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すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第一章 クランコンテスト編
10/54

第一章(9) 引かれ者

◆Firo◆


 フィーロは北校舎の廊下を歩いていた。北校舎は主に一年生の教室で占められている。ローズベル学園は東西南北に校舎が建てられていて、学年別になっている。行き来は出来るが、まあ、用もないのに上級生の校舎をうろつけるほど肝は大きくない。

 そう。特に用事はない。

 時間的に昼にはまだ早い。授業は自習という名の自由時間で、やることもない。この学校、宿題とかそういうのないからな。自主学習といっても、やることは限られるのだ。

 というわけで暇なフィーロは、ただあてもなく散歩している。シェリカは寝ていたので放ってきた。起きるまでには戻りたいところだ。理不尽に怒鳴られる可能性が高いから。

 そわそわする。焦っているのか、苛立っているのか。なんにせよ、あまり気分はよくない。正直なところ、とても憂鬱だった。

 理由はと問われれば簡単だ。

 クランコンテストが明日に迫ったからだ。

 ああもうマジで最悪だ。気が滅入る。もう時なんて止まればいいのにね。そうだ、止めちまえ。頑張れば止めれるはずだ。やってやれないことはない。

 ……いや、時なんて止めれるかっつーの。無理だし。不可能だし。大層な魔術士でも今だに時間は超越出来ない。時の要素精霊っていう概念はあるらしいが、時間の超越の頂点――不死属性インモータリティーは誰もが追い求め、未だなし得た者はいない。話がそれた。まあ、どの道無理だ。

 というかホントやだなぁ。

 考え込むと、余計に憂鬱になった。

 フィーロはうなだれた。

「フンフンフンフンフ〜ン♪ フンフンフンフフフンフフ〜ン♪」

 何か聞こえてきた。顔を上げた。鼻歌だ。女の子の声である。向かいからだ。丁度、廊下をフィーロと反対方向に渡ってくる女の子が目に映った。

 あれは……ユーリか。一人とは珍しい。鼻歌混じりに歩いているということは何かいいことでもあったのだろうか。

 つーか、このリズムは。

「フンフンフンフンフ〜ン♪ 背中で語れ涙〜ヘイ♪」

「背中!? 涙!?」

「フンフ……あっフィ、フィーロ君っ……!?」

 顔を赤く染めさせるユーリ。確かにその鼻歌は恥ずかしい。鼻歌自体が恥ずかしい。すごいな。最近の女の子は背中で涙を語るのか。そんな侠気溢れる女の子には見えないんですがね。

「き、奇遇ですね? こんなとこで会うなんて……」

「ん、まあ、そうだな。ユーリも自習?」

「治癒士学科の授業が今日は無いんです。その、アメリア先生がブルーな日なんだそうで……」

「ブルー……ねえ……」

 深く突っ込む話ではあるまい。

「でもさ、治癒士の先生他にもいたよな? 菊乃キクノ先生だっけ?」

 菊乃先生は峰鵜礼(ホウウライ)――正確には、鸞明ランメイ出身だ。鸞明は東端に位置する国で、独自の文化を持つ。峰鵜礼は香尊と紫徳山を隔てた向かいに位置する首都大和と交流も篤く、商業都市として発展した第二の首都とも呼ばれている……らしい。行ったことないから聞いた話だ。

 ちなみに天理はまさに鸞明の郷土料理を堪能出来る場所だ。そんなこと今はどうでもいいか。

 なんにせよ、治癒士学科の授業を行う教師は一人じゃない。他にも何人か高名な先生がいたはずだ。代理の先生もまさかブルーということはあるまい。

「菊乃先生は三、四年生担当ですから。他の先生は郊外活動の補佐に出ていたりで……」

「なるほど」

 治癒士は厳密には、魔術士とは違う存在なんだと。施術オペレーティングは、精霊の力を使うものではなく、不可視の力で細胞の修復などを行う技術・・らしい。

 魔戦学部に位置付けられ、魔術の一系統とは言われていることもあるが、治癒術とは超能力のようなものなのだとユーリは以前語っていた。

 だから使える者も限られてくる。治癒士学科は魔術士学科より少ない。どちらも才能に左右されるものではあるが、魔力云々の力ではないので、治癒士っていうのはかなり狭き門なんだろう。

