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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
2.王国騎士団と光の乙女

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「それにしても、あのお嬢さんはいつからこんな物を用意してたんだ?」


 先程まで「騎士全員に魔法契約かぁ」とぼやいていたレイブロン公爵は、再び空になった青い瓶を手に取ると、久しぶりに両目で眺めた。完治した左目に違和感はないようだ。指先で瓶を転がす彼は、どこか嬉しそうだった。


「瓶が届いたのは二日前ですね。元々隠れて力を試されていたようですが」

「まさか自分の体に傷を付けたりしていないだろうな?」


 あのお嬢さんは何するか分からんからな、と肩を竦めるレイブロン公爵に、カイザーは一抹の不安を覚えた。

 彼女は光の神エルネスの祝福を受けるほどの努力家だ。病室でパウロを治癒した時も、魔力の殆どを放出していた。頑張ることは良いことだが、頑張り過ぎてヘルミーナ自身が体を壊していては意味がない。

 すると、ヘルミーナの護衛として一番長く傍にいたリックは、ランスに目配せしてから答えた。


「……そこまでは確認できておりませんが、水と間違えてうっかり飲んでしまった時は、瞼の腫れや目の下のくまが治ったと喜んでおりました。あと肌と髪に艶が戻ったと」

「……瞼の腫れと目の下のくま」

「……肌と髪の艶」


 リックは真面目に話しているつもりだろうが、その予想外な報告にレイブロン公爵は額を押さえ、カイザーは口元を隠し、ランスは腹を抱えた。……勘弁してほしい。彼女は自身の能力について正確に理解する必要がある。

 首まで真っ赤に染めたカイザーは、隣で笑い転げるランスを恨めしそうに睨んだ。


「……ランス、なぜ腕の怪我が治っているんだ?」

「あれ、今頃気づいたんすか? ちょっとは部下の俺にも興味持ってほしいっすわー。これは青い瓶の中身を疑われたミーナちゃんの為に、俺が一肌脱いだんすよ!」

「ミーナ、ちゃん? ……まさか、ヘルミーナ嬢をそのように馴れ馴れしく呼んでいるのか?」

「ちゃんと本人から許可もらいましたよ? 羨ましかったら副団長も訊いてみたらいいんじゃないっすか」


 許可というよりは半ば強制的だったが。横で見ていたリックは、カイザーに襟元を締め上げられるランスの姿に嘆息した。ランスは両手を挙げて「暴力はんたーい!」と声を上げていたが、反省の色はない。なんとも煩い二人である。

 その時、騒ぎを一喝するようにレイブロン公爵は両膝を叩いてソファーから立ち上がった。


「とりあえず、あのお嬢さんが規格外だということは理解した」


 それからレイブロン公爵は、カイザー、ランス、リックに体を向け、今までとは違って厳しい表情を向けた。三人は一瞬にして変わった空気を察し、姿勢を正して騎士団総長の言葉を待った。


「王国騎士団はヘルミーナ・テイト伯爵令嬢に大きな借りができた」

「────」

「ヘルミーナ嬢は、その能力の有無に限らず我々が身を挺して守るべき存在であり、主君同様に敬うべき方だ。今後、もし彼女が我々の力を必要とした時は、どんな状況であっても最優先で駆けつけるものとする。他の騎士には私が追って説明しよう」


 王国が誇る最強の騎士団が一人の少女の後ろについたのだ。騎士団を私物化してはいけない規則がある中での、異例の決定である。それでも三人は反論せず、深く頷いた。他の騎士達も納得するだろう。あれだけの光景ものを見せられたら。

 だが、肝心の本人が納得しないだろう。全力で遠慮してくる姿が目に浮かんできた。

 ──守るべき存在。

 その言葉に、カイザーは歯を食いしばった。

 治療した後に本音を漏らしたヘルミーナは、ごく普通の貴族令嬢だった。奇跡のような力を宿しても、ヘルミーナ自身が変わったわけではない。血生臭い戦場を駆け抜けてきた騎士とは違う。「死」とは無縁の少女だ。だからこそ傍について、彼女を守らなければいけなかったのだ。

