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すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第一章 クランコンテスト編
31/54

第一章(30) VS砂糖の塊

◆Ganache◆


「……くそったれ」

 ――危なかった。

 冷や汗ダラダラだ。というか死ぬかと思った。まあ、死なないんだが。とは言え心地いいものでもない。寧ろここでの死など最悪の気分だ。ただせさえ痛みがリアルだっていうのに。

「ほー。その剣、盾にもなるんだな」

「自分の身を守るのがやっとですよ……」

 エリックの口笛混じりの腹立つ感嘆に、ガナッシュは苦笑いで答えた。結局、己の身は守れても仲間の身は守れない。情けない話だ。

「みんな大体そんなもんだって。泣くなよ」

「泣いてませんが……」

「そか。んじゃ、そいつは汗か。イケメンの汗は爽やかだな」

「結構べたつくほうですがね……というかそんな話どうでもいいです」

 本当にマイペースな男だ。調子が狂う。

「なんにしても、自分の身を守れて初めて他人を守れるもんだろ。そんな気を揉むなよ」

「そんな簡単なものではないんですよ……コイツは」

 ユーカリスティア。ボクはコイツに救われた。

 ガナッシュに迫った危機に、ガナッシュ自身は反応出来なかったのだ。ユーカリスティアがその危機に反応した。自らの使い手を守るための行動……いや、違うか。自らの餌を守るため。コイツは水の盾を生み出した。しかもちゃっかり使用分の代金だけは頂いていた。まめな奴だ。

「まあ、助けられたのは事実か……」

 礼くらいは言ってもいいかもしれない。ユーカリスティアのお陰でボクは闘える。

 コイツはボクを糧にし、ボクはコイツを力とする。

 こんな関係がいつまで続くのか。そんなものは決まっている。願いが果たされるまでだ。そのためならこんな魂などいくらでもくれてやる。まだまだお前には働いてもらうぞ、ユーカリスティア。

 ガナッシュは波打つ太刀を構えて切っ先をエリックに向けた。

「ボクはこんなとこで立ち止まれないんだ!」

「そうかい」エリックは口許を吊り上げる。「そいつぁ愉しみだ。頑張って足掻いてくれ」

「余裕こいてられるのもそこまでだ……レイジッ!」

「どっせぇぇぇい!」

 待ってましたといわんばかりに吊り目の変態は一気に駆け抜けた。その速さは神速。目では捉えられない速さだ。

 レイジが次に姿を見せた瞬間には、エリックとの距離はもうあってないようなものだった。「もらったぁぁぁぁッ!」

「どうかな?」

「――骸xA辰天BluE犀極架戎蒼磐幻GOOPS戯纏SiMx葬棺雹剣」

 空気が冷える。目に見える程の冷気が頭上で渦巻く。まるで渦潮みたいにぐるぐると廻り。真ん中に収束する。

 顕れたのは氷の剣。

 ルミアの魔術だ。

 降下するそれの標的はレイジだった。「嘘ン!?」

「デッドゾーンだぜ」エリックは不敵な笑みを作りながら、扇を一閃させる。「そこはよッ!」

 同時に氷の剣が地面に突き立てられる。地面が霜に覆われたかのように凍りつき、冷気が充満する。全てを凍てつかせる必滅の冷気は、急に渦を巻いた。

 エリックの風で巻き上げられたのだ。

 言うなれば冷気の竜巻だ。

「レイジッ……!」「まだまだまだまどぅああぁぁぁっ!」

 ガナッシュが叫ぶと同時に、それ以上の雄叫びを上げてレイジが竜巻を突き破って出てきた。肩の辺りが凍りついていたが、気にする様子もなく着地。

「おらぁぁっ! こんなもんじゃオレは止まらんでぇぇぇ!」

 対の小刀を逆手に、レイジは稲妻の如く駆けた。

 再びエリックとの距離を詰め、右の小刀を細かく振る。エリックはそれを防ぐが、レイジは予測していたかのように左をアッパーカットのように下から斬り上げる。

 エリックは頭を引いて回避しようとした。

「く……」鮮血。浅くだがエリックの頬が裂ける。

「零蝕精TOAR鎧鏡雹障JiHeileX魔氷窮」

 距離をとろうとするエリックに張り付くレイジ。それを引き剥がそうとするルミアの魔術。呀雹槍に似ているが、あれは複数だったのに対しこちらは一本だけだ。すなわち一撃の重さは上と見ていい。だが――「させるか!」ガナッシュがそれを叩き落とした。所詮はユーカリスティアの敵ではない。

