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すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第一章 クランコンテスト編
25/54

第一章(24) 愛に火が点いた

◆Ganache◆


 ともあれ、ブロックの試合は全勝で終わった。中には納得いかない終わり方をしたもの(特に三回戦とか三回戦とか三回戦とか)もあったが、勝ちは勝ち。素直に喜ぶとしよう。

 戦績は一位だが、総合的な評価で順位は変わる。要するに審査員の気分次第で二位にも三位にもなる。なんともアバウト極まりないルールだ。

 何分なにぶんイレギュラーが多かったから最後までどうとは言い切れない。大丈夫だとは思うのだが。

 大丈夫といえばフィーロだ。失言したらしく、何だかヤバイことになっている。抱くとか抱かないとか。ま、好きにしろと思うが。

「で、実際大丈夫か、お前」

「……現状を打破する策を考えている。……ああそうだ。旅に出よう」

「帰ってこい」

 しゃがみこんで虚ろな目で恐ろしいことを吐くフィーロ。本当に大丈夫か。

 とはいえ何だかんだで乗り切る奴だから放っておいていいだろう。あれだけ派手に言い寄られても他人の好意に気付かないような馬鹿だ。過ちが起きているなら当の昔に起きている。心配するだけ無駄だ。

 ガナッシュはフィーロにエールだけ送ってその場を離れた。


 取り敢えず、今日は夕方の抽選会まですることもない。大体昼飯時だったので、食堂ベルベットに行くことにした。

 フィーロを誘おうか思案したが、あの調子だしやめておいた。

 ベルベットに入ると、まばらながら人がいた。お昼の休憩で混み出す前にいち早く行動を起こした懸命な生徒たちだろう。

 丁度その中に、ベアトリーチェらアンセムスターの姿があった。向こうもこちらに気付いたので、無視するわけにもいかず、右手を挙げながら近寄る。

「やあ、お昼休み?」

「ええ、次も試合がありますから簡単な食事だけですけど」

「食べ過ぎると動けないしな」

 ガナッシュは微笑した。

「ガナッシュ君もお昼?」

 モランがそう尋ねてくる。

「ああ、そうだが」

「じゃあ、みんなで食べよう。ね? リーちゃんもいいでしょう?」

「へ? あ、も、勿論ですわ。あの……どうでしょう、ガナッシュ様……?」

 おずおずといった感じでベアトリーチェが上目遣いで見てきた。普段気丈な彼女にしては珍しい表情ではあった。

「それは構わないけど……それより」ガナッシュは先ほどから気になっていることを聞いた。「なんでその娘泣いてるんだい?」

 ベアトリーチェとモランの後ろで、女の子が泣いていたのだ。ロリエともう一人の女の子に慰められている。これで気にならないほうがおかしい。

「なんか、変態さんに襲われたんだって〜」

「変態……?」

 ロリエの言葉に眉を顰める。女の子に視線を戻す。手には人形。ウサギのヌイグルミだ。ヌイグルミ……ああ、この娘が人形士パペッターか。名前はユミィだったか。なら慰めているほうがエミリか。

 すぐにぴんときた。

 変態。ああ、アイツか。あの変態か。姿を現さないと思えば何をしてやがるんだ。

 ユミィはウサギのヌイグルミを抱き締め「うぅ……汚されちゃったよ……わたし……わたしどうしたらいいんだろう……マルボロ二号……」と泣き泣き呟いていた。本当に、一体何をやった変態レイジ

「さっきからこの調子なんですのよ……ほらユミィ、気をしっかり持ちなさい。泣いていては幸せは逃げていきますわ」

 ベアトリーチェが背中を擦りながら叱咤する。だが優しい口調だ。高飛車なように見えるが(というかそうとしか見えない)、クランを纏めるだけあって、やはりそれなりの器を持った女性のようだ。

 自分にはそれだけの器があるかどうか。自信はない。結局、首席だの何だのいっても、仲間の助けがなければ何も出来ないのだから。これではいつまで経ってもあの人には届かない。

