表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第一章 クランコンテスト編
15/54

第一章(14) 二回戦

◆Firo◆


「敵影確認! 応戦するぞ!」

 ガナッシュが叫んだ。

 フィーロたちが敵――すなわち《マッドボーイズ》に遭遇したのは開始から十分を過ぎた辺りだった。わりと時間が空いたのは、単にこのフィールドが広く入り組んだ構造をしているからだろう。

 しかも足場が信用出来ない。なんせ見た目はちゃんとした床でも、落とし穴の可能性がある。どこで抜けるかわからないのだ。お互いに注意深く歩いていたからこそこうなったと言える。

 どれくらいの階層があるのかは定かではないが、螺旋状に続く階段を登ったところで出会ったのは運が悪い。三人分くらいのスペースしかない上に、手すりがあるわけでもなく、踏み外せば真っ逆さまに落ちてしまう。三階あたりまでは登ってるはずなので、下手をすれば即死だ。

「ガナッシュ、こいつは一度広いとこに出た方がいいんじゃないか!?」

「追い打ちを掛けられる! 押し込んだ方が早い!」

 押し込めるならいいんだが。

 相手は、まさかの連発式自動弓銃リピーティングボウガンを携帯していた。最近、錬金術士学科アルケミスト鍛冶士学科ブラックスミスが共同で研究開発していた高速連射式のいしゆみだ。専用の釘のような金属矢がぎっしり詰まった弾倉マガジンをセットしたら、あとは安全装置を外してぶっ放すだけというお手軽便利な武器。威力のほどは現在この身で感じている。マジ超こえぇ。

 これが三人一度に放ってくるものだから、近付くのも一苦労だ。つーか無理無理。せめて遮蔽物のある場所に誘い込むなりしないと、このままでは蜂の巣だ。いや、どちらかと言えば針の筵か。

「ガナッシュ!」

「くっ……仕方ない、一旦退く! クロアは牽制! レイジとボクが殿をする!」

「……命令すんな」

「っしゃー! 任せときぃ!」

 レイジが斬り込んで行く。こういう時のレイジは頼もしい限りだ。矢を払い、敵に接近する。さすがに向こうも攻撃の手を緩めた。だが代わりに、その間から剣を手に持った生徒が飛び出してくる。

「レイジ、深追いするなよ!」

「わーっとる!」

 ガナッシュが大太刀を使って剣士を下がらせる。レイジはその剣士を追うことはせず、そのまま後退した。

「フィーロ! 他を誘導しろ!」

「シェリカ、こっちへ!」

 フィーロはシェリカの腕を引きながら、階段を駆け下りる。ユーリはモニカがついているし、心配はないはずだ。

 そう思ったのだが。

「――うひゃあっ!!」

 ユーリの悲鳴が耳に届いて、慌てて急停止する。

 振り返ってみれば、ユーリはここぞとばかりに追撃をかましてきた敵方の連発式自動弓銃の嵐に襲われていた。ガナッシュは何をやっているんだ。

 いや、それよりも、なんでだ。なんでユーリが孤立している?

 モニカはどこにいるんだ。

「RUAAAAAAAAAAAAAAAッ…!!」

 いた。

 三叉槍を手に、完全に独走している。何をやってるんだよ、お前。ユーリ大好きっ子のくせに、そのユーリがピンチでも気付かないなんて、どうかしてるぞ。

 明らかに周りが見えていない。

「くそっ……!」

 どうする。ユーリが欠けるのはあまりよろしくない。どうせ仮想空間だとはいえ、それでも見殺しにすることは出来ない。大事な仲間だ。

 モニカの乱心は予想外だが、ここから連れ戻す方が危険だろう。となれば、この場で動けるのはおれしかいない。

「シェリカ、そのまま走れ!」

「え、ちょ、フィーロ!?」

 何やら喚かれていたけれど、今は構ってられない。とはいっても、放置はよくない。シェリカはユーリと違って戦闘力を保持しているとはいえ魔術士だ。加えて生来の運動音痴から物理的な攻撃には著しく弱い。