「レイジ、畳み掛けろ!」

「ぬぅらああぁぁぁッ……!」雄叫びを上げてレイジがラッシュを掛ける。

「うおっ、やべっ」

 緊張感の無い声とともに回避を続けるエリックだが、それは辛うじてなのか余裕の表れなのか。

 いや、余計なことは考えるな。確実に圧しているはずだ。確実に――

「ぬぉう!?」

「な……」

 不意に吹き飛ぶレイジ。

 何が。いや、そんなもの、考えられることなど一つしかない。浅はかだった。何が圧しているだ。考えれば解ることだ。

 エリックは風を操る扇術士だぞ。奴の武器は至るところにあるのだ。

「――突風注意だ。気を付けな」

 本当に。どこまでも。「気障っぽい!」

「酷評だなぁ」

 ガナッシュはレイジの横を走り抜け、エリックに斬撃を繰り出す――が、やはり躱される。避けざまに圧し風をる。風刃。至近距離から放たれる鎌鼬がガナッシュを急襲する。

「ぐっ……」

 身を捩って躱す。が、やはり避け切ることは出来ず、鎌鼬に脇腹辺りを裂かれた。構うものか。「――うおおおぉぉぉぉッ!」体勢の崩れたままで太刀を振るう。

「おう。危なっ」

「まだだ!」

 ユーカリスティアの刀身が膨れ上がった。いや、明確には違う。ユーカリスティアが纏う水の精霊が形状を変えたのだ。それは蛟にも似た頭を持っていた。一見して奇妙にも見えるが、威力は馬鹿には出来ない。

「喰らえ!」

 雨竜之牙。

 蛟よりは難度は低い、だがユーカリスティアだからこそなせる技だ。まあこれもオリジナルではないのだが。雨竜之牙は刀身が倍近くになる上に、こいつのあぎとは万物を砕く。接近戦では最強の一撃だ。

 大口開けて喰らおうとユーカリスティアはエリックに迫る。

「せいっ!」

 エリックは扇を翻し、舞わせる。風の刃が顎を裂き、頭を砕いた。悲鳴を上げて消えゆく雨竜。くそ。そううまくはいかないか。もはや半分予想していたことでもあるが、それでも悔しい。

「旋劉燭SixAxTOx蓮菖ELD破灰燼」

 しかも休む間も与えてはくれないらしい。

 炎に包まれた剛腕。明らかにまともに受ければ死が待っている。

 緋色のかいなが振り上げられ――そのまま正拳突き。それだけだ。拳は空を切っている。デモンストレーションと言っても過言ではない。だが、それは紛れもなく魔術なのだ。

 地を這う炎。油でも先に引いてたんじゃないかという感じに、それは真っ直ぐガナッシュに直進する。まるで地獄の業火みたいだと思った。同時にまだ焼かれる訳にはいかないとも。

「邪魔だぁぁぁ!」

 ユーカリスティアから大波が発生する。

 炎とぶつかり合い、巨大な蒸気を生み出しながら対消滅した。

「はぁ……はぁ……」

 押し寄せる虚脱感。はっきり言ってかなり限界値までアニマを喰われている。正直これ以上は命にも関わる。出来るだけ節約したつもりだが、ユーカリスティアを展開しただけでも魂は喰われるのだ。

