番外編「羅針盤が導く先」
王国騎士団は、身分に関係なく実力主義を掲げている。
それは窮地に陥った時、命の判断を誤らないためだ。
貴族だろうが平民だろうが、最後の瞬間を目の前にすれば身分など何の意味も成さないことを、彼らは誰よりも知っていた。
相手が平民であっても実力が上なら、貴族はそれに従わなければならない。
それが己自身を守るためでもある。
入団して間もない騎士の中には異を唱える者もいたが、過酷な訓練や魔物討伐の遠征をこなしていくうちに彼らは理解していく。
強い者に従ってこそ生き残れるのだということを、身をもって知るのだ。
苦楽を共にした騎士たちの絆は深い。性格の不一致による衝突はあるものの、概ね騎士たちは身分の垣根を越えて良好な関係を築いていた。
「王国騎士団の騎士、パウロとレナの結婚を祝して!」
騎士団の宿舎。
広々とした食堂では今、盛大な祝賀会が開かれていた。
騎士団内でひとつの夫婦が誕生したのである。騎士同士というのは久しぶりだったため、大いに盛り上がっていた。
騎士団では、規律さえ守れば恋愛は自由だ。
いつ魔物の討伐に行かされるか分からない彼らにとって、死は隣り合わせ。騎士の誇りを汚すような行動さえしなければ、私生活の規則はないに等しい。
反対に、結婚して家族を持つことは騎士団でも推奨されていた。
なぜなら騎士団の結婚率がどこよりも悪いからだ。
騎士は身体能力が高く魔力量も多いため、血を残すことも重要だという意見も上がっている。ただ、未練を残すことへの恐怖や後ろめたさもあり、騎士団の結婚率は下がる一方だった。
そのため、今回の騎士同士の結婚は騎士団内外でも喜ばしいことだった。
「マティアス団長はどうした?」
挨拶を済ませたカイザーは、リックに尋ねつつ周囲を見渡した。
本来なら自分より立場のある者に挨拶をしてもらいたかったのだが、肝心の上司が見当たらなかった。
「来るわけないっすよ~。あの冷酷無慈悲な団長が、他人のお祝い事に顔を出すなんて」
ジョッキ片手に現れたランスは、もう片方の手で「ないない」と左右に振った。
いつから飲み始めていたのか、すでに出来上がっている。
「ランス、団長に対して失礼だぞ」
カイザーは部下を窘めたが、懲罰を与えたりはしなかった。
この結婚を誰より喜んでいたのはランスだったからだ。
「ランスは団長を毛嫌いする理由でもあるのか?」
自然と第一騎士団同士で集まっていると、そこに本日の主役であるパウロが挨拶回りにやってきた。
第一騎士団にいたこともあるパウロは、現在新人を育成する部隊に所属している。
ランス、リック、パウロの三人は同期で、とくに仲が良かった。
「べーっつに。ただ、結果だけを追い求めるところが苦手なだけ」
「それはマティアス団長と自分の兄と重ねているからじゃないのか?」
「なんでリックは俺の心の傷に火炎をねじ込むかなぁ!」
ランスは伯爵家の次男だが、家を追い出されて騎士団の宿舎に住み着いている。
貴族でも宿舎内に専用の寝床は用意されているが、屋敷からの通いが多い。とくに後継者である者は騎士以外の仕事も抱えているからだ。
一方、平民から騎士になった者たちは、宿舎で振る舞われる食事や待遇の方が良いため、住み込んでいる者がほとんどだった。
ランスは口を尖らせて「そんなんじゃないし」とぶつぶつ呟いたが、図星だったようだ。
その時、足元に人工的な冷気を感じて反射的に背筋を伸ばした。
「羽目を外しすぎるなよ、ランス」
「うわっ、ビックリした! って、マティアス団長!?」
噂をすれば影。
一切の気配も読まれることなく真後ろに立っていたマティアスに、ランスは飛び退いた。
「団長、来てくださったのですか」
「短い期間とはいえ、お前は私の部下だった男だ」
