った。
「フィーロっ」
「シェリカ……怪我はないか?」
「うん……フィーロこそ」
「俺は大丈夫。それより、結構目立っちゃってるから場所を移ろう」
「う、うん」
シェリカの腕を引きながら、その場を離れる。
どうにも気分が晴れない。
多分さっきの男の言葉のせいだろう。
いや、それだけじゃない。
もっと違う、なにかを感じたのだ。
得体のしれないなにかを。
それがなにかまでは俺には解らなかったけれど。
とりあえず、シェリカが不安そうにこちらを見てくるので、笑ってごまかすしかなかった。
◆Conversation◆
「まったく……街中で神器を使うってどういうこと?」
「すまないと言っているじゃないかメイディー。それに出力は抑えたのだが」
「起動すること自体が問題だっていうの。一応作戦中なのよ? 喧嘩に乱入して……あの子どもにそれを見せ付ける意図が解らないわ」
「なかなか美形だったな」
「そっちの趣味? やめてよね」
「やはり血かな。あの人の子らしい判別だった。自らの世界とその他。徹底して比率が十対零。理屈は解るが、理解できない感性だ」
「……それ、冗談で言ってるの?」
「メーアさんの面影があった。あとは双子。瞳の色も一人がエメラルドカラーにもう一人がジェイドカラー。珍しい色だ。そうそういる組み合わせじゃない」
「それだけで断定は出来ないでしょ」
「出来るさ」
「あの子どもが……もしそうだとして、貴方の採点は?」
「運動神経は申し分ない。シンドといい張り合いが出来そうだ。適合はするか解らないが」
「でもどうして。知ってたの?」
「こだわるね。彼女が信用ならない?」
「やっぱりね……」
「君はもう少し彼女を信用するべきだ」
「出来るわけないわ。元は敵よ?」
「だが今は仲間だ」
「貴方がそういう限りは従う。それはいつも言ってるでしょう」
「まったく……君も意固地だね」
「……誰のせいよ」
「うん? なにか言ったかい?」
「なんでもないわ」
「そうか……けど、やっとあれが動く。悠久を生きた野花の剣が。彼がそれを動かせるかは解らないけれど……いやきっと目覚めさせる。不屈なる獅子の心を持つ者にこそあの剣は従うのだから……」