 加えて今回までの戦闘で蓄積された疲労もある。

「ヤバいな……」ポツリと呟く。

「お? もうギブアップするか?」

「耳聡いですね」

「取り柄なんだよ」

「にわかに信じられません」

「そうかい」ハハハと笑う。「でも、実際そろそろヤバいんじゃないのか?」

「どうでしょう」

聖体の秘蹟(ユーカリスティア)だろ?」

「よくご存知で」

「有名な魔剣だ。それなりに冒険者やってたら嫌でも耳に入るさ。持つ者すら喰らう諸刃の魔剣ってな」

「大体合ってます」

「そうかい。それで俺は聞きたいんだが」エリックは形容しがたい表情だった。真剣、という言葉が一番しっくりくるだろうか。「命を賭けるほどの勝負なのか、これは?」

「……」痛いとこを突いてくる。

「俺は魂を喰われた魔術士を一度見たことがあるんでな……先輩として言わせてもらうが、もうそれ以上はやめとけ。――死ぬぞ」

「解ってます。自分のことくらい……解ってますよ」

「だったら、」

「単なる意地ですよ。負けたくないっていう、ただの意地です。それに仲間たちも頑張ってくれてる」

「責任っていうやつか?」

「そんなもんじゃないですよ。強いて言うなら自分のためです」

 カタハネはバラバラだ。どこまでも一つにはならない、バラバラの羽だ。

 考えなんか纏まったことはほとんどない。

 それでいい。

 皆、誰かのために自分勝手に動く。だからいいのだ。だからバラバラでも飛ぶことができる。飛距離は大したことはないけれど、それでも少しは飛んで行ける。

 それがカタハネだ。

 ゆえにボクはボクのために剣をとる。ボクの目的のため。ボクの思うままに戦う。

「だからボクは負ける訳にはいかないんだ!」

オトコだな」

「これで決めてやる、エリック・モンテディオ……!」

 ガナッシュ自身すら喰らおうとする喰神の剣を構え、再び力を宿らせる。その伝承の禍禍しさからは想像もつかない、美しい水の音が波紋を作る。

 ユーカリスティアを地面に突き立てる。

「仲良く喰らえ! 番大蛇……!」

 地面が砕け、二匹の大蛇が生まれる。しかし咆哮を上げる様は蛇ではなく、さながら竜。それが蛟だ。

「命知らずだなぁ……。こりゃ指導が必要か?」

「エリック……!」

「いい。俺がやるさ」

 ルミアの言葉を遮るようにエリックが扇を翻す。

「いけぇぇぇぇぇぇ!」

 二匹の蛟が唸りながらエリックに迫った。曲がりなりにも精霊を使役した要素魔術。ただ風を動かすだけの術に負ける訳がない。

 そう思っていた。

 しゃらん。

 爆音のような大蛇の轟きの中で、そんな音が聞こえた。それは澄み切っていて、とても美しい鈴の音のようだった。

「――風幻縛封」

 二匹の蛟がエリックに喰らい付く一歩手前で、それは起こった。

「な……消えた……?」

 消えたのはエリックじゃない。蛟のほうだ。

 蛟の頭が消えた。

 首を失った蛟は力が抜けたように身体を震わせ、ただの水となり地面に吸われた。動揺を隠せずにいるガナッシュに目もくれず、エリックはなおも扇を泳がせる。うっすらと目を細め、小さく呟きを漏らす。

「続いて風華旋衝」

 ばしゃっ。

 そんな音が上空でして、それから雨が降った。

 驟雨よりも激しい、バケツをひっくり返したみたいな雨は五秒かそこらで止んだ。

 ここは天井のある場所だ。空はない。雲すらないのだ。雨の振りようがない。解っている。頭では理解している。だが信じろと言われれば無理だ。

 エリックの風が蛟の頭を喰らった。

 有り得る現象か?

「扇術ってのはさ、技術じゃないんだ。知ってたか? 古来とある精霊と語らうための身体言語として編み出されたのが扇術なんだ」

「精霊……」

「風の精霊だ。俺たちの間じゃ“ジン”と呼んでいるが、ここらでは精霊と変わらんしな。要するに概念みてーな話だ」

「じゃあ、あなたは魔術士なのか……?」

「違うな。扇術士だ」

 魔術の系統を受け継ぐ異文化として、独自の精霊との交信を可能にした扇術。ゆえに魔術と同じ力を有する。そういうことか。

「く……」ガナッシュは全身を襲う寒気に脱力したように片膝を突いた。

「もう限界だろ。ここは無意識の海を切り拓いて作った空間。精神体としてサルベージされてい身で魂を削るんだ。普段よりもダメージは酷いはずだ。本当に帰ってこれなくなるぞ、お前」

