【短編・シリーズ】根暗陰キャな僕はどうやら超金持ちお嬢様な完璧美少女に『ヤンデレ』してしまっているらしい~美少女の金持ちパパが今度は僕を可哀想な子を見る目で見てきます~
「こんなことを、僕から言うのもおこがましいのですが」
震えて上擦りそうな自身の声に情けなくなる。
かしこまった言い回しはしているが、発言する相手に対する畏れなどが原因では無い。
相手は小さな頃から世話になっている、よく見知った相手だ。
けれど、伝えるべき内容が内容なだけに、どうしても平静では居られなかった。
座った時から膝の上で握ったままだった拳を強くグッと脚に押し付けることで気合を入れ直し、向き合う相手に対して言った。
「鏑木涼子さんとの婚約を白紙にしていただきたいと思っています」
正面に座る人物、涼子の父は僕の言葉に微かに眉をしかめる。
それにも構わず僕は内心で自身を叱咤し言葉を続けた。
「父の事業が失敗した今、僕が彼女の傍に居続ける事が、良い事だとは思えません」
ああ、言ってしまった。
口の奥、飲み下した唾はやたらと冷たく、食道を通って落ちて行く感触と共に胸の当たりでキリッと鋭い痛みを感じた。
何日も何日も考え続け、やっと覚悟を決めてこの場へ来たはずなのに、激しい後悔が押し寄せる。
これで良い。
良いに決まってるんだ。
僕は自身に言い聞かせる。
幼い頃から続いてきた婚約関係だけれど、今はもうその関係に意味など無い。
僕の家が落ちぶれ何の力も無くなってしまった以上、婚約者である鏑木涼子にとっては要らぬ枷でしか無いだろう。
彼女のためにも白紙にするのが一番だと分かっていたのに、何も言われないのを良い事にズルズルと未練たらしく十六歳まで婚約者で居続けてしまった。
彼女を想うなら、僕なんかが引き留めていてはいけないのだ。
僕は今日、幼い頃からの婚約関係を解消してもらうようお願いするため、婚約者である涼子の父を訪ねていた。
涼子の家である鏑木家は歴史ある大家で、父である彼は現当主ということになる。
広い邸宅の中、流石というべきか、僕にはその価値を知ることも出来ないだろう調度品の数々で飾られた室内はとにかく広くて豪華だ。
だだ広い一室でたった二人だけで向かい合って座る僕と涼子の父の間には少しの沈黙が流れていた。
やがて口を開いたのは涼子の父だった。
「それが、虎鉄くんの意思なんだね」
格下である僕のほうから婚約を解消してくれなどと突然で不躾な話をしたにも関わらず、涼子の父の顔にはほんの僅かの動揺以外さして驚きは見られなかった。
威厳と風格を感じさせるその顔は幼い頃から世話になっているだけあって見慣れたものだが、普段あまり変化することのないその表情が今はわずかに寂しげにも見えた。
僕は応える。
「はい。これまで婚約関係を反故にせずいてくださったことは感謝しています。しかしこれ以上、僕が涼子さんの傍に居続けるのは彼女のためにも良くないと思います」
かつては僕の実家も鏑木家と並べるような裕福な家だった。
父が興し成り上がった家はしかし数年前にはすっかり破綻してしまい、ただの貧乏人となった僕と名家の娘である涼子の婚約は全く釣り合わないものとなった。
その上、同い年である涼子は完璧な美少女で性格にも振舞いにも非の打ち所がないような人物だ。
さして特徴もないような貧乏で陰気な僕なんかが独占していて良いはずが無いのだ。
「……薄々、いや、本当は、私も知っていたんだ」
短い沈黙の後、涼子の父は僕の言葉に重い音で返した。
それから、何か覚悟をするように目を固く閉じ、酷く苦し気に続けた。
「涼子の、せいなんだろう」
「は?」
思わずポカンとしてしまったのは、僕だった。
何故、そこで涼子の名が出るのか分からない。
しかし目を閉じて苦悶の表情になった涼子の父は僕のそんな様子にも気付かないようで「すまない」と続けた。