 考えろ。モニカが暴走しているなら、その補填をするしかない。フィーロは意を決し、大声で叫んだ。

「ガナッシュ! モニカが行った! レイジを下げろ!」

「何っ……!? くっ……レイジ、頼む!」

「任せときぃよ!」

 レイジがすかさずシェリカの許にやってくる。「近寄んな!」「ひどい!」一蹴されていた。いやいや、緊急時だから。空気読んでくれよ。

 まあ、二人いれば問題ない。誰かが孤立する状態を作るのがまずいのだ。フィーロは矢をかい潜り、ユーリの側に駆け寄る。

「掴まれ!」

「ふぃ、ふぃーろくん~」

 よほど怖かったのか、涙目で見つめてくる。可愛いけど、今はそれどころじゃない。つーかマジでヤバイ。

「早く!」

「は、はいぃ~」

 ユーリが手に掴まった。しっかりと握って、引き上げようとした瞬間。

「フィーロ! 逃げろ!」

「え?」

 ガナッシュの声がして、咄嗟に上を見上げると、何かが降ってきた。丸い、何か。なんだ。いや、あれは。

手榴弾グレネードかよ!」

 とんだ武装集団だな、おい!

 つーかそんなこと言ってる場合じゃない!

 近くに落ちる。一つ……いや三つかよ! 確実に殺しにかかってる! 大人げねぇぞ、このクラン!

 手榴弾の爆発まで、ピンを外してから大体五秒弱。どのタイミングで投げたかは知らないけれど、明らかに対処しようがない。

 フィーロはユーリに覆いかぶさるようにして抱きかかえた。最悪、俺が倒れても治癒士であるユーリが生きていればなんとかなるかもしれない。

 そして――

 破裂音。

 三つ分の手榴弾の爆発が衝撃となって襲ってくる。熱いとか、痛いとかそんなん考えている余裕すらなかった。つーか色々と見通しが甘かった。

 フィーロは吹き飛んでいた。ユーリごと。しかも、階段の外に。つまり足場かない。落ちてるし。現在進行形で。

 やっべぇな、これ。

 せめてもの救いは、耳がいかれていたお陰でユーリの悲鳴があんまりうるさく感じなかったことくらいだ。


◆◆†◆◆


 生きてた。

 奇跡と言ってもいい。身体だけは頑丈とはいえ、あの高さから落ちてよくもまあ無事でいられたものだ。

 なんにしても、生きてるって素晴らしい。

 しかし困ったことに、上を見上げても、目に映るのは石造りの天井ばかりだった。どうやら落ちた先が空洞だったようで、地下まで落ちてしまったらしいら。運がいいのか悪いのか。とにかくあれだ。

 ……本当によく生きてたな。

「本当にすいませんでした……」

「いや、まあ、ユーリのせいじゃないから。それにユーリのお陰で傷も癒えたし。ほら、頭上げて」

「はい……」

 平身低頭に謝ってくるユーリの頭を軽く三度ほど叩く。ユーリはくすぐったそうに首を竦めた。なんてーか、同い年には見えないんだよなぁ。年下に見える。

「にしても……」フィーロは上を見上げた。「こっからどうするかなぁ」

 完全にはぐれてしまった。

 辺りを見回して気付いたことだが、この地下はどうやら迷路のように入り組んでいるようで、闇雲に動けば間違いなく迷うであろう雰囲気を醸し出していた。

 なーんか動くのが億劫になってきたな。

 地形を把握し切っていないというのもあるが、また落とし穴があるとも限らないし、ぶっちゃけここで待機しててもいいんじゃないの。合流も無理そうだし。

「フラッグを探すのはどうでしょう?」

 おもむろにユーリが言う。そういえば、フラッグ落としたんだっけ。忘れてた。どうかと思う。

「そうだな。一応探してみるか」

 そういうことになった。

 フィーロはすっと起き上がる。傷の類はすでに完治している。ユーリの施術オペレーティングのお陰だ。ユーリと一緒に落ちたというのは、フィーロにとっては不幸中の幸いだった。

 とはいえ、鈍痛というか、倦怠感がまだ残っている。立ち上がってみると、やはり動きは鈍い。動けなくはないけれど、戦闘となると無理かもしれない。願わくば、敵と遭遇したくないものだ。

「よし、行こうか」

「あ、はい」

 ユーリの手を掴んで、引っ張り起こす。女の子はとてと柔らかくて、すべすべしていました、まる。

 いやいや邪念は捨てろ。現状ですら、この後モニカに殺される危険性がある。つーか間違いなく殺される。嫌だ超怖い。

 モニカ……はそれにしても、本当に、どうしたというのか。だけど、らしくない、というべきなのか。そんなことを言えるほど、まだ俺たちはお互いを理解してるわけじゃないのだ。

