第二章(1) 夏の嵐
◆Unknown◆
二人の人間が森を歩いていた。
初夏の昼間に目深のフードで覆うその外套姿は陽気なこの天気から見ればいささか異様であった。それぞれが背負う剣がまた異質な雰囲気を醸す。
一人がうーあーと唸り声を発してから数秒後、勢いよくフードを取る。短く揃えられた髪に付いた汗が木漏れ日で光る。その容姿はまだ十代かそこらの少年のものだった。
「――あっつい! クソ暑いなオイ!」
「このくらいなら平気だが。ぐちぐち文句を言うなよ」
もう一人もフードを取る。そこから現れたのはおおよそ美形と言われる類の青年の顔だが、目尻のすぐ横から頬までを刻む不気味な傷がそれを台なしにしている。
「俺ァ北国出身なんだよ。暑いのは嫌なワケ。解る? つーかこんなクソ暑いフード被る必要あんの?」
「迷彩用だ」
「逆に目立つだろこれよォ! 作った奴馬鹿だろ!」
「俺だが」
「死ねよ!」
会話は異様というか馬鹿のそれだった。
「けっ……だいたいこんなとこにあんのかよ、本当に」
「あの人の故郷だ。情報を辿れば解るだろう」
「見つかったら俺が使ってもいいんだよな?」
「イニシャライズすれば使えるだろうが……お前にはもうそれがあるだろう」
「解ってねーな。歴代二本もこいつを扱う奴とかいねーだろ」
「それはパーソナルデータの重複が出来ないからだ。まさか二本扱えると思っていたのか?」
「え、出来ねぇの?」
「出来ん」
「じゃあ帰る」
「しばくぞ」
「つーかそれ回収する意味あんのかよ。使う奴まで探さなきゃいけねーんじゃねぇ?」
「いや、目覚めさせることに意味があるんだ」
「ふぅん……それでよぉ」
「なんだ?」
「気付いてるんだろ?」
「……ああ。五体だな」
二人は会話を止め、武器を手に取った。
同時に何かが木の上から飛び降りてきた。
それは二人とはまた別の意味で異様だった。
むしろ異常というべきかもしれない。
二人と同じように目深のフードの付いた外套。顔面には不気味なマスク。それだけなら変質者でいいが、異様に伸びた腕といい、骨のように細い足といい、一度見ればそれが変態だと解る。
二人は奴らをギギドと呼ぶ。
奴の作った玩具の一つだ。
「木の上にあと三体……あれは任せるぜ」
「ああ。下は任せろ」
刀身が光る。
それは彼らの戦いの徴。
少年は不適に笑った。青年の双眸が鋭く光る。
「あっちーから一瞬で片してやるよ、トルトゥリエ!」
「――Wake-up……Agurstasia!」
◆Firo◆
バキィ。
カランコロン……。
そんな虚しい音が響いた。
「……またか」
「ハハ……」
ガナッシュは溜め息を、フィーロは乾いた笑いを漏らす。
これで通算二十四本目だ。一週間でこれだけの剣を折った。
「どうやったら折れるんだ、そんなに」
「解んねぇよ」
普通に振り回しているだけなのだが、剣が見事に折れる。最短は三本目の一降りで折ったのだ。びっくりして逆に笑ってしまった。それがまだ三本目だったからというのもあるだろう。
十本超えはじめるともう笑いは生まれなかった。
どうも、あの黒い剣は黒玄石と言われる鉱石で出来ていたらしい。触媒にも利用される魔術伝導率のそこそこ高い良質の鉱石で、強度は鋼のそれを超えるという。
そうそう手に入る代物ではなく、武器屋でも流通はなかなかしないという。破格の値段で手に入れたのは単にあの武器屋が価値を知らなかったのと、シェリカの強引な値切りによるものだった。
クランコンテストの最中の事件でそれをボッキリ折ってしまったフィーロは、絶賛他の剣を探している。それでこの有様なのだ。笑えない。
「鉄鋼でも青銅でもだめってどういうことだ。何ならいけるんだ」
「前の剣レベルかな……」
「だから……それすらお前折ったじゃないか。二ヶ月で」
「いや……ハハ。マジでどうしよう」
「これから夏期休暇……ポイントの稼ぎ時なんだぞ。武器がない剣士なんて剣士とは言わん」
「いや俺お留守番でもいいよ?」
「お前は前線だ」
「やだ怖い」
「お前……あの時の勢いはどこに行った」
