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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
2.王国騎士団と光の乙女

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 長く続く王城の廊下を、赤いマントを揺らした青年が歩いていく。

 偶然、横を通り過ぎた使用人は彼の存在に気づかない。

 幼い頃から魔物と戦ってきた彼は、その経験から気配を消して移動することに長けていた。風の民は皆そうだ。一切の感情を押し殺して確実に魔物を仕留める。王国の民が魔力を持って生まれてくるのと同じく、魔物と戦うことはラゴル領地に生まれた者の宿命だ。

 しかし、今日の彼はいつもと違っていた。

 普段は何にも興味を示さない彼が、この日に限って酷く苛立っていたのだ。首席で王国騎士団に入隊し、異例の早さで第一騎士団の団長に就いても、ここまで感情を表に出すことはなかった。

 それが鋭い目に激しい怒りを込めて進んでいく彼に、例え気づいたとしても声など掛けられなかっただろう。余程空気の読めない愚か者か、或いは殺されないという絶対の自信がある者でなければ。


「そんなに急がなくても会議は逃げんぞ、マティアス」

「────」


 突き当たりを曲がったところで背後から声を掛けられ、彼──マティアスは渋々振り返った。

 反対側の廊下からゆっくりと歩いてきたのは、同じ赤い団服を着込んだ大柄の男だ。胸元には勲章バッジがずらりと並び、男の地位を物語っている。だが、それだけじゃない。

 短く切られた赤髪の下に、隠そうともしない黒い革の眼帯が左目を覆っていた。魔物の討伐で仲間を庇った時に受けた傷だと言う。数々の功績の裏には、男が如何に身を挺して王国を守ってきたのかがよく分かった。

 火属性を纏めるレイブロン一族の長で、王国騎士団総長でもあるレイブロン公爵、その人である。

 マティアスは騎士団唯一の上司であるレイブロン公爵に挨拶した後、楽しそうに笑う彼に眉根を寄せ「私達が早く行けばそれだけ早く終わります」と返した。

 こういったやり取りは日常茶飯事だ。どんなに意地の悪いことを言われても気に留めたことはない。だが、今日はやけに癪に障った。


「カイザーはもう出発したか。ここ三日、ずっとそわそわして私のほうが落ち着かなかったわい」

「……貴方はご子息に甘すぎます」

「自分が迎えに行けなかったからと言って私に当たらんでくれ」


 レイブロン公爵と肩を並べたマティアスは、自分でも気づいていなかった気持ちを言い当てられて押し黙った。

 子供じゃあるまいし、そんなに腹を立てる必要もなかったのに。

 他人に八つ当たりするほど周りが見えなくなっていたのだ。マティアスは急に恥ずかしくなって口元を押さえた。


「お前の目から見ても本物だったか?」

「……ご自身の目で確かめた方が宜しいのでは?」

「ハッ、相変わらずラゴルの人間は生意気だな。お前も父親にそっくりだ」

「ありがとうございます」

「今のは褒めたんじゃないぞ。……ったく、うちの息子とは大違いだ。頼むから会議室を破壊するような真似はしてくれるなよ。それでなくても騎士団を良く思っていない連中からの小言が煩くてかなわん」


 言いながら嘆息したレイブロン公爵は、マティアスの肩を叩いて先に歩いて行った。

 計り知れない強さを感じたのは父親に続いて二人目だ。マティアスは遠ざかっていく背に「化け物め」と悪態ついて、急いでいた足を止めた。

 左右に伸びる廊下で一人になると本当に取り残された気分になる。こんな所で足止めされている場合ではないのに。

 ふと天井まで届いた窓の外を見やると、降り注ぐ日の光に緑色の目を細めた。

 

 あの夜、カイザーと共に王太子のルドルフに呼び出された。

 そこにはルドルフの命令で、別任務に当たっていたランスがいた。ただ、ランスの様子からいって任務は思わしくなかったようだ。

 すると、突然カイザーはランスの胸倉に掴みかかった。その時になってようやく、直属の部下が任されていた仕事に興味が湧いた。これまで魔物を討伐すること以外、マティアスを刺激するものはなかったのだ。

 だが、ルドルフの口から出た言葉によって空虚だった世界は一転することになった。


「光属性のご令嬢を秘密裏に王宮で保護したいと思っている。その護衛を君たちに任せてもいいかな?」


 最初は半信半疑だった。

 光属性を宿した人間など、三百年前に存在した聖女ただ一人だ。それが現れたというのだから。

 しかし、王太子ほどの人物が騙されるとも思えない。翌日、逸る気持ちを抑えて、カイザーと共に馬車へ乗り込んでいた。

 そして、ヘルミーナ・テイトという伯爵令嬢に出会った。


 ──本物かどうかなんて、確認するまでもない。


 たった一目見ただけで理解した。

 彼女からは心が洗われるような心地良さと、懐かしい匂いがした。失礼だと分かっていても、自然と視線が引き寄せられてしまった。

 その一方で、彼女の瞼にくっきりと残った涙の痕跡に、初めて感情が揺さぶられた。

 可笑しくなり始めたのはこの時からだ。自分が自分でないようだ。目が合うたびに心臓は飛び跳ね、耳まで熱くなった。けれど、離れた瞬間からまたすぐに会いたくなってしまう。

 この出会いが何を意味するのか分からないが、少なくとも嫌ではなかった。

 マティアスは団服の詰襟を外し、胸元まで伸びたペンダントを取り出した。物心つく頃から持たされていた、ラゴル侯爵家の大事なお守りだ。チェーンの先には淡い光を放つ白い石が吊り下がっていた。彼はそれを掴んで握り締めた。


「──光の神エルネスの導きに感謝致します」


 早く彼女に会いたい。

 マティアスは掌に広がる温もりに頬を緩め、祈るように石を握る指先にそっと口づけた。


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