 何やらのほほんとしているユーリのことだって、知っていることは少ない。いやまあ、今はコレなんも考えてなさそうではあるけども。俺以上に危機感ないよね、この子。

 とにかく、《カタハネ》にいるみんなが、仲間なことに変わりない。もう知らんと、投げ出すにもまだ早いし、その必要もない。

 その辺カバーし合うのも、仲間の務めだろう。

 まーここからじゃカバーもクソもないんだけど。

 まずはフラッグ探しだ。適当に歩いてりゃ見つかるだろう。適当に。適当……に。

 フィーロは左右を見た。

 長く伸びた通路の先は闇に呑まれて何も見えない。

「どっち行けばいいんだろうな?」

 八方塞がりとはこのことだな。



◆Ganache◆


「放しなさいよ!」

「ちょ……今はそれどころやないやん!? 痛っ! 超痛いんやけど!」

「フィーロ以上に大事なことなんてないわよ!」

 あいつら、何やってる。

 シェリカは、羽交い締めにしてくるレイジの踵を踏みつけたり、腕をつねったりして抵抗を繰り返していた。レイジの言うことは正しいのだが、そりゃお前、抵抗されて当然だろう。その行動は変態のそれだ。

「ちょ、ガナッシュ! なんとかしてぇな!」

 この女の相手などごめんこうむるが、フィーロがいない以上はそうも言ってられない。

「おい、馬鹿女! フィーロを探したいならまずは目の前の敵をどうするかだ! 少しは頭を使え! こんな場所じゃ――」

「そんなもの関係ないわ! どこであろうがぶっ飛ばせばいい話なのよ! いいからそこをどきなさいよ!」

 聞き分けが悪すぎる。こうなれば、この場は首根っこを引っつかんででも連れて行くしかない。そう考えた矢先、シェリカはガナッシュとレイジを押し退けて前に出た。

「この馬鹿……!」

 マジで空気読め。

 イライラが頂点に達しかけたその瞬間だった。

「烈Xo儕Ray穿雷瘡」

 光。

 眩い雷光が目の前で炸裂した。

 それがシェリカの放った穿雷瘡と気付いた頃には、矢を放っていた一人に直撃していた。「ぎゃっ!」という悲鳴とともに、真っ逆さまに落ちていく。悲鳴は闇に消え、敵がいた場所は煙があがっているだけだった。

 誰も、何も言えなかった。

 その沈黙は、時間で言えば一瞬のことだったのだろうが、まるで永遠にも思えた。この場の時間が凍りついたかのようだ。

 かく言う、ガナッシュもそうだ。唖然として、自身も時間が止まったかのごとき状態で立ち尽くしていた。

 穿雷瘡って、狙って打てるものなのか? 操作を出来るほどの余裕があるような魔術ではないはずだ。もっと単調で、直線的……少なくともこの角度からピンポイントに敵を狙って撃つような魔術ではない。

 シェリカの魔術は常識を超えている。

 魔術という超常の力を、この女はさらに上回っていた。

 既に一年生の中で、比肩する者のいない領域にいるこの女はいる。そんなことはわかっていたはずなのに、今まで失念していた。この女に、普通の魔術士の常識は通用しないということに。

「これでいいでしょ! さあ、とっととフィーロを探しに行くわよ!」

 無茶苦茶やりやがる。

 だが、この状況では頼もしい。



◆Firo◆


 ああ、これは、なんというか。

 口に出すのは少々はばかれる。

 なんつーか恥ずかしいし。

 とはいえ、もうここまできたら包み隠す方が問題か。

 打ち明けよう。

 迷った。

 包み隠す必要はないことだった。完全に迷った。

 いやもう、確実に迷った。すでにどっちかどっちかわかんねーもんよ。真っ暗だわ、迷路だわですでに方向感覚も狂いに狂ってしまっている。左右の分別かついているだけまだマシだと思いたい。

 つーかね?

