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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
1.可哀想な婚約者とお荷物令嬢

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「テイト伯爵令嬢、私のことは気軽にカイザーとお呼び下さい」


 並んで歩き始めてからすぐ、カイザーは「歩く速さはどうか」「背の高い自分の隣では歩き辛くないか」と、ヘルミーナを気遣ってきた。

 今度こそ、他一族の次期当主に無礼は働けないと緊張していたヘルミーナは、カイザーの気遣いが却って負担になっていた。

 なんとか笑顔をつくって「大丈夫です、レイブロン公子様」と返せば、次は気軽に呼んでくれと頼まれて胃が締め付けられそうになった。

 助けを求めようにも、出迎えてくれた時は沢山いた使用人が廊下に一人もいなかった。

 どこまでも続く廊下がとても長く感じる。


「ありがとうございます……カイザー様。私のこともヘルミーナと。それから気楽にお話し下さい」

「あり、ありがとう。……ヘルミーナ嬢」


 ヘルミーナは恐る恐るカイザーを名前で呼ぶと、触れていたカイザーの腕が急に震え出した。

 不思議に思って見上げると、カイザーは口元を片手で覆い、反対側に顔を背けていた。

 やはり気軽過ぎただろうか。

 不安に襲われると、カイザーは咳払いをして再びこちらを向いてくれた。


「ええ……と、今日のお茶会は離れにある温室でやるんだ。いつもは一階のサロンか、中庭でやるんだけど。今、二階の部屋を工事していてね」

「改装でもなさっているのですか?」

「……改装。そう、改装だね」


 まさか、隣の青年が吹き飛ばしてしまった部屋の修理工事がされているとは思わないヘルミーナは、カイザーに「以前より素敵な部屋になると良いですね」と言った。

 途端、カイザーは激しく咳き込み、ヘルミーナは慌てた。


「カイザー様っ!?」

「だ、大丈夫……」


 ヘルミーナは立ち止まって、上体を折り曲げるカイザーの肩に触れた。

 隆起した筋肉が服の上からでも伝わってくる。ヘルミーナは火傷したわけでもないのに、反射的に手を離した。

 けれど、引っ込めようとした手は、大きな手に捕らえられた。


「驚かせてすまない。もう平気だから」

「そう、ですか」


 良かったと安心するものの、握られた手が熱くて戸惑う。

 火属性の一族は皆、体温が高いのだろうか。

 まるで、己の中にある水属性の魔力が蒸発してしまいそうだ。

 困惑を隠せないでいると、カイザーはヘルミーナの手を自身の腕に戻して再び歩き出した。

 ヘルミーナには慣れない気遣いと、優しさだった。



「そのペンダントについた青い宝石、ヘルミーナ嬢にとても良く似合っている」

「ありがとうございます。……我が領地で取れたアクアマリンでございます」


 廊下を突き進んだ二人は、屋敷の外へ出た。

 温室まではガラス屋根のついた渡り廊下を歩くようだ。これなら雨が降っても濡れることなく辿り着ける。

 改めて公爵家の財力を見せつけられると、自分がちっぽけな人間に思えてきた。

 それでも、身につけてきた宝石を褒められて、ヘルミーナは初めて口元を緩めた。


「テイト伯爵領は造船業に力を入れているとばかり思っていたが、鉱山もあるとは」

「はい、領地では身近な宝石なので、アクアマリンを使った装飾品が一番人気です。それで、首都の方でも宣伝したかったのですが、私には身につける機会がなくて」


 エーリッヒに言われてヘルミーナは目立たないように過ごしてきた。

 本当はもっと多くの人に領地の宝石を紹介したかった。水の都市のように、自分の領地から採れる宝石も知ってもらいたかった。

 でも、そんな機会は二度と訪れないだろう。


 ヘルミーナは、たった一人でも知ってもらえて良かったと、切なげに微笑んだ。

 一方、悲しみを含んだ笑顔を見せるヘルミーナにカイザーは口を開き掛けたが、その前に温室に辿り着いてしまった。

 出入口には使用人が扉を開いて待っており、ヘルミーナは気づかれないように、一度大きく息を吸って吐いてから中に入った。


「──来たわね」


 出迎えてくれたのは、今日も鮮やかな赤い髪を肩に垂らし、紫色の艷やかなドレスを着たアネッサだった。

 彼女が用意した席の周囲には、初めて見る花がいくつも咲いていた。

 室内に漂う花の香りにも癒やされる。

 だが、心を落ち着かせてくれる花や香りも、今のヘルミーナには効果がなかった。

 お茶会として用意された白い丸テーブルに、椅子が四つ。

 その内、すでに二席が埋まっていた。

 アネッサは他の招待客を案内していると言っていたが、ヘルミーナは彼女の隣に座る人物を見て卒倒しかけた。


「やあ、こんにちは」


 額を流れる白金の髪と、金色の瞳は王族の証。

 どうして彼がここにいるのだろう。

 にこやかに片手を振ってくる王太子ルドルフに、ヘルミーナは背中に冷たいものを感じた。

 他に、招待客はいないのだろうか。

 無意識の内にいくつもの疑問が浮かんでくる。

 ルドルフの後ろには、赤い団服を着た二人の護衛騎士が控えていた。

 ああ、そういえば──今頃になって、レイブロン公爵家が王国騎士団を率いる一族だということを思い出した。

 ここまで丁寧にエスコートしてくれたカイザーも、王家を守り、王国のために戦う騎士だ。

 それなら考えられるのは一つしかない。


 ──私はここに、罪人として呼ばれたんだわ。


 ヘルミーナはパーティーの席で犯してしまった過ちの大きさに気づき、足元がぐらりと揺らいだ。



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