 いや、今はそんなことを考えるのはよそう。せっかく勝ったのに自ら水を差すのも不粋だ。

 ガナッシュは嫌な考えを振り払うように、ユミィに近付いた。背が自分より低いので、少し視線を落とす。肩に手を置くと、ユミィが顔を上げた。目が合う。ガナッシュはにこりと微笑んだ。

「変態はボクが抹殺しておこう。だから泣き止むんだ。次も試合があるんだろう?」

「は、はひっ」

 ユミィが湯気が出るんじゃないかと思うくらい顔を赤くし、呂律の回っていない口調で答えて倒れた。慌ててロリエとエミリか支える。

「……?」

 一体、どうしたというのだろうか。

 困惑したまま振り向くと、ベアトリーチェが手を組んで目をキラキラさせていた。

「ガナッシュ様……なんてうらやま――もといお優しい……」

「ガナッシュ君ってなかなか罪作りだよね。カタハネの男の子はみんなそうなの?」

 モランの溜め息混じりの言葉に頬を掻く。フィーロはともかく自分までそう見られるのは心外である。自分が愛するのはイリアただ一人なのだから。

「というか早く食べようよ〜。おなか空いた〜」

 ロリエが業を煮やしたらしくぐずり始めた。モランがそうだね、と答え、一行は料理を取りにいった。


「ごちそうさま」

 ガナッシュが手を合わせた。周りは皆まだ食べている。もう少しゆっくり食べてもよかったかもしれない。

「ガナッシュ様、お水はいかがですか?」

「ああ、ありがとう。いただくよ」

 ベアトリーチェがお冷やの入ったボトルを手に尋ねてきた。コップを差出し、注いでもらう。

「どうぞ」

「ありがとう」

 それを受け取り、一口だけ飲んだ。それからテーブルに置く。

「……それで、結果っていつ出るんだった?」

「今日の五時くらいじゃないかな。っていうかガナッシュ君は終わってるけどわたしたちまだ終わってないからね?」

 モランが軽くたしなめるように言った。

「そうだったな。頑張ってくれ」

「上から目線〜」

「そんなつもりはないけど……」

 ロリエの言葉に苦笑する。まあ、若干そんな気もあったかもしれない。ブロック戦績一位なら次のトーナメントに進めるのは通例だと聞いているせいだろう。別に彼女らを侮っているわけではない。

「カタハネとの試合には負けましたが……まだわたくしたちは諦めませんわ」

 ベアトリーチェの言葉にアンセムスターのみんなが頷いた。いいクランだ。団結力がある。カタハネにはあまりない力だ。フォローはあっても団結はないカタハネ。苦戦した原因はそこにあるような気がする。

 まあ、あの曲者ばかりのカタハネを纏めるなど土台無理な話なのかもしれないが。

 ガナッシュはちょっとだけ眩しく見えるアンセムスターを見て薄く微笑んだ。

「そうか……ボクは敵だから応援はしない。でも、健闘は祈るよ」

「勿論ですわ」

 ベアトリーチェは不敵に笑って手を差し出した。ガナッシュはそれを握り、握手した。

 小さく、柔らかい女の子の手。この手でクランを支えている。ボクはどうだ?

 少し、悔しさが胸を締め付けた。



◆Shericka◆


 現在、シェリカは男子寮のフィーロの部屋の前にいた。

 夏には似合わない分厚いローブを目深に被っている。因みに中は秘密兵器だ。言うまでもない。念願の夢が今日にも叶うのだ。ドキドキワクワク。脳内は既に桃色だ。リリカル全開だ。

 フィーロが寮に戻ったのは確認済みだ。待ってるとは言ったが、フィーロは照れて来ないかもしれない。ならばこちらから行くまで。そういうわけで部屋の前にいる。

 いわゆる夜這いならぬ昼這いだ。

「フフ……」

 笑いが漏れる。

 さて、そろそろ入ろう。限界だから。

 シェリカは扉に手を掛けた。しかし鍵が掛かっている。どんだけ照れ屋なんだろうかフィーロは。ああ、でもそこが可愛い。だから大好き。

「Agni雅la焼To爆烈火」

 瞬時に集中と交信を行い火の精霊の力でドアノブを爆破。ドアの意味をなさなくなった板を押し開け、中に入る。薄暗い。カーテンが締まっている。

 これは案外フィーロも万更ではないのでは?

