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すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第一章 クランコンテスト編
26/54

第一章(25) 前夜

◆Ganache◆


「……というわけで、済まない」

 そう言ってガナッシュは頭を下げた。

 ここは部室スタジオだ。

 緊急のミーティングということで、ガナッシュは全員を集めた。そして、クジ引きの結果を公表。自分のクジ運の悪さを嘆きつつ、全員に頭を下げたわけだ。

 さあどんな罵りが来るかと心の防御力を最大強度にして待ち構えていたが、周囲の反応は意外にも「ふーん」といったものだった。それは余裕ととっていいのだろうか。

「ま、引いたもんは仕方ないわな」

 小さく口元をゆるめてフィーロが言った。この中では一番まくし立てそうな奴がそんなことを言うもんだから、ガナッシュは驚いて目を見開いた。

「そうね、フィーロの言う通りだわ。仕方ないわ」

「そうですよね、フィーロ君の言う通りですよね」

「ちっ……」

「えっ……!?」

 フィーロの言葉に呼応するかのように、というか完全に呼応してシェリカとユーリもガナッシュを赦免。ただし舌打ちについては触れないでおく。ただ、いい加減学習しろとは思うが。

「………しかたない」

 遅れてクロアもそう言った。

 あまりにあっさりしている四人の態度に、拍子抜けする傍らガナッシュは思った。

 なんだろう……

 すごく――気持ち悪い。

 想像ではフィーロあたりがいろいろ罵ってくると思っていた。なんせ相手は優勝候補のランプ・オブ・シュガー。怒涛の如く「ふざけんなァァァ」とわめき散らすとばかり思っていた。