「すまないと、思っている。しかし、もう少しだけ時間をくれないか。一時の気の迷いということもある」
「一体、何の話を───」
「いいんだ、分かっている。私もそういった指向性のある人物について詳しくは無かったが、我が娘のこととなれば話は違う。きちんと知り、理解したつもりだ」
涼子の父の言葉は僕には訳が分からないもので、口を挟む隙も無く続けられる様子に僕は聞き役に回るしかない。
そもそも六歳で涼子と婚約関係となり十年、家族ぐるみで世話になってきた相手であるが、こんなにも切羽詰まったように言葉を重ねる彼の姿は初めてで呆気に取られてしまう。
涼子の父はまるで何かに責め立てられるかのように続けた。
「好意が行き過ぎたあまり、倫理や常識を欠いた行動を取ってしまっているんだろう。巷では、そうだ、『ヤンデレ』などと可愛らしく言われているらしいな。しかし、あの行動はさすがに私であってもすぐに受け入れることは……」
「ヤンデレ?」
「ああ、ああ、ヤンデレというらしいのだよ。はあ。しかし、しかしだ。若者の好意が行き過ぎることはよくある、なあ、分かるだろう、虎鉄くん。今のような状況はきっと一過性のもので、そう遠くない間にもっと落ち着いた関係になれるはずなんだ」
「好意が、行き過ぎる……」
「そう、そうだよ。今だけだと思うのだよ。虎鉄くん。年頃になり、一時的に感情が強くなりすぎているだけなんだ。相手を想うことは悪いことではないだろう? 君たちは婚約者だ、責められることではないだろう?」
「は、はあ」
「もう少し様子を見よう。なあ、虎鉄くん。結論を急ぐのは良くない。私としても、フォローできる部分は力になろう」
「はあ」
洪水のようにもたらされる情報に、僕は追いつくことができないままで。
結局その後もそんな調子で、僕と涼子の婚約解消については涼子の父に丸め込まれるようにして保留のままで終わってしまった。
帰宅し自室に戻った僕は考えていた。
上着だけを脱いで布団に寝転ぶと、ペラペラになった布団は僕の体重を支え切ってくれることはなくその下の板の感触を伝えてきた。
「ヤンデレ……」
僕にとって衝撃のワードだった。
厳格な涼子の父の口から出るには不似合いで、僕も知った単語だっただけにそれを見知った大人から突き付けられるとは思いもしなかった。
しかし、考えれば考えるほど、その通りだった。
僕が知る『ヤンデレ』は、アニメやゲームに出てくる女の子が病的なまでに相手に好意を持っていたり、そのせいで異常にも思える行動を起こしてしまったりするキャラクター性を指していると思っていたが、なるほど現実でもそれを当てはめることは出来るらしい。
「僕が、ヤンデレ……」
呆然と呟いた。
朦朧とする頭で見上げた天上のシミがぼやりとぼける。
何という事だろう。
僕は、婚約者である鏑木涼子に、病的な執着を持っていたらしい。
それを、さんざん世話になってきた彼女の父に指摘されて初めて自覚するなんて。
アニメやゲームといった所謂二次元の美少女がすれば、好みはあれど可愛く見ていられる『ヤンデレ』も、高校生男子、それもパッとしない陰キャな僕がそれをやればそれはほとんど犯罪だ。
彼女への好意は自覚していた。
はっきり言ってしまえば、こんな事にさえならなければ僕は鏑木涼子の婚約者であることを宝くじの一等を当てることよりずっと幸運なことだと思っていたし、幼い頃からの彼女との関係も悪くなかったと思っている。
何事も完璧でとびきり美しく成長した彼女に文句などあるはずもなく、むしろ素直に表に出せないだけでめちゃくちゃ好きだ。
家が没落した時、大変そうにしている両親を見ながら最初に心配したのは彼女との繋がりが無くなってしまうことだった。
思春期らしい思春期を迎えて彼女に素っ気なく当たりもしていたが、内心では彼女の気を引きたくてそればかりだった。
