囮捜査
下ネタすみません。残酷な描写が出て来ます、ご注意を
私やゼィファリックが籍を置いている、特殊部隊『フェガロ』に入隊するには、他者からの推薦の他に実技と筆記試験に合格しなければ入れない。
フェガロの業務は幅広い。その内の一つが大型魔獣の討伐だ。魔獣でも特に大型のドラゴン級の魔獣討伐がフェガロの管轄になる。そしてそれ以外の主な業務は国家間を跨ぐ犯罪や国家規模の事件や犯罪の捜査を総括するのが主な仕事だ。
つまりそういう案件が無い時は、フェガロの隊員達は通常勤務に出ている。私もゼィファリックもただの軍属だ。まあ彼は上官で私は部下だけど…
「今…なんと言った?」
先月、前隊長が退役されて…第一部隊の隊長は現在、ゼィファリック中将閣下だ。故にこういう犯罪の報告も部隊長に報告する義務がある。
私はゼィファリックの執務机の前に立って報告書をもう一度読み上げた。
「フルガの市街地に露出狂が出没しております。時間は夕刻の7刻から10刻の間、場所は飲み屋や食べ物屋が多い第四区画。現在、囮捜査を検討中で…」
「それより後だ…囮捜査の囮役を何故、タイレケン大尉が担当するんだ?」
なにを言うかと思えば…
「犯人は若い女性ばかりを狙って現れます。私は一応まだ若い女性隊員ですし、非力に見えるそうなので、第一部隊の男性隊員の皆が私が適任だと…」
ゼィファリックは私の背後を睨みつけている。後ろを振り向いて見たが、誰もいなかった…変なの。
「それで何故そんな薄着なのだ?」
薄着?ゼィファリックが指摘したのは、私が囮捜査用に着替えた『市井の娘』風の女性の普段着だ。既にその普段着に着替えているのだが…ゼィファリックの目が鋭い。
「そんな露出の高い服装が必要か?」
「ろしゅつのたかいふくそう……」
思わず反芻してしまったがこのロングワンピースに薄手の上着を羽織った服装のどこが、露出の高い服装なんだろうか?
「そうだ、胸元が開き過ぎだし、足が見え過ぎだ!そんな煽情的な服装をする必要がどこにあるんだ」
え~とゼィファリックは何を言っているのかな?
胸元って言ったって首から鎖骨辺りが見えているだけだし、足って言ったって足首くらいしか見えないけど?寧ろ…
「しかし囮ですし、煽情的に見えるほうが犯人をおびき寄せやすくありませんか?」
ガタンッ…!!
激しい音をたててゼィファリックが立ち上がった。どうしたの?
「やはり俺が行くか…」
ん?俺が行く?んん………はっ!もしかして!?
「イアソニフ部隊長が女装なんてすぐバレますよ!」
「っな!?」
私が叫んだ瞬間、背後に沢山の気配が瞬時に現れた。第一部隊の隊員達だ…今まで隠れてたの?
「女装!?止めて下さいっ閣下!」
「止めてっ止めてっ!夢でうなされる!?」
「そんなモノ見せたら住民が怯えるわっ!考えろっ!」
……ものすごい言われようだ。第一部隊の皆の剣幕にゼィファリックは真っ赤になったまま暫く固まっていたが大声で叫んだ。
「そ…そうじゃないっ!女装はせんっ!ヴィーの側に付いて行くだけだぁ!?」
興奮しているのかヴィーって呼んじゃってるし……騒いでいた第一部隊の皆は口々に、なーーんだ、つまらんと言って詰所の中へ散って行った。
「ヴィー!変な誤解はするな!」
「はい…さーせん…」
なんで私だけが怒られるのよ…
という訳で、囮捜査に向かったのだが、私の隣にはゼィファリックがへばりついていた。
こういう時は、当たり前だが囮の眼前に露出狂に出て来てもらわないと意味が無い。その為には一人きりで街を歩かねばならないのだが…ゼィファリックがごねだした。
「そんな煽情的な服装で歩いていたら、露出狂どころか変な輩に絡まれるだろう!考えろっ!」
いやぁ?考えろって…その変な輩も込々で囮捜査が存在するんだからさ…
「だから囮捜査ですからぁ…」
ゼィファリックがキリッとした顔でお馬鹿発言をしてきた。
「私も同伴する」
「はあぁ!?どこの世界に変質者の囮捜査の為に男性と腕組んで捜査する人がいますか!そんなことしていたら、露出狂が襲ってくれないでしょう!?」
「襲うっ…ぐうぅ……」
その後、ゼィファリックと睨み合っていたのだが、国一番の魔術使いのゼィファリックが国一番の魔術の無駄遣いをすることを宣言してきた。
