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「では、基礎から始めていきましょう。王国に存在する四つの属性はお分かりですか?」
「火属性、水属性、風属性、土属性です」
「正解です。エルメイト王国の民は必ず、この四つの属性の中から一つの魔力を持って生まれてきます。かく言う私も土属性の魔力を持っています」
モリスは説明しつつ、右手を出して掌に魔力を放出させた。すると、掌の上に土の塊が現れ、何度か形を変えた後、帽子を被った熊が現れた。
掌に載るほど小さな熊はテーブルに飛び移り、ヘルミーナの前に来ると帽子を取ってお辞儀をしてくる。思わず「わあ!」と声を上げると、熊は照れ臭そうに帽子で顔を隠した。直後、一瞬にして消えてしまった。
「──と、こんな具合です。ヘルミーナ様は水属性をお持ちかと存じます」
「はい。……魔力はとても少ないのですが」
ヘルミーナもまたモリスと同じように掌を出して、水魔法で水の花を作って見せた。子供の頃にも魔法訓練の一環で、こうして掌に動物や花を作る練習をさせられた。
先程、モリスは土魔法で熊を作ってみせてくれたが、見た目も動きも完璧だった。魔力のコントロールが上手な証拠だ。
「属性と魔力は九割が遺伝で決まると言われております。土属性同士の両親であれば、生まれてくる子も必ず土属性になります。一方、違う属性同士の婚姻であれば、子供は魔力が高い方の属性を持って生まれてくることが一般的です。しかし、見える魔力が全てではありません」
「生まれながらに誰もが持っているという潜在魔力のことでしょうか?」
「しっかり勉強されたようですね。仰る通りです。普段、我々が使っている魔力は、全体の半分にも満たないと言われています。ですが、民の中には潜在魔力を引き出して覚醒する者もいます。それが第二次覚醒です」
話の流れから第二次覚醒の話になることは分かっていた。それを聞けば、考えないようにしていたエーリッヒの顔がチラつくことも覚悟していた。でも、今は雑念を払ってモリスの声に集中した。
「第二次覚醒も二重属性同様、覚醒方法については分かっておりません。ただ、覚醒をした者の多くは身に危険が迫った時に開花したと話します。おそらく、無意識の内に潜在魔力を引き出したのではないかと推測されます」
「──……」
「それでは次に、二重属性についてお話ししましょう」
ヘルミーナはうまく顔がつくれなかった。子供の頃に植え付けられてしまった恐怖はそう簡単に癒えるものではない。
幸いなことに、モリスはヘルミーナの婚約者について一度も触れてこなかった。社交界で流れているヘルミーナの評判はすでに知っているだろう。しかし、敢えて避けてくれたのか、おかげで気持ちが途切れることなく彼の授業に打ち込めた。
「二重属性はご存知の通り、属性を二つ持つことです。これまでの歴史の中で、数例ほど報告されています。一人はヘルミーナ様と同じように光属性を与えられた聖女様です。彼女は元々、土属性を持っていました。こちらはあまり知られていないかと思います」
「……初めて知りました。聖女様は生まれながらに光属性があったものとばかり」
「聖女様は元々孤児として教会で育ちましたから、彼女の両親や子供時代については殆ど知らされていません。中には聖女様が、異世界から来た少女だと言う方もいらっしゃいました。ですが、ラスカーナ公爵家に残された書物に、聖女様に関する記述がありました。一族は光属性を宿した彼女を保護しようと、随分手を尽くされたようです。結局は教会に断られ、彼女は神殿へ連れて行かれました。そこで聖女の称号を与えられて俗世から切り離された生活を送ったようです」
「聖女様の伝説は書物などでも目にする機会がありましたが、晩年はどうされていたのか書かれたものはありませんでした」
「私も詳しくは知りませんが、聖女様は多くの民を癒やし、多くの魔物を浄化したことで床に臥せ、若くしてお亡くなりになったと言われています」
「そんなことが……」
聖女の話になった途端、熱く語りだしたモリスだが、ヘルミーナもまた初めて知る事実に驚きを隠せなかった。