「何を言っているんだいガナッシュ君。奴は死んだ」
「臆病は生来か……」
げんなりと肩を落とすガナッシュの隣に立ち、肩を叩く。
「そう気を落とすなよ」
「お前のせいだろ!」
耳元で叫ばれると耳が痛い。困った。これはお留守番だな。
「――フィーロっ」
ギリギリと胸倉を掴み上げられながらもガナッシュの睨みを受け流していると、シェリカが近寄ってきた。近くに落ちた剣とフィーロを見比べて、溜め息を吐く。
「また折っちゃったの?」
「ああ……折れた」
「まあいいわ。それより、セドア行きの依頼取れたわ」
「お、凄いじゃん」
「何のことだ?」
ガナッシュは事情を知らないので首を傾げている。それよりも早く下ろしてくれないかな。そろそろ苦しい。
「セドアは俺たちの育った孤児院があるちっさい町だ」
「ああ……里帰りか」
「そーゆーこと。挨拶しなきゃならないし」
「でも、依頼なんだろう? 武器はいるんじゃないのか?」
「いざとなったらシェリカに任せるさ」
「お前……」
呆れた目を向けられるが、フィーロ的には戦わないことに越したことはないのだ。剣を取るのは、それこそシェリカのピンチの時だけでいい。つーかうちの姉は並の魔術士じゃないからね。放っておいてもそうそう負けはしない。
とはいえ、剣がないのは問題か。
どうしたものか。
◆◆†◆◆
「――フィーロの剣やて? あーオレ学科違うしなァ……短剣ばっかやで? 剣士学科やったらそれでもええんやろうけど」
「や、すまんな。お前のとか正直使いたくねーわ」
「聞いといてなんなんそれ!?」
レイジに一応聞いてみたけど駄目だった。生理的に。
しかしどうしよう。みんな大体自分の武器が確立してるから、どうにも貰えそうな相手がいない。
実を言えば所持金がヤバいのだ。
まあ、二十四本全部自腹を切っていたのだ。あっとういう間に財布の中身が無くなった。閑古鳥も鳴かない。単純に俺が泣きそう。
これ以上の浪費は抑えたい。
そういうわけで誰か武器が余っていないかと尋ね回っているのだが、芳しい返事は未だ貰えていない。
ちなみに他の人達はこうだった。
「フィーロ君の剣……すいません。わたし治癒士ですし……」
「………フィーロはあっちの逞しい剣があれば十分」
「死ね」
「あ? いや俺扇だしなー。バルドはどうよ?」
「俺も槍だ。というか武器くらい自分で探せ」
「俺はこの大剣だけだ……それよりなんだ……お前のところのユーリって……いやいい。忘れてくれ」
「私の触媒用の短剣なら百二十万リールで譲るわよ?」
「協力したいけど、わたしは斧だし……」
「わたくしの高貴な細剣をあなたが扱えるとは思えませんわ!」
「え〜とぉこの杖使う?」
「近寄らないでください!」
「あの、ガナッシュ様にこの編みぐるみを渡してもらえませんか……!」
「フィーロ君の武器かぁ……大丈夫だよすぐ見つかるよ! それよりデートなんだけど」
「あたし弓矢だしねー剣は使わないのよ。ツテは当たってみるけど……それでもお金はかかるわよ?」
まあ、期待はしてなかったけどな! つーかみんなまともに取り合ってくれてない。いや取り合ってくれてる人もいたけど。
まあ、武器を壊すなんてそうそうないことだし、自業自得なのもあるんだが。それでも多少は気を遣ってくれてもいいんじゃないだろうか。
「あ、フィーロじゃん」
しょぼくれて校舎を歩いていると、犬っころに声を掛けれられた。
「……誰?」
「ルツだよ! なんか酷くない!?」
「あーいたなそういやそんなん」
「そんなん!?」
「冗談だよ。泣くなって」
「泣いてねえしっ! それよりお前武器探してるんだって?」
「あーなんで知ってんの? ストーカー?」
「ちげーよ! モランから聞いたの! せっかく余ってるの持ってきてやったのに!」
「え、マジ!? やっぱ持つべきは友達だよなぁ!」
「……儚い友情だよな。まあいいや。ほら」
渡されたのは両刃の長剣。フィーロは鞘から引き抜き、刀身を見る。
「新品か?」
「んにゃ、中古品。良品だっていうから」