 取り敢えず、戸を閉める。開くとこまるので近くにあった椅子で止めておいた。

 目の前のベッドを見つめる。盛り上がっている。あれだ。

 シェリカはローブを脱いだ。

 中は薄いピンクのネグリジェだった。なんかどっかの男子が「ネグリジェ最高」と呟いていたのを聞いてチョイスした。考えてみればそれはあの男子の好みであってフィーロの好みとは限らない。だがまあ、これはこれで煽情的に違いない。

 靴を脱いだ。裸足で床に立つ。少しひやりとした。

 ゆっくり、ゆっくりと近付く。

 ひた、ひたと小さな足音が耳に届いた。自分の息遣いが聞こえる。若干興奮気味らしい。少し落ち着かせようと深呼吸した。

 よし、落ち着いた。

 拳をぎゅっと握り締めてから緩める。一歩、また一歩とベッドに近付き、目の前にまで到達した。

 心臓が早鐘のように鳴っている。顔が熱い。なんだか暑いのに寒かった。喉がカラカラだ。生唾を呑み込む。

 気付けば体が震えていた。怖いのか、嬉しいのか、それともまた別の感情か。解らない。だけど体が硬直した。

 目の前に、フィーロがいる。

 愛する人が。

 大好きな人が。

 最近やたらと増えてきた悪い虫ども。巨乳に無口にあの生徒会長とかいう生命体。渡すものか。フィーロはあたしのものだ。身も心もすべてあたしのものなのだ。

 意を決し、踏み出す。

 ベッドの端に右膝を掛ける。ギシ、と沈む。左膝め乗せた。少しずつ進み、フィーロの頭のあるところまで来た。

 毛布を被っている。頭まで。夏だというのに一体なんで。……いや恥ずかしいのか。なんて可愛いんだろう。

「フィーロ……」

 愛しい名を呟く。返事はない。まさか本当に寝てる?

 怪訝に思ったシェリカはゆっくり毛布を剥ぎ取った。

 そして驚愕した。

「な……ななな……」

 そこにいたのはフィーロではなく、

「むにゃ……あれ……シェリカさ……ん……?」

「なな……なん……なんで……」

「ぬ……ぬぅわぁああぁあぁぁぁっ……!? な、ななななんでそんな格好……い、いや……あの……お、お綺麗ですッ!」

 犬みたいな耳をびしっと立てながら、そいつは目を丸くしてそんなことをかした。

「いぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」



◆Firo◆


 ドオォォォン……。

 遠くの方から爆発音が聞こえてきた。おそらく男子寮。

「大爆発だねー」

「そですね……」

 こうなるんじゃないかなぁ、とは思っていたが、本当にこうなるとは。意味不明で破天荒なわりに案外解りやすい行動パターンをとる馬鹿姉の底の浅さに溜め息が漏れる。

 すると視線を感じたので、そちらに目を移すと、リリーナが頬を膨らませていた。どうやら怒っているらしい。なんで?

「わたしといるのに溜め息吐くなんてひどいよっ」

「あ、ああ……すいません」

 溜め息に立腹していたらしい。別にリリーナに対しての溜め息ではなかったのだが。

 フィーロは中庭にいた。丁度、昨日リリーナと昼食を取った場所と同じだ。やはり穴場らしく、人は通らない。まあ、うっかり誰か通ろうものならフィーロの明日の命はない。

 失言で窮地に立っていたフィーロはガナッシュにも見放され、孤立無援の状態で独り打開策を考えていた。何もこんな阿呆臭いこと律儀に考える必要もないのだが、シェリカは有言実行がモットーの人間。放っておくと後々怖い。何か打開策を見つけてうやむやにしなくてはならない。

