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すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第一章 クランコンテスト編
14/54

第一章(13) 付かぬ間の休息

◆Firo◆


 びしょ濡れになった。

 つーか何だ今のは。

 いきなり二本の柱が螺旋を描きながら天高く伸びた。いや、あれ柱か? なんか吠えてたけど。どっちかっていうとドラゴンみたいだった。

 まあ、それはいい。それがぶつかったと思ったら、いきなり土砂降りの雨が降り注いでびしょ濡れになった次第だ。パンツまで濡れたぞ。いい年してお漏らししたみたいだ胸糞悪い。こんな嫌がらせを一体誰がやったのかとか、考えるまでもなかった。

 十中八九ガナッシュだ。あんなドデカイ魔術を打ち上げられる奴はシェリカを除けば、このフィールドにはガナッシュくらいしかいないだろう。正確には、あいつの持つ魔剣だが。

「うえ~……ちべたい」と、フィーロと同じく水を被ったシェリカが呻く。

「大丈夫か?」

「うん……」

『βブロックEリーグの防御側全滅を確認しました。試合終了です。十秒後に転送開始します』

 けたたましいブザー音が響き、追随するようにどこからともなくアナウンスの声が響き渡った。次第に、身体が透明感に包まれる。フィーロは目を瞑った。

 酔いそうな、あまり心地よいとは言えない浮遊感に襲われつつ、一刹那くらいの間に、気がつけば扉の前に立っていた。

 服は濡れていない。が、どこか気持ち悪い感覚は残っていた。倦怠感と、節々に軽い痛みある。そういった感覚はフィードバックされるみたいで、それを思うと負けた防御側が受けたダメージはあまり想像したくない。

 隣には他の仲間もいる。すでに吐き出された《夢工場(ドリームファクトリー)》の面々も、離れた場所に座り込んでいた。見ればやや青ざめた表情をしている。「あり得ねえ……なんだよ……あれ……」ぶつぶつと呟いているので、そっとしておいたほうがいいっぽい。

 問題はガナッシュだ。その場に片膝をついている。顔に血の気もない。勝ったというのに、いっそ哀れなくらいの有り様だ。

「しんどそうだな」

「……大丈夫だ」

 そんな青い顔して言われても説得力はない。魔剣の行使による代償だ。ユーカリスティアは使用者を蝕む。死んだらどうするつもりなんだろうか。

「肩、貸そうか?」

「要らん……すぐに回復する」

 だといいんだが。人を構成する魂魄は有限だ。回復するといっても、元に戻るわけじゃない。取り返しのつかないことになってからでは遅いのだ。

「フィーロ! 勝ったわねっ!」

「そうだな」

「テンション低いわねー」

 逆になんでそんな高いのかわからん。まあ、勝負事の好きな奴だしなぁ。なんでも勝てばいいんだろう。

「――相手クランの全滅による完勝。さすがですね」

 プラチナブロンドの髪を後ろで纏めた美形の男が、手を軽く叩きながら近づいてきた。にっこりと微笑んだ顔は爽やかな好青年という感じで、まあ女生徒に人気があるであろうことは想像に固くない。ぶっちゃけ、いけすかない。フィーロはこの男はあまり好きではない。

 キール・マスケイン。

 魔術士学科の臨時講師をしている。主に一年生と二年生の担当をしている男だ。

 優秀な魔術士らしいのだが、俗物的というか、噂なんだが、女癖が悪いらしい。生徒に何人に手をつけているという噂もある。要するに女たらしだ。

「おめでとうございます、《カタハネ》の皆さん。記念すべき第一試合は勝ち星ですね。素晴らしい。感動しましたよ」

 気に食わない。ド畜生のヴァイス(先生)とは違う腹立たしさがある。奴の視線はシェリカを向いている。趣味が悪いと思うが、それよりもまず気に食わない。隠そうとしないあたりもそうだが、滲み出る卑しさが。

「まさかあんな力押しで勝つとは、さすがに思いもよりませんでしたよ。ええ。魔術士を二人使い呀雹槍の連射で畳み掛けるという、相手の作戦ごと呑み込むごり押し勝ち。奇襲を掛けられたところからの立ち直りは実に素晴らしかったです」