 それなのに任務を怠るカイザーの後ろで、彼女は怯える自分を奮い立たせ仲間の命を救い、父親の目を治療し、絶たれそうになった希望を未来に繋いでくれた。いくら感謝しても足りない。

 ……次こそは守りたい。

 新しい一歩を踏み出した彼女が、二度と闇の中へ沈んでしまわないように。そのためにここへ連れて来たのだから。カイザーは決意するように拳を握り締めた。



 ★ ★


 迎えにやって来た女性騎士の後に続き、ヘルミーナは案内された別室に入った。

 護衛として付いてきたマティアスは「外でお待ちしております。何かあればすぐにお呼び下さい」と、頭を下げてきた。丁寧に接してくれるのは嬉しいが、立場を考えると萎縮してしまう。彼のように実力があり、役職にも就いている騎士が自分の護衛に付くのは行き過ぎている気がする。むしろ、後ろを付いて回った方が何かと学べそうだ。

 そう考えると、今からしようとしていることは、実にヘルミーナの希望を形にしていた。


「ご令嬢、こちらへどうぞ」


 通された部屋は大きな楕円形のテーブルがある会議室だった。部屋の窓は全てカーテンが引かれ、至るところに設置された魔道具のランプが部屋の明るさを保っていた。ここで騎士団の団服に着替えられるのかと思ったら、妙に浮足立ってしまった。

 しかし、着ている衣服の交換を思い出して、ヘルミーナは我に返った。


「あの、私のドレスなんですが……」


 血で汚れたドレスは、とても交換できるものではなかった。申し訳なさそうに振り向くと、後ろに立っていたはずの女性騎士が、いきなりヘルミーナの足元に跪いてきた。彼女の顔を見れば覚えのある顔だった。


「……ご令嬢。この度は我々の仲間をお救いくださり、誠にありがとうございました」

「貴女は、レナさん……?」

「そして、私の夫を……パウロを助けていただき、心より感謝致します……っ!」


 片膝をついて頭を下げてきた女性騎士は、ヘルミーナが最後に治したパウロの妻だった。何度も愛する名を叫び続ける彼女の声は今も耳に残っている。


「このご恩をどうお返しすれば良いか……っ! 貴女様がいてくださらなかったら私は愛する夫を失い、また生まれてくるこの子も父親に会えなくなるところでしたっ」

「……お腹に子供が?」


 最初は騎士らしく跪いていたレナだったが、真っ赤になった目を再び潤ませると、額を床に擦り付けるようにしてお礼を言ってきた。

 もしパウロを失っていたら、レナは生まれてくる子供と路頭に迷っていたかもしれない。肩を震わせて感謝を伝えてくる彼女に鼻の奥がツンッとした。それでも涙を堪えたヘルミーナはレナの前にしゃがみ込み、彼女の両手を取った。


「そうだったのですね。旦那様や他の皆も無事で良かったです。どうか元気な赤子を産んで下さい」

「……本当に、ありがとうございますっ」


 レナの退団する理由を知って、ヘルミーナは彼女の両手を握り締めた。

 やはり助けて良かった。能力があるのに怯えて動かずにいたら、今こうしてレナと笑顔で向き合うことはできなかっただろう。婚約者のお荷物だった自分でも、誰かの役に立つことができた。それが何より嬉しかった。


 レナの気持ちが落ち着いたところで、衣服の交換が行われた。ヘルミーナはレナの手を借りて女性用の団服に着替えた。長い髪は後ろで一つに束ねてもらい、新人の女性騎士になった気分だ。

 レナは「お似合いです」と言ってくれたが、初めての団服に落ち着かない。一方、汚れたドレスでも全く気にせず袖を通したレナはどこから見ても完璧な貴族令嬢だった。それぞれの完成度の違いに不安になったヘルミーナは、廊下で待つマティアスに確認してもらうことにした。