「ボクは……」

「十分に頑張ったよ。一年だけのクランがここまで勝ちあがった前例はほとんどない。しかも俺たち相手にここまでやれてんだ」

 もう言うことなしだろ。

 言うことなし。そうかもしれない。首席の座にいるとはいえ、まだ一年生。技術も経験もエリックには劣る。最小最強のクラン相手にここまでやれたら今は十分かもしれない。

 ――そんなわけあるか。

 それは言い訳だ。埋まらない差を認めることになる。ここで勝たなければ次も勝てない。

 それにここで躓くようじゃ、いつまで経って大羅天には辿り着けない。

「……そうまでしてまだやるのか?」

「当然です……」

「ガナッシュ……もうこれ以上はまずいで」

「黙レイジ」

「黙レイジ!? なんでみんな略するんや!? すごい傷つく!」

「うるさい。諦めるくらいなら最後まで足掻くぞ」

「オレはそれでもええけど、ジブンはそうもいかんやん?」

「気にするな」

「マスターあってのクランやで? 気にするやろ」

「フィーロがいる」カタハネの中心はあいつだ。

「マスターの器やないやん。人を集めるだけで。まあかく言うオレもフィーロ大好きやけどな。得にあのケツ……」

「変態が。……ボクも器じゃないさ」

「一番マシや。だからオレはジブンに付いてくんや」

「なら、力を貸してくれ」

「……合点や」

 しゃあなしやで、とレイジは笑った。

「ならクロアを頼む。あのままじゃやられる」

「……いけんねんな?」

「余裕だ」

「合点。死んだらあかんで?」

「当然だ」

 レイジはギリギリ踏ん張り続けるクロアの方に向かった。その姿がぶれたかと思うと、掻き消えた。本当に速い。

「なんかこれ、俺たち悪役じゃないか?」

 苦笑いのエリック。しかし手心加えるつもりは一切ないらしい。扇を羽根のように開ける。

「まあ、いたぶるのは趣味じゃないが……死なれたら困るからな。終わらせるぞ?」

「まだ、終わりじゃない……」

 完全な強がりだ。正直、王手チェックメイトだ。打つ手はない。

 だけど口にはしない。

 諦めるつもりもない。

 レイジを向かわせたのも、ボクが耐え抜く間にスヴェンを倒せば勝てるからだ。皮算用でしかないが、それでも打てる手は打つ。

 それに、あいつもいる。

 まだ諦めるには早い。

 エリックが扇を舞わせた。「――これで終わりだ」

 終わりなものか。耐えてみせる。

 痩せ我慢と解りつつも、ユーカリスティアを握る手をきつくする。歯を食いしばりエリックを睨むように見つめた。

 そして――

「ガァァァナァァァァァァッシュゥゥゥ……」

 影が奔った。



◆Firo◆


 ちなみに言えば、というかちなみにって言うのは違う気がするけどまあいいや、獅子狩りっていうのは力の勝負ではない。百獣の王に対して力で勝てるなら、人類は裸でも荒野で生きていける。

 とどのつまり獅子狩りってのは知恵を使うのだ。

 幾多の罠や武器を駆使して翻弄して仕留める。それが獅子狩り。

 決して、今の状況みたいなものではない。

「ずぅぅぅおぉぉぁぁあああああ!」

「ぬおうっ!?」

 斧槍ハルベルトを地面に叩き付ける様は獅子ってより戦神だ。そいつを紙一重で避ける。冷や汗もんだ。

 一息吐く暇もなく、叩き付ける衝撃で飛び出したのか分裂した槍がバルドの手に握られる。それを横に薙ぎ払う。それだけで台風でも起こせそうだ。

「くお……」腰を後ろの限界近くまでひん曲げて躱す。

「どうしたぁッ! 俺を狩るんじゃないのかァ!」

「そうですよ!」

 とか返しても、いやはや。

 知恵が浮かばんのですよ。

 カッコつけてあんなことを言ったものの、具体的な策はありませんでした。はい。

 モニカのあの様をみていると、我慢ならなかった。人のことをとやかく言えた義理ではないが。それでも、仲間を軽んじるのは許せなかった。随分と自分勝手な物言いだ。

 しかし大見得きった以上勝たんと何言われるか……。そっちも考えると恐ろしいね。ぶるっちまう。

 フィーロはバルドから距離をとった。

 さて……どうしたものか。

 この化け物みたいな男に論理的な勝利など望めない。ラッキーが必要だ。運に委ねるというのは頼りない気もしなくはないが、それでも必要なものだ。運も実力のうちってやつだ。

