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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
4.黒い瘴気と奇跡の娘

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 布などで目張りされた薄暗い小屋の中──そこに、五人の人間が横たわっていた。体臭と汚物の臭いが充満した室内に、吐き気が込み上げる。ヘルミーナは足を踏み入れることが出来ず、小屋から離れて近くの草むらで嘔吐した。

 ……アレは何だったのか。

 彼らが人間の形をしていなければ、全員がただの黒い塊にしか見えなかっただろう。焼け焦げた皮膚とは違い、肌が黒く変色して瘴気を纏っていたのだ。……魔物のように。

 とても直視出来る光景ではなかった。


「ヘルミーナ様、大丈夫ですか?」

「……メアリ」


 嘔吐を繰り返すヘルミーナに、メアリが背中を優しく擦ってくれた。けれど、彼女の手もまた小刻みに震えていた。

 初めて目にする異様な光景に、自分のことしか考えられなくなっていたようだ。ヘルミーナは差し出された水筒で口をゆすぎ、ハンカチで口元を押さえ、メアリに支えられながら立ち上がった。

 一方、カイザーたちは取り押さえた男たちに特殊な手枷をはめていた。魔法を無効化する魔法石のついた魔道具のようだ。魔物には使えないが、魔法を使う人間にはこれ以上の拘束道具はない。


「ここで何をしていた? 小屋の人たちはどうした?」


 仁王立ちになって立ちはだかるカイザーに、二人の男たちは尻込みした。

 どちらも兵士の格好をしている。その内の一人は、ニキア村の石橋でヘルミーナたちの荷台を確認した者だ。


「俺たちは知らない……っ! 何も知らないんだ!」

「嘘をつくな! ここにいるのは失踪したケーズ村の人たちだろ!?」


 パウロともう一人の騎士が、正直に答えない男たちを地面に押し付けた。

 うめき声を漏らした男の一人が王国の騎士に恐れをなし、ほぼ叫ぶように答えた。


「勘弁してくれ、仕方なかったんだっ! こうでもしなきゃ、俺たちの村から犠牲者が出ていた!」

「……それで領地の違う村から人を攫ってきたのか?」


 刹那、風の流れが変わった。周囲がサァー……と静まり返る中、カイザーの足元にあった落ち葉が弾け飛ぶ。彼の殺気に背筋が凍りついた。本気で怒っているのが分かった。

 男たちは青褪め、カイザーの殺気に耐えきれずそのまま失神してしまった。パウロたちは嘆息して男たちから手を放した。


「カイザー副団長、あれは……」

「ああ、間違いない。──『魔喰(まぐ)い』だ」


 パウロがカイザーに近づき、二人は開かれた小屋のドアに視線を向けた。

 離れたところから見守っていたヘルミーナは、口元にあてたハンカチをぎゅっと握りしめた。


『魔喰い』──それは魔物の存在を学んでいく上で、必ず耳にする言葉だ。

 上位種の魔物の中には、人間の魔力を喰らう者がいる。魔力を奪われた人間は黒い瘴気の毒に侵され、体内を蝕まれていく。毒の進行は人それぞれだが、飢えも渇きも感じることなく、やがて死よりも悲惨な結末を迎える。

 人間だった頃の記憶を失い、黒い瘴気に覆われた魔物と化すのだ。

 人から人へ感染することはないが、魔物となることが分かっている以上一緒にいることは出来ない。最後は愛する人の顔も忘れて、自らの手にかけてしまうかもしれないのだから。

 だから『魔喰い』に遭った者は、遅かれ早かれ人間でいる内に死を選ぶ。病気と違い、進行を遅らせることも治すことも出来ない。不治の病より厄介な症状だった。

 カイザーはやるせない様子で髪を掻き回し、大きな深呼吸をしてから口を開いた。


「あの母親が言っていた化け物というのが気がかりだ。上位の魔物が山に住み着いている可能性がある。パウロたちは一旦第二騎士団に戻り、報告と応援を要請してくれ。男を追いかけて行ったランスも心配だ。無茶をしてなければ良いが……」

「承知しました。あの、カイザー副団長……小屋の者たちは」

「騎士団の決まりに従うだけだ」


 パウロが遠慮がちに訊ねると、カイザーはその表情に影を落としながらもはっきり口にした。すると、パウロたちはそれ以上何も言えず、命じられた通り第二騎士団の元へと急いだ。

 小屋の前には気絶した二人の男と、カイザーとヘルミーナとメアリが残された。


「……小屋の近くは危険だから、離れていてほしい」


 近くまでやって来たカイザーは、ヘルミーナたちに傍から離れるように言ってきた。その声には覇気がない。いつもとは違う様子に、ヘルミーナは不安になった。

 それでもメアリに促され、小屋から距離を取る。

 と、開かれたドアに向かって両手を突き出したカイザーは、巨大な火の塊を作り出した。

 それが何を意味するのか、ヘルミーナは悟った。

 彼が小屋にいる五人に死を与えるのだと。

 魔物になる前に殺さなければいけないのが、騎士の規定によって決まっているのだろう。まだ自我が残っていれば、それは間違いなく「人」であるはずなのに。

 王国の騎士はこれまでに、どれほどの苦悩と苦痛を背負ってきたのだろう。

 仲間を失う悲しみや悔しさ以外にも。

 背中ではためく騎士団の紋章に、どれほどの思いが閉じ込められてきたのだろう。

 泣くことも許されず、弱音を吐くことも出来ず、ただ民を守るために戦い続ける彼らに、自分は騎士の何を見てきたのか。

 そう思ったらじっとしていることが出来ず、ヘルミーナは走り出していた。


「待って下さいっ、カイザー様!」


 小屋ごと燃やし尽くそうとするカイザーに、ヘルミーナは目を真っ赤にしながら叫んでいた。

 心優しい彼だからこそ、罪なき人を殺すことに多くの葛藤があったはずだ。それだけに、カイザーが、他の騎士たちが、これ以上苦しみに苛まれるのを黙って見過ごすことは出来ない。


「彼らはまだ魔物ではありません……っ! ですから、どうか……お願いです! 私に治癒を、神聖魔法を使わせて下さい──!」

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