 扉を開けてマティアスの前に出て行くと、彼は団服に着替えたヘルミーナを見て固まった。元から乏しかった表情はより無になった気がする。

 常日頃から鍛えている本物の騎士と違い、筋肉のないヘルミーナが着ると袖や太腿辺りがぶかぶかだ。明らかに着せられた感がある。

 

「……いいんです、分かってます」

「違います……っ。とても良くお似合いです!」


 何に対しての「違う」だったのか。マティアスの感想は、彼の表情だけで十分に伝わってきた。浮かれた自分が悪かったのだ。

 肩を落としたヘルミーナは、気持ちを入れ替えるために今一度部屋に戻ろうとした。しかし、その間もマティアスが必死で弁解してくる。もっと冷静沈着で落ち着いた方だと思ったのに。ヘルミーナは焦るマティアスの姿に思わず笑ってしまった。

 ヘルミーナが笑い出すとマティアスは咳払いして、「騎士の姿も大変お美しいです」と恥じらいもなく言ってきた。笑われたことへの仕返しだろう。お世辞の上手い方だ。

 それぞれの準備が整うと、マティアスは控えていたレナに視線を向けた。


「レナ、君の退団の手続きは済んでいる。最後まで気を抜かず、騎士の務めを果たすように」

「お任せ下さい、マティアス団長!」


 騎士団の中では雲の上の存在だった第一騎士団の団長に声を掛けられ、レナは背筋を伸ばして一礼した。ヘルミーナは二人のやり取りを見つめ、彼らが大切にしている仲間という繋がりが羨ましくなった。

 レナとはここで離れることになり、ヘルミーナは最後にまた彼女の手を取った。


「レナさん、良かったらこれ飲んで下さい」

「──こんな貴重な物、いただけませんっ!」


 ヘルミーナがレナに渡したのは余っていた青い瓶だった。レナは遠慮してきたが、ヘルミーナは小声で「大丈夫です。飲めば瞼の腫れもすぐに治りますから」と教えた。レナは「瞼の腫れ、ですか?」と目を丸くしていたが、ヘルミーナは数日前の自分を思い出して笑顔で頷いた。

 今度こそレナとお別れの挨拶を済ませたヘルミーナは、マティアスと並んで歩き出した。

 なんとなく気になって「先程の話、聞こえてましたか?」と訊ねてみると、「口は堅い方です。元より話す相手がいません」と返されて、ヘルミーナはなんとも言えない顔になった。


 騎士団総長の執務室に戻ってくると、ここでも騎士の格好になったヘルミーナを見てカイザーが固まった。リックとランスは「似合う」と言ってくれたが、カイザーからの言葉は一切なかった。もう、気にするのはやめよう。筋肉は一日で付くものではない。

 王城に入るため、ヘルミーナの案内役にカイザーとマティアスの二人が選ばれた。彼らが前に立って進めば、他の視線がヘルミーナに向けられることはないだろう。執務室を出ていく時、レイブロン公爵からも握手を求められてヘルミーナは照れながら応じた。

 そして、三人は王宮の中心部に向かって部屋を後にした。


 王城に入るのにもう一つの城壁をくぐる必要があると思っていたが、ヘルミーナの予想は外れた。

 案内されたのは騎士団が使用する転移装置ポータルだった。これも魔道具の一つで、膨大な魔力を必要とするが、指定した場所ゲート場所ゲートを繋げ、瞬時に移動することができる優れ物だ。

 基本的に個人での所有は禁じられ、設置する際は王宮内に届けを提出して審査を受けることが義務付けられている。ヘルミーナはウォルバート一族が所有しているポータルを、父親と共に使ったことがある。

 魔法石で作られた装置の上に立つと視界が青い光に包まれ、次に目を開けた時は別の場所に到着していた。


「ここは?」

「王城の一角だよ。ヘルミーナ嬢は私達の後ろから離れずに付いてきてほしい」


 いつの間にか、カイザーとマティアスの両方から握られた手は、ポータルから降りたところで離れていった。どうやら二人とも心配してくれたらしい。最初に使った時も、父親がしっかり手を繋いでいてくれたことを思い出す。

