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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
2.王国騎士団と光の乙女

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 開いた扉から聞こえてくる怒号や轟音は一層激しさを増した。

 ヘルミーナは恐怖を堪えるように自身の体を抱き締めたがうまくいかなかった。

 負傷者が出ていると言っていたが大丈夫だろうか。先程飛び出していったカイザーは、無事に戻ってきてくれるだろうか。もし、騎士が皆やられてしまったら、自分だって安全ではないはずだ。

 魔物はいつだって大切なものを奪っていく。直接見たことはなくても、魔物が如何に恐ろしい存在なのか知っているつもりだ。王国の民は小さい頃から身近な大人から教えられるのだ。貴族の子供も、平民の子供も。魔物は黒い瘴気を撒き散らし、人族を襲う危険な存在だと。

 ヘルミーナは両親や乳母、使用人や私兵から聞かされてきた魔物の話を思い出してまた震えた。仮に魔物と遭遇したら、どうしろと言われていただろうか。その対処方法を必死で思い返そうとするが、頭の中が空っぽになって何も浮かんでこない。


「ご安心下さい、ヘルミーナ様」


 頭を抱えてガタガタと震えていると、そこへ護衛として残ったリックが近づいてきた。彼はヘルミーナの足元に跪くと、先程の険しさはなく穏やかな表情を向けてきた。


「カイザー副団長がすぐに騒ぎを収めてくれるはずです」

「あの……魔物が、どうして……」


 頭から手を離すと、リックはヘルミーナの震える両手を握り締めてきた。直に伝わってくる人の温もりに、混乱していた気持ちが少しだけ和らぐ。

 それでも氷のように冷たくなった指先に、リックは申し訳なさそうに顔を曇らせ「それは……」と口を開いた。


「魔物と実際戦ったことのない新人の騎士を、討伐に参加させるわけにはいきません。ですから、我々騎士団は生きたまま捕らえてきた魔物を実戦訓練で使用しています。今回もそうですが、外では何が起こるか分からないので」

「そのことは、皆さんご存知で……?」

「騎士団以外では王族の方と、四大公爵の方々や一部の上層部しか知りません」


 王室は魔物が敷地にいるのを知っていたのだ。それを聞いてヘルミーナは複雑だった。王族こそ守らなければいけない存在なのに、脅威となる魔物が彼らの近くになんて。それとも絶対の信頼を騎士団に寄せているからだろうか。

 落ち着くのを待っていてくれるリックを見つめ、ヘルミーナは肩の力を抜いた。ここで怯えていても状況は変わらない。確かに彼らは強い。

 ヘルミーナは大丈夫というリックの言葉を信じ、彼の手を握り返そうとした。けれど、彼の袖口が他の赤色で染まっていることに気づいて、思わず声を上げていた。


「リック、手に怪我を!?」

「……いいえ、私は平気です。たぶん他の騎士を助けた時に付いたのでしょう」


 そう言ってリックは、袖口に付いた汚れを隠すように手を離した。それから落ち着きを取り戻したヘルミーナを確認すると、そっと立ち上がった。まるで何事もなかったように。彼はテーブルに置かれたカップを見て、「新しいお茶を淹れますね」と笑ってくれた。

 しかし、最初は笑顔だったリックも、お茶を淹れに向かう横顔には影が落ちていた。彼は人一倍責任感のある人だ。短い期間でも一緒に過ごしている内に分かった。今もこうしてヘルミーナの傍についてくれているのは、カイザーに託されたからだ。

 でも、リックはカイザーと同じ第一騎士団の騎士で、彼の剣は魔物を狩るためにあるのだ。本当は今すぐ駆けつけたいはずだ。心優しい彼は、仲間が大勢傷つけられて平気でいられるわけがない。

 だからって、魔物と対峙したこともない弱い自分が、リックのために何をしてやれるというのか。ヘルミーナは俯いてドレスを握り締めた。彼を行かせたいけれど、きっと頷いてはくれない。