 それに、厳密に言えば運などという要素は予測しきれぬほどの多くの行動が生み出す必然でしかない。

 とどのつまり、

「……ひたすらにやり合うしかないわけだ」

 偶然という名の必然をもたらすために。

 これはしんどいどころの話じゃない。いつ終わるとも知れぬ戦い。確実に心身が疲弊する。正直やりたくない。

「でもやらなきゃなあ……」

 薄っぺらいプライドだ。大見得きったことへの。なんとも情けない。

 フィーロは剣を水平に、切っ先をバルドに向けた。「――ほう」バルドの表情に笑みが浮かぶ。そしてバルドは再び斧槍を一つにして構えた。

 愚直なる破砕の突貫チャリオットの構えだ。

「貴様に本物の突貫を見せてやろう」

「へえ……本物と偽物があるんですか?」我ながら変な強がりだ。

「そこの一寸の役にも立たん奴のとは一味違うぞ」

 その物言いが気になってフィーロは何気なしに尋ねた。「なんでそんなにモニカに突っ掛かるんです?」

「あっちが突っ掛かってるんだがな」

「モニカがおかしくなったのは先輩と戦うことが決まってからなんですよ」

「それで?」

「なんかあったんだろうと思いましてね」

「お前には関係ないことだ」

 吐き捨てるように言ったバルドの表情は、とても人間らしかった。後悔するような、苦しんでいるような。少なくとも、さっきみたいな戦いを楽しむ顔ではなかった。

 やはり、二人の間には何かあるんだろう。

 それが今回の窮地に繋がっていると言っても過言ではなかろう。

「まあ、関係ないことですね」

 それはきっと俺の関わることじゃない。

「少し気にはなりますけど」

「知りたければ俺を越えてみろ。いくぞ! ――Chaaaaaaaaaaaaaaaarge……!」

 野太い喚声。

 バルドの愚直な突撃は地面を抉り取るような突撃だった。ケツにロケットブースターでも付いてんのか? シャベル要らずだな。穴穿ってら。

 音に表すならズガガガとバリゴシャといったとこだな。

「人かよホントに」

 いやまあ獣人だけどさあ。

 フィーロは剣を構えたままバルドを凝視する。考えろ。あれに勝つ方法を。

 まともに受ければ木っ端微塵。素晴らしい臨死体験ができるだろう。夜も眠れないだろうね。

 ん、いやまてよ。

 ふと思う。

 あの武器を破壊することは可能だろうか?

 俺は戦うことが怖い。だが、どちらかというと人を傷付けることを恐れている。きっとその原因は俺の過去にあるんだろう。

 思い出したいとは思わない。それは今の俺だけでなく、昔の俺も望んでいる。そして多分、シェリカも。別にそれはそれでいい。嫌なことをわざわざ思い出す必要などない。

 そこでだ。俺はあの武器だけを破壊することを考えてみたらどうなんだろうか。人ではなく、物を狙えばあるいは。

 相手を無力化する。

「やれば出来そうだな……」

 可変型武器バリアブルウェポン

 柔軟性に富んだ形状の変化などから明らかに丈夫。さっきから武器を狙った攻撃で空を斬った感触以外を味わったことはほとんどない。可能かといえば困難。

 だがやれることはそれしかない。

 まあとりあえず。

「こいつは躱すしかねえっ!」

 横に飛ぶ。さっきまでいた場所が吹き飛んだ。

「むう……! 避けるとはな、がっかりだぞ!」

「そんなもん当たったら死ぬわ!」もう敬語使うの忘れてる。

「死を恐れて戦士になれるものか!」

「あいにく俺は剣士なもんで!」

「俺の祖国最強の剣士団、鷹剣尖兵師団ディヴィジョン・オブ・ブラットリッターは死を恐れなかったぞ!」

「感覚麻痺ってるだけだ!」そんなイカれた集団と一緒にすんな!

「ゆえに!」右足を鎚のように地面に叩き付けた。「貴様は三流に過ぎん!」

 話聞けや。

 聞く耳もってくれないバルドの右足を軸にした、豪快なブン回し。なにをかやいわんや、振り回しているのは斧槍だ。容赦のない一撃。岩など粘土か何かみたいに粉砕しそうな回しっぷりだ。まあ狙いは俺だが。

 フィーロは剣を握る手をほんの少し緩めた。

 剣は決してきつく握るものではない。手首を使うためには出来る限り柔らかく持たなければ。単純に、あれと思いっきり打つかって手が痺れるのが嫌なだけでもあるけど。

 一瞬で加速する。レイジには及ばないが、スピードはそこそこある。

 三流上等。

 やれることやれるだけの力があれば別にそれでいい。一位である必要などないのだ。

 そして、三流の俺は全力でその武器を壊す。

「せあああぁぁぁっ!」「るぅああぁぁぁぁぁっ!」

 咆哮。

 腹に溜めた空気を一気に吐き出すように、声をあげる。

 激突。

 同時に衝撃がくるかと思ったが、若干の沈む感覚。やはりやるか。半ば予想していたから驚くこともない。目の前で分裂をし始める斧槍。沈む感覚は一本が分離した証拠。スライドするような、なんとなくバタフライナイフを連想させる動き。壊せんのか、これ?