 これ迷ったのは俺のせいじゃないんだよね。

「なんだかあっちな気がします」

 ユーリがふらふらと右の通路へ入っていく。いやいや待て待て。なんだかってなんだよ。明らかに勘で動いているだろそれ。

「なあ、ユーリ。お前はさっきから何を目指して歩いてるんだ?」

「へ? えーと……えーと……あっ、フラッグです!」

「今忘れてたろ」

「そんなことないですよっ。バリバリです!」

 バリバリの意味がわからない。バリバリ忘れてたろ。嘘吐くんじゃないよ。すっとこどっこいめ。

 まあ、「どっち行こうか?」と尋ねたのは俺さ。行く先を委ねたのは俺さ。わかってるさ。俺にも一因があることくらいは。

 でもね? なんでそんな自信満々に歩けるんだよ。もう迷ってるじゃん。紛うことなく迷ってるじゃん。さっきから分岐点に来たら「あれれー?」みたいな感じで首捻ってる時点でもうダメだよね。なんでそんなに頑ななの。どこから湧き上がってくる自信なの。

「なあ。フラッグっつーか、さっきら見つかるのは袋小路なんだけど」

「迷路は確か、右手に進んでればいつかはゴールにたどり着くと誰かに教えられた気がします!」

 誰の言葉か定かではないというあやふやな教えを後生大事に守り続けるのもユーリくらいのもんだろう。まあ、あながち間違ってはいないけど、たぶんそれ左手でもたぶん結果同じだよね。何年かけるつもりだよ。

「出来れば即効性のある解決策を提供して欲しいもんだけどな……」

「すぐに結果を求めては、つまづくものですっ」

「それも誰かの教え?」

「お師匠さまです!」

「ああ、そう……」

 その素敵な笑顔に、この状況下においてはそいつは的はずれじゃないだろうかという言葉は飲み込まざるえなかった。女の涙は武器だけど、笑顔は凶器だな……。

 なんにせよ、いい加減フラッグを見つけるくらいはしておかないと、あとでガナッシュに何を言われるかしれたものじゃない。ユーリに任せすぎたな。半ば予想出来てたことだけに、早く止められなかったことが悔やまれる。

 さっき言ったように、自分にも責任があるのは承知の上なので、強く言い辛いのだが……言葉は慎重に選ばんといけないな。めんどくせぇ……。

 小さく溜め息を漏らしつつ、「あのさユーリ」と振り返ると。

 ユーリがいなくなっていた。

「……え?」

 


◆Ganache◆


 さすがに上級生だけあって、立ち直りは早かった。シェリカの奇襲的魔術で浮き足立っていたのは初めだけで、すぐさま次の攻撃がこちらを襲ってきた。

 それでも勇んで飛び出ようとするシェリカを、ガナッシュは無理やり引きずって退避した。こいつ一人でどうこう出来る状況ではない。どうにか広い場所に出られれば。その一心だった。