「大変だな、治癒士って」

「そうでもありませんよ? 傷付いた人を助けられる力を授かったのは、きっと幸運なことですから」

 そう言って微笑むユーリは、いつもの天然ボケな女の子ではなく、治癒士の表情だったような気がした。

「……そっか。いやまあ、それはいいんだけどさ。鼻歌なんか歌っていいことでもあったのか?」

「え? えっと……そのぅ……」

「いや、言いにくいことなら別に構わないけど」

「け……」

「け?」

「ケーキ無料券を貰ったんです……グランチェの」

「なるほど」

 女の子っていうのは無条件で甘いものが好きだというのをシェリカから何度か聞かされた。甘いものが苦手なフィーロには一生理解できそうにない理屈だ。が、ユーリも女の子だ。甘いものが好きなんだろう。鼻歌を歌うほどに。だからっていくらなんでも背中で涙を語ることはないと思う。

 一応、これで疑問は解決した。とりあえずユーリは存分にその幸せを味わって下さいということで。引き続き散歩を再開すべく「じゃあ、また」と言ってフィーロはその場を立ち去ろうとした。

「あ、あのっ……!」

 しかしユーリに呼び止められた。前にもこんなことがあったようななかったような。まあいいや。

「ん?」それを無視出来るほど薄情な人間にはなれないフィーロは振り返った。「どうかしたか?」

「え、と……その、……に」

「スマン。全然聞こえないんだが」

「はう……す、すいません……。えと……その、い、いい一緒にどどどどうですか……?」

「何が……?」

「ぐ、ぐぐグランチェにけけケーキを食べに……い、行きません、か?」

「ああ……」

 甘いものは苦手なんだけどな。

「いい、けど……」

 断れない俺は甘いよな。


◆◆†◆◆


「……バイト先のケーキをタダ食いってどうよ?」

 グランチェの店主(オーナー)、エリック・モンテディオが言った。エリックはグランチェ唯一の男性である。菓子職人パティシエというやつだ。特戦学部の扇術士学科フラッターでありながら、菓子職人。なんでもクランも率いているらしい。

 ちなみに、美男子。

 曰く、男の敵。フィーロとしても同感ではある。が、どうでもいい。こちとらすでにガナッシュというモテモテ野郎がいるからね。今更イケメンの一人や二人。

 なんぼのもんじゃーい!

「でも先輩のケーキ美味しいですから」はにかんだ表情でユーリが言う。

「おだてても何も出ねーぞ?」

 確かに惚れ惚れするような爽やかスマイルだ。女の子ならイチコロだろう。フィーロには出来ない芸当だ。

 三年生のエリックはすでにガナッシュに匹敵するファンを持つらしい。グランチェの就労希望者は、この人がオーナーになってから十倍に増えたとかなんとか。お陰でエリックが気に入った女の子が採用されるシステムになっている。何その羨ましいシステム。

 ユーリとモニカはエリックの目に適ったというわけだ。こういうところはやっぱり男だなと思う。けっ。

 グランチェの女の子が皆可愛いと評判なのは、一重にこの男のお陰であって、売り上げが上向きどころか八十九度くらいの傾きで上がっているのもこの男のお陰である。ついでに従業員や客層まで男子が淘汰されたのもこの男のお陰、というかこの男が原因だ。