色々なことが落ち着いて、それでも彼女の家から婚約に関して何も言われないことに酷く安堵していた。
態度の変わらない、むしろ親しくしてくれるようになった彼女の様子に安心していた。
時が経ちそれが罪悪感に変わってもなお、今日この日まで自身で婚約解消を言い出すことが出来なかった。
言った今も、彼女の父に保留にしてもらえたことに、内心どれだけ喜んでいるか。
醜くて、一方的な執着だ。
「僕は、最低だ……」
両手で顔を覆い、仰向けになった姿勢からさらに上を仰ぐ。
涼子の父は僕をヤンデレだと分かった上で、それを若者の一時の気の迷いだと断じてくれた。
しかし、本当にそうだろうか。
六歳で彼女と出会って十年、彼女への気持ちは大きくなるばかりで抑えようがない。
彼女のためだと言い聞かせた婚約解消すら、本当は自分自身受け入れられていない。
僕は、彼女の傍に居てもいいんだろうか。
傍にいられないとして、彼女に対して病んでしまっているらしい僕は本当に彼女から離れられるのだろうか。
離してあげられるのだろうか。
しかし、そんな僕の気持ちなど知らない鏑木涼子は翌日にも、無邪気に親し気に、僕に向けるには勿体ないほどの愛らしい微笑みでもって話しかけてくるのだった。
***鏑木涼子視点***
「あの、鏑木さんって、佐藤虎鉄くんと───」
「うん! 将来は虎鉄くんのお嫁さんになるんだあ!」
「そっ、そうなんだ……」
昼休み、普段ほとんど話したことのない隣のクラスの女の子に呼び止められたと思うと、彼女の口から私の婚約者の名前が出た。
最後まで言わせることなく笑顔で返した私に、気弱そうな彼女は視線をスッと下げてしまう。
この子のことは、知っている。
三日前と十四日前と三十三日前に虎鉄くんと話していた子だ。
今学期の委員会で一緒になったとかで、十四日前と三十三日前は虎鉄くんが委員会の伝言を伝えに行っただけだけれど、三日前は彼女から委員会とは関係のないことで話しかけて来ていたはずだ。
私は対面した彼女の反応に、この子なら大丈夫そうだなと当たりを付ける。
すっかり委縮してしまった様子の彼女の隣に大きく一歩で回り込むと、彼女の肩に自身の肩が引っ付くほど近付き、下から見上げるようにして彼女の顔を見た。
「たしか、虎鉄くんと同じ委員会の子、だったよね?」
「え! 知ってたの!?」
「うん。ねえ、委員会って忙しい? 私、お話聞きたいな」
「わ、私に? かか鏑木さんと、そんな……っ」
私が至近距離で話しかけると彼女の顔はみるみる赤くなり、私との間に控え目に出した両手を所在なくアワアワと動かし狼狽えた。
「少しだけ一緒にお話、駄目かなぁ? あ、ごめんね、急にこんなに近づいて」
「ううん! そんなこと! 嬉しいっ!」
「そう? ありがと」
一歩引いた後で改めてグッと近づけば、茹でダコのように真っ赤になった彼女の視線は私へ釘付けになる。
「ね、この後みんなでこっそりお菓子食べようって言ってるの、良かったらおいでよ」
「う、うん……いいのかな、えへへへ」
先ほどまでの張り詰めた様子はもうどこにも無く、デレデレという表現が適切と思えるほどトロけたお顔で私にぴったりと付いていた。
そのまま歩き出しても私の顔から視線が外されることは無く、一身に見つめられる。
仕舞いには、「佐藤くんと鏑木さんって素敵なカップルだね」なんて言ってくれた。
とっても嬉しい。
お話を終えて別れ際、彼女は私にこれからも委員会のことを教えてくれると約束してくれた。
「委員会ってクラス毎に一人だけだから、教えてくれる子が見つかってよかったな」
笑顔で彼女と別れた私は振っていた手を下ろしてポツリと零した。
虎鉄くんとは同じクラスだから授業中のことはよく知っている。
虎鉄くんは部活動もしていないし、行きも帰りも通学路から大きく外れて寄り道をすることが無いから見失うことは無いけれど、委員会は別だ。
