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──今日ほど面倒な会議はない。
王国騎士団総長のレイブロン公爵は、会議が始まる前からそんな愚痴を漏らしていた。
火属性の一族を束ねる長だけに、参加してきた会議は数知れない。だが、会議に向かうレイブロン公爵の足取りは重かった。
内容はただ騎士団内で特別会議を開き、各団長と副団長を招集して部下たちに指令を伝える簡単なものだった。そこに、他の一族の長がいるわけでもなければ、レイブロン公爵家の地位を虎視眈々と狙う厄介者が参加しているわけでもなかった。
しかし、王太子のルドルフと光属性を宿した彼女が同席したことで会議は荒れた。
それは収拾がつかないほど、面倒臭い方向に。
「皆も知っていると思うが、ウォルバート領地にある水の都カレントで怪我を負った我々の仲間が治療を受けている。報告では全員意識はあり、回復傾向にあるという。そこで騎士団を派遣し、彼らを連れ帰ることが決まった」
長机を口の形に配置して、外周に置いた椅子に真紅の団服を纏った騎士が顔を並べる中、皆の視線が一箇所に集まっていた。
それは喋っているレイブロン公爵──ではなく、その隣に小さくなって座っている水色の髪をした女性だ。ヘルミーナである。彼女は、場違いな会議に参加してしまったことを悔いてるように見えた。なるべく目立たないように背中を丸めているが、横で堂々と座っているルドルフよりかなり目立っていた。
「だが、騎士団が負傷者だけ連れ帰るわけにも行かない。ウォルバート領とラスカーナ領の谷の境で、魔物の目撃情報があった。カレントからもそう遠くない。そこで我が騎士団は負傷者を回収し、そのまま谷へ向かって魔物の討伐を行うことになった」
負傷者の回収も、魔物の討伐も騎士団には当たり前の仕事だ。
それなら、なぜ騎士ではない二人がこの場に参加しているのか。騎士たちの視線がどうしてもヘルミーナたちに集中してしまうのは仕方のないことだった。今まで一度も騎士たちの会議に、部外者が立ち入ったことはないのだ。
すると、レイブロン公爵は咳払いをひとつすると、ヘルミーナのほうに視線を向けて口を開いた。
「そして今回、派遣する騎士団にヘルミーナ嬢も同行することになった」
レイブロン公爵が発表すると、室内はざわついた。声は出さずとも目を開いて驚いている者もいる。予想通りの反応だった。ただ一人を除いて。
「え、ミーナちゃんも騎士団に同行すんの? じゃあ俺も護衛として一緒について行くよ! このランス様がいれば何も心配いらないからね」
団長と副団長が集められた会議に、なぜかヘルミーナの護衛としてちゃっかり会議に参加していたランスは、周囲の空気も読まず口走っていた。これが余計だった。
顔を寄せて話し掛けてきたランスに、ヘルミーナも「ランスも来てくれたら心強いです」と小声で返していたが、皆の耳にもしっかり届いていた。
「父……ではなく、アルバン総長! 私も護衛騎士としてミーナ嬢に同行します!」
「いいえ、護衛騎士は不要です! 負傷したのは第二騎士団です。当然、第二騎士団が負傷者を迎えに行くべきです!」
「第二騎士団では力不足だ。ここは我々第一騎士団こそ派遣されるべきだ」
カイザーが椅子から立ち上がって吠えれば、騎士たちが次々に立ち上がって自分こそが行くべきだと主張し始めた。
それは暫く続き、困惑したヘルミーナはルドルフとレイブロン公爵の顔色を窺った。ルドルフは笑いを堪えていたが、レイブロン公爵はこうなることを予想していたのか深いため息をついていた。
「……とりあえず全員座れ。派遣する騎士はこれから決める」
「ですが、魔物の討伐にも連れて行くというなら、ミーナ嬢の安全を考慮して第一騎士団こそ向かわせるべきです!」
「ウォルバート領地に向かうのですから、地形にも詳しく水属性の多い第二騎士団こそ適任です!」
「第三騎士団だってミーナさんに傷一つ負わせるようなことはしません!」
「第四騎士団もです!」
ヘルミーナと一緒に行きたいから、とストレートに申し出る者はいなかったが、彼らの気持ちが嫌でも伝わってくる。それだけにレイブロン公爵は額を押さえた。
普段は命じられたまま、口を出すことなく淡々と仕事をこなす騎士が、まるで子供のように言い争っては任務の奪い合いをしているのだ。
「分かった……分かったから、落ち着け」
面倒臭いことこの上ない。
決闘すら始まりそうな雰囲気の中、ランスだけは「いっそ全員派遣しちゃったらいいのにね〜」と言って、レイブロン公爵に鋭く睨まれていた。
★ ★
『いつまでもルドルフが守ってくれるとも限らないわ。……だから、貴女にもある程度の権力は必要だと思うの』
薔薇の花園に招待されてから数日、ヘルミーナは上の空だった。
ぼんやりと考え事をしてはお茶を溢し、花壇に神聖魔法を使った時は蔦が育ち過ぎて庭師が斧を持ってくる羽目になった。他にも、壁に衝突しそうになって護衛の騎士たちを慌てさせた。
ついには強制的に休まされ、一日中テラスの椅子に座って空を見上げていたが、自分なりの答えは出てこなかった。
光属性で多くの者たちを救うには、今の立場ではいけないのだろうか。本当にあのような恐ろしいことが起きてしまうのだろうか。
魔物に一度も遭遇したことのない穏やかな環境で育ってきたヘルミーナには分からなかった。
──ここに来てから、初めて知ることばかりだわ。
貴族令嬢が気にすることは身嗜みや結婚のこと。そこに魔物といった危険はなかった。子供の頃はお転婆な性格で周囲を困らせたこともあったけれど。
貴族ならお金で兵士を育成することも、冒険者ギルドで討伐の依頼や護衛を任せることが出来る。それが育ってきた環境だった。
けれど、王宮に来てから自分がどれだけ狭い場所で過ごしてきたのか思い知らされた。
「カレント、か。みんな元気かな……」
活気溢れた港から見える青い海や、仲の良かった船乗りたちを思い出して、ヘルミーナは顔をくしゃりと歪めた。
婚約者が出来る前から、そこはヘルミーナにとって楽しい思い出が詰まった場所だった。
社交界デビューして「お荷物令嬢」と呼ばれるようになってから、なんとなく行くのを避けてきたが、今になって無性に恋しくなってしまった。
カレントに行けば、この抱えている気持ちもすっきりするかもしれない。それに、王妃からも負傷した騎士のことを頼まれている。
そう思ってカレント行きを考えていた時、ルドルフとフィンがヘルミーナの元へ訪ねてきた。