 いや、もしかしたらフィーロにも剣士としての自覚が生まれてきたのかもしれない。それはそれで喜ばしいことだ。

「で、ガナッシュ。話はそんだけか?」

「あ、ああ」

「そっか。んじゃ解散といこう」

「いや、明日の作戦も練ったほうがいいんじゃないか?」

「さくせぇん?」

 フィーロは首をかしげた。眉をひそめて、「何言ってんのコイツ」みたいな表情でガナッシュを見た。

「んなもん棄権だ棄権、はい決定〜。じゃ、解散」

「待て待て待て待て」

 帰ろうとするフィーロの肩を掴んで引き止める。

「なんだよ」

「なんだよ、じゃない。棄権ってなんだ」

「自らの意志で権利を棄てる。すなわち棄権」

「意味を聞いているんじゃない! というかお前まさか既に諦めてるなっ!?」

「いや、勝てるわけねーし」

 フィーロはやる気なさげに肩を竦めた。滅茶苦茶イラっとした。

「一試合二十分で終わらせるようなクランだぞ? 常識で考えたまえよ、キミ」

 やれやれと言わんばかりにわざとらしく首を振ってみせるフィーロ改め馬鹿。こいつは向上心とか、相手に立ち向かう心意気みたいなものがないのか。ないんだな。もう最悪だ。

 ぶっ飛ばしたい衝動に駆られ、なんとか我慢したが、我慢する必要はあるのかと考えた結果ぶん殴ることにした。拳を握り締め、振り上げた。

「アタシはやるのだわ」

 が、その言葉でガナッシュは止まった。声の主はモニカだった。皆の視線が集中する。

「アタシはやる。たとえ一人でもやるのだわ」

「モニカちゃん……」

 その決意めいた何かを秘めたその瞳。ユーリが不安げにモニカの名を呟いた。モニカがユーリを見やり、口元をゆるめる。すぐにガナッシュらのほうに向き直った。

「アタシはアレを倒す。嫌なら勝手に棄権すればいいのだわ」

 アレ、とは何を差すのか。ランプ・オブ・シュガーか。それとも四人の中の誰かか。なんとなく、後者な気がした。だがガナッシュたちは誰も追及はしなかった。

 ガナッシュは一歩も引く気がなさそうなモニカを見つめ、それからフィーロに視線を移した。

「……だそうだぞ」

「じゃ、お言葉に甘えて」

「お前最低だな」

「冗談だよ。……解った、やるだけやれば?」

「お前もやるんだよ! 上から目線やめろ! お前がやると無茶苦茶腹が立つ!」

「あいあいさー」

 フィーロは凄く嫌そうな表情で敬礼した。なんで駄目な奴なんだろうか。せめて試合中はまともに戦ってくれることを祈ろう。儚い祈りな気がするが。

「……じゃあ、ある程度の作戦を練ろう」

「あの、ガナッシュ君」

「なんだユーリ」

 ガナッシュがユーリを見やると、ユーリは周囲を見渡して首を傾げてから、ガナッシュを見て口を開いた。

「そういえば一人足りない気がするんですが」

「ああ、気のせいだろう。なあフィーロ」

「そうだな。気のせいだ」

「気のせいね」

「………気のせい」

「気のせいなのだわユーリ。さ、さっさと作戦でも何でも決めてしまいましょう」

「え、あ、そうですね……」

 今一つ釈然としないという感じだったが、まあ気のせいだろうと納得したように頷いたユーリ。ガナッシュはそれを見てから、大まかな作戦について話し始めた。

 まあ、案の定というか何というか、結局力押し戦法になってしまったが。



◆Unknown◆


 ふむ、予定とは多少違うが、まあ順当か。出来れば僕らと当たれば一番よかったのだが。いや、一応は当たる。二回戦でだ。しかしまず初戦が問題だろう。

 ランプ・オブ・シュガー。

 百戦錬磨の連中だ。いくら奴らでもあれに勝つのは厳しいだろう。

 が、別に勝つ必要などない。

 要はタイミングだ。

 相手がランプ・オブ・シュガーなら致し方ない。予定を早めるだけだ。

 だけど万が一奴らがランプ・オブ・シュガーに勝ったとしたらどうするか。ふむ、まあ、多分その時は予定通りに行えばいいだろう。煮え繰り返りそうなほど腹立たしいが。

 大丈夫だ。抜かりはない。

 準備は既に整っている。あとはあの女に邪魔さえされなければいい。“これ”が完成すればいくらあの女でも手には負えまい。

 嗚呼。

 僕の復讐、そして悲願達成はもうすぐだ。

 “これ”が成功すれば、かのクランの幹部にもなれるだろう。薔薇色の人生というやつだ。本当にこれには感謝せねば。

 さあ、明日が僕の華々しい人生への第一歩だ。

 せいぜいあがけ。僕の手のひらの上でな。



◆Firo◆


 憂鬱だ。非常に憂鬱だ。

 明日からのトーナメント戦。よりによっていきなり初戦がエリック率いるランプ・オブ・シュガーだ。憂鬱を通り越して絶望だ。

 ガナッシュはともかくモニカまでやけにやる気満々だし、フィーロとしては迷惑極まりないが、やるしかない。今回こそ後方支援に撤したいものだ。

 無駄な気もする作戦会議も終わり、夕食も済んだ。あとはシャワーでも浴びて寝るだけだが、気分としては明日が来てほしくない。要するに寝たくない。寝たら死ぬ。

「やだなぁ……」

 情けない呟きを漏らしながら、フィーロはぶらぶらと学園内を歩いていた。ありたいていに言えば散歩だ。ちゃんと明るい場所を歩いている。ああ、いや違うぞ。怖いとかじゃない。足元が見えないと倒けたりして危ないからだ。断じて怖いわけではない。

 一体誰に向かっての言い訳なのか、自分でもよく解らない。が、何度でも言おう。この震えは武者震いだ。

「見つけた!」

「ぎゃあああああああああああああああああああッ……!?」

「うわぁっ!?」

 フィーロが絶きょ……喊声かんせいを上げると、驚いた声とどす、という音が聞こえた。慌てて振り返ると、尻餅をついたリリーナの姿があった。

「いてて……」少し顔をしかめながら呟くリリーナ。フィーロの視線に気付き、にこりと笑った。

「やっと見つけた」


「でもすごい絶叫だったねー。ぎゃああって!」

 校庭を二人で歩いていた。あはは、とリリーナが笑う。それにむっとした表情をしてフィーロが返した。

「あれは喊声ですよ。鬨の声。ウォークライです」

「どっちかっていうと断末魔デスクライだったよ?」

「……」

「もしかしてフィーロ君ってオバケとか苦手?」

「いや、大好きですよ? ええ。滅茶苦茶大好きです。あれですね。あのスリルが堪りませんよ。もう週に五回はホラー映画ムービーを見ないと逆に発狂するくらいですから。ええ」