 喧嘩売っとんのかこいつは。

「皮肉ですか」

「褒めてるんですよ」

 不機嫌そうな顔を隠そうともしないガナッシュの言葉に対して、キールはにこやかに返事をした。褒められている気はしない。聞いているこちらも腹立たしいので、たぶんガナッシュはもっとムカついてるだろう。

 仮にも魔術士なのだ。ガナッシュの無茶を理解しているはずだ。それでなおそんなことを言うのだから、ただの皮肉以外の何物でもない。

「あんたなんでここにいんのよ?」

 シェリカがタメ口で聞いた。どんな先生にも変わらないスタンスはある意味尊敬する。しかしキールは微笑みを絶やすことはなかった。鉄の心臓なのか、Мなのかを解き明かしたい所存である。

「それはもちろん」キールはシェリカに近付いて、肩に手を添えた。「私がEブロックの審査員だからだよ」

 気に食わねぇ。

 フィーロは自分でも知らず知らずのうちに、拳を強く握り締めていた。


◆◆†◆◆


 ブーッというブザー音のあと、『全ての一回戦終了がしました。十分後に二回戦を開始しますので、該当のクランは準備をお願いします』というアナウンスがグラウンドに響いた。

 周りを見渡せば、喜び合うものたち、悲嘆に暮れるものたち、無表情のものたち、仕方ないと微笑むものたちが目に映った。クランの数だけそれぞれの考えがあるため、こういった温度差は仕方ないところだ。そして、二回戦に臨むものたちは、ブリーフィングを行っていたり、各々でイメージトレーニングしていたり、だらけていたりとやはり温度差があった。次は三番と四番の試合だ。βブロックのEリーグは《リトルリップ》と《アンセムスター》だ。

「おーほっほっほっ! 見ていなさい、シェリカさん! わたくしたちの力、思い知らせてあげますわっ!」

「フィーロ、喉乾いたわ」

「ん? どっかにあるんじゃねーの、給水場」

「きぃ―――――っ! 毎度毎度無視するんじゃないですわっ!」

「フィーロ、付いて来て」

「いや、別にいいけど」

「きぃ―――――――――っ!!」

 ベアトリーチェは顔を真っ赤にして憤怒していた。まあ安定っちゃ安定なんだが、言っちゃ悪いけどなんつーか、猿みたいだ。お淑やかにしてれば貴族の令嬢なんだから、それなりに映えると思うんだけど。美少女だし。いや、ベアトリーチェの場合は美女か。実際綺麗だし、細剣がよく映える外装だ。つーかオーダーメイドじゃね? その装備。

 地団駄を踏むベアトリーチェを無視して給水場を目指すシェリカ。こちらもブレない。フィーロはベアトリーチェを一瞥して、隣にいたモランを見た。聖母みたいな表情でベアトリーチェを見守っている。モランがフィーロの視線に気付き、こちらを見てきょとんと首を傾げていた。超可愛い。「どうかした?」「ああ、いや……」見惚れていたなどとは言えないので、上手い言葉が見つからず口ごもった。とはいえ、このままというのも気まずい。考えた末、フィーロは無言で頑張れよという意味をこめて握り拳を突き出した。モランも微笑みながら拳を突き返した。超可愛い。癒やされた。

 しかしそんな余韻に浸る暇も与えられず、急にぐいっと耳が引っ張られた。

「いっづぁ……! いーだだだだだだだだっ! やめろシェリカ! 取れる取れるマジで取れる……!」

 フィーロは引き摺られて行った。真剣に耳が取れるかと思った。一体何を怒ってるんだか。

 こいつの考えは意味がわからん。

 給水場として設けられたスペースには、困ったことにヴァイス(先生)がいた。周囲を威圧するような仁王立ちからは、水を飲ませる気がないようにしか見えない。なんなの。

 近くを通る生徒をことごとくジロリと睨むようにして見るため、誰も近寄らない。つーか見てみろ。あそこの気弱そうな女子生徒なんか泣いてんぞ。

 給水場といっても仮設テントで、その下には長机が敷かれている。フィーロは何も言わず、目も極力合わせずに机の上に並べられた紙コップを手にとって去る。

「ちっ……」

 何、こいつ。今舌打ちした?