 沈む感覚もそこそこに、フィーロの剣は残った槍に受け止められる。便利な武器だなー。

「結局は無為な剣劇だったようだな!」

 挑発的な物言いばっかだなあ。

 煽って煽って。この人はなんなんだろう。相手を本気にさせたいのか? 怒らせて。それでその上から叩きのめすと。

 うわー性格わりー。

 よくクランなんか組めたな。あの性格で。……いや組めるか。カタハネがいい例だ。ここまでてんで噛み合わないどころか噛み付き合ってばかりのやつらがクラン組んでるんだから。

 言ってて悲しくなんな。

 とりあえず目の前のことをなんとかしよう。煽って来てもらってるんだから、しっかり便乗させてもらうことにしようか。

「――敢えて言うなら無為ではないですよ……!」

 偶然っちゃあ偶然だが。

 それもまた必然だ。

 バルドの斧槍の構造が見えた。

 何も難しい話ではない。基本骨子となる言わば“芯”に、他の槍やらなんやらが部品のようにくっついている。ただそれだけの構造。合体分離とは言い得て妙だ。

 つーかなんでこんなもん気付かなかったんだ?

「武器に遠慮はいらねーもんな!」

 フィーロは間合いを詰める。下がるのではなく、詰めた。「だらああぁぁっ!」剣を思いっきり横に薙ぎ払う。

「何っ……!?」

 バルドの分離したほうの槍が手から離れた。

「やった……!」

「くっ……」

「そのまま全部削いでやる!」

 我ながら、すげえ調子に乗っていた。



◆Monica◆


 何が起きたか解らなかった。

 超絶馬鹿阿呆変態間抜けカス塵野郎のビンタをくらって呆然として、ああこれが終わったら殺菌しなきゃと思いながら奴の戦う、というかやられている姿を見ていたが。

 槍を弾き飛ばした。

 すなわちバルド握力を上回る一撃ということだ。

「どういう……」

「きゃあああフィーロカッコイイ――――ッ!」

 うっせ! このアマうっせ!

 金切り声みたいな声援を送るこのアバズレ魔女をとりあえず消去したい。

 しかし。

 あの男、あんな膂力があったのか。いや、実際この目で見たことはある。炎の鬣の巨大な腕を受け止める姿を。しかもあの時受け止めのは片手だったはずだ。

 異常な腕力。

 特殊能力と呼べるかは解らないが、身体能力は高いのは知っている。でもなんで今更になって発揮しはじめたのか。戦うことすら億劫だと最後尾の位置を不動のものとしようとさえ画策するようなへなちょこ剣士なのに。

「二本目だ!」

「調子に乗るなァァァッ……!」

 バルドに斬り掛かる様からは普段の臆病チキンぶりは見られない。

 意味が解らない。今まで出し惜しみしていた? アタシに見せ付けるためにずっと臆病者を演じていたのか? だとしたら。

「……殺してやる」

 なんて嫌な野郎だ。

 陰険だ。

 変態だ。

 雑菌だ。

 (F××K)(F××K)(F××K)

 絶対除菌してやる。なにが「シェリカを守れるか?」だ。ふざんけんな。死ね。お前はユーリ守れんのか。馬鹿が。触らせるか。病原菌の分際で。アタシのユーリに触らせるか。ユーリを守るのはアタシだ。

 陰険変態雑菌超絶馬鹿阿呆変態間抜けカス塵野郎め(変態二回言ってる)。 お前は大事な『おねえたま』といちゃついてろ。ツインテール生徒会長と無口ロリ女を控えにとってせいぜいウハハしてろ。

 でもな、

「ユーリはその中には絶対入らせない!」

 何がなんでも阻止してやる!