 しかし悲しいかな、フィーロは何も思い付かなかった。そこに現れたのが救世主リリーナ生徒会長だった。

 今日も昼食を一緒にするというのを条件に案を貰った。

 取り敢えず、リリーナに言われた通りにルツを言い包めて(具体的には首筋を手刀で殴って眠らせた)フィーロの部屋に押し込んだ。毛布被らせて窓から脱出した。あとはなるようになるらしい。アバウト過ぎる。

 いまいち不安だが頼れるものもないので藁にも縋る思いで従った。

 ともあれ爆発があったということは、ルツを発見し発狂して爆発させたのだろう。多分ルツはもう死んだ。せめて最期に愛しのシェリカが見れたんだからいいだろう。安らかに眠れ。

 フィーロはパンに噛り付いた。また視線を感じる。今度はなんだと思い、リリーナを見ると、

「あーん」

「……」

 またか。

「あ〜ん」

「………あーん」

 折れた。

 フィーロは自分の芯の脆さに嘆きたくなった。

 口に放り込まれた卵焼きを頬張り、飲み込む。甘さ控えめでフィーロの好みの味である。別に自分のために作ったわけではないだろうが、それには感謝だ。甘いのは苦手だし。

「美味しいです」

 素直な感想を述べると、にぱーっと太陽のように笑った。なんというか裏を感じさせない笑顔だ。俺には出来そうにない。

「でも、よかったんですか?」

「何が?」きょとんとした顔で問い返してきた。

「間接キスですよ?」

「……」

 リリーナはその表情のまま硬直した。フィーロは不安げに見守ると、いかなり真っ赤になった。ボン、という音が聞こえてきそうなくらいの変わりようだ。耳まで赤い。

 つか、気付いてなかったのか。

 孤児院じゃ日常茶飯事だったし、今でもたまにあるからフィーロとしてはあまり抵抗はない。が、リリーナはそうでもなかったらしい。昨日もだったのに、気付かないというのもおかしな話である。まあ、わりと自然な流れ(?)だったから仕方がないっちゃ仕方がないかもしれない。

