05
明るい音楽に合わせて踊る招待客に、侯爵家当主の誕生日を祝うパーティーは大いに盛り上がっていた。
そういえばまだお祝いの言葉を伝えられていなかった。
賑やかな会場を抜け出して中庭に出てきたヘルミーナは、泣きそうになるのをぐっと堪え、傍にあったベンチに腰を下ろした。
一族の代表として何も出来てない。
それ以上に、エーリッヒの婚約者として良いところが一つもなかった。
彼は今、侯爵令嬢と楽しく踊っているだろう。
侯爵令嬢のように美しく華やかだったら、エーリッヒは以前のように優しく接してくれるだろうか。……自分をもっと尊重してくれるだろうか。
けれど、エーリッヒはヘルミーナが目立つことを望んでいなかった。
言われた通りドレスは露出を控え、前より地味にした。宝石だって身につけていない。化粧も少しだけ。
それでも、エーリッヒは褒めてくれなかった。
他にどうすれば、彼は満足してくれるのか。
ヘルミーナは両手で顔を覆った。
このままでは、エーリッヒは自分のせいで「可哀想」だと言われ続けてしまう。
この状況から抜け出す方法を見つけようにも、何も浮かんでこなかった。
その時、人の気配を感じてヘルミーナは顔から両手を離した。
「君、具合悪そうだけど大丈夫かい?」
「………はい、平気です」
優しく声を掛けてきたのは若い男性だった。
真っ赤な髪に、橙色の瞳。人目を引く精悍な顔立ちに、力強い生気が全身から溢れている。
火属性の一族は暖色系の髪や瞳を持っていた。彼も間違いなくその一族だろう。
ただ、触れたら火傷しそうな容貌をしているのに、彼は驚くほど穏やかな表情をしていた。
「何か飲み物を貰ってくるよ」
「いいえ、本当に大丈夫ですから」
子供に話しかけるような優しい声だった。
しかし、一族の代表である自分が他の一族に迷惑をかけるわけにはいかない。
ヘルミーナは気分を落ち着かせるために、軽く人差し指を振った。
瞬間、ヘルミーナの首元に水の膜が張った。
透き通った水の膜は冷たく、上昇していた体温が自然と下がっていく。これで落ち込んでいた気分も幾分か和らいだ。
「水の魔法を使うのが上手いんだね」
「え、見えるのですか?」
人の目に見えないほど透明化した水の膜だが、魔力が高い人には魔法の流れで見えてしまうという。
ヘルミーナは目を丸くして彼を見上げたが、青年もまた涼もうとしている女性の、見てはいけないものを見てしまった罪悪感があったらしい。
「ご、ごめん! その、魔法の扱いが上手だから思わず」
「いいえ、人前で使った私の方が悪いので。……魔力が弱いので、こんなことしか出来なくて」
「よくコントロール出来ていると思うよ。ここまで澄んだ水を出せるなんて初めて見たよ」
「あ、ありがとうございます……」
赤毛の青年は目を輝かせながら褒めてくれた。
ヘルミーナは恥ずかしくなって、すぐに新しい水の膜を作って火照った顔を冷やさなければいけなくなった。
「あの、良かったら君の名前を──」
ヘルミーナの前で立ったままでいる青年は、ヘルミーナの名前を訊ねてきた。
その時になって自分が座ったままでいることに気づいて急いで立ち上がったが、ヘルミーナが腰を上げたと同時に、離れたところから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
エーリッヒの声だ。
「申し訳ありません。呼ばれているので、こちらで失礼致します」
エーリッヒがパーティーの途中でヘルミーナを呼ぶのは珍しい。
何かあったのだろうか。
ヘルミーナは青年に深く頭を下げると、ドレスを持ち上げてエーリッヒの元へ急いだ。
そして急ぐあまり、水色の髪を揺らして去っていく背中を、名残惜しそうに見つめてくる青年に気づくことはなかった。