書物などに描かれた聖女は金色の髪に金色の目を持った、光の神エルネスの化身とまで言われるような容姿だった。そして、どこにも土属性だった記述はない。ただ、西の城壁に押し寄せてきた魔物の大群を、光の壁を作って全く寄せつけなかったという伝説はある。もしかしたら、土属性による土の壁と光属性の魔力を掛け合わせたのかもしれない。
同じ光属性を与えられた今、聖女こそ師となる存在だろう。それだけに知り得なかった聖女の情報がもっと知りたくなった。だが、モリスはそれ以上語るつもりはなかったようだ。
「……話が逸れてしまいましたね。話を戻しましょう。二重属性は聖女様の他に、魔王を討伐した勇者です。聖女様よりずっと前の話になるため、こちらも定かではありませんが彼の場合は火の属性が使えたと言われております。そして最後に、口に出すのも憚られますが……魔物の王も闇属性と、他の属性を持っていたとされます」
「勇者と、魔王ですか」
聖女と勇者と魔王。どれも自分とでは比較にならない歴史上の人物に、胃が重くなった。とても恥ずかしくて、名乗り出ることもできない。改めて、なぜ自分だったのだろうと思わずにはいられなかった。
その後も授業は続き、魔法や魔力、属性について学び直したヘルミーナは、すっかりモリスの話にのめり込んでいた。魔法に関して子供の頃に一通り学び終えると、専門的な仕事にでも就かない限り、再び勉強することはない。
貴族令嬢は結婚適齢期に婚姻して、優れた子供を産むことが重要視されている。昔と違い女性でも騎士になれる時代になってきたが、女性の地位はまだまだ低い。それだけに、貴族令嬢のヘルミーナが上流貴族であるモリスと学び合っているのはとても珍しいことだった。
モリスは一通り説明を終えると、今度はテーブルに並べた道具に手を伸ばした。
「それでは実際にやってみましょう」
「こちらは魔力測定器ですか?」
「半分当たりですが、半分は違います。魔力を測ることも可能ですが、どちらかと言えば魔力の流れを読むことがメインになります」
「魔力の流れを……」
「最初に水属性の魔力を流していただけますか?」
最初に差し出されたのは、青い布の掛けられた台に載っている透明な水晶だった。
気になって水晶の中を覗き込むと、中央だけが七色に輝いて光っていた。吸い込まれそうなほど綺麗な水晶玉に見惚れてしまった後、ヘルミーナはそっと手を乗せた。
そこへ水属性の魔力を流し込むと水晶が青色に輝いた。同時に、中心部分に渦が巻き始め、最後は水晶全体を巡るように大きく左回転した。モリスは水晶をじっくり観察した後、眼鏡を押し上げた。
「……では次に、光属性の魔力をお願いします」
「分かりました」
良いとも悪いとも言われず不安に駆られるも、ヘルミーナはモリスに言われたまま光属性の魔力に切り替えて水晶に流し込んだ。
すると、今度は水晶が白く輝き出した。だが、変わったのは水晶の色だけで他に変化は見受けられない。ヘルミーナは祈るような気持ちで、沈黙したまま微動だにしないモリスの顔色を窺った。
「微量ですが、水の魔力も混ざっていますね」
「すっ、すみません」
「いいえ、違います。ヘルミーナ様は今、二つの魔力を同時に放出されたということです。また水晶から分かるように、魔力は同じ方向に回転していらっしゃいます。つまり体内を巡る魔力は、属性に限らず同じ回路を流れていると推測しました。実に素晴らしい。こんなことが可能だとは……。なるほど、だから魔法が使えない王城の中でも水魔法が使えたのでしょう。光属性は無効化の能力を受けませんから」
「一人で訓練していた時も魔力の切り替えが難しかったのですが、何かコツみたいなものはありますか?」
「手段がないわけではありません。ただ、ヘルミーナ様はあまり好きではないかもしれません。宿敵のようなものでしょうから」
「宿敵……」
「それがこちらになります。王族が魔法石に魔力を流して作られた、魔力を無効化にする魔道具です」
「……これが例の」
それは何の変哲もない真四角の白い箱だった。しかし、ヘルミーナにとっては天敵とも呼べる道具だ。それを前にして自然と肩に力が入った。この魔道具のおかげで反逆の罪に問われそうになったり、国王から咎を受けそうになった。