 何か他に出来ることを探ったが考えている内にまた不安に襲われて、ヘルミーナは横に置いたバッグを抱えた。

 刹那、バッグの中から伝わってくる新たな力に、ヘルミーナは勢いよく顔を上げた。

 ──自分にも出来ることがあるではないか。そのために王宮に行くことを決めたのだから。

 ヘルミーナはバッグを抱え、リックの元に駆け寄った。


「リック、お願いです! 私を、怪我人の元に連れて行ってくれませんかっ?」

「……ヘルミーナ様。それは、出来ません。……貴女の存在を知られることになってしまいます」


 リックは一瞬だけ目を輝かせたが、すぐに顔を背けた。彼の中で、命じられた任務を遂行することと、任務を無視して仲間を救いたいの両方で揺れ動いていた。

 だが、悩んでいる時間はない。

 ヘルミーナはリックに迫って、彼の良心に訴えかけた。


「でも、早くしないと! 騎士の皆さんが……っ、貴方の大切な仲間が、命を落としてしまうかもしれませんっ!」


 自分のことは終わった後で考えればいい。

 今は、助けられる人がいるかもしれないということの方が重要だ。幸いなことに、リックはヘルミーナの能力を知っていた。バッグの中身もきっと分かっている。

 リックはヘルミーナの必死の訴えに折れ「分かりました、ご案内します」と頷き、二人は室内を飛び出していた。



 ヘルミーナは「離れずに付いてきて下さい!」と言うリックの後に続き、廊下を駆け抜けた。

 途中、外から聞こえてくる建物の崩れる音や空が切り裂かれそうな音に驚いて蹲りそうになったが、ヘルミーナは立ち止まらなかった。一度でも足を止めたら、その場から動けなくなりそうで怖かったのだ。だからリックの背中だけを見て無我夢中で走った。両手に抱えたバッグを一刻も早く届けたくて。

 だが、病室に近づく前からすでに状況は最悪だった。

 廊下には病室に入りきれなかった怪我人が放置され、呻き声や痛みを訴える声があちこちから聞こえてくる。その間を辛うじて進んでいくと、更に重症の患者がベッドに横たわっていた。

 白かったシーツは真っ赤に染まり、床にまで赤黒い血が垂れている。室内は消毒液と血の香りが充満し、初めて目にする惨憺たる光景に言葉を失った。ベッドに乗せられた騎士は、廊下で治療を待っている騎士よりずっと酷かった。もはや呻くことも出来ないほど意識は朦朧とし、息も途切れ途切れだ。辛うじて生きているが、体の至る所に深い傷を負い、皮膚で覆われているはずの肉や骨は剥き出しになっていた。

 勢いでこんな場所まで来てしまったが、ヘルミーナはすぐに後悔した。

 魔物の本当の恐ろしさを知らない貴族令嬢が、軽々しく足を踏み入れてはいけない場所だった。今も怖気づいて体が硬直している。

 怖い、怖い、怖い──。

 その時、病室の奥から「次はこっちの患者だ!」と太い声がして、ヘルミーナは弾かれたように視線を向けた。そこには白衣を着た初老の男が、手伝いに駆けつけた騎士に指示を飛ばしながら治療に当たっていた。

 男は、この絶望的な様子にも全く怯んでいなかった。そんな時間すら惜しいほど、忙しく動いていたのだ。

 ここでは一分一秒が患者の生死を分ける。傷口を消毒し、清潔な布で押さえ、素早く縫合していく男にヘルミーナは唾を飲み込んだ。

 それから抱えていたバッグを床に下ろし、中から持ってきた物を手に取ると、ヘルミーナは男の元へ向かった。


「あ、あのっ! これを怪我人に飲ませて下さい!」

「いきなり何だ、君は!」

「私は……治癒師です! この魔法水は怪我や病気を治す効果があります! これを患者に飲ませて下さい、お願いします!」


 震える手で差し出したのは、中身の見えない青い小瓶だった。

 ただ、この世界にある治療薬は一般的に透明な瓶に入っていることが多い。色付きの瓶は高価なため、病院ではまず使われていなかった。何より中身の分からない薬は毒薬の可能性もあり、怪しまれるのが常識だ。

 だが、医療に関して無知だったヘルミーナは知らなかったのである。わざと中身を見せないようにしていたことが、却って不信感を抱かせてしまうことになるなんて。いくら騎士であるリックが「この薬の効果は私が保証します!」と言ってくれても、男は首を縦に振らなかった。


「急に現れて、そんな中身の見えない薬を渡されても信用できるか! こっちは忙しいんだ、医者や看護師じゃないなら出ていってくれ!」

「ヘルミーナ様!」


 男は荒々しい言葉で捲し立てると、ヘルミーナの肩を突き飛ばした。

 あまりの強い力に驚き、視界がぐらりと傾く。倒れる、と思って目を閉じた瞬間、誰かがクッションになって受け止めてくれた。


「おいおい! 女性に対して乱暴だぞ、おっさん!」


 リックだと思った相手は、違う人だった。

 けれど、頭上から降ってきた声にとても聞き覚えがあった。──間違いない。この軽い言葉遣いは、ヘルミーナが知るに一人しかいない。


「って、あれ、ミーナちゃん……?」

「…………ランス?」


 見上げた視線の先に、同じく目を丸くしたランスがいた。


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