「すいません。デリカシーなかったですね」

 俯いてしまったリリーナに罪悪感を感じ、フィーロは頭を下げた。途端、リリーナが物凄い勢いで顔を上げた。

「だ、大丈夫だよっ。その……わたしとしては嬉しかったしっ」

「はい?」

「うわわっ、な……なんでもないよっ」

 また顔を赤くして、今度は横にぶんぶん振った。フィーロはよく解らず惚けていたが、そんなリリーナが面白かったので、笑みが漏れた。

 リリーナが首を振るのを止めた。また俯く。まだ頬が赤みを差している。

「その……ごめんね?」

「何がです?」

「え、と……その……」

 口籠もってしまう。だが何となくフィーロはリリーナの言いたいことは解った気がした。薄ら微笑みながらリリーナを見据える。

「俺は気にしませんよ」

「え?」

「リリーナさんくらい美人だったら俺としては大歓迎ですから。役得ですし」

 まあ、それこそ誰かに見られたら俺の居場所はもう土の下だが。あれだ。時と場合によるという意味だ。

「……そっか……じゃあ『あーん』は嫌じゃない……?」

「構いませんよ」

 いや、構うけれど。その上目遣いはいい加減反則だろう。なんだか押し流されている気がしないでもない。いいんだろうか、これで。

 フィーロの不安とは裏腹に、リリーナはまたにこやかに笑った。本当に向日葵みたいだ。これを見たら、細かいことはどうでもよくなる。気付けばフィーロも笑っていた。

「じゃ、じゃあじゃあ!」

 手をポン、と打ち合わせたリリーナ。突然のことで、フィーロはきょとんとした。リリーナはまた箸を手に持ち、卵焼きを摘んだ。そして突き出す。

「はいっ! あ〜ん♪」

「……」

「あ〜ん♪」

「………」

「あ〜ん♪」

「……いやあの」

「あ〜ん♪」

「…………あーん」

 もうなんか情けなすぎて泣きたくなってきた。



◆Ganache◆


「……で、なんだこれは」

「お前こそ引き摺っているのはなんだ」

「ゴミだ」

「そうか」

「再度聞くがこれはなんだ」

「暴風雨の影響だろ」

「暴風雨で爆撃痕がつくのか。雨なのに焦げるのか」

「さあ」

「さあじゃない。どうするんだ、これは」

 自分たちの部屋の前に立つガナッシュとフィーロ。目の前はもはや自分たちの部屋ではなく見たこともない焼け野原だった。

 簡易キッチンが火を吹いてもこうはならない。十中八九、犯人は暴風雨シェリカだ。

 というか現行犯だ。

 焼け野原の真ん中に魔王よろしく無傷で立っている。何故、ネグリジェ姿なのかは知らないが。

 シェリカがこちらを見た。目が血走っている。般若が見えた。こちらにズンズンと近寄ってくる。

「フィーロ、これどういうことよ!」

 それをお前が言うか。

「いや、俺が逆に聞きたいよ」

 同感である。

「約束したじゃないっ!」

「あー……まあ、なんだ。俺は約束は守るが嘘は吐くから」

 それは要は約束を守るという言葉も嘘ということか。どんな言葉遊びだ。

「何よそれ! あたし待ってたのにっ!」

「じゃあなんでここにいるんさ」

「待ちきれなかったのッ!」

「なんじゃそりゃ……」

「それより、あの転がってるのなんだ?」

 ガナッシュは焼け野原の片隅に転がっている何かを見つけて指差した。フィーロはそれを見て、妙に慈愛に満ちた表情で、

「ああ、ルツじゃね?」

 これでガナッシュは合点がいった。コイツ(フィーロ)の仕業か。確信犯め。

「幸い生きているからいいとして、一体どうしてくれる。部屋が半壊、ボクらの私物も半分焼失したぞ」

「ドンマイ」

「なんだその言い種は……ってちょっと待てッ! お前自分の荷物だけ避難させたなッ!?」

「実はドンマイというのは間違いでネバーマインドと言うらしい。略してネバマイ」

「知るかッ! ここにはまだ書き終えていないイリアへの手紙もあったんだぞ! どうしてくれるッ!」

「愛に火が点いた」

「誰が上手いこと言えと言った!」

 この馬鹿姉弟ッ……!

 沸々と込み上げる怒り。眉間が狛犬の如く皺を寄せている。青筋が浮き出ているかもしれない。ガナッシュはこの怒りをゴミを蹴飛ばすことでぶつけた。「げぴょ」何か聞こえた気がするが知るか。ゴミは鳴かない。

 シェリカがフィーロとガナッシュのやり取りに業を煮やし、ガナッシュを押し出してずい、と進み出た。キッ、とガナッシュを睨み付ける。

「アンタの手紙なんかどうでもいいわっ! あたしはどうしたらいいのよ!」

「いや、部屋戻れば?」

 そりゃそうだ。もう掃除しろとか言わないからおとなしく部屋に帰れ。

「それじゃあ問屋が卸さないわッ」

「いやいや……」

 頼むからややこしくするな。

 しかしこのまま押し問答を続けても仕方ない。こっちとしてもさっさと休みたい。ガナッシュはフィーロを引き寄せ、耳打ちした。

「……取り敢えずボクは焼け野原をなんとかする。フィーロ、お前はその馬鹿をなんとかしろ」

「えー……」

「お前の不始末だろう」

「……解ってるよ」

 フィーロがしぶしぶといった表情で頷いた。それを確認し、ガナッシュはフィーロを解放した。

 焼け野原の入り口まで進み、シェリカを一瞥してから、もう一度目線だけフィーロに向ける。

「じゃ、頼むぞ」

「ハイハイ」

 やる気なさ気なフィーロに一抹の不安を覚えながらも、やれやれと肩を竦めてガナッシュは焼け野原に足を踏み入れた。

 まずは清掃だ。

 焦げ臭い空間をなんとかせねば。ゴミを蹴る。「あだっ」「手伝え、ゴミ」「……うい」のそりと起き上がったゴミとともに、ガナッシュは清掃を開始した。

「……なんで誰もオレを助けてくれないんだ……?」

 隅の方で、そんな声が聞こえてきたが、ガナッシュはシャットダウンした。



◆Firo◆


 ガナッシュはゴミとともに部屋に入っていった。目の前にはシェリカ。明らかに怒っている。ただその怒りは理不尽ではないかと思う。が、フィーロは何も言わなかった。

 つか、なんでネグリジェ?