 すれ違いざまに舌打ちをかましてくるとはなんなんたこの教師。ってかホントに教師かお前。

 だからといって絡めばまた嫌な目にあうことくらいは容易に想像できる。あくまで戦略的撤退だ。ビビって逃げてるわけではないのであしからず。

「ようフィーロ。何をそんなにそわそわしてんだよ」

 後ろからエリックに呼び止められた。どうやら、そそくさと退却する様を見られていたようだ。

「あ、どうも」

「そんなに堅苦しくなくていいって。あーそうだ。試合な、ちらと見てたんだけど、よかったぜ」

「ありがとうございます」

 見られてたのか。恥ずかしい。

「まあ、でも俺が思うに、もうちょい本気でやってもよかったんじゃねーの?」

 エリックは口元を吊り上げた。何かを期待しての問いだったのかもしれないけれど、俺にそんなものは無駄である。

「本気ですよ」

「そうかい。別にいいけどな。……と、いけね。俺次だからよ。行ってくるわ」

「頑張ってください」

「おうよ」

 エリックはそう言って去って行った。なんというか、風のような人だ。いや、雲か。自由って感じがする。其れでなお人を惹きつける魅力を持つのだから、あの人は一種のカリスマなのだと思う。

 フィーロには一生かかっても持ちえないものて、羨ましくもある。

「今のってエリック・モンテディオよね?」

 グランチェの常連であるシェリカも、さすがにエリックのことは知っているようだ。九割くらいは敵意を向けるシェリカにしては珍しく、安穏としていた。

「ん。そうだけど」

「いつ知り合ったの?」

「つい最近。つーか昨日だな。ユーリに誘われてグランチェに行っだだだだだだっ……!」

 フィーロが言い終わらないうちに、シェリカがフィーロの耳を引っ張る。さっきと同じ場所だ。塵も積もればなんとやら。洒落にならんくらい痛い。

「痛い! 痛いってシェリカ! さすがにヤバイ! 反対側にしてせめて! ガチで取れる! あ、プチっていった! プチって! あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」


◆◆†◆◆


「ガナッシュ。歩いて平気なのか?」

「問題ない。というか、お前が大丈夫か?」

「クソいてぇ」

 フィーロの右の耳は赤く、通常の二倍くらいに腫れているんじゃないかっていうくらいにじんじんと熱を持っていた。まあ、あれだ。鸞明じゃ耳たぶデカイと福があるらしいし結果オーライ……なわけねーし。痛いだけだし。引っ張れる時点で福ないし。

「フィーロ君……耳、大丈夫ですか? 少し腫れてますし……よければ治しますよ?」

「ああ、いやいいよ。放っといたら治る」

「そうなのだわユーリ。こんな汚れた野獣に治療などいらないのだわ。むしろ煮えたぎった熱湯で煮沸消毒すべきなのだわ」

「煮えたぎった湯に入ったら死ぬだろ」

「だから消毒なのだわ」

「ああ、はい。そういうこと」

 俺が雑菌ってことかー。あっはっはっはっ。

 泣いていい?

 モニカのブラックジョーク(だと思いたい)に心が挫けそうになった。なんなのこの破壊力。

『――二回戦開始します』

 アナウンスとともに、扉の上に映像が映し出された。いくつかの映像が切り貼りされてたようになっているけれど、どうやら場所は同じらしい。画面には見知った生徒の顔が映し出されている。ベアトリーチェを一をはじめとする《アンセムスター》のメンバーだ。俺たちのもこうやって映されていたのと思うと、やはり恥ずかしいものがある。

 フィールドは綺麗な庭園のようだ。柱の立て並んだ建造物なども見える。さっきの鬱蒼とした森とはまるで違う雰囲気だ。つーかそういう華やかなフィールドもあるんじゃないですか。 

 きゃ――――――――ッ!