 ポータルが設置された部屋から出ると、マティアスの後にカイザーが続いた。ヘルミーナは後れを取らないように、急いで彼らの背中を追った。

 王城の一角と言われた場所は、貴族の中でも限られた者しか通行が許されない区域だった。赤い絨毯がどこまでも続く長い廊下には高価な絵画や骨董品などが飾られ、つい見入ってしまう。普段は決して立ち入ることができない場所だけに誘惑が凄い。

 でも、それ以上に人目を引いていたのは前にいる二人だった。騎士団のマントを揺らして歩く二人は、後ろから見ていても格好良かった。おかげで余計な物に目移りせずに済んだ。

 歩いてきた道を自力では戻れないほど進んできた頃、王太子の執務室に辿り着いた。扉の前には二人の兵士が立ち、マティアスとカイザーが姿を見せると緊張した面持ちで挨拶してきた。因みにヘルミーナの存在は忘れられていた。長身の二人が上手く隠してくれたからだと思いたい。


「やあ、良く来たね」

「光の神エルネスの加護がありますように──」

「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。その様子だとかなり疲れているようだ」


 王太子専用の執務室へ入ると、山積みとなった書類の間から顔を見せたルドルフは、嬉しそうに椅子から立ち上がった。

 ヘルミーナはルドルフから「さあ、そっちに座って」と促され、指定されたソファーに腰を下ろした。一方、カイザーとマティアスはヘルミーナの後ろに控えた。すると、ルドルフはヘルミーナの目の前に座り、足を組んで悪戯な笑みを浮かべた。


「また色々とやってくれたようだね」

「いっ、いいえ……そんなことは」

「謙遜することはないよ。その辺の話も後でじっくり伺うとしよう」


 おかしい、冷や汗が止まらない。良いことをしたと思ったのに、ルドルフの前では悪いことをして尋問されている気分になる。王宮に来たのは間違いだったんじゃないか……。そんな不安に駆られると、ルドルフはさらに口の端を持ち上げた。


「本当だったら両陛下に謁見してもらった後、過ごしてもらう宮殿に案内する手筈だったんだけどね。どこかの誰かが迎えに行く予定を早めてしまってね。肝心の両陛下は地方の視察に出掛けて、三日後じゃないと戻って来ないんだ。その間、王宮の客間を用意しておいたからそこでゆっくり休むといい」

「…………………」


 ヘルミーナはすかさず振り返ってカイザーとマティアスを見たが、どちらも誇らしげに胸を張っていた。カイザーに至っては「褒めてくれ!」と言わんばかりの顔をしている。これは絶対に褒めたらいけないやつだ。

 何も言わず体を戻したヘルミーナは、様々な気持ちを込めて「宜しくお願い致します」と、ルドルフに頭を下げた。彼の机に積み上がった書類が、自分のせいでないことを強く願いたい。

 ただ、今日来なければ騎士の人達は助けられなかった。これも光の神エルネスの導きだったのかもしれない。そう思うことで、ヘルミーナは自分自身を慰めた。


 ルドルフの気遣いもあり、ヘルミーナは王城の中でも一等豪華な客間に案内された。まず隣接したバスルームで湯浴みを済ませた後、部屋に運ばれてきた贅沢な料理に舌鼓を打った。

 胃も心も満たされると、ヘルミーナは夢心地のままベッドに上がった。外はまだ明るかったが我慢できずシーツに潜り込むと、猛烈な睡魔に襲われた。

 本当に長い、長い一日だった。

 初めて親元を離れ、騎士団の宿舎で事件に巻き込まれた。昨日までの自分とは大違いだ。

 たった一日で、色々なことがあった。他にもやらなければいけないことや、考えなければいけないことが沢山あるのに何もする気になれない。

 今はただ、胸から溢れる思いに浸る──……



 ……ことなく、ヘルミーナは秒で寝た。

 暫く続いていた寝不足が原因で、彼女は今日の出来事を振り返ることなく、深い眠りに落ちていったのである。





【2.王国騎士団と光の乙女】……完。

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