 この階層は通路が入り組んでいるのが幸いした。直線的な場所に出れば、たちまち無数の矢の餌食だ。

「はーなーしーなーさーいーよぉー!」

「暴れるな!」

 このクソ女。やかましいことこの上ない。

「ガナッシュ! 伏せぇ!」

「なっ……⁉︎」

 突然壁から刃が飛び出てきた。

 レイジが間に入り、受け止めてくれたので、事なきを得たが……大事なことを忘れていた。ここは虚影の城。入り組んでいるのは見せかけの幻だ。

「どきなさいクソ切れ目! ――烈Xo儕Ray穿雷瘡」

「あぶっ⁉︎ ちょっと背中焦げたで!」

「うっさいわね! 生きてるんだからいいでしょ!」

 緊急時だというのにこの馬鹿さ加減を見ていると、不思議とこちらも落ち着ける。良くも悪くも肝が太い。

「まったく……とっとと進むぞ、他が来る」

「ああ……ユーリ……ユーリ……あたしのせいで……」

「モニカ、大丈夫か」

「うるさいのだわ! アタシは普通よ!」

「普通じゃなかっからこその結果だろう」

「くっ……」

 モニカは開始早々からどこかおかしかった。浮ついているというか、なんというか。とにかく、心ここに在らずといった体であったことは確かだ。

 一応、ユーリの落下により、ようやく我に返ったようだが、今度はユーリのことに意識がいっている。いちいち極端な女だ。

「しっかりしろ」

「ユーリにもしも何かあったら……アタシはあの男を殺すわ……」

「………」

 本当にらいちいち愛が重い。

「フィーロに何かしてみなさい。あんたの皮剥いでベッドカバーにしてやるわ!」

 食ってかかろうとするシェリカだが、発言が猟奇的すぎるし、なんなら本当にやりかねない。勘弁願いたい。

「とにかく揉めるのは後だ。二人を捜すにしても、追っ手をなんとかしないとな……」

「タイムアップまで逃げ切るっつーのは無茶やろなぁ」

「そうなる前に、矛先をフラッグに向けるだろう」

「やっぱ、相手を叩かんとあかんかね」

「そうだな……まずは敵の弾幕をなんとかしたいが……」

「……わたしがやるわ」

 唐突に、クロアが口を開けた。ちょっとだけびっくりした。あんま喋らないから。というか、いたのか。いや、ついてきてることはわかってたけど、存在感がな。

「……向こうの弓兵は、わたしがなんとかできる。幸い、白兵戦の足手まといはそこのペチャパイだけ」

「あんたもまな板だろーが! ぶっ殺すわよ!」

「……あの程度の機構のモノなら、わたしの方が速い」

「おい聞け!」

 クロアはシェリカに一瞥与えただけで、そのまま続けた。そのメンタルの強さ、羨ましく思う。

「そうか……なら、頼めるか?」

「……いい。そのあと、フィーロを探しに行くから」

「せめて戦闘が終わるまではいて欲しいけど……まあ、いい。あの弾幕がなければこっちでなんとかできる」

「……交渉成立」

「なにそれ! おかしいでしょ! あたしだってフィーロ探したいわよ! なんでこの無口女が許されてあたしはダメなのよ! ずるい! ずるいずるいずるいずーるーいぃぃぃ!」

「……」この女、とてもうざい。

「……見苦しいペチャパイだ」

「マジぶっ殺す!」

 シェリカとクロアが睨み合う。身内同士でいがみ合うのが好きな奴らだ。今、戦闘中だと本当にわかってるのだらうか。いや、わかってないだろうな。アホだがら。

「適材適所だ、シェリカ。お前はその間に魔術の準備を頼むぞ」

「ふん! 一発でかいの打ち込んでとっととフィーロを探しにいくんだから!」

「それは構わんが……ボクらまで巻き込むなよ?」

「知ったこっちゃないわ!」

「……」

 先が思いやられる。


◆◆†◆◆


 色々と心許ない状況下にはあったが、贅沢言える立場でもない。考えた末、ガナッシュたちが戦闘の場に選んだのは、広いホールのような空間だった。遮蔽物は少ないが、広い空間はここくらいしか見つけられなかったし、あまり欲を言っていられる状況でもない。

 待ち伏せというにはあまりにチープな出来だが、まあ、これも仕方あるまい。四方からの攻撃に耐えられるよう、ガナッシュが先頭に立ち、左右をモニカとレイジが固めている。シェリカとクロアを囲い込むようにして成る陣形も、フィーロがいないので心許ない。

 短期決戦で臨むほかない。それだけは確実だ。

「……くる」

 クロアがぽつりと漏らすと同時に、通路から弩を携えた二人が飛び込んできて、こちらに照準を合わせた。

「クロア!」

 ガナッシュが呼ぶよりも早く、クロアは脇を抜け前に飛び出ていた。その手に握られた黒い棒状の物が勢いよく開くと、それはクロアの身体には不釣り合いな大弓だった。

 前に見た弓とは違う、黒塗りの大弓を、まるで鳥が翼を広げるように構えるや否や、クロアは矢を放った。いつの間に矢を番えたのか、一瞬でも目を離せば見逃してしまいそうなほど滑らかで素早い動き。眠そうな瞳と、細身の身体からは想像できない芸当だ。

「なっ……⁉︎」「がっ……⁉︎」

 ほぼ同時に、敵二人の額のど真ん中に矢が突き刺さった。向こうは一瞬で無力化され、何が起こったかもわからなかったことだろう。

「ちっ……射手がやられた!」

「焦るな! 相手は一年だ! 落ち着いて、いつもの陣形で確実に潰すぞ!」

 先ほどから立て直しの速さといい、安定感が違う。

 大剣を担いだ剣士が飛び出て来た。その後ろに槍使い二名。いけない。まだクロアが下がりきれていない。

 どうする。突っ走れば陣形に穴が開く。人手が足りないのだ。タイミングが大事だ。と思ったら、クロアは矢を構えていた。まさか、このまま応戦する気か?