 離れた場所から、かなり大きな声援が聞こえた。しかも黄色い。なんぞと思って見てみれば、違うリーグの門前にたくさんの女子生徒が集まっていた。ブロックの扉の前で歓声が上がった。

「何事だ、ありゃ」

「Kリーグだな」

「女の子ばっか……じゃないな。野朗もいるわ」

 というか、男子生徒もかなりいる。とにかく人だかりが凄い。それだけ熱狂させる試合なのか? それは非常に困るんだが。

「行くぞ」

 ほら、ガナッシュが興味持っちゃうでしょーが。

「やだよ」

 フィーロはちゃんと拒否したのに、ガナッシュは聞く耳持たず襟を掴んだ。そのまま引き摺られていくこととなった。

 つーかわりと元気じゃねーかこいつ。

 人が集まっているのは、同ブロックのKリーグのようだ。現在試合中のクランは、《シリービリー》と《ランプ・オブ・シュガー》。なるほど、"愚か者(シリービリー)"と"砂糖の塊ランプ・オブ・シュガー"か。いやいやなるほどじゃねーわ。こんな訳のわからん名前のクランまであるのかよ。……いやちょっと待て。モニターに移されている奴はすごい見覚えあるぞ。つーかついさっき会ったし。

「……エリックじゃねーか」



◆Ganache◆


 戦慄した。

 こんな一方的な試合があるものなのか。

 Kリーグ二回戦。《シリービリー》ランプ・オブ・シュガー。《ランプ・オブ・シュガー》の名は知っていた。かなりの実力を持ったクランというのもあるが、エリック・モンテディオが所属しているクランだし、人気もある。とはいえ、実際に戦う姿を見たことのないガナッシュにとっては越えるべき障碍でしかないと思っていた。

 思い違いも甚だしい。あれは全身全霊をもって挑むべきはるか高みの存在だ。

 《シリービリー》が弱いわけじゃない。十分に強いクランだった。少なくとも、《夢工場ドリームファクトリー》よりも練度は少し上だ。決して勝てない相手ではないけれど、苦戦を強いられることだったろう。

 だがそれ以上に《ランプ・オブ・シュガー》が桁外れすぎたのだ。

 数の差は圧倒的に《シリービリー》が有利だった。

 十人対四人。

 それでも勝ったのは、《ランプ・オブ・シュガー》。内容としてはシリービリーのマスターを含む全員を倒して試合が終了した。

 もっとと驚くべきは経過時間だ。

 十五分だった。

 正確に言えば、五分後に遭遇。戦闘自体はおよそ十分程度で終了した。まるで目の前の小石を蹴散らすかのごとく。

 未だに信じられない。十人もいるクランをたった四人で、しかもこの短時間で殲滅したのだ。

 エリック・モンテディオ。三年生だ。扇術士学科(フラッター)のエースであると同時に、グランチェの菓子職人パティシエもこなす。あの男が率いる《ランプ・オブ・シュガー》のメンバーも、この学園ではかなり有名な生徒たちだった。屈強な身体を持つ獣人の槍術士学科(ランサー)三年生のバルド。現在学園最強の魔術士とも称されている魔術士学科(ソーサレス)四年生のルミア。大剣クレイモアを担いだ剣士学科(セイバー)四年生のスウェン。当然全員レベルⅤの猛者だ。