学校の中にいるのに、私は傍にいられない。
学校の中だから、見ていてもらうことも出来ない。
虎鉄くんのことは全部知りたいのに、全部全部知りたいのに、委員会の最中のことだけ分かんなくてモヤモヤしていたからこれでスッキリした。
「あの子は良い子だったし、お友達が増えて得しちゃった」
私は嬉しくなった。
虎鉄くんは特別目立つ容姿はしていないけど、さりげない仕草が男の子らしくて、それに色んな人に親切だから、時々こうやって女の子が虎鉄くんに惹かれちゃうこともあるみたいだった。
虎鉄くんを好きになっちゃう気持ちはとっても分かるしそれは仕方の無い事だけど、前の時みたいに今日の子が私と虎鉄くんの関係を否定するような子だったらどうしようかと思った。
前の時は、後片付けが大変だったから。
今時婚約なんてとか、釣り合いが取れてないなんて言われて悲しかったし、虎鉄くんを譲ってなんて無茶苦茶な事を言われて腹も立った。
嫌な気持ちになったし、出来るだけもう”ああいう事”はしないほうがいいだろうなって思うから。
そういう子は現れないでいてくれた方がいい。
「今日はもう帰ろっと」
暗くなりかけた気持ちを切り替え、私は帰路についた。
外履きに履き替えている時と校門を出る時にそれぞれお友達が声をかけてくれたので、みんなで一緒に帰る。
今日は虎鉄くんがお休みでお話することは出来なかったけれど、家に帰れば今日もまた虎鉄くんを見てくれていた人が今日の虎鉄くんの様子を教えてくれるのだ。
今日はどんな写真があるかな。
私はワクワクする気持ちでみんなとの下校を楽しむ。
家に帰った私を待っていたのは、予想とは違い、何故か早い時間に在宅しているお父さんだった。
「おかえり」
「ただいま。お父さん、どうしたの? 早いね」
「ああ、今日は用があって家に居たんだよ」
「そうなんだ……、ねえ、もしかして虎鉄くんが家に来た?」
お父さんの表情が固まった。
表情が豊かとはいえないお父さんだけど、家族だからそれくらいは分かる。
私のかまかけにすっかり引っ掛かったお父さんにニコニコ笑顔を向けると、ゾッと血の気の引いたような顔で「どうして分かったんだ」と言われた。
何も当てずっぽうで言ったわけじゃない。
玄関には客用のスリッパが置かれたのかラグが少しよれている箇所があったし、その相手はお父さんが仕事を休んで時間を作るような大事な相手。
今日は虎鉄くんは学校を休んでいたし、それに玄関から家に入った瞬間、かすかにだけど虎鉄くんの匂いがした気がしたの。
「ふふ、秘密」
人差し指を口に当てて笑うと、お父さんは更に顔を青褪めさせた。
以前は娘の私から見ても親バカという言葉がぴったりだなと思うほどだったお父さんだけど、最近一度私の部屋を訪れて以来、少しだけ距離を感じるようになった。
親離れより先に子離れされちゃうのかな、と思うと少しだけ寂しいけれど、そういうこともあるだろうと納得している。
それに、私の部屋は私が集めた『虎鉄くんたち』で一杯だから、お父さんは少しびっくりしちゃったみたいだったし。
今日、虎鉄くんが我が家に来たっていうのなら、きっとお父さんとお話をしていたんだと思う。
「お父さん、虎鉄くんは何て?」
「そ、そうだな。悩んでいたようだった」
「……」
「いや、虎鉄くんも涼子のためを思っての決断をだな」
「……」
「だ、だが! 涼子の希望通り、婚約解消はしないということで話はついたぞ!」
「本当っ!? お父さん! 大好き! 嬉しい!」
私は嬉しくてお父さんに抱き着いた。
ガバリと勢いよく抱きつくと、お父さんの背中は何故か服越しでも分かるほどにじっとりと湿っていた。
お父さんったら、きっとそれを私に教えてくれるために帰りを待っていてくれたのね。
えっと、虎鉄くんは『私の為を想って』、『婚約は解消しない』んだよね!