第一騎士団の団長が姿を見せると、周囲がざわついた。
騎士の中で最も強い男だけに、彼に憧れる者は多い。パウロもその一人だった。
短い期間ではあったが第一騎士団に所属していた時、団長だったマティアスの下で任務をこなしていたパウロは、圧倒的な強者の元で働けたことを誇りにしていた。
所属を抜ければ忘れられるだろうと思っていただけに、パウロは口元が緩みそうになった。
「祝い品だ、受け取れ」
「……これは?」
「我が領地で売られている羅針盤の魔道具だ。方位も調べられるが、行きたい場所を一カ所だけ登録することもできる。もしくは、相手の魔力を付与してもらうことで、必ずその相手の居場所に導いてくれるようにもなっている」
予想外の贈り物に、パウロは戸惑いつつ両手を出して受け取った。
それは片手に収まるほどの、黄金色に輝く羅針盤だった。
領地で売っていると言われたが、ラゴル家の家紋が入っている時点で気軽に買える代物ではない。
高価すぎる結婚祝いにパウロが慌てると、
「使い方次第じゃ犯罪にならないっすか?」
と、ランスが余計なことを口にしてカイザーとリックから小突かれていた。
しかしパウロはそれどころではなかった。
周囲にいた騎士たちも物珍しそうに集まってきた。
「ラゴルでは、これを十歳になる子供に持たせ、魔物の森に放り込む。生きて帰るために必要な道具だ」
マティアスから語られたラゴル領の厳しいしきたりに、騎士たちは揃って閉口した。
僅か十歳の子供に対して酷い仕打ちだ。
だが、マティアスの強さを目の当たりにしてきた騎士たちは妙に納得してしまった。
「ありがとうございます。大切にします」
生きて帰るために必要なものと言われてしまったら、受け取らないわけにはいかない。
パウロは羅針盤を握り締めて礼を言った。
「それから、ランス」
「な、なんすか……?」
音もなく振り返ったマティアスは、鼻がぶつかりそうなほどランスに近づいた。
緑色の前髪の隙間からエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、ランスはごくりと喉を鳴らす。
多くの美女を相手にしてきたが、完璧に整ったマティアスの美貌を前に、間違いが起こりそうで恐ろしくなった。
「魔物討伐では結果こそ全てだ。第一騎士団にいる限り、そのつもりでいろ」
「っ、分かってますよ!」
去っていくマティアスの背を見送りながら、ランスはわなわなと震えた。
そんなランスにパウロとリックは肩を叩き「頑張れ」と声を掛けた。
その光景を後ろで見ていたカイザーは、
「挨拶をしたくなくて気配を消していたに違いない」
とため息を吐いた。
半年後──。
新人の実戦訓練で事故が起こり、パウロは死を覚悟した。
しかし気づいた時には奇跡の魔法によって外傷は綺麗に治り、体の調子も以前より良くなっていた。
「……パウロ、貴方あれだけの攻撃を受けてよく無事だったわ」
レナはびしょ濡れになった体をタオルで拭いてくれていた。
その時、焼け焦げた団服から何かが落ちた。
「それはマティアス団長から頂いた物ね」
シーツの上に落ちたのは、黄金に輝く羅針盤だった。
胸ポケットに入れていたのを思い出し、パウロはそれを拾い上げる。
「魔導具に入っていた魔法石のおかげで無事だったようだ」
羅針盤の針は真っ直ぐに目の前にいるレナを指していた。
愛する妻の元へ。
必ず戻って来られるように。
「……ただいま、レナ」
パウロが力なく笑うと、レナは涙を浮かべて抱きついてきた。
「本当に貴方は……無茶ばかりするんだから!」
生かされた命。
レナの温もりを感じながら、パウロは彼女を強く抱き締めた。
今度は二度と悲しませないように。
何があっても愛する妻の元へ帰れるように。
輝く羅針盤に、強く誓うのだった。




