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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
1.可哀想な婚約者とお荷物令嬢

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20

 その日、父親は婚約解消の了承を伝えにウォルバート公爵邸へ出掛けていた。母親はヘルミーナ以外の子供を連れて実家に戻っていた。

 それぞれ報告されるのだろう、自分の婚約について考えると気が滅入ってくる。

 がらんとした屋敷の食堂で一人取り残された気分になり、ヘルミーナはまた溜め息をついた。

 すると、後ろから「あ、光の加護が逃げた」と聞こえてきて振り返った。

 視線の先には護衛のランスが悪戯な笑みを浮かべていた。彼は恋多き男性で、女性のようにお喋りで、とても軽い人だった。

 同じ護衛のリックから「ランスに心を奪われてはいけません」と忠告を受ける程だ。

 最初は理解できなかったが、短くとも一緒に過ごしている内に納得した。

 ランスはとにかく女性の扱いに慣れていた。今も落ち込むヘルミーナを見て、自然と励ましてきた。たぶん、そういうところなんだろう。

 おかげで、気を紛らわせることは出来たが、ランスへの警戒心も増した。

 気晴らしに庭へ出て散歩でもしようか。

 そう思って立ち上がった時、テイト伯爵家に長く仕えている執事長が慌てた様子で駆け込んできた。


「お嬢様、たった今アルムス子爵家のエーリッヒ様がお越しになり……っ!」

「……エーリッヒが?」


 何の知らせもなくやって来た婚約者に、ヘルミーナは緊張した。

 きっとエーリッヒの所にも婚約が白紙になる知らせは届いているはずだ。

 彼なりに、最後の挨拶に訪れたのだろうか。

 正式に婚約が破棄されるまでは、あまり顔を合わせたくなかったが屋敷にはヘルミーナしかいない。

 一度だけランスを見ると、彼は真剣な表情で頷き返してきた。

 何かあっても自分には心強い護衛がいてくれる。

 ヘルミーナは深呼吸してから「エーリッヒを応接室に通して」と執事長に命じた。執事長は一瞬顔を強張らせたが、すぐにエーリッヒの元へ向かった。

 いつもならサロンや、中庭の東屋に案内して一緒に食事やお茶をしてきたが、今は立場が違う。

 婚約が解消されれば、エーリッヒは同じ一族というだけの他人となる。

 ヘルミーナは他の使用人にいくつか指示を出した後、一旦身支度を整えるため部屋に戻った。

 そして、普段より綺麗に着飾ったヘルミーナはエーリッヒの待つ応接室に入った。


 ヘルミーナが現れると、エーリッヒは「遅かったな」と機嫌が悪そうに座っていた。

 後ろから寒気がして軽く振り返ると、ランスが額に青筋を立てていた。

 エーリッヒもランスに気づいて「新しい護衛か」と言ってきたが、それ以上の興味は示さなかった。王国の騎士だと分からないよう、私兵に似た格好をさせておいて良かった。

 ヘルミーナはエーリッヒに挨拶をすると、室内にいた使用人を下がらせた。ランスに限っては「扉の近くにいるから、遠慮なく呼んでね」と、耳打ちしてから出て行った。

 扉は半分ほど開かれ、ヘルミーナはいつでも助けが呼べる状態に安心した。

 それでも妙な不安だけは拭えなかった。

 テーブルを挟んで反対側のソファーに腰を下ろしたヘルミーナは、エーリッヒと対面した。彼はいつも以上に苛立っていた。


「──ウォルバート公爵から、君と婚約破棄するように言われた」

「ええ、先日お父様が公爵様に呼ばれて婚約を白紙するように言われました」


 暗い声で切り出したエーリッヒは、ヘルミーナの着飾った姿に眉根を寄せた。

 ヘルミーナは気を紛らわす為に用意されたお茶に手を伸ばした。

 指先の震えが気づかれないように。


「……ミーナは同意したのか?」

「はい」

「どうして!? 君と僕は子供の頃から婚約してたじゃないか!」


 カップを口に付ける手前で、ヘルミーナは手を止めた。

 エーリッヒは本当に何も知らないで訊いているのだろうか。それとも分かっていて言っているのだろうか。

 ヘルミーナはカップを下げて、ゆっくりとエーリッヒを見つめた。


「私と離れた方がエーリッヒのためだと思ったからです」

「何を言っているんだ! いいか、君のおかげで僕の知名度は上がり、素晴らしい縁にも恵まれ人脈を広げることが出来た! 一族の英雄なんて呼ばれているが、僕の立場はしがない子爵家の息子でしかないんだぞっ」

「……貴方は私のせいで、周りから可哀想だと言われているじゃない」

「だから、それが重要だと言っているんだ! ミーナのおかげで皆が僕に同情し、手を差し伸べてくれる。僕の地位が確固たるものになれば、お前だっていつか良かったと思うはずだ。それとも何か! お前自身が耐えられないから僕を見捨てるというのか!?」


 ──違う。

 そう言いたかったのに、エーリッヒの本心を聞いて愕然とした。


 エーリッヒと話す時は敬語を使った。飾り気のないドレスを着て、好きだった買い物も止めて、宝石を身につけることもなく、化粧も最低限。

 それだって、いずれ夫となるエーリッヒが望んだことだから。従うのは当然だと思っていた。

 けれど、婚約が破棄されることになって初めて、この関係がどれほど歪だったのか思い知った。

 自分という存在が彼にとって何者だったのか。


 ──きっと、違わない。


 婚約解消を素直に受け入れられたのは、耐えられなくなっていたから。

 だって最初に自分を見捨てたのは、エーリッヒの方ではないか。

 言いたくても言葉に出来ない悔しさに唇を固く結ぶと、エーリッヒは溜め息をついてソファーから立ち上がり、ヘルミーナの真横に腰を下ろしてきた。


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