「ふぅん……」リリーナはほくそ笑むような横目でフィーロを見た。「じゃあさ、お化け屋敷行こうよっ」

「はい?」

「学園祭が二学期にあるからさ。多分どこかのクラスが出し物でお化け屋敷やるだろうし。一緒に行こ?」

「……」

 ローズベル学園は冒険者を育成する場ではあるが、あくまで学校だ。だからそういう学校行事は一応あるらしい。というか生徒の要望で出来たらしいが。

 お化け屋敷。

 嫌だ。

 絶対嫌だ。

 死んでも嫌だ。

 しかしながらリリーナはにんまり笑みながら、小指を差し出している。冷や汗が背中を伝った。

 強がりを言うんじゃなかった。正直に言わなかった自分に後悔した。が、後の祭りだ。今更「実は……」などと言うのも恥だ。なんて安いプライドなんだ。畜生ほっとけ。

 フィーロはままよと自分の小指をリリーナのそれに絡ませた。リリーナがきゅっと小指を絞め、上目遣い(反則)でフィーロを見つめた。

「約束だよっ」

「……うす」

 もうヤダ。

 フィーロが悄然としながら歩いた。リリーナは時折小さく笑いながら、フィーロと肩を並べて歩いていた。

 速くもなく、遅くもない。どちらが相手に合わせているのかも解らないような、そんな速さ。フィーロは悄気ながらも、その速さに心地よさを感じていた。

 フィーロが立ち直った頃、丁度校庭の端の一角に着いた。二人は何も言わず、ベンチに座る。いつものベンチだった。

 三度目にもなると慣れたもので、フィーロとリリーナの距離は二拳ぶんくらいだ。ああ、何にせよ他人に見られたらフィーロの明日はないのだが。あらがったって意味がないのは重々承知した(というかさせられた)ので、成り行きに任せることにした。ある種の悟りの境地である。

「エヘヘ……」

「なんで笑ってんですか……?」

「ぅえ? な、なんでもないよっ」

「……はあ」

 シェリカもそうだが、女の子というのは突然笑いだすものなのだろうか。よく解らん。

 深く考えても仕方がないのでさっさと忘却する。先に気になっていたことを聞くほうが先決である。

「そういえば、さっき『やっと見つけた』って言ってましたけど……俺に何か用でもあったんですか?」

「え? あ、うん。えーと……」

 リリーナはオホン、とわざとらしく咳をした。それから満面の笑みを浮かべた。

「カタハネ一位通過おめでとうっ!」

「あー……どうも」なんだそのことか。

「なんでそんなテンション低いのさ! 勝ったんだから喜ぼうよ! ご褒美まであるのにっ!」

「いや、つーか俺一人に言うもんじゃないでしょ……それにトーナメント戦、リリーナさんも出てますよね?」

「ご褒美はスルーなの!?」

「……いや、食い付くもんでもないかと……」

「ガーン……」

 ここにもガーンを口に出す人がいた。どうでもいいが。

 よよと泣き崩れるようなフリをするリリーナにほんの少しだけ罪悪感を感じる。「しくしく」と声を出されているからその分は差し引かれているが。

 というか、泣き真似しながらリリーナがその隙間からフィーロを見ていた。視線をびんびん感じる。これはあれか。乗れという意思表示か。もはや強制か。

 フィーロは顔をしかめながら後頭部のあたりを掻いた。もう乗らざる得ないのだろうか。でもなんで。

 取り敢えず言いたいことは多々あるが、その目は本当に反則だと主張したい。

 フィーロは意を決した。

「わ、わーご褒美ってなんだろーなァー……」

 ひどい棒読みである。

「本当……? 気になる……?」

 しかしリリーナは反応した。フィーロとしては不思議で仕方がない。が、そんなことは今は些細なことなので構わず続ける。

「え、ええ……とても」

 引きつりまくった笑顔でフィーロは答えた。もう頬がピクピクしている。りそうだ。新手の拷問だろうか。

「じゃ、じゃあ……目、瞑ってくれる?」

「……はァ……」

 よく理解出来ないが、指示に従う。フィーロは目を瞑った。これで放置して帰るというのだけは勘弁してほしい。そんなことになったらおそらく人間不信になる。

 とにかく、フィーロはじっと目を瞑った。

「ちゃんと瞑った……?」

「ええ」

 念押ししてきたリリーナに淡々と返事する。正直、早くしてほしい。急かすのも悪いので我慢するが。

「本当に瞑った?」

 我慢するが、そのしつこい念押しは少し苛々します生徒会長。

「瞑りましたよ。……なんなら手で押さえましょうか?」

 フィーロは小さく笑んで、右手で両目を覆ってみせた。微かな光さえもが遮断され、完全に目の前は闇に呑まれた。不思議なことに、普段なら不快な感覚だが、今はそうでもなかった。