「ユゥゥゥゥリィィィィィ……!」

 愛は盲目。

 モニカは全力で駆け出した。

 ユーリ目掛けて。

「……なに? あいつ……」

 シェリカが珍しく呆然とした表情でその背中を見つめた。



◆Firo◆


 寒気がした。不当な怒りも感じた。

 攻撃の手はしかし緩めない。

 ひたすら斧槍を狙う。接合部分を弾き、何度も攻撃を加える。負荷が掛かればいつかは脆くなる。地道な攻撃をヒットアンドアウェイで繰り返す。

「ちょこざいな!」

 火の粉を振り払うようにバルドは斧槍を一閃させる。

 フィーロはそれを躱して斬り上げる。斧槍が分裂をした。構わず攻める。分裂した一本をバルドが掴むよりも速く剣で弾き飛ばす。明後日の方向に飛んで地面に刺さる槍。

「ぐ……」

 バルドはそこで身体をよろめかせた。おそらくこの戦いの中で初めてとも言える、言わば仕留める機会チャンス。これが最初で最後かもしれないくらいだ。

 フィーロは剣を袈裟掛けに片の辺りでで振りかぶる。

 バルドの表情が見て取れた。驚愕するような、それでいて嬉しそうな。

 そしてフィーロは、

「……っ」

 硬直していた。

 動けなかった。いや、動かなかった。一緒か。

 バルドが反対の手に握る斧槍を横に薙いだ。咄嗟にそれを後ろに下がって回避した。剣を握る手がだらんと下がる。それを見遣る。

 結局はこうなるか。

「貴様……どういうつもりだ」

 睨み据えられている。バルドの怒気を孕んだ声に、フィーロは声が出なかった。

「今のは情けか何かか?」

「俺は……」

「ふざけるなよ。一年に情けをかけられるほど、俺は落ちぶれてはいない」

 情け。そんなんじゃない。俺が情けないだけだ。

 そんなことを説明するのさえ馬鹿馬鹿しい。言い訳にしかならないし、余計に怒らせるだけだ。火に油を注ぐ行為をする気はない。

 でも黙っていたところで解決するわけでもない。

「出来ることを……するんだ」

 武器なら剣は届く。

 俺の剣にも意義はある。

 なら、それでいいのだ。

「挑発のつもりか……?」

「そんなんじゃないです。俺は俺の戦いをするだけです」

「甘さだな」

「臆病なだけです」

「貴様はそれが解っていて何故俺と対峙する?」

「さあ……なんででしょう。それでも守らなきゃダメな奴がいるからでしょうかね」

 苦笑がフィーロの顔に浮かぶ。

「……やはり貴様は甘いな」

 バルドは腰をぐっと下げて重心を落とした。少し細くなった斧槍を構える。散らばった分は拾う気はないらしい。これで決めるつもり、ということだろうか。

「あの時剣を振り下ろせば良かったと後悔させてやろう」

「もうとっくに後悔してますよ」

「なら存分に後悔しろ」すう、と息を吸い込む。「――Ruuuuuuuuuuuuuuushhhh……!」

 地が爆ぜる。

 音速かと思うような速さで迫るバルド。

 フィーロは剣を構えて、「なっ……」驚いた。

 次第にバルドの姿がぶれはじめ、分身したかのように沢山のバルドが現れた。影分身というやつか。あの巨体で。

「これが荒れ狂う刹那の驟雨(アバランシュ)だ!」

 フィーロの身体を蜂の巣にせんと迫り来る斧槍の怒涛の連続突き。モニカが使った覚えはない。だが名前がある以上それは竜槍騎兵師団ディヴィション・オブ・ドラグーンの技なんだろう。

 目を見開き、バルドを見据える。

 否、槍を見る。

 剣を斜めに突き出す。槍とぶつかる確かな感触。側面を削るように滑らせ、接近。バルドの表情が少し変わった。

 狙うはあくまで斧槍。

 フィーロは身体を斜めに滑らせるように捌きつつ、剣を翻した。

 斧槍の接合部分を刃が狙う。「だあああっ!」叩き付けるが感触は沈む。分裂。いい。解っている。これがバルドのパターンだ。バルドは強力なアタッカーだが、戦法は基本的にカウンター主体の受け身系だ。こっちが攻撃すれば必ず斧槍のトッリキーな動きが襲う。

 可変型武器の特性からか、梃子のようにぶつかった力点となって跳ね上がる。なかなか腹立つ仕組み。とはいえ、

「――いい加減覚えましたよ!」

 どこがら跳ね上がってくるかくらい、だいたい覚えた。この身で体験したものもあれば、向こうから分裂させたものもあるが。あとはあの時の喧嘩殺法みたいなタコ殴り術の時の分で一度バラバラの状態を見た。そんだけあればあとは大まかな予想はつく。

