表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第一章 クランコンテスト編
36/54

第一章(35) 失楽園

◆Ganache◆


 どしゃっ。

 そんな生々しい音で、フィーロは地面に落ちた。まるで羽を失った鳥のように、無残な落ち様。

 次第に広がる血は留まることなく流れ出る。赤い池を作り上げるのに、さして時間はいらなかった。

「フハアハハハハハハハハハ! この程度か赤月の! 幾千の年を経てついにそこまで弱り果てたか! それで余の前によくも立てたものよのォ! 浅ましい……浅ましいぞ! アハハハハハハハハ!」

 贄の女王サクリファイスクイーンは喜悦に顔を醜く歪め、高らかに笑っていた。だが、醜悪な笑みを浮かべるその容貌はうら若い、妙齢の女のものとなっていた。

「そんな……」

 二の句が告げない。というかまず起き上がれない。腕にはシェリカ。あいつが必死で助けた自身の姉。軽いはずなのに、今は鉛のように重い。

 口の中が乾く。色んなものが渦巻いている。ボクの頭の中はもはや坩堝だ。ぐっちゃぐちゃだった。上手く現状が把握できない。

 生唾を呑み込んで、掠れる声で呟く。

「ま――まさか……死んだ……のか……?」

「いやあああぁぁぁ……」

 誰の悲鳴か。リリーナか。ユーリかもしれない。意外にクロアかもしれないな。あるいは全員か。誰でも一緒だ。

 今はそんなこと、重要じゃない。どうでもいい。

「くそ……笑えねえ……笑えねえぞ」

 エリックが吐き捨てるように言った。確かに、笑えない。

 こんな自体を想定していなかった。いや、冒険者として生きる以上ろくな死に方は出来ないと思ってはいた。でもこんな所で。冒険者養成のための学園で。死ぬなんて。

 これは、甘さか。結局覚悟していたつもりで、何もしていなかったということか。

「く……」

 顔が悔しさと悲しさと、そして罪悪感で歪む。

「ん……?」隣でエリックが目を凝らしていた。「あれは……まさか! おいルーキー!」

 エリックに呼び掛けられ、力無く首を上げて、エリックに視線を向ける。

「フィーロの奴、まだ微かに呼吸してる……ほら、生きてるぞ!」

 そう言われ、ガナッシュも目を向ける。微かに身体が呼吸で揺れている。弱々しいけれど、まだ生きていた。

「今なら間に合う! 助けるぞ!」

「ボクは……」

「呆けてる場合か! このままだとマジでフィーロは死ぬんだぞ! お前、クランカタハネのマスターだろ! それでいいのかよ!?」

 エリックは胸倉を掴みそうな勢いで叫んだ。いや、叱咤した。

 フィーロが死ぬ。現実味のない言葉だった。殺しても死ななそうな奴だというのに。骨折しながらも巨大な化け物の豪腕を片手で受け止めて、なお平然と生きている常識はずれの身体能力。そんなフィーロが死ぬ。

 信じられないし、信じたくない。

 だけどあの出血はやばい。誰でも見れば解るほどの命にかかわる出血だ。放っておけば、十分も待たずして死ぬだろう。即死していないだけでも奇跡だ。

 死。

 身近な者の死。

 ボクは一度それを味わったはずだ。自分の無力さを歎いたはずだ。何もできず、彼女にあんな思いをさせてしまい、そして後悔したはずだ。だから強くなろうとした。違うのかガナッシュ。