 意味が解らん。

 突っ込むべきなのか。それとも華麗にスルーするべきなのか。おそらく後者か。いや、第三の選択として誉めるという手もある。だがそれは人としてまずい気もする。

 つーか問題はそこじゃない。

 シェリカは何も言わない。ただフィーロを睨み付けている。一体どうしたらいいんだろうか。

「あー……」

「嘘吐き」

「……」

 一蹴された。喋る機会も与えないつもりか。理不尽にもほどがあるぞ。悪魔かお前。

 大体人間なんだから嘘は吐くだろうに。そもそもコイツは何に怒っているんだ。

 ……ああ、嘘にか。

 原因は解るが、あれは……いや、おかしいだろ。世の中にはどうでもいい約束と死んでも守らないといけない約束があるが、あれは紛れもなく前者だろ。本当にわけの解らない姉貴である。

 とはいえ、何もしないままいるのもヤバイ。人が戻ってくる前になんとかしないと俺が死ぬ。社会的な意味で。

 フィーロが悩んでいると、シェリカが口を開いた。

「……フィーロは、あたしのこと……嫌いなの?」

「はァ?」何言ってんの?

「だって……」

 そのまま何も言わずに俯いてしまう。だって、なんだよ。フィーロはシェリカを見つめた。なんで落ち込んでいるんだ。さっきまで怒っていたのに。感情の起伏激しい姉である。

 フィーロは後頭部をポリポリ掻いた。だんまりのシェリカ。目線は降下一直線だ。気まずいなんてレベルじゃない。

 なんたってそこまで落ち込む?

 嫌われていると感じる理由はなんだ?