「大分綺麗だな。それに軽い」
「文句言うなよ」
「解ってるさ。ちょっと下がってて」
ルツが後ろに下がるのを確認してから、剣を構える。腰をすっと落として、踏み出す。
「だらぁぁぁぁッ!」
スポン。
ヒュンヒュン。
「……お? お?」
いきなり軽くなった柄を見ると先が無かった。
刀身が飛んでいた。
ちょうど渡り廊下の出入口からヴァイスが出て来た瞬間だった。その真横にダン、と刀身が突き刺さる。
「………」
「………」
視線が交差した。
「…………」
「…………せ、セーフ」
こっぴどく怒られました。
◆◆†◆◆
「あー……ヒデー目にあった……」
ヴァイスからようやく解放されるも、疲れがのしかかりうなだれたままのフィーロは、そのまま近くのベンチに座り込んだ。
剣がぶっ壊れるだけでこうも苦労するとは思わなかった。
早いところ変わりの剣を見付けなくては。
「つーか、剣にこだわる必要はもうないんだよな……」
フィーロの中のおそらく一つの変化。
今まで剣しか振れないフィーロだったが、実は今はそうでもない。もともと武器にこだわりがあったわけではない。単純に剣を振る事しか出来なかったからから、今まで剣を使っていた。
何より剣こそがフィーロにとっての『騎士』の象徴でもあったのだ。
だがここ最近、武器という武器がわりかしなんでも使えるようになった。しかも突然だ。
強いて言うなら近接武器全般。飛び道具だけはやはりあまり慣れなかった。自分の中でのイメージがブレるとでも言うべきか、とにかく飛び道具は相も変わらずといったところ。しかし槍やらなんやらと扱えるようになっているのは驚いた。
なんとなくもやもやして、ガナッシュあたりにやんわりと聞いてみたのだが、曰く「多分フィーロの中での武器の基本は『振り回す』ことだから、どれに特化しているなんていうものがそもそもないんだろう。クランコンテストとかで色んな武技を目の当たりにして、お前は単純にその時の記憶を感覚でなぞっているんだと思う」とのこと。
自分にそんな大それた力があるとは思ってないし、話半分で聞いといたのだが、もしそうなら俺は言い換えればあれだ。器用貧乏。
「嬉しくねぇ……」
広く浅くとかより狭く深くのほうが俺は憧れるんだけど。
まあ、正規の剣術を学んだわけでもないので、無意識に全部なにかに置き換えれば木の棒とさして変わらないというのは正直自分の中にはある。どうせ振り回すのにどうすれば効率的か、ということが一番の問題なのだ。
だからといって今さら剣以外の武器を使いたいとも思わない。
「我が儘なのかなー……」
「――あ、フィーロ。ここにいた」
ぼんやりと空を見上げていると、声を掛けられたので上体を起こした。
自分とそっくりの顔した奴がこっちを見て笑顔を作った。
「ああ、シェリカか。どうした?」
「出発の日程、明日だから」
「明日か。解った……って明日ぁ!?」
「何よ。不満?」
「いや……急すぎねえ?」
「早いに越したことはないでしょ」
「そりゃあそうだが……」
「途中どこかの町で剣を探せば、デートにもなるし一石三鳥よ」
「後半が意味解らんが……まあいいか。解った」
苦笑を浮かべる裏腹で、こういうときばかりは強引なシェリカに感謝しなければならない。
正直、本当はまだ怖いのだ。
自分に帰る資格があるのだろうか。いざ帰ったところで俺はなんと言えばいいのか。帰らねばならないという気持ちが逆に俺をがんじがらめにするかのように、足枷になる。
臆病な俺は未だここにいる。やっとこさスタートに立ったというのに、走り出せていない馬鹿なのだ。お笑いだ。
ただ、それでもシェリカとなら大丈夫。
根拠なんて一つもないけれど、俺はそう思っていた。
「うし、明日行くか」
「行くわよっ!」
太陽のような笑顔を振り撒くシェリカに、俺は困ったような微笑を向けた。
その笑顔は眩しくて、美しくて、羨ましい。
そんなことを思った自分が恥ずかしかった。
今さらか。
臆病な俺は、迷いごとさらいだしてくれる嵐のような奴を待っていたのかもしれない。