それをお父さんとお話してくれたんだ。
えへへ、嬉しいな。
私はだらしなく笑顔になってしまうのを止められない。
虎鉄くん、好き。
私にはずっと、小さい時からずっとずっと、虎鉄くんだけだよ。
「私、絶対虎鉄くんのお嫁さんになるんだぁ。ふふ」
「そ、そうか。虎鉄くんの気持ちも尊重してあげるんだよ」
「うん、虎鉄くんの気持ち、かあ……、うふふ」
私に抱き着かれたままのお父さんは何故か震え声で短く呼吸をしていて、虎鉄くんとの婚約関係を留めてくれたお父さんに、今日は背中を洗ってあげようかと提案したんだけど、お父さんは焦ったように仕事に行かないとと言って出かけて行った。
お父さんってば忙しいのに虎鉄くんと私の婚約のことをお話するために時間を作ってくれたんだなって感動して、次の父の日はたくさんお父さん孝行しようって心に決めた。
翌日、虎鉄くんはちゃんと登校してきていた。
病欠では無いと知っていたので分かっていたけど、一日ぶりに会う生の虎鉄くんはまた格別だ。
既に自席についていた虎鉄くんのところまで行き、正面から話しかける。
「虎鉄くん、おはようっ」
「おはようございます」
視線は合わないままに、けれどご挨拶を返してくれる。
好き。
ご両親が離婚して以来、虎鉄くんは私に敬語だ。
そんなストイックな虎鉄くんも好き。
「虎鉄くん、クマがあるよ」
「……昨日よく眠れなかっただけです」
目の下に濃いクマを見つけて指摘すると、虎鉄くんは元から逸らしていた視線を下げ俯いてしまった。
虎鉄くんのお顔が見たいのに。
私を見て欲しいのに。
私は虎鉄くんの前の席の人の椅子を借りて座ると、虎鉄くんの下げた視界に入るように下から覗き見る。
やっぱり視線は合わない。
ああ、でも少し長い前髪が虎鉄くんの目元を隠していて、なんだか少しエッチかも。
私はお腹の下の方がズクンと熱くなるのを感じた。
ハァと小さく零した息はきっと熱くなっているだろう。
俯いて少しアンニュイに見える虎鉄くんに私が顔を近づけると彼はビクリと肩を揺らした。
虎鉄くんの匂い、濃い。
シャンプーの匂いか、それとも虎鉄くん自身の匂いだろうか、私にはしっかりと判別できる大好きな匂いを感じて光悦とした気分になりながら、私は小さく潜めた声で言った。
「放課後、いつもの場所に」
「……」
「虎鉄くん、おねがい」
「……わかりました」
私の懇願に、優しい虎鉄くんはほんの僅かに首肯して約束してくれた。
幸せ。
今日もまた放課後二人きりでお話できるんだ。
虎鉄くんは学校では恥ずかしいのか私に構ってくれないけれど、こうしてお願いすれば時間を作ってくれて二人きりで私のお話を聞いてくれる。
私はその時間が大好きだ。
いつかは虎鉄くんと結ばれて同じお家で二人きりになれるだろうけど、今は放課後一緒に過ごすことが私たち将来の夫婦の時間だ。
本物の夫婦になるまで、私はその時間と、あとは『虎鉄くんたち』を集めることで我慢しなきゃいけない。
考えていると、堪え性の無い身体がうずうずと熱をもってきた。
我慢しなきゃいけないのに、我慢しなきゃって思えば思うほど、まるでお腹が空いているみたいに虎徹くんに構って欲しくなってきちゃう。
これって、やっぱり私がワガママだからだよね。
今日はちゃんとその事を虎鉄くんに謝って、叱ってもらわなきゃ。
もっともっと虎鉄くんが必要で我慢できないって、ごめんなさいって、言わなくちゃ。
駄目だよって、我慢だよって、虎鉄くん言ってくれるかな。
考えれば考えるほど、まるで期待するみたいに胸がキュンキュンと高鳴る。
早く放課後になればいいのに。
そしたら、いつもの別棟の階段で虎鉄くんを独占できるのに。
虎鉄くんに、独占してもらえるのに。
「虎鉄くん、だいすき」
「ま! またそういう事を軽々しくッ」
「ごめんね。でも好きなんだもん」
「ッ…………」
間近で囁いた私の言葉に、悲鳴のように一瞬声を上げた虎鉄くんは、けれどそれきり俯いていた顔を机に突っ伏すほどに下げ、腕で覆って黙り込んでしまった。
まだ予鈴までは数分あるけれど、虎鉄くんの前の席の子が教室に入ってきたのを見て私は座っていた席から立ち上がった。
その子に軽く手を上げ知らせて「借りちゃった」と言えば、笑い混じりで了承の声が返される。
「虎鉄くん、それじゃあ放課後にね」
「……はい」
机にうつ伏せたままの虎鉄くんに囁くような小さな声で言えば、やっぱり優しい虎鉄くんは最後には返事をしてくれた。
声も好き。
優しい所も好き。
匂いも好き。
虎鉄くん、大好き。
私はいつか虎鉄くんのことが大好きすぎて、おかしくなっちゃうんじゃないかって心配になるくらい好き。
自分の席につくため席と席の間を移動しながらそういえばと思う。
昨日、みんなでお菓子を食べながら恋のお話をしているときに出た言葉。
好きで好きで、おかしくなっちゃうのを『ヤンデレ』っていうんだって。
私って、もしかするといつか虎鉄くんに『ヤンデレ』しちゃうのかな、なんて。
放課後が待ち遠しくてウキウキした気持ちで、私は一時間目が始まる前の予鈴の音を聞いたのだった。
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