 シェリカを見据え、考える。

 ――ああ、そうだ。俺はシェリカと約束を破ったことがない。

 だからか。だから怒っているのか。約束を破られて、裏切られたとでも思ったのか。

 だとしたらなんて幼稚というかなんというか……、

 馬鹿だろ。

 フィーロは溜め息を吐いた。同時に笑えてきた。寸でで堪える。ここで笑えば俺は炭になる。

 解決策も何も、答えは一つしかなかったのだ。

 約束は守るもの。

 だから、

「フィ、フィーロ……!?」

 抱き締めてやればいい。

 あたふたしていたシェリカだが、すぐにおとなしくなった。背中にシェリカの腕が回された。なんか恥ずかしいが、まあいいやと思った。どうかしているのかもしれない。

 どれくらい経ったか解らないが、暫くそのままでいた。

 この無鉄砲で我が儘で、時たまいじらしい馬鹿な姉を離さないように。フィーロは優しく抱き締めた。

 無駄に早鐘の如く鳴り響いていたシェリカの胸の鼓動が凪いだころ、フィーロはゆっくり離れた。何故かほんのり頬に赤みの差しているシェリカを見つめる。

「約束守ったぞ。下まで送ってやるから部屋に戻れ」

「……うん」

 シェリカは小さく頷いた。フィーロは肩を竦めて、歩きだした。シェリカもそれに促されて歩きだす。

 二人が廊下の中頃に差し掛かったとき、そっと手を握られた。フィーロは、どうするべきか迷った結果、握り返すことにした。冷たい手だった。

 男子寮の入り口に着くまで終始無言だった。「着いたぞ」フィーロが言うと、暫し逡巡したふうに動かなくなったが、シェリカは手を離した。

 何も言わず、振り返ることもなく、自室へと戻っていった。

 フィーロはその後ろ姿をじっと見て、呟いた。

「リリーナさんの案、あんま要らなかったな……」



◆Ganache◆


 取り敢えず解決したらしい、心なしかスッキリした顔のフィーロを交えてガナッシュは部屋を清掃した。

 終わったのは午後四時半過ぎ。ヘトヘトになっていると、フィーロがコーヒーを煎れてくれた。たまには気が利く。

 ありがたく受け取り、一口飲んで長い息を吐いた。

 私物は半滅していたが、もともと大事なものはそれほどなかったからいいだろう。イリアの手紙類が焼けたのは言いようのない悲しみがあるが。

 ふと、何か忘れているような気がした。

 特に意味もなくカップを弄くる。揺れる水面を見た。駄目だ。思い出せない。

「そういやガナッシュ」

「なんだよ」

 フィーロが声を掛けてきたせいで余計解らなくなった。どうしてくれる。

「なんで睨むんだよ……。つか、クランコンテストの結果っていつ出るんだよ」

「………あ」

 忘れてた。

「今、何時だ……?」

「五時まで約十分前」

 それを聞くなりガナッシュは立ち上がって紫電の如く部屋を飛び出た。フィーロが開け放たれたドアを見て「珍しいな」と呟いたのはガナッシュは知らない。


 スクランブルダッシュで運動場に来たガナッシュ。既にブロック結果表が張り出されていた。周囲で喜んだり悲しんだりしている人たちがいる。どうやら、張り出されてから時間は経っていないらしい。

 ガナッシュはEブロックの結果表が張られた場所に行った。カタハネ以外のクランは既に集まっていた。

「ガナッシュ様」

 聞き覚えある凛とした声に呼び掛けられる。

「やあ、ベアトリーチェ」

「お一人ですか?」

「ああ、うん。もしかしたらあとで来るかもしれないけど……どうした?」

 ベアトリーチェは「きぃ――――――ッ!」と悔しげな声を上げて地団駄を踏んでいた。

「お、おいベアトリーチェ?」

「わたくしたちはこんなやる気のないクランに負けたというのッ!? 納得いきませんわッ……!」

「………」

 一体、何が何やら。そんなベアトリーチェの姿に困惑していると、微笑みながらモランが近付いてきた。

「おめでとうガナッシュ君」

「おめでとう?」

「うん。カタハネ一位通過だよ」

「あ、ああ。なるほど」

 一位だったか。

 それはよかった。のに何故か感動がない。どうしてだろう。

「嬉しくないの?」

「いや、嬉しいさ」

「マスターであるガナッシュ様だけに結果を確認させるなんて……チームワークがなさすぎですわッ!」

 ガナッシュとモランの隣で、ベアトリーチェが半ば悲鳴みたいな声で叫んでいる。カタハネに負けたのが相当悔しいのだろう。自分も今まで結果など忘れていたからか、ベアトリーチェの言葉が所々痛い。

「抽選は五時十五分からマスターだけ集まるって。次はトーナメントだよね」

「ああ。二十四のクランでトーナメント戦だ」

「頑張ってね。応援してるよ」

「わたくしもですわガナッシュ様!」

「あ、ありがとう」

「でも、すごいよね」

「何が?」

「一年生だけのクランがトーナメントに上がるのってなかなかないらしいから」

「ああ、らしいね」

 一年生だけというのは、やはり不利なもので、余程のことがないかぎり上がれない。カタハネはある意味快挙を成し遂げたわけだ。

「それでは名残惜しいですが、わたくしたちは失礼しますわ」

「どこか行くのか?」

「天理で残念会を開くのですわ」

「そう。じゃあ」

 ガナッシュは右手を挙げた。

「ええ、それでは」

 ベアトリーチェは優雅に回れ右をして去っていく。モランが「バイバイ」と言ってあとを追っていった。続いてロリエとエミリ、ユミィが同じように手を振ったり頭を下げたりしてベアトリーチェのあとを追った。妙にユミィの視線が熱かったのは恐らく気のせいだろう。