 どれくらい瞑ったままか。

 一分か。それとも十分か。一時間は経っていないだろうが、そんな時間があやふやになりかけた時だ。

 ――ちゅ。

 そんな湿った音とともに、頬に柔らかな何かが当たった。その何かが何であるか、自分に起こったことを理解するまでに些かの時間が掛かった。それほどまでに思考がフリーズするようなことだったのだ。

「な……だ……で…………」

 言葉にならない声を漏らし、フィーロは右手を解き、焦点の合わない瞳でリリーナを見た。

 口をそっと押さえた彼女の顔は真っ赤だった。いや、そのリアクションはこちらのものだと心の中で突っ込む。意外に自分は冷静なのか。

 そう思うと落ち着きを取り戻してきた。胸に手をあて、大きき深呼吸する。そして何か言おうと口を開いた瞬間、リリーナに手で遮られた。

「何も言わないで……ね?」

 それはどういう意味か。聞くことはできなかった。手で遮られているからではなく、それ以上声が出なかったのだ。

 リリーナはベンチから立ち上がって、くるりとフィーロに向き直った。まだ顔は紅潮している。でもいつものリリーナの表情だった。向日葵のような笑顔。

「以上、生徒会長からのご褒美でしたっ! 明日もお互い頑張ろうね! おやすみっ!」

「あ……」

 一方的に言うだけ言って、リリーナは走り去っていった。

 ベンチにはフィーロだけが取り残された。そっと左の頬に触れる。まだ感触が残っている。リリーナの唇の感触だ。

「いやいや……」

 なんつーか、普通生徒会長が一生徒にご褒美と称してキスするか?

「いやいやいやいやいや……」

 つーか恥ずかしいならやるなよな。マジで。大体キスってのはそんな軽々しくするもんじゃないよ。好きな人とやるもんだよ。ホントあの人は一体なんなんだ……?

 いや、そんなんはどうでもいい。よくないけど。それよりも取り敢えず、

「明日死ぬんじゃねーの、俺……」



◆Monica◆


 あのスケコマシ野郎。

 ユーリだけでは飽き足らず、生徒会長まで手を出すか。腸煮え繰り返りそうだ。いやもうとっくに煮え繰り返っている。

 マジでいつか殺してやろう。つかあとで殺す。即行で殺す。

「……リリーナに恋人出来たんだな。カタハネの奴じゃないか?」

「知らないのだわ」

「えらく立腹しているな」

「貴方に関係ないのだわ」

「まあ、そうだな」

 アレはあとで殺すとして、まずは目の前のこの男だ。男はあのスケコマシと生徒会長とのやり取りに大した興味を示すことなく歩みを再開した。モニカはそのあとを黙って追った。

「この辺でいいだろう」そう言って立ち止まった彼はこちらを向いた。顔面に大きな傷跡を持つ男は、鳶色の双眸そうぼうでモニカを見据える。「……ふむ。まあ、久しぶりだな」

「儀礼的な挨拶は必要ないのだわ。懐旧の談も」

「昔と違って可愛げがないな」

「知ったこっちゃないのだわ」

 フィーロとリリーナのいたベンチから少し離れた場所に、モニカと男はいた。

 獅子のような鬣を夜風になびかせる男――バルド・クロノワール。同じ獣人にして、同郷の出。つまり、ナインエルド獣王帝国の出身だ。

 かつては兄のように慕っていた。あくまでかつて、だ。今は違う。

「……仇を見るような目だな。父親は元気か?」

「貴方がそれを聞く?」

「そうだな……」

 ふ、と小さく笑った。

「何年ぶりだ?」

「三年ぶりなのだわ」

 モニカが吐き捨てるように返した。三年という年月、モニカは彼を忘れたことはない。それほどまでにバルドという男が憎い。スケコマシと同じくらいだ。

「そうか三年か……月日とは残酷だな。記憶をだんだん白ませてゆく」

 自然と拳が握り締められた。コイツの言いたいことが解ったからだ。

「弱者の記憶ほど消えやすいものはない」

「……それは挑発?」

「そう取って構わないぞ」

「そう」

 ギリ、と噛み締めた。今この手に愛槍が握られていたら、問答無用で刺し殺していた。

「俺を殺したいか?」

 モニカの考えを読んだかのようにバルドが言う。握った拳から血が出てきた。爪が手の平に食い込んでいた。それでも尚握り締める。モニカはバルドを睨み続けた。それが答えだ。