 こんな人間兵器を前に、普通の男はまともに立っていられない。俺だって嫌だ。色々と諦観してるからまだ精神を保ててるけど。

「つーかさ、お前ってユーリの彼氏?」

「はい?」

 エリックがこちらに話を振ってきた。え、やめて。

「いや、違いますけど」

「えっ……」

 カラカランとユーリがスプーンを落とした。何してんのこの子。心配しなくてもケーキはいきなり足生やして逃げたりしないから、落ち着いて食べなさいよ。

「違うのか? てっきりそうだと思ったんだが……ほら前もなんか来てたじゃん? 店の子たち、なんか騒いでたしさ」

 そりゃあんなけコーヒーぶちまけてりゃ騒ぐわ。

「いやいや。俺じゃあユーリに釣り合いませんよ」

 あれ、なんか死にたくなってきた。

「そうか? 女みてーにきれーな顔してるし悪くねーと思うけどな。……お前って、あれだろ。銀髪の……そう、シェリカ・ロレンツの弟」

「ええ、まあ」

「剣士学科?」

「そうです」

「いいねぇ。俺剣って苦手なんだよ。それにほら、俺、扇術士だからな。戦闘には不向きなんだよなぁ」

 嘘つけ。扇術士学科最強のくせに。エリックの鉄扇から繰り出される鎌鼬かまいたちは、金属を飴のように裂く。それくらい一年生の俺でも知ってる。有名だ。

「つーか、仕事はいいんですか?」

 話を逸らすが、エリックは逆に椅子に腰掛けた。タフだな畜生。

「ちょいと休憩だ。大体、急がなくても客なんかまだ来ねーよ。お前らみたいな物好き以外は」

 客に対してその物言いはどうかと思うが、実際、客はフィーロとユーリだけだ。時間帯が昼前ということもあるだろう。ブランチの頃合いだが、生憎と朝食は済ませてある。フィーロはケーキを頼まずに、コーヒーだけ注文していた。

 コーヒーを一口すする。グランチェのコーヒーはどっちかというと甘い。ルーセントは苦めなので、実を言えばフィーロはルーセントの方が好きだったりする。エリックの前でそんなこと、口が裂けても言えないが。不味いわけじゃないし。むしろ美味しい。くっそ。美味しいコーヒーまで淹れれるとか何この人。

「ああそうだ。お前らも出るんだろ、クランコンテスト。話題になってるぞ」

「ええ……まぁ」

「おいおい、覇気がねぇな。いいけど。確か《カタハネ》だったか、フィーロ・ロレンツ」

「俺の名前、知ってるんですね」

「有名だしな。色んな意味で」

 なんとなく想像ついた。

 《カタハネ》は学園でも有名なクランだ。一年生だけのクランは珍しくないが、学部首席が二人もいるクランも珍しい。他のメンバーも逸材揃いだ。その中にぽつんとレベルⅠのへっぽこ剣士がいるのだから、そりゃ有名にもなる。明らかに異端だし。