 なんのために強くなろうとしたんだ、ボクは。守るためだろう。

 ここでフィーロが死ぬのを、ただ見ているだけで、本当にいいのか。

「いいわけ……ないだろ! ――レイジ!」

「お、おう?」

「シェリカを頼む! 落とすなよ」

「ジブンは……いや聞くだけ野暮か。任せときー」

 合点してくれたらしく、レイジはシェリカを持ち上げて、にっと笑った。こいつ、変態じゃなかったら女にもっとモテたんじゃないだろうか。

「――俺の出番は無いと思って黙っていたが、そうでもないらしいな」

 不意に背後から現れたのはバルドだった。可変型の斧槍ハルベルトを携えている。そのままエリックに近付いた。

「ルミア、起きているんだろう」

「ええ……まあ」

 エリックの腕に抱かれていたルミアがうっすらと目を開けた。どうやら命に別状はないらしい。だがその顔は明らかに憔悴している。

「目の前で叫ばれちゃ……誰でも起きるわ……」

「う……わりぃ……」

 エリックが顔を引き攣らせた。

「起きているならそれでいい。加護を」

「少しは労れよバルド。起こした俺が言うのもなんだけどさ」

「……いいのよ。あの子がわたしのせいでああなったいるんだから……協力しないと申し訳ないわ」

 エリックの呆れ口調の言葉に小さく首を横に振り、すべてを察しているらしいルミアは呟くように言った。そしてバルドに視線を移した。

「武器を」

 バルドは斧槍を前に差し出す。ルミアは青白い腕を伸ばし、斧槍に掌を翳した。

「霊Lang護……FES・ARS・THINESS」

 掌を退ける。バルドも斧槍を引いた。

「前ほど強力じゃないわ……闇の精霊はわたしにも想定外だし、そもそも効くかも……解らないわ。弾くのがやっとだと思って」

「十分だ」

 バルドはこれ以上ないほどに嬉しそうな笑みを浮かべた。

「それくらいでないと……愉しめない」

 とんだ戦闘狂ベルセルクだ。

 ガナッシュはこいつが一番化け物なんじゃないかと思ったが、口にはださなかった。逆境を楽しむ気持ちは、本音を言えば解らないでもなかったのだ。

 とはいえ状況が状況だ。さすがにガナッシュは笑えない。正念場だ。ガナッシュは顔を引き締めた。

「エリック、貴方も行くんでしょう? 降ろしてくれていいわ」

「ああ、気をつけろよ」

「なんならオレが運びまっせ?」すかさずレイジがしゃしゃり出る。

「結構よ」一蹴された。

「ソデスカ……」

 レイジはしゅんとして俯いた。同情の余地すらない。ガナッシュは一瞥したきり放っておくことにした。

「俺も行こう」

「ヴァイス先生……」

 機を計ったかのようにヴァイス先生が切り出す。

「曲がりなりにも生徒だ。助けるのは教師の勤めだ」

 曲がりなりにもって。

 まあ、とりあえずこれで救出部隊は揃ったわけだ。心強い味方たちだ。絶対にいける。ガナッシュは太刀を持って構えた。

「三分で助けるぞ!」



◆Shericka◆


 剣戟の音が聞こえる。

 剣かどうかなんてシェリカ判断出来ないので、何か金属的なものがぶつかる音というのが正しいかもしれない。

「ん……」

 ようやく身体の機能が復活の兆しを見せる。黒い影に覆われてからどれくらいの時間が経ったか解らないが、最悪の寝心地だったことだけは覚えている。まるで気力を吸い取られていくようだった。

「目が覚めたんか」

「ん……ここは……」

「オレの腕の中や」

 フィーロの声じゃないのが一瞬で解った。なぜならフィーロの声はありとあらゆる全ての発言が脳内にインプットされているから。こんな声じゃない。発音丸きり違う。なんか……キモい。

 目を開けた。切れ目の男が目に入った。なんだこの男は。どこかで……ああ、クランの奴じゃん。名前忘れたけど。フィーロが変態と呼んでいたから変態という名前でいいかな。

 とりあえずあたしは変態の腕に抱かれているのか。

 なるほど。

 まずすべきことは解った。

「ごふあっ……!?」

 顔面をグーで殴る。変態はそのままシェリカを取り落とした。ここで着地できるほどの運動神経があればいいのだけれど、無理。尻から落ちた。

「いったぁ……何すんのよ!」

「いや、こっちの台詞やそれは! なにすんねん!」

「あんたがあたしを抱き上げてるからでしょ!」

「ほなどーすればよかったんや!?」

「地面の方が幾分かマシね」

「オレの腕は……地面にも劣るんかぁぁぁぁいぃぃぃ……」

 変態は頭を抱えて地面に臥しながら嘆いた。ざまあみろ。

 さて、一番最初にすることは終わった。次は現状の把握といったところか。妙に薄暗い、気色悪い天候だけど、一応学園。時計は持ってないけれど……いや持ってないから時間は解らない。

 先刻から聞こえる剣戟。そちらの音源に目を向ける。

「何よ、あれ……」

 変なものがいた。

 生き物、なのだろうか。動いてるし、生き物なんだろう。

 人の身体っぽいものの、首の上がいびつな球体で、その中心あたりからまた人の上半身が生えている。どんな二層構造?