 同じレベルⅤを有する《シリービリー》ですら相手にならなかった。

 砂糖の塊ランプ・オブ・シュガーなどという、おおよそふざけているとしか思えない名前からは想像出来ない強さだ。

 まさに化け物。

 だかこのまま勝ち上がれば、自分たちは戦わなくてはいけなくなるのだ。その化け物と。

 高い壁だ。

 高すぎると言ってもいい。

 果たして、《カタハネ》が勝てる相手なのだろうか。正直、《夢工場》に苦戦してしまった今では不安しかない。

 それでも。

「やるしかない……」

 勝てるかどうかではない。

 勝つのだ。絶対に。

 その勝利が必ず自分を大羅天へと近付ける。

 ならば迷ってはいられないのだ。

 一歩でも前へ。

 ガナッシュはそう固く決意した。

「――……バルド」

 歓声に呑まれたせいか、ガナッシュはすぐ後ろで小さく呟いたモニカの存在に気づくことはなく、いたことすら知ることはなかった。

 勿論、その時の彼女の表情さえ、知る由もない。



◆Firo◆


 凄い強いと噂には聞いていたが、まさかあそこまでとは思わなかった。エリック。バルド。ルミア。スウェン。名前は全員有名だ。学園じゃ知らない生徒はいないだろう。バルドは確か、モニカと同じナインエルド獣王帝国出身だ。天才的な戦闘力を持った槍術士学科で、一年生で生徒会カウンシルの役員に推薦されたが、一秒で断ったという孤高の戦士だ。ルミアはシェリカと同じく天才的魔術士と呼ばれている。ついでに美人だ。スウェンは……よくは知らない。ただ、六百六十六号目まである地獄ヶ丘(ヘリッシュマウンテン)の三百八十六号目まで単身で登った唯一の学生だとか。地獄ヶ丘は魔の秘境とされていて、学園でも探索を許された生徒は数少ない。当然一人で行くような場所ではないし、要するに頭がイカれてる。

 そんな強者ばかりのクランの戦闘を見たあとだと、なんだかさっきの一回戦がお遊戯でしかないのではないかとか思えてしまう。

「ランプ・オブ・シュガーの試合を見てきたのか?」

 無表情な男から話し掛けられた。

「ん……? あー……さっきの……」

「クスカだ」

 そう名乗った男は、一回戦の対《夢工場》戦でフィーロが戦った鉄面皮の先輩だった。なんだろ。報復? やだ怖い。それならガナッシュのとこ行ってください。

「はあ。えーと、なんか用です?」

「いや、うちのマスターが最初に無礼を働いたからな。謝っておく。すまなかった」

「いや……別にいいですけど」

「噂に違わぬ実力だった。《カタハネ》は強い。さすがだ。完敗だ」

「はあ、そうですか」

 強いのはガナッシュやシェリカであって、俺じゃないし。つーかそもそもなんで俺に言うんですかね。

「だか、一つだけ聞きたい」

「俺にですか?」

「そうだ。お前、何度か剣速を弛めたな」

「いや、そんなことないですけど」

「……無意識か? それはそれで腹立たしいが……まあ、いい。もし、手を抜いたならぶっ飛ばしてやろうと考えていた」

 え、何それ超怖い。

「よくわからんが、迷いとか、そういう類のものではなかったと思う。何かトラウマでもあるのか?」

「そんなものないですけど……」

 クスカの言いたいことがよくわからなかった。剣速を緩めた? 俺が? 意識したことがない。当然、憶えもない。手は抜いたりはしていなかったはずだ。あれがレベルⅠとしての俺の実力。それが全てだ。


 ――……ない! フィーロは悪くないの! だから……


「……っ!?」

 なんだ、今の。シェリカの声だった気がする。俺は何を思い出そうとした? ……駄目だ。もう思い出すことは出来ない。そもそも、思い出していいのだろうか。とても嫌な感じがする。

「どうしかしたか?」

「……いえ」

 考えすぎだ。どうかしている。疲れているんだろう。

「……まあ、深く考えるな。レベルについては、いつかなんとかなるだろう。太刀筋はよかった」

「……ありがとうございます」

「次の試合も頑張れよ。《マッドボーイズ》は四年生だけのクランだから、経験値は高い」

「そうなんですか。情報ありがとうございます」

「ああ。じゃあな」

「クスカさんも頑張ってください。まだ終わりじゃないんですし」

「無論だ」

 そう言ったクスカは少し笑ったように見えた。しかし次の瞬間には無表情に戻っていた。気のせいだったのかもしれない。


◆◆†◆◆


 Kリーグの試合終了から三十分くらいが経って、続々と他の試合も終了していき、Eリーグでも決着が着いていたようだ。《アンセムスター》のメンバーが門から出てくるのが見えた。遠くからなので表情までは見えないが、ベアトリーチェが騒いでいないところを見ると、おそらく勝利したのだろう。