 ガナッシュは五人を暫く見つめ、人混みに埋もれたあたりで再び結果表に向き直った。

 自分の目で確かめてみる。モランの言葉を疑うわけではないが、何となく自分の目で見たかったのだ。間違いなく、カタハネは一位だった。漸く、感動が沸き上がってきた。

「よし……」

 小さくガッツポーズをする。カタハネは強い。それが証明された感じがした。ならどこまで通用するか。それが解るのが次のトーナメント戦だ。

 ボクは強くならなくてはならない。進み続けるには勝つしかない。トーナメント優勝――つまり実質の総合的優勝をどうせなら狙ってやろう。ガナッシュは再び決意を新たにした。

「おっ。おーい! ガナッシュくーん!」

 と、そんなガナッシュに声が掛けられた。振り向くと生徒会長だった。後ろにいるのは、リトルリップにいた女だ。

 というかあまりに快活に呼んでくれたせいで、殺意の籠もった視線を一身に浴びる羽目になった。なるほど、フィーロの味わっている視線はこんな感じか。

「どうされました?」

「フィーロ君は?」

「……」

 あいつ……生徒会長にまで手を出しているのか。まあ今朝の時点で半ば予想してたが。

「部屋だと思いますが」

「そっかぁ……残念。どうしよ、シオンちゃん」

「ちゃん付けやめて。まあ、あとでいいんじゃない?」

「でも感動が薄れちゃうよ」

「じゃあ自分でなんとかなさい」

「鬼っ! 悪魔っ!」

「黙れ」女――シオンが生徒会長の額を指で弾いた。

「あうっ」生徒会長が涙目で額を押さえる。「ひどいよ〜」

「ひどいのは無理矢理わたしを付き合わせてるあんた」

「むぅ……」

「……」

 ボクはどうすればいいのか。目の前でコントを見せられ、対応に困るガナッシュ。シオンがそれに気付いた。

「あ、ごめんね。聞きたかったのそれだけだから。トーナメント頑張って」

「はあ」

 どう答えればいいのか皆目見当もつかず、曖昧な返事になった。しかしシオンは気にしたふうもなく、ふ、と笑って去っていった。生徒会長を引き摺って。

「なん……だったんだ?」


 五時十五分。

 二十四名の各ブロック一位のクランのマスターたちが運動場に残っていた。トーナメントの抽選会をするためだ。

 周囲のマスターは全員二年生以上。一年生はガナッシュ一人だった。そのせいかかなり視線を感じた。居心地が悪かった。

「ブロック順に並んでクジを引いていけ。最後のブロックは残り物だから帰ってもいいぞ」

 ヴァイス先生が言った。

 最後のはジョークなのか。笑ったほうがいいのか。

 一瞬本気で悩んだが、馬鹿らしいのでさっさと並ぶ。Eブロックだから五番目だ。

 案外あっさり終わっていくもので、ガナッシュの番はすぐに来た。クジの入った箱の前に立つ。すると、ヴァイス先生と目が合った。

「まさか勝ち上がるとはな」

「……どうも」

「まあ、期待している」

「……」

 今のは応援の言葉だったのだろうか。声に抑揚がない人だから解りづらい。でも、悪い気はしなかった。素直に応援と受け取ろう。

「ありがとうございます」

「……早くクジを引け」

 そう言って顔を背けたヴァイス先生の顔は若干赤いような気がした。照れているのか。だとしたらレアな瞬間だ。意外な一面というやつだ。ガナッシュはクスリと小さく笑った。

 クジを引く。番号は十一。トーナメントは二試合同時進行。山は二つに分かれている。十一番ということは、六試合目だ。

 ガナッシュは列を抜け、初戦の相手を知るために全員が終わるのを待った。

 だが、最後まで待つ必要はなかった。

「お、十二番♪」

 そう言ったのは、

「つーわけでよろしくな、ルーキー」

 にっと笑う鳶色の髪の青年――エリック・モンテディオ。

 つまり、相手はKブロックの覇者――ランプ・オブ・シュガー。

 ブロック戦の全ての試合を二十分以内で終わらせた、実質優勝候補。CL5の実力を持つクラン。

 ガナッシュはこの時ばかりは自分のクジ運を呪った。


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