 そして予想が出来るということは、予測も出来るということだ。

 跳ね上がる斧槍。部分的には斧か。どっちにしろ関係ない。フィーロはそれを剣で振り払った。小気味よい音を立てて明々後日の方向に飛んでいく。

「ちい……! あくまで俺の槍を……!」

 バルドがこちらを向いたまま、後ろ向きに駆ける。後退しはじめた。その先は突き立てられた槍。フィーロが飛ばした一本目だ。

「させるかァ!」

 それを察知したと同時に追う。そう距離はない。フィーロとバルドとの距離も、バルドと槍との距離も。取られるわけにはいかない。一気に詰める。

 剣が届く範囲まで距離が縮まる。

「く……!」

 振れば。

 横に剣を一閃させれば、容易く片が付く。

 だけど俺は。柄を握る手が汗ばむのを感じる。

 どうすればいい。俺はどうすればいい。決まっている。剣を振ればいい。だが出来るか? 言うまでもなく、否だ。きっと俺は剣を振れない。

 もう槍との距離はほとんどないに等しい。

 畜生が。

「――烈Xo儕Ray穿雷瘡」

 紫電が奔った。

 それが槍に直撃し、槍は弾け飛んだ。「なに……!?」

 バルドの言葉には概ね同意だが、誰の仕業かくらいはすぐに合点がいった。

 シェリカか。

 一瞥するとしたり顔の姉がいた。腹立つことに、すごいいい顔してた。いや、魔術を一度弾かれてるんだからさ、もうちょっと警戒とかしないのか? 結果オーライだが。

 フィーロはバルドの懐に潜り込み肘で打った。「ぐお……」かった! 超硬い。鉄板でも仕込んでんのか?

 しかしバルドは一撃でのけ反る。

「先輩、俺は“盾”なんですよ」独白のように自然に言葉が洩れた。「だから剣を振るう必要はないんです。“剣”なら他にいるんで。とびきりのがね」

「貴様……!」

「では、お背中御免!」

 バルドが何か言おうとしたが、それを遮るように背中を蹴る。見事なドロップキックであったと自画自賛する。若干心の奥底がズクンと疼いたが、これくらい我慢だ。過去何かが俺にあったとしても、それはどんな形でも向き合わなければならない。それが自分の場合はこの胸の痛みだ。

 それだけのことなのだ。

 ドロップキックを受けて、バルドは吹き飛ぶ。

 しかし空中で態勢を変え、背中を地面に打ち付け、転がった。三回ほど転がったと同時に片膝を突いて起き上がる。

「まだだ!」

「こっちもまだだ!」

 フィーロはそれを見越し、距離を詰めていた。飛び掛かり、空中で三度蹴る。バルドが槍でそれを防ごうとするが、態勢がまだ整っていなかったのだろう、その大きく後退する。

 フィーロは一気に踏み込み、バルドの手元を蹴り上げた。

「ガァァァナァァァァァァッシュゥゥゥ……!」

 ついにバルドの手から槍が離れる。フィーロはだがそれに一瞥も与えず、蹴り上げた足を地面に叩き付け、それを軸足に回し蹴りを見舞った。

「がっ……」

「お前が締め括れェェェ!」



◆Ganache◆


 叫び声が流星のように耳を襲うとほぼ同時に目の前に飛び込んできた影の正体は意外な奴だった。

「バルド!?」

 エリックが思わず扇をぴたりと止める。踊るように舞っていた風が散った。

 ガナッシュも驚きに目を見開いていた。バルドだ。あの巨大な獅子が目の前に吹っ飛んできた。エリックもルミアも信じられないといった様相だ。確かにそうだ。重戦車みたいな男が吹っ飛んできたのだから。

 そしてそれをやってのけたのはおそらく、

「お前が締め括れっつってんだボケぇぇぇぇぇぇ!」

「フィーロ……」

 蹴り飛ばしでもしたんだろう、金髪をボサボサにしながら着地し地面を滑る。それを眺めるように見ているガナッシュを叱咤するようにフィーロは叫んだ。

「ボサッとすんな! それでもカタハネのマスターか、ガナッシュ!」

「ボサッとなど……していない!」

 言いたい放題言いやがって。

 普段サボるくせにたまに頑張るとこれだ。まあ、これぐらいがフィーロらしいとも言えるが。

 まあ、そんな気は少しはしていたさ。

 期待していたと言ったらそれはなんだか負けた気がするから言わないが、それでもフィーロが何かするだろうくらいは薄々思っていた。

 覇気なしやる気ゼロ根気皆無のフィーロだが、あいつはシェリカがいる限り剣を手にとる。あいつがこの学園に入った理由はそもそもそこなのだから。

 だから、シェリカのためならフィーロはなんだってやるだろう。

 なんだかんだで、フィーロはシスコンだ。まあ、本人は否定するだろうが。

 口許を緩める。

 この勝負はおそらく、というか完全に負けだ。

 だけど、試合には勝たせてもらおう。どっちかくらいは勝っとかないと、こっちもやる瀬ない。

 ユーカリスティアを握り締める。一撃。あと一撃だ。喰った分はしっかり働けよ、相棒。

「おおおおおおおおおぉぉぉぉ……!」

 エリック・モンテディオ。

 次こそ勝ってみせよう。今回は負けたが、決して届かない強さじゃない。だからもっと強くなろう。彼の地を目指す者として、越えてみせる。

「――喰らい付け……蛟!」

 大口開けた水の大蛇は、猛然と獅子に喰らい付いた。


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