 《カタハネ》と同じく一年生クランでありながら、上級生もいる《リトルリップ》に勝利を収めたのだから、十分に強いクランだと思う。もともとはベアトリーチェとモラン、ロリエの三人で経って三人組トリオを結成していたので、三人の連携はほぼ完璧なわけだし、そこに二人増えた程度で揺らいだりするベアトリーチェたちでもないだろう。

「おーほっほっほっ! どうですシェリカさん! 思い知りましたか、わたくしたちの実力を!」

「モランおめでとう」

「うん、ありがとう」

「聞きなさいよっ! もうそのパターンは飽き飽きましたわっ!」

「いや、アンタが飽きようが飽きまいが関係ないし」

「むきぃ~~~~~っ!」

「何それ、新パターン?」

「違いますわっ!」

 にしても懲りないね。毎度毎度執拗にベアトリーチェはシェリカにからんでいるが、なんで結果が分かっているのにいちいち突っかかるのか。

「ハイハイストップストップ。シェリカ、次試合なんだから喧嘩するなよ。行こうぜ」

 放っておくとヒートアップして手がつけられなくなるので、面倒だが制止する。結局、寮の中以外でシェリカの手綱を握るのはフィーロの役目である。

「わかってるわ。そこの女が絡んでくるだけよ」

「いやまあ、否定はしないけど……」

 売り言葉に買い言葉な感じで応対するから拗れるんだろうが。自重しろと言いたい。

 フィーロは溜め息を吐きたい衝動に駆られたものの、踏み止まった。モランがクスクス笑みを浮かべていたので、なんとなく気恥ずかしかったのだ。

「あ、ごめんね。笑ったりして」

「や、そんなことねーよ」

 モランの笑い方には嫌味がない。笑われたからといって不快になることはない。まあ、彼女の人徳だ。

「次の試合、頑張ってね」

「ああ」

 モランのエールに元気を頂いた。やっぱり最高の癒し系だわモラン。ルツには勿体ない。

「って……あぃだだだだだだだだだだだだっ……!?」

「ほらフィーロ。次でしょう? 早く行かないと」

「わかってる! 重々承知しておりますっ! だから引っ張るなっ! 千切れる千切れる千切れるぅぅぅぅぅぅっ……!」

 フィーロに二百のダメージ。

 脳内にそんなモノローグが流れた気がした。


◆◆†◆◆


「……大丈夫か?」

「泣きたい」

「災難だな」

 さすがのガナッシュも哀れみの言葉を投げかけてくれたのだが、消沈中のフィーロにはあまり届かなかった。

「さっきより腫れてんなぁ。チューしたら治るんちゃう? オレがやったろか?」

「……殺す」

「あ、いや、えらいすんませんでした……」

 レイジが何か馬鹿なことを言ったようだが、クロアによって黙殺された。普段無口なだけに、一言の凄みが違う。つーかその手に持った短剣なんだろね。怖いんだけど。

「……で、なんだその顔」

「……ちゅー」

「わけがわからぬ」

「……ちゅーすれば治る」

「いや大いに結構」

 悪化しそうなので勘弁してください。

 クロアの思考がわからない。

「あ、じゃあわたしが……」

「いやだからいいって」

 もしかして俺を殺したいの、ユーリ? ほら後ろをよく見て。すげぇ光線でも放ちそうな目でこっち睨んでる人いるから。

 こちらが戦慄する中、なぜか竦然とするユーリを鼻で笑うシェリカ。何勝ち誇った顔してんの。

「ならあたしがやるわ」

「いや、お前が元凶だから」

「な、何よそれ! 酷いわ!」

「逆ギレ!?」

 どう考えても酷いのはお前の頭の中だ!