 バルドは肩を竦めて、溜め息を漏らした。

「血の気の荒いことだ。フェルマーとは思えんな」

 獣人にも種類がある。モニカはフェルマー種。アンセムスターのモランなどはシェルノ種と呼ばれている。そしてバルドはラグノス種だ。

 フェルマー種は温厚な種と言われる。戦いを神聖なものとし、必要な時しかその力は使わない。

 この男は挑発しているのだ。

 否、嘲っている。

 それはモニカたけではない。敬愛して止まない父までも、この男は嘲っているのだ。それに追い打ちを掛けるようにバルドが口を開く。

「一つ言っておくが……お前では俺には勝てん」

「やってみなくては解らないのだわ」

「やらないと解らないのは愚者だ。昔から言うだろう。経験に学ぶは愚者、歴史に学ぶは賢人とな」

「……せいぜいほざくがいいのだわ。父の教えは間違っていない。アタシはそれを証明してみせるのだわ」

「お前の父親を倒した俺を倒して?」

「粉々にしてやるのだわ」

「ほう……やってみろ」

 バルドは口元を歪めた。ひどく不快な笑みだった。

「明日を楽しみにしている。……おやすみ」

 身を翻してバルドは去った。

 モニカはその背をただ睨み付けた。それしか出来ない自分がひどく遣る瀬なかった。


◆◆†◆◆


「お帰りなさい、モニカちゃん」

 部屋に戻ったモニカを出迎えてくれたのは、ユーリだった。その天使のような微笑みに少しばかり心癒される。

「ただいまユーリ」

 口元をゆるめてモニカは返した。そのモニカの表情を見て、ユーリが訝しんだ様子で尋ねた。

「モニカちゃん、何かあったんですか……?」

「え?」冷や汗が出た。

「ちょっと元気ないです」

「……なんでも」

 ユーリの心配そうな表情を見て、モニカは一瞬口籠もった。

「なんでもないのだわ。心配しないで、ユーリ」

「そう……何かあったら言ってくださいね? モニカちゃんはわたしの友達ですもの」

 微笑むユーリに胸を痛めた。どんな些細なことでも、ユーリを欺くのはモニカには耐え難いものだ。だがこれは自分自身の問題だ。巻き込んだりは出来ない。してはいけない。

 それでも、

「モニカちゃん……?」

「ごめんなさい……」

 ほんの少し、その優しさに縋ってしまうのは弱さだろうか。

 本当は不安だ。バルド・クロノワールは強敵だ。種など関係なく、天賦の才ともいえる力。モニカはそれを越えなくてはならない。そうでなければモニカは今まで培ってきたもの全てを失う。“勝ちたい”ではなく“勝たなくてはならない”のだ。

 だけど、やっぱり恐怖心はある。

 二つの感情が自分の中で渦を巻いて、それはいつしか震えとなって表れていた。どんなに大口を叩いても、若干十五才の少女には重すぎるプレッシャーだったのだ。

 モニカはユーリにしがみ付くようにして震えていた。こんな姿、死んでもアイツらには見せられない。心の片隅でそう思った。

 ユーリは何も言わずにモニカを抱き締めた。そしてモニカの背を軽く叩きはじめた。赤子をあやすようなそれは、ちょっと恥ずかしかったが、とても心地よかった。

 モニカはゆっくり目を閉じた。その音をもっと感じるために。

 そう思ったけれど、思いとは裏腹に微睡んできてしまった。

 ややあってユーリの声が耳元で何かを呟いた。独り言のような、小さな声だった。モニカは微睡みの中で、その声を微かに聞いた。

「心配いりません……怪我したってわたしが治しますから……安心して戦ってください……だから――」


 ――だから、全部背負い込まないでください。


 ユーリの言葉は深い眠りとともに暗闇の底に沈んでいった。それでも、何故か涙が出てきた。それはすう、と頬を伝っていった。

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