「ちっ……」

 行くしかない。

 ガナッシュは大太刀を担いで一気に駆ける。クロアに斬りかかろうとしていた上級生まで一気に距離を詰めると、横薙ぎに剣を振るった。

「クロア、下がれ!」

「このヤロウ!」

 刃は防がれたが、勢いが勝っていたので、そのまま吹き飛ばす。同時に、クロアが後ろに下がりながら、矢を放っていた。

「てめふっ……⁉︎」

 吹き飛ばされた上級生の身体に次々と矢が刺さり、一本が額に突き立った。体勢を立て直すこともできず、上級生は地面を転がって、そのまま動かなくなった。

「ナイスだ!」

「……両脇から来る。気を抜くな」

「わかっているさ」

 左右から同時に攻撃。いや、後ろにいる。四人か。捌き切るのは難しい。だが、それはあくまで一人の場合だ。

 なんの合図も送っていないが、レイジはすでに動き出していた。こういう時、この男はどこまでも優秀だ。

「左をやるで!」

「任せる! ボクは右をやる!」

「一年が! 調子に乗るなよ‼︎」

 相手は二人。背後を走る二人目は、陰に隠れていて距離感がつかめない。だけど、このまま立ち止まっていてはやられるだけだ。

 ならば、前に進むしかない。果敢に。雄々しく。

 ガナッシュは一歩を大きく踏み出した。



◆Firo◆


 え、ちょっと待って。

 ユーリはどこに行ったの。さっきまでいたじゃん。どういうことなのこれ。

 暗い通路は一本道。ひんやりとした地下の空気が首筋を撫でる。ちょ……マジでどうなってんの。ねぇ。

「ゆ、ユーリさーん?」

 へんじがない。

 おいおい。ちょっと。ねぇ。待って待って。ねぇ。なんかもうねぇ。待って。ちょっと。おい。ねぇ。

 暗いとこが苦手とかそういうなんじゃない。平気だ。どんとこい。

 コン、と闇の向こうから音が響いた。

 ……。

 はい、嘘です。すいません。調子乗りました。怖い。

 冷静になろう。あ、駄目だ。心臓が鳴り響いて冷静じゃない。怖い。二人いればなんとか大丈夫なんだけど、気が紛れるし……、でも一人は無理。つーか、二人いて、いきなり一人にされるとホラーすぎてもう色々無理。俺のキャパ舐めんな。超ちっせぇぞ。

「あーもー無理だって。ほんと、雰囲気とかに弱いんだからさぁ……やーめーてーよーもぉー……」

 半泣きだった。

「ユーリー。おーい……ユーリさーん」

 いつもは頼りない彼女だが、今は誰よりも側にいて欲しい。お荷物とか思わないから。むしろ荷物であることに感謝しますから。しっかり背負わせて貰いますから出てきてくんないかなぁ……。

 そんなフィーロの思いも虚しく、声だけが通路に反響し、響くだけだった。

 マジ泣きしそうだった。

「ドッキリとかそういう落ちでお願いします……怒んないから。絶対怒んないから」

 不安になるとどうやら独り言が増える質なのだと、この歳になって判明した。普段なら恥ずかしさを覚えるが、それで少しでも不安が拭えるならと思うと、なりふり構っていられない。

 精神的に限界が訪れていたフィーロだが、ここで走り出したりしないのは一重にユーリの存在のお陰だろう。置いて逃げることはできないという、なけなしの漢気がフィーロをこの場に留まらせていた。

「ユーリぃー……どこだー……」

 半べそで歩くフィーロは、さながら迷子の子どものようであった。漢気という言葉がゲシュタルト崩壊していた。

 めそめそとした自分の鼻をすする音と、とぼとぼと歩く足音以外の音の消えた、不気味なほどの静けさの中、背後から何かが聞こえてきて、フィーロは足を止めた。

「ユーリ……なのか?」

 恐る恐る、振り向く。

 そして。

「う……」

 見てしまった。

 壁から生えた、白い腕を。

「うわあぁぁぁああぁぁぁ!?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