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『ヘルミーナ様、アルムス子爵家のエーリッヒと申します! これから宜しくお願いします』
両親から婚約者となるエーリッヒを紹介されたとき、彼は格上の伯爵令嬢であるヘルミーナにとても礼儀正しく、丁寧だった。
最初はお互いの名前を覚えるところから始まり、それから一緒に過ごしていく内に婚約者同士だということを意識するまでになった。
二人の関係は政略結婚とはいえ良好だったと思う。
元々、テイト伯爵とアルムス子爵家は、水属性の魔法に優れたウォルバート公爵家率いる一族の家門だ。
とくに伯爵家は古くからウォルバート領の港を任され、近年は商船の造船業に力を入れ、他国との貿易を活発化させてきた。
そこにはアルムス子爵家や多くの商会が関わっている。
おかげで港は首都に次ぐ都市となり、水の都市とも呼ばれ、多くの貴族や商人が訪れていた。
一方、この世界では黒い瘴気を撒き散らして、水や作物を枯らしてしまう魔の物が出現する。そのため王国の人間は生まれながらにそれぞれの属性を有する魔力を持って生まれてきた。
火の属性、風の属性、土の属性、水の属性──属性は大きく分けて四つに分類されており、生まれ持った魔力には個体差があり、遺伝が大きく関わっていると言われている。
その為、より魔力を持った子供を授かる為に貴族の間では家柄と同等に、魔力を重視した政略結婚が主流となっていた。
他にも王国では属性による一族が誕生し、一族の力をより強固なものにするため、同じ属性同士で婚姻させることが一般的だった。それは一族の力を流出させない為でもあった。
だからこそ同じ一族で、同属性であるヘルミーナとエーリッヒの婚約は何も不思議ではなかった。
──エーリッヒの、第二次覚醒による魔力の膨張が起きるまでは。
第二次覚醒自体は珍しくなかった。
生まれた瞬間に付与される魔力は、魔力が高ければ高いほど、幼い器では抑えておくことができず、一部の魔力は成長するまで強制的に眠らされると言う。
もちろん一生使わずに終わる者もいるが、魔力がある者ほど優遇される格差社会の中で、貴族はこぞって自身の眠った魔力を引き出そうとした。
中には自分の魔力に耐えきれず暴走して無惨な最期を遂げる者もいたが、一度しかない人生だ。賭けに出る者のほうが多かった。
現在は魔法を専門に扱う学園や、ギルドと呼ばれる冒険者や商人を統括する機関などで、正しい魔力の解放を教えてくれるようになったが、第二次覚醒については全て解き明かされたわけではない。
どんな時に、どのように解放されるのか。
それは第二次覚醒を体験した者しか分からないだろう。
エーリッヒの場合は、偶然だった。
父親と港に訪れていた時、夢中で遊んでいる時に足を滑らせて海に落ちてしまった。
そこへ海から現れた巨大な魚の魔物によって海底まで引きずり込まれた。
誰もがエーリッヒの死を覚悟した、本人でさえ。
刹那、それまで眠っていた魔力がエーリッヒの体を巡った。
とめどなく溢れてくる魔力はエーリッヒを海の水圧から守り、魔物を弾き飛ばした。その後はエーリッヒ自身もどうやって助かったのか覚えていないと語っていたが、彼の父親や周囲は口を揃えてこう言った。
あれこそ奇跡だった、と。
無事に生還したエーリッヒは第二次覚醒を果たし、以前とは比べ物にならない魔力を手に入れた。
皆から羨望されるほどに。
そして、それまで肩を並べて歩いていたヘルミーナとの関係も、少しずつ変わっていった。