04
火属性の魔法を使う者は他の属性より魔力が多く、攻撃力が高い。
そのせいか、昔から好戦的で気性が荒いと言われている。
ただ、攻撃力に長けているため、レイブロン公爵家一族は王家の剣として首都に近い場所に領地をもらい、王族たちを傍で守ってきた。
一方、華やかな首都暮らしに慣れているだけに、屋敷に足を踏み入れた瞬間から豪華な装飾品や美術品が並び、目が眩みそうになった。
ヘルミーナは久しぶりに社交界デビューを思い出した。
どのパーティーに参加しても場違いな自分を感じてきたが、今日はとくに緊張していた。
やはり招待客の大半が火の魔法を使う貴族だからか。
額にじわりと汗が滲んでくる。
エーリッヒのエスコートで侯爵家の会場ホールに入ると、皆の視線が二人に集中した。
堂々と歩きたくても突き刺さってくる視線に、ヘルミーナは転ばないようにするのが精一杯だった。
招待客は次から次にやって来るのに、いつも以上に見られている気がする。
やはり怖くなって俯いてしまうと、エーリッヒはそんなヘルミーナに溜め息をついた。
「しっかりしてくれ。僕たちは一族の代表として参加しているんだ」
「……ご、ごめんなさい」
耳元で注意してきたエーリッヒに、ヘルミーナは反射的に謝った。
彼の機嫌を損ねるわけにはいかない。
エーリッヒの今の行動は、周囲から見れば婚約者を気遣って耳元で甘く囁いたように映っただろう。
嫉妬を含んだ視線が先程より強くなった気がする。
二人はまず屋敷の主である侯爵夫妻の元へ向かった。
侯爵は他の貴族と話し込んでいたが、侯爵夫人は二人に気づいて目元を緩めた。
「侯爵夫人、お招きいただき感謝致します」
「まあ、よく来てくれたわ!」
挨拶を交わす夫人の傍には、夫人によく似た少女が立っていた。
ハーフアップされた桃色の髪に、赤銅色の大きな瞳。化粧を施された顔は少女の可愛らしさを残しつつ艷やかで、金色の刺繍が入った黄色のドレスが良く似合っていた。
質素な自分とはまるで違う。
夫人はヘルミーナをちらりと見た後、満足そうに口元を持ち上げるとエーリッヒに近づいた。
「まあ、付き添いの方は具合が悪そうね。来たばかりなのに困ったわ。あちらで少し休まれてはいかがかしら?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
ヘルミーナがエーリッヒの婚約者であることは知っているはずだ。
けれど、侯爵夫人はエーリッヒが連れてきたメイドや付き人のように、ヘルミーナを扱った。
近くで聞いていた周囲からは失笑が漏れ、顔を上げていられなかった。
婚約者がそんな扱いを受けてもエーリッヒは「ありがとうございます、夫人」と笑顔で返すだけだった。
期待は、もう随分前からしていない。
助けてほしいと求めることもしなくなった。
そこへ追い打ちをかけるように、侯爵夫人は両手を叩いて口を開いた。
「そうだわ! 折角の機会ですもの、我が娘と踊ってくださらないかしら?」
婚約者が離れれば一人になってしまうエーリッヒに、侯爵夫人は嬉しそうに提案してきた。
エーリッヒは嫌な顔ひとつせず、「とても光栄です」と丁寧に頭を下げた。
「それでは私とご一緒していただけますか?」
「はい、勿論ですわ」
ヘルミーナから離れたエーリッヒは、頬を赤らめる侯爵令嬢に手を差し出した。
ホールの中央に歩いていくエーリッヒと侯爵令嬢に、会場は一瞬ざわつく。
しかし、ヘルミーナの時と違って周りからは「お似合いだわ」「二人とも素敵じゃないか」という賛辞の声が囁かれ、ヘルミーナはその場から逃げるように駆け出していた。