 そいつの回りを黒いうねうねしたものが蠢く。それは化け物の足元から生まれている。もしかして、あれは影か。生きている影。なんだあれは。魔術? でもあんなものは見たことはない。

「シェリカさん……!」

 背後から走って来たのは爆乳女だ。もう爆乳って言うのムカつくから肉まんでいいかな。これでいこう。肉まん。ピッタリだ。

「怪我はないですか!? 具合悪かったり……」

「んなのないわよ。それより、どうなってんの? というかフィーロはどこにいるのよ?」

 ビクッと肉まんの肩が震える。胸も震える。腹立つ。というか何を躊躇っているのだろう。怪訝そうな顔をしていたら、肉まんは口を開いた。

「フィーロ君は……あそこに……」

「うん?」

 シェリカは肉まんの指差す方向に目を向けた。

 凍り付いた。

「嘘……」

 見たくない光景だった。最悪だ。

 これで二度目。

 もう、あんなことは起きないと思っていたのに。

 いつだって神さまとやらは、あたしたちに残酷な仕打ちをする。

 憎らしい。あたしたちにこんなことをする奴が。人の幸せを掻き乱す奴が。そして何より、こんな時に彼の傍にいなかった自分自身が。

 最愛の人が向こうで倒れていた。

 ただ倒れているのではない。血塗れだ。この距離でも解る夥しい出血をしながら。

 嫌だ。こんなの嫌だ。感情が整理できない。ごちゃごちゃする。沸騰する頭はすぐに臨界まで達した。気付けば肉まんの胸倉を思い切り掴んでいた。

「どう……なってるの……どうなってんのよ!」

「く、苦しいです……」

「答えてよ!」

「なら、アンタがまずその手を離しなさい」

 喉元に槍が突き付けられた。睨みつけると、そいつは猫耳女だった。肉まんの腰ぎんちゃく……いや備え付けのマスタードの分際で。鼻をツンツンさせるのが仕事のくせに人の喉をツンツンしてくるとは。しゃしゃり出るな。

 しかし話が進まないので、シェリカが折れた。一刻が惜しい。舌打ちをして手を離す。同時に猫耳女も武器を引いた。

「あの男はアンタを助けるためにやられたのだわ。あの化け物からね。今男どもが助けてようとしてる。影が邪魔して難航してるけど。まあ二分経過ってところかしら」

「まだ死んでない……のね?」

「助かるかもしれない程度なのだわ」

 まるで助からないほうがいいような表情だった。ムカつく。フィーロの代わりにこいつが死ねばいい。なーにがなのだわだ。

 けど後回しだ。

 出血量からしてこれ以上はまずい。ショック死してないだけでも奇跡だ。フィーロだからこそまだ生きている。時間は、ない。

「フィーロを助けるわ」

「シェリカさんは魔力を吸われてるんです……! 今行っても……」

「うるさい。フィーロを守るのはあたしの役目なのよ……なのに……!」

 歯軋りをする。

 結局、守られているのはシェリカのほうだ。なんとかフィーロの負担になりたくなくて、気丈に振る舞っていても、それで危険に晒すことも多い。

 覚悟はしていたはずなのに。あんなことがあって、フィーロが壊れてしまった・・・・・・・ときに。これからは自分がフィーロを守らなくてはいけないと思って。だからこそ必死で魔術を勉強したし、健康にも気をつけてきた。

 その結果がこれだ。

 でも、まだ間に合う。今度はあたしがフィーロを守る番なのだ。

 敵がなんだろうと、知ったことではない。フィーロのためなら神すら殺してみせる。

「絶対……守ってみせるわ……」

 そして神さまとやらに一言言ってやるのだ。

 シェリカ・ロレンツを舐めるな、と。



◆Ganache◆


「仲間を殺されて激情したかの! だが……温いわァ!」

 縦横無尽に襲い掛かる影。まるで化け物の感情に共鳴しているかのように荒々しく動いている。

「くそ……近づけない……!」

 ユーカリスティアをもってしても切り込めない。さっきのは手を抜いていたとでも言わんばかりの攻撃だ。凶暴性の増した攻撃。これは、あるいは魔力の補給が出来たということなのかもしれない。