「俺は雑魚ですからね」

「ん。俺はそうは見えねーけど?」

 エリックは俺の全身を眺めながら言う。

「身体の作りはしっかりしてるし。運動能力もありそうだ。目もいいだろ。レベルⅠの理由は知らんが、その手の豆見る限りじゃ剣だって結構使えるんじゃないのか」

「買い被りすぎです」

「そーか?」

「そうです」

「ユーリはどう思うよ」

「ほへ?」

 いきなり話を振られたユーリが顔を上げた。口に生クリームがべっとりついている。鬚みたいだ。フィーロとエリックは同時に吹き出した。

 ユーリは気付いていないようで、首を傾げている。それがなんとも愛らしくて、余計に笑いを誘った。

「え? え? な、なんですか?」

「ああいや、な。ユーリはフィーロをどう思ってるのかっていう話だ」

「ふえ!? そそそそれは、その、フィフィフィーロ君は……す、素敵だと思いますっ!」

 ぶっはとエリックは盛大に吹き出した。いや、さすがに俺は笑えないんですけど。どこがどうなってそんな結論に至ったのかよくわからんが、その、なんだ、照れくさいです。

「素敵だってよ、フィーロ」

「やめてください」

「照れるなよ」

「そうじゃなくて……」そうだけど。

「な、何か変なこと言いましたか……?」

 ユーリが眉をハの字にして言うので、フィーロはううっとたじろいだ。そんな不安げに見ないでほしい。俺が悪いみたいじゃないか。

「別に……」

 手許にあったティッシュを取り、ユーリの顔を覆うようにして拭いた。

「はうわわわわっ……!?」

「まあ、その、ありがとう」

「な、なんですかー?」

「なんでもないよ」

「素直じゃねぇなー」

「なんですか。仕事戻ってくださいよ」

「へそ曲げんなよ。お、もうそろそろ焼けるな。いやー堪能したわ。さて、作業に戻りますか」

「いい性格してますよね……」

「褒めるなよ。さすがに照れる」

 褒めてねぇよ。

 フィーロのジト目もものともせず、エリックは飄々と厨房に向かっていった。ホントいい性格してるわ。

 ユーリもケーキに満足したらしい。フィーロもとっくにコーヒーを飲み終えている。そろそろ退出の頃合いかと思い、立ち上がる。

「先輩、そろそろお暇します」

「ん? そうか、じゃあな」

 厨房から顔をひょっこりだしながらエリックは笑顔を向けてきた。

「ごちそうさまです、エリック先輩」

「おう。再来週のシフトなるたけ早く提出頼むわ」

「あ、はい」

「そんじゃ行こうか」

「そうですね」

「おーそうだ、フィーロ」

 外に出ようとしていたフィーロたちを、エリックが呼び止めた。「なんですか?」と立ち止まって振り返る。

「いや、また来いよってな。ほら、今のグランチェってなんか男子禁制みたいなノリになってるだろ? ちょっと息苦しくてよ」

「はあ……」

 つまり話し相手が欲しいということ? 女の子に囲まれてご満悦というわけではないということか。なんと贅沢な悩みだ。

 とはいえ年長者の頼みを断れるような人間ではない。ザ・年功序列に縛られた男です。

「構いませんよ」

 どうせシェリカに引き摺られて何度か来る羽目になるのだ。断っても意味がない。

「ありがとよ」

 にっと笑うエリックはやっぱり魅力的だった。

「では、また。ご馳走様でした」

 会釈すると、エリックはおう、と返して厨房に戻っていった。それを見届けて、フィーロたちはグランチェをあとにした。

 店の外に出たあと、ユーリが口を開いた。

「気さくな方ですよね」

「そうだな。あれでなおかつ美形だからな、そりゃオンナノコにもモテるだろうね」

 ホントこの世って不公平っ!

「フィ、フィーロ君も格好いいですよ……?」

「世辞でも嬉しいよ」

 フィーロは力なく微笑んだ。さっきの発言といい、今のといい、ユーリがそんな気を遣ってくれるとはね。なんだか情けなくなってきたわ。

「お世辞じゃ……ないんだけどな……」

 ユーリが何か呟いたような気がしたが、フィーロの耳には届かなかった。


◆◆†◆◆


 北校舎三階、一年7組前の廊下にて。

 ギリギリギリギリ……。

 フィーロは首を締め上げられていた。

 モニカに。

 さすが獣人だ。人間よりも身体能力に優れた種族ゆえか、右手だけで首を鷲掴みにし、フィーロを数センチ浮かせている。そもそもの腕力が違うということか。つーか、苦しっ……!

「さて、どう料理してくれようかしら?」

 口許は笑っている。だけど目が笑っていない。全然。まったく。これっぽっちも。つーか怒ってる。怒りに燃えてる。怒髪天を突くとはこのことか。

「料理って……モニカさん料理人にでもなられるんですか?」

 そいつは素敵な転職先だ。

「そうね。肉屋ブッチャーならアタシにもなれるかもしれないのだわ」

「そうですね〜。なれるよモニカならさ〜。だからそろそろ放さない? 俺死んじゃうよ……?」

「構わないのだわ」

 ヤバい目がマジだ。

「モ、モニカちゃん! フィーロ君が死んじゃうよ!」ユーリが止めに入る。

「ユーリ! この男は……この男はっ! ユーリをたぶかそうとしたのよっ!!」

 やだ冤罪ですよぉ。

「ち、違い……ます」

「アンタどう落とし前付ける気!?」

 その前に落ちちゃいそうです。

 こちらの弁明など一切無視し、右手にさらなる力が込められる。「ぐ……ぐるし……」それ以上はヤバい。マジで死ぬ。右腕を二、三回叩いてギブアップを宣言した。

「どうにかいいなさいよ! ええ?」

 聞いちゃいねぇ。

 大体、首絞められてまともに喋れるわけねーよ。あ、ヤバい。意識が。目の前暗くなってきた。あ、もしかして俺死ぬ? 死んじゃう?

「鳴Fai雉煤輦hale鳴動雷」

 バチっと目の前で弾けた。「つっ……!?」モニカが顔をしかめて、フィーロを放した。尻餅を突いた。少し咳き込む。喉を押さえながら、霞む目の焦点をなんとか合わせて、声のした方に視線を向ける。

「フィーロに触るんじゃないわよ」

「ごほ……シェ、シェリカ……?」

 シェリカが立っていた。風なんて吹いていないのに、シェリカの銀髪がゆらゆらとなびいている。まるで炎のようだ。

 モニカがきっと睨み付けた。

「アンタ人に魔術ぶっ放すって何考えてんの!? 常識はずれにも程ってものがあるのだわ!」

 人の首締め上げてた奴がよく言うぜ。

「知らないわ。常識なんて。フィーロを傷付けるような奴は死ねばいいのよ。大体、フィーロは何も悪くないわ。悪いのはそこの下品な雌牛よ」

「えっ……げ、げひ……めめ雌牛……」

「ユーリをそんな呼び方するんじゃないのだわ! 上品な美乳と呼びなさいっ!」

 それもどうかと思う。

「そもそも、フィーロがそんな女に興味を示すはずがないじゃない」勝手に決め付けんな。俺だって胸の大きい女の子は好きさ。「どう考えてもその女が下品な乳を使ってフィーロを籠絡しようとしたに決まってるわ!」