「どうでもいいが、遊んでないで行くぞ」

 ガナッシュに戒められ、一応おとなしくなる。一応。舌打ちとか半端ない。なんなのこのクラン。

 一回戦と同じく目をつむって門を潜る。一瞬の間感じる不思議な感覚が消え去ったのを確認して目を開け、そしてその眼前にそびえていたのは、

「……城?」

 古い城だった。

 吹き抜けの通路の先には、朽ちた庭がある。高さはどれくらいか。いつくかの塔も合わさって規模が測れない。かなり広い空間ではないかと思う。

「見たことのない空間だ」

 ガナッシュが小さく呟く。

「シェリカは?」

「あたしもないわ」

 二人が知らないとなると、どういうフィールドなのか判別ができない。とはいえ、暗く不気味な城はどうにもいい感じはしない。というか、悪い予感しかない。

「ま、行けばわかるか」

「そうだな。行こう」

 ガナッシュが先頭に立ち、城の中へと入っていく。

 中はやはり暗い。明かりの類は壁に掛けられた松明の光くらいだ。何か出てきそうなくらいの空間。

 別に、怖くなどない。

 とはいえ、こういう暗い空間だとほら、女の子とか怖がるかもしれないじゃん? ユーリとかさ。だからほら、守ってあげないといけないと思っただけだから。

「わあっ……綺麗なお城だね」

 ……聞かなかったことにしよう。

「そうね。でも、ユーリの方がもっと綺麗なのだわ」

 その返しはどつなんでしょうね、モニカさん。いや別にいいですけど。文句とか滅相もないです。

 二人のやりとりを眺めつついると、レイジが大きな箱なようなものを一人で運んできた。結構重たいのか、腕が震えている。

「おーい、誰かこれ運ぶん手伝ってや」

「なんだそれ」

「いや、フラッグやん」

「ああ、俺ら防衛側か」

 一回戦はフラッグそっちのけで戦っていたせいで一瞬存在を忘れていた。それもそれでどうかと思うが、気にしていたら《カタハネ》じゃやっていけない。とりあえずフィーロはレイジに近寄ると、持つのを手伝うことにした。

「重いか……?」

「普通に重いやろ」

「これくらいなら一人で持てると思うけど」

「ホンマ腕力だけはあるなぁ、ジブン」

 そうは言うが、別にフィーロ自身は腕力が飛び抜けているとは思っていない。他にも凄いやつはいくらでもいる。腕力だけじゃ、自慢にもならない。

「フィーロ、適当な場所にフラッグを設置してくれ」

「あいよ」

 ガナッシュの指示を受けて、フィーロは壁際の方にフラッグを設置しようと置いた。

 置いたのだが。

 ひゅー……ドスン。

 大人すればそんな間抜けな音とともに、フラッグが目の前から消えた。

「……あれ?」

「何してるんだ、お前」

「いや、設置したんだけど」

「消えたんだが」

「うん。それは俺でもわかる」

「……どうするんだ」

「どうしようね」

 肩を震わせるガナッシュ。やっぺー怒ってるよこれ。いやでも俺は悪くないよね、これ。いやだってちゃんと床に置いたもの。

 わけがわからないフィーロは、床に手を触れる。すると、あろうことかフィーロの手はなんの抵抗もなく床をすり抜けた。

「穴、空いてる」

 目で見る限りは床にしか見えない。だが、手は虚空を掴んでいる。そこには間違いなく何もなかった。

 このフィールドは一体どうなっているのか。

「あ、思い出したわ」

 シェリカが何かを閃いたようで、ぽんと手を叩いた。

第四空間ディメンション・フォーよ、ここ」

「なんそれ」

「確か、虚影城ファントムキャッスルだったかしら。あたしは使ったことないけど、なんか噂は聞いたことあるわ」

「どんな噂だよ……」

 あんまりいい予感はしないけど。

「なんか、落とし穴がいっぱいあるって。トラップとかもあって嫌がらせでしかないって聞いたわ」

「ああ、そう……」

 つまりあれか。

 俺たちはどこにあるかもわからない落とし穴に注意しながら戦わなきゃいけないわけだ。しかもフラッグは落っこちた。一か八か俺たちも一緒に飛び降りてみるのも手だけど、下に何があるわわからない以上、迂闊な行動は出来ない。うっかりトラップに嵌って即死はごめんだ。

 なんつーかほんと厄介ごとばっか起こりやがる。

「……最悪だ」

 いやマジで。

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