「ルーキー! 活路は開くからお前はフィーロを!」

「あ、ああ……!」

「なら俺が先行してやろう……!」

 舞いを駆使して風を踊らせながら叫ぶエリックにバルドが呼応した。斧槍を構えて影の中に一気に飛び込む。

 迫る影を躱し、腕力のみで薙ぎ払う。消し去ることは出来ないが、あの影を払うとは。どんな筋肉してるんだあの人は。迫る影を薙ぎ払い、叩き潰す。伐ち漏らした分を、エリックの風が仕留めていく。

「早く行け、ルフェーヴル!」

「解った……!」

 一瞬とはいえ二人の絶技に見入ってしまっていた自分を軽く叱咤し、太刀を構えて走り出す。

 目指すはフィーロ。距離にして十メートル程度。それがこれほど果てしないとは。

 弱音を吐くところではない。すでに二分。これ以上はまずい。最低でもあと三分で到達しなければならない。

「レイジに行かせたほうがよかったかもな……!」

 頬を掠めた影を太刀で弾きながら、そんな弱音じみた言葉を吐く。

 とはいえ立体的直線移動が領分のレイジだ。フィーロに辿り着く前に全身蜂の巣になりかねない。あいつの速さスピードは時と場合にしか発揮できないというのが難点だ。

 だからといってここで一進一退していては意味がない。

 焦りのみが募る。落ち着けと言い聞かせても心拍数は上がる。

 影が迫る。右に一本、左に一本。前方からも三本。ここで退けばバルドの奮闘が無為に帰す。それだけはダメだ。

 ここは、前に出るしかない。

「ユーカリスティアァァァァァ!」

 蹴り足に一瞬体重をかけて、地面が爆ぜんばかりに蹴り出す。思い切り踏み込んで、左右の影を回避に成功。勢いに任せて前方の影を太刀で叩き付ける。水の精霊を纏う神具アーティファクトは影の触手を叩き伏せた。消し去るとはいかないでも、間隙が生まれた。

 ガナッシュは一気に飛び込んだ。

「――SHAAAAAAAAA!」

「な……!?」

 目の前にいきなり醜い姿の化け物が腕を一閃してきた。腕……というか鎌だ。認識するよりも速く、それをのけ反って躱しつつ、ガナッシュは太刀で斬り上げ、その腕の付け根から切断した。

「Syyyyyyyy……!?」

 腕を失った痛みから悲痛な悲鳴を上げる目の前の化け物。

 その醜い姿に嫌悪を覚える一方、ガナッシュは右から迫る物体を察知し、目の前の化け物を蹴り飛ばして後ろに飛びずさった。また後退か……クソ。

 目の前の地面が巨大な肉斬り包丁に叩き割られる。後退しなければああなっていたのは自分かもしれない。それを思うと好判断だが、今の状況が喜びを打ち消す。

 横槍突っ込んで人様の進路を邪魔するクソ野郎の顔を拝もうと顔を上げる。

「な、なんだこれは……」

 そして絶句した。

 そこかしこにいやがった。いや、現在進行形で増えている。地面から盛り上がって生まれてきたそいつらは、化け物という分類で括るには化け物に失礼とさえ思えるほどに醜かった。

 かち割られた頭から腐った脳を零しても動きつづけるモノ。犬かと思えば、顔は無残に刻まれ、本当にそれが顔だったのかも解らないモノ。見渡せばどれもこれも醜い様だ。吐き気すら覚える。

 今攻撃してきたのも似たような奴だった。デカイ頭に小さな身体。全身は焼け爛れていた。焦げてるのか腐ってるのかさえ解らない臭いが鼻を刺す。ガナッシュは後退りしていた。これはひどい。ひどすぎる。気持ち悪い。

 じりじりと近付くそいつの全身がいきなり縦に二分された。どちゃどちゃと嫌な音をたてて地面に崩れ落ちる。辛うじて人の形をしていたそれはただの腐ったどす黒い肉塊に変わり果てた。