 あーそりゃ一発で陥落するわ。

 ありえないけど。

「ろ、籠絡なんて……わたし……」

「ユーリを泣かすんじゃないのだわ! ぶっ殺す!」

「やってみなさいよ」

「お望みなら……!」

 モニカがシェリカに飛び掛かった。「っ……」右手がシェリカに迫った。シェリカの下級要素魔術完成は二秒弱。二人の距離的に、二秒あればモニカは容易くシェリカに肉迫できる。

 フィーロは一気に駆け、シェリカとモニカの間に立ち入り、モニカの右手を掴んだ。バシッと景気のいい音がした。ちょっと痛い。

「なっ……」

「フィ、フィーロ……」

「っつぅー……なぁ、モニカ……シェリカの口が悪いのは許してやってくれ。今に始まったことじゃないだろ。あと、俺はユーリに何もしてない。誓ってもいい」

「っ……! ふんっ」

 ややあってモニカは拳を退いた。そしてフィーロを忌々しげに一瞥してから、去っていった。シェリカが背後でべーっと舌を出していたのに気付いて、軽く小突いた。火に油を注ぐな。

「ご、ごめんなさい……フィーロ君。なんだか、わたしのせい、かな……」

 ユーリが目に涙を浮かべながら、そう言った。まあ、ユーリは気が小さいし、何より女の子だ。シェリカの悪口に一向に慣れないあたりからも、心優しいことくらいはわかっているつもりだ。

「別にユーリは悪くない。心配さなくていい。それより、モニカのところに行ってやってくれ」

「あ、はい……」と、ユーリはフィーロにお辞儀をしてモニカのあとを追っていった。まあ、なんとかなるだろう。モニカもあれで切り替えは早い。

 モニカの趣味嗜好を否定するつもりはない。まぁ、色々と暴走するし、こうやって実害もあるくらいで、たまに頭大丈夫かコイツと思ったりするが、それでもとやかく口出しすることではない。レイジ以外だが。

 とはいえ、なんでああもモニカが自分を目の敵にするのかがわからない。ガナッシュとかがユーリに近付いても特に何もしないのに、どうして俺だけ? フィーロの永遠の謎だ。――それでも、クランの仲間として、もう少しくらいは仲良くはなりたい。なんかあれでは到底無理な気がするけど。

 自然に溜め息が出た。

「……ありがと、フィーロ」シェリカが呟いた。

「何が」

「助けてくれて」

「ああ……」

 シェリカは毒舌と魔術は一流だが身体は弱い。モニカと取っ組み合って勝てるわけがないのだ。それこそ一発ケーオーだっただろう。だから助けた。キャットファイトなら好きにやってろと思うが、一方的に殴られるのは見ていて気分はよくない。それが姉ならなおのこと。

「つーかお前が突っ掛かるからこうなるんだろ? 無茶するな。もう少しお淑やかに出来ないか?」

「フィーロはそっちの方が好きなの?」

「は?」

 そんなことを言われて、フィーロは少し考えてしまった。お淑やかに振る舞うシェリカ。いや、絵柄的には問題ないのだが、本来のシェリカを知る身としては。

「……似合わない……かな」

 自分で言って自分で否定してたら世話ない。

「でしょう?」

「そうだな」

 二人して笑い合う。

 久しぶりに笑っているという実感が湧いた。そうか。俺は笑えるんだな。なんだか少し嬉しかった。

「それより、あの爆乳女とどこで何をしていたかじっくり聞かせてもらうわよ」

「爆乳って……ユーリとは――」

風紀委員モラルキーパーです! どこですか。喧嘩があった場所というのは……!」

「げっ……」

「やば……逃げるわよ、フィーロ!」

「お、おう」

 フィーロはシェリカに手を握られて走りだした。すぐに追い越して引っ張る形になったが、手は放さなかった。

「あっ! こら! 待ちなさい!」

 待てと言われて待つ奴がいるわけないだろ。フィーロはシェリカとともに廊下を疾走した。

 悪くない気分だ。

 ちなみに、後で校内放送で呼び出された。

 最悪の気分になった。


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