つい見つめる目にも力が入ってしまうと、モリスは魔道具を持ち上げ「因みに、こちら一つで首都にある庭付きの屋敷が買えます」と言われて、あまりの値段にヘルミーナの顔が崩れた。後ろに控えていたリックとメアリも反応は一緒だった。
「とても高いのですね」
「ええ、とても高いです。ですが、売買は禁止されていますので値段はあくまで予想です」
そこまで高額だとは思わず身を引いてしまう。無効化の魔道具については以前、アネッサが簡単にではあるが説明してくれた。その時も値段が高くて一部の上流貴族しか購入できないと言っていたが、それほど高い物だとは思わなかった。
モリスは持っていた魔道具を弄る。すると、上の蓋が開いて中から黄金に光る魔法石が自動で持ち上がった。宝石が明るく光ると、室内の空気が一瞬乱れる。実際には体内に巡る魔力が魔道具の力を感じ取ったようだ。言い様のない感覚に首を捻ると、モリスは稼働させた魔道具をヘルミーナの前に置いた。
ヘルミーナは使うかどうか悩んだ後、恐る恐る魔道具に手を伸ばした。瞬間、体内を巡っていた魔力が弾け飛ぶように消えるのを感じた。反射的に手を引っ込めてしまったが、モリスは「いかがですか?」と訊いてくる。あれが魔力を消される感覚なのか。ヘルミーナは自分の手を見下ろして目を瞬かせた。
魔力が枯れれば命も失ってしまう民にとって、魔力は何より重要だ。それだけに魔力が抜ける感覚は気分の良いものではなかった。自ら命を危険に晒すようなものだ。しかし、ヘルミーナは体内を巡る魔力にある変化を感じていた。
「僅かですが、光属性の魔力が強くなったような気がします」
「水属性の魔力だけが抜けたのでしょう。そのまま強くなった光属性の魔力を、水属性の魔力を呑み込むような感じで巡らせてみてください」
「やってみます……」
頷いたヘルミーナは、目を閉じて体内を巡る魔力に意識を集中させた。二種類ある魔力はお互いに反発し合うことなく流れ、重なり合うこともない。発現したばかりの光属性の魔力は僅かだったのに対し、これまでヘルミーナの成長を支えてきた水属性の魔力は体の隅々まで流れていた。けれど今は、水属性の魔力が弱まっている。
ヘルミーナはモリスに言われた通り、水属性の魔力を外側から包み込むように光属性の魔力で覆った。次第に水属性の魔力が弱まってくると、騎士団で放出した時と同じ強い光を感じた。体全体に光属性の魔力が行き届くのを感じると、ヘルミーナは再び水晶に右手を乗せた。その時、白い光の蔦が右手から伸びて水晶に絡みつき、ヘルミーナの体まで伸びてきた。
その神秘的な光景にモリス、リック、メアリは息を呑む。一方、水晶の中心は先程とは違い、回転することなく中央に留まって白く輝き出した。
「──これは凄い。……ああ、もう大丈夫ですよ」
「モリス先生、水晶が回転しなかったのですが」
「ええ、私もこのような現象は初めて見ました。そもそも光属性に魔力の流れはないのでしょう。そのため必要に応じて変化することが可能なのだと思います」
「それでは私の水属性の魔力と同じ流れになり、一緒に使うことが出来るようになったということですか?」
「仰る通りです。光の神エルネス様はすべてを分かった上でお与えになったのかもしれません。どちらも大切に使えるようにと。今の感じを忘れずに使い続ければ神聖魔法も上手に使いこなせるでしょう」
「ありがとうございます、モリス先生」
「いいえ、私のほうこそ貴重な実験に立ち会えて嬉しく思います。そういえば一人での訓練も良いですが、より実践的に訓練するのも悪くないでしょう。丁度おすすめの場所がありますが、いかがですか?」
「おすすめの場所、ですか?」
「ええ、毎日怪我人の絶えない場所なので、とても良い訓練相手になってくれますよ」
言われてヘルミーナは「あ……っ」と声を漏らした。そんな場所は彼女が知るに一つしかない。
ヘルミーナは後ろにいたリックを見ると、彼はすでに悟った顔で「私で宜しければ騎士団総長にお伺いしてきます」と言ってきた。