 足音が聞こえた。肉をぷちぷちと踏む音。現れたのはヴァイス先生だった。どす黒い肉片のこびりついた剣を振って、払う。ガナッシュに近付くと、全体を見渡した。

「まさかここまで力が戻っているとは……」

 ヴァイス先生の表情は珍しくも驚きを顕わにしていた。

「な――なんなんですか、こいつらは!」

「《見捨てられ子》……《贄の園》の醜悪な女王の下僕どもだ……っと、」

 ヴァイス先生が言い終えるよりも早く、地面が盛り上がる。ヴァイス先生の「下がれ」という一言に弾かれ、飛びずさった。文字通り沸いて出た新手を斬り捨ててヴァイス先生は叫んだ。

「気をつけろ、どこからでも沸いて来るぞ……!」

 沸いて来ることにどう気をつけろというのか。

 しかしこの時間のないときに障害を増やすとは。どんだけ嫌な女だ、あの女王とやらは。

 ちなみにその嫌な女はけたたましく笑い声をあげていた。

「ハハハハハハハハハ! 染めてやるがいい醜悪で愛しい余の下僕ども! 存分にその憎しみを発散するがよい!」

 嫌な女――贄の女王の言葉に醜悪な下僕、《見捨てられ子》たちは歓喜の声を上げた。耳障りな声。そもそもこれを声と言っていいのか。

 地獄の亡者の呻きとも思えるその喚声に、ガナッシュは無意識に足が止まっていた。こいつらは異常だ。姿形の問題ではない。存在そのものが異常だ。

 これが贄の園。

 地獄といっても差し支えがない。

 刻限は迫る。どうすればいい。異形の化け物どもを斬り刻みながらどこまで進めるのか。影だって健在だ。次々に現れる障害。距離は離れているわけじゃないのに。こんなにも遠い。

 学部首席だと言ったところで、所詮はこの程度なのか。

 こうやってボクはまた同じことを繰り返すのか。

 何も出来ず、誰も救えず。

 無力だ。ボクは。

 力が抜けていく。これまで築き上げてきた自信が砕けるようだった。灰色の空を見上げる。悔しい。とてつもなく悔しくて、ガナッシュは唇を噛んだ。血が出る。だからなんだ。

「クソ……」

 無力な自分に腹が立つ。どれだけ立派な武器を持っても、扱う人間がこれでは意味がないのだ。仲間を救えない、無力なボク。ボクに誰かを守ることなんて、出来ないのか?

 怒りと悲しみとが渦巻き、ガナッシュはどうしようもなく叫んだ。

「クソぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「――天雅降BLAZE麗極Dept戒xxAxddImg清緋朱綴死DOGMA炎棘襲鎗」

 轟、と。

 敵が、焼失した。

 次々と。次々と。次々と。空から降り注ぐ流星……いや、槍だ。炎に包まれた槍。それが雨のように降り注ぎ、見捨てられ子たちをことごとく貫いた。

 これは魔術だ。火の要素魔術。しかも中級以上の威力。的確に敵を貫いている。闇雲な攻撃じゃない。狙っている。そして貫いている。一体誰がこんな神業じみたことをしているんだ。

 この学園でそれが出来るのはおそらく三人。そして今それが出来る奴。

 そんなもの考えつくのは一人だけだ。

 ガナッシュは振り返った。

 そこには周囲に焔を撒き散らしながら、シェリカ・ロレンツは立っていた。まるで気高い貴族か何かのように、堂々と。

 棚引く銀の髪は精霊の焔に照らされ、その翡翠色ジェイドカラーの瞳は宝石か何かのように光る。

 そのせいだろうか。こいつは甚だ不本意で、出来れば認めたくないのだが。

 その様はまるで、女神のように見えた。怒りに身を焦がす夜の女神。少し。いや本当に少しだけだが、美しいとか思ってしまった。

 まあ、あれが女神だなんてちゃんちゃらおかしいけど。どんな不良女神だ。イリアの美しさに比べたらまだまだだ。というかイリアこそ女神だ。だからこれは気の迷いだ。危機的状況に際してちょっと気が動転してただけだ。

 そして、その不良女神はびっと贄の女王を指差して高飛車に叫んだ。

「年増の分際で……調子乗ってんじゃないわよ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