25
前回アップした25話を誤って削除してしまいました。
またここで編集した内容は保存していなかったため、一部相違している箇所がございます。
ヘルミーナの隣に父親が座り、リックがソファーの後ろに控える。
すぐに話を切り出されるのかと思ったが、五人の間に暫く沈黙が流れた。
その時、微かに風を感じた。窓も開けてないのにどこから吹いてきたのか。気になって視線を上げると、斜め前に座るマティアスと目が合った。
「──始めても問題なさそうですね」
重なった視線は一瞬の内に逸らされ、マティアスは懐から二通の封書を取り出した。
彼は今、風魔法で周囲に人の気配がないか調べたようだ。もし、人払いが出来ていなかったらどうなっていただろう。父親が横でそっと安堵の息を吐いていた。
「まずこちらが、国王陛下よりお預かりした手紙です」
「こ、国王陛下ですか……?」
「封筒の紋章をご確認下さい。また手紙を読まれましたら、これから見聞きすることは機密事項にあたるため、「契示の書」による魔法契約を結ばせていただければと思います」
マティアスはさも当然のように話しているが、テイト伯爵家の父娘はテーブルに置かれた封書に慄いた。
直接の関わりでもなければお目通りなど到底叶わない国王陛下からの手紙に加え、ヘルミーナは初めて見る「契示の書」にも目がいってしまった。
「ヘルミーナ嬢は「契示の書」は初めてかい?」
「……はい。存在は知っていましたが使う機会がなかったので」
物珍しく食い入るように見ていると、目の前に座るカイザーが話し掛けてきた。
「契示の書」とは、他者に重要な情報が漏れるのを防ぐため、秘密を守るために交わす契約書のことだ。書面上で交わす契約とは異なって魔法で締結されるため、破れば自動的にそれ相応の罰を身体に受けることになっている。それだけに「契示の書」は教会が管理しており、使用には細心の注意が必要だった。
主に事業を手掛けている貴族や商人が、商売敵などに情報が流出しないように使われることが多い。
そういえば、ルドルフはなぜこの「契示の書」を使わなかったのだろう。ヘルミーナが力を隠して生きていく選択をしても、わざわざ監視役に人を派遣すると言っていた。だが、これで契約すれば確実に口を塞ぐことが出来るはずだ。
「大丈夫だよ、ヘルミーナ嬢が使うことはないから」
「あの、それは……」
どういう意味だろうか。理由を知りたかったが、カイザーは穏やかな笑みを浮かべるだけだった。一方、マティアスは余計なことを口にする部下に嘆息し、まだ手紙に手をつけていない父親を促した。
蝋封に押された紋章はまさしく王室の紋章だった。
恐る恐る手紙を開けた父親は一字一句漏らすことなく目を通した。しかし、その途中で父親の様子が急変した。
「ああ、なんてことだ……ヘルミーナが、光の属性を」
「……お父様」
ヘルミーナは、自分に光の属性が宿ったと知って家族がどんな反応をするのか、それが気がかりだった。
社交界では「婚約者のお荷物」扱いだったヘルミーナが、挽回できるチャンスを与えられたのだ。
これまで自分のせいで肩身の狭い思いをしてきた家族は喜んでくれるかもしれない。ただその一方で、稀少な力を与えられたヘルミーナに対して、家族の態度が変わってしまうことを恐れていた。正直ヘルミーナ本人でさえ、知った時は戸惑いの方が大きかったのだから。
ヘルミーナは緊張しながら、最後まで手紙を読み続ける父親を見守った。
すると、父親は国王の名が書かれたサインまで確認すると、項垂れた様子でこめかみを押さえた。
「一体いつから……」
「……私が知ったのは、レイブロン公爵令嬢に招待されたお茶会です。そこで王太子殿下に教えて頂きました。お父様にはきちんとお話しできず申し訳ありません」
「そう、だったのか。……いや、父は誇りに思う。だが、お前がまた苦労しないかと」
手紙から顔を上げた父親は、ヘルミーナの肩にそっと手を乗せてきた。
誇りだと言ってくれた父親の顔には、娘を本気で心配する親心が見て取れた。変わらずに居てくれる、それだけで十分だった。
ヘルミーナは目頭が熱くなって、ぎゅっと目を閉じた。
「それで王国騎士団の方が、ヘルミーナの護衛に当たっていたんですね」
「ご令嬢にも考える時間が必要だったとはいえ、伯爵を欺いてしまったこと深くお詫び致します。また昨日は、私の部下がご令嬢をお守りできず申し訳ありませんでした」
「……いいえ、王太子殿下の気遣いには感謝しています。それから護衛の方々は、ヘルミーナを良く守ってくれていましたよ」
父親は涙ぐむヘルミーナの頭を軽く叩いた後、これまでの出来事が一本の線に繋がったと苦笑した。もしかしたら父親なりに薄々気づいていたのかもしれない。ただ、王国の騎士が派遣されるほどの事だけに口を噤んでいたのだろう。
後ろで控える護衛の騎士に視線をやった父親は、改めて感謝の言葉を口にすると、リックは深く頭を下げた。ヘルミーナは、今この場にランスがいなかったことを残念に思った。次に会った時はお礼だけじゃなく、父親からの感謝も伝えようと心に決めた。
「それで、私の娘はこれからどうなるのでしょうか……? 陛下からの手紙には、王宮で保護すると書かれているのですが」
「──お父様、今なんと?」
少しずつ肩の力が抜けてきたところで、とんでもない話が耳に入ってきた。ヘルミーナは弾かれたように父親に振り向くと、父親の方も神妙な面持ちでマティアスを見つめていた。
すると、目の前に座った二人はお互いに顔を合わせて頷くと、マティアスが再び淡々と話してくれた。
「国王陛下は先日のこともあり、ご令嬢を王宮で保護したいとお考えです。また王宮でしたら、ご令嬢がどの道を選ぼうとも力を貸すことが可能でしょう。勿論、ご令嬢の意に反することは決して行いません」
マティアスの放つ言葉には信頼を抱く程の力強さがあった。
ヘルミーナの不安は軽く吹き飛ばされ、安心感を覚えた。同時に、見えてきた一筋の光に胸が高鳴った。
「そうですか……。私は、ヘルミーナが決めたことならば、父親として出来る限りのことはしたいと思っています」
ヘルミーナは父親の優しい言葉に胸を熱くさせた。
もっと早く婚約のことを話せていたら、もっと早く助けを求めていたら、父親は救いの手を伸ばしてくれていただろう。
迷惑を掛けないように我慢してしまったことが、却って迷惑を掛けることになってしまった。今よりほんの少しだけ人に頼るように出来ていたら、未来は違っていたかもしれない。
しかし、いくら悔やんでも過ぎ去った過去は戻ってこない。
それは昨日の内に痛いほど味わった。
今すぐ忘れることは出来ないが、これから進む道の土台になってくれたことは確かだ。
エーリッヒとの婚約解消が正式に決まれば瞬く間に知れ渡り、容赦のない言葉の暴力と視線がヘルミーナを襲うだろう。暫く社交界に出入りするのも難しくなる。
けれど、長年続いていた関係に終止符が打たれたことで、ヘルミーナを縛っていた鎖はなくなった。
もう自分を偽る必要はなくなり、やりたい事がやれるのだ。
それを後押ししてくれたのは、寛大な父親と、赤い団服に身を包んだ騎士達だった。──彼らのように、自分に誇れる自分になりたい。
だから、彼らに伝える答えはもう決まっている。
「お父様、私は王宮へ行きます──王宮で、自分の進む道を見つけたいと思います」