つまり透過魔法と呼ばれる高位魔法を自身の体にかけて、視覚的に露出狂から自分の姿を見えなくしてから、私の横にくっついて来るというのだ。
「これなら隣にいても、露出狂には気付かれないだろう?」
いやよく分からない、すでに囮捜査の常識から外れている気もするけど…何だかよく分からないけどこのまま押されてしまいそうだ。
いつまでもゼィファリックと睨み合っていても仕方ないので…傍目には一人で、しかし真横で私の腰をがっちり捕まえて歩くゼィファリックと共に、ギクシャクしながら夜の街を練り歩いていた。
「歩きにくいです…」
「離れていては不測の事態に陥った時に対処出来ん」
こんなにひっついている方が対処出来ないと思いますけどね~
流石に当てもなく歩いていると、精神的に疲れてくる。そんなちょっと足取りの重くなっていた私とゼィファリックの横を、魔術師のローブっぽいものを羽織った人が足早に通り過ぎた……そして通り過ぎたと思った途端、くるりと振り向いてその人は着ていたローブっぽいものを私の前で脱ぎ捨てた。
「ホーーーラ♪ホーーーラ、見てみてみてぇ!」
つい凝視してしまった。
こういう時ってね、頭では分かっていても体が動かないもんでね。ああ、痴漢に遭うってこんな状態になっちゃうのね…と思って体を硬直させたまま、ウリウリと見せつけてくる露出狂の露出部分を見詰めてしまう。
すると、ゼィファリックが風のように動いて、露出狂の露出部分に回し蹴りを入れた。
「ぎゃああああ!!」
「いったあああ!」
思わず、露出狂の男と一緒に叫んでしまったよ。物凄く痛そうだった。何故そこを蹴る?確かそこは男性の究極の急所じゃなかろうか?
倒れ込んで、泡を吹いてビクビクと痙攣している露出狂を、路地裏に潜んでいた他の隊員達がやって来て取り押さえた。取り押さえなくても死に掛けみたいに見えるけど…
「閣下、もう少し手加減してやって下さいよ!」
「これは再起不能じゃないかな…」
露出狂を取り押さえながら、隊員達は痛々しそうな顔をしている。
言われたゼィファリックは透過魔法を解くと
「タイレケン大尉に汚いものを見せるからだ」
平気でそう言い放った。
いや、露出狂はそれが楽しみ…と言ってはおかしいが、そういう性癖だから露出している訳で…まあいいか。ゼィファリックが捕縛に乗り出したことで、早期解決になったから良しとするか。
「お前達、先に帰っていろ」
何だって?捕縛した露出狂を隊員に押し付けて、突然そう言い出したゼィファリックが私に手を差し出した。
「ヴィー…歩いて帰ろう」
「!!」
私以下その場にいた全隊員が凍り付いた。明日はドラゴンが街を襲って来るんじゃないか…と内心恐怖に慄いていた。
ゼィファリックは真顔で私に手を差し出したまま、微動だにしない。
私は折れた…諦めてゼィファリックの手を取った。
私の背中に隊員達の生温かい視線と魔質が一心に浴びせられている。それ以上見るなっ!
ギクシャクしながら、ゼィファリックと手を繋いだまま路地裏から表通りに出て来た。奴めは繋いだ手に指をしっかりと絡めてきている。
そんな無表情の奴…ゼィファリックはキョロキョロと通りを見回している。
「俺は…あまりこういう界隈に来たことが無いんだ…酒の席に誘われても、こう…羽目を外せないというか…」
あ~あ、分かるわ、分かる。
背中に定規でも入れてるんじゃないの?っていうくらい良い姿勢で座ったまま、無表情でお酒を飲んでいるゼィファリックが想像出来るわ~
「そもそもなんですが、ゼィファはお酒を嗜まれるのですか?」
ゼィファリックは少し眉をあげた。
「限界まで飲んだことは無いが…大丈夫かな?」
これまた判別の難しい返答だね。すごく飲めるかもしれないし、限界がきたらぶっ倒れる?という意味かな?
「ヴィーはこの辺りの店は詳しいか?一度…ヴィーとこういう店で酒を飲んでみたい」
「まあ!」
思わず歓喜の声がもれた。なにそれ?私と飲み比べしようってことかしら?やるわよ?やってやるわよ?手加減なんてしないわよ?潰してやるから覚悟しな!
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「うっかりしてましたね…」
「まあ予想の範囲内だろう?」
背筋をピンと伸ばしたまま、一切の乱れなくリーツというお酒を飲むゼィファリックは飲酒速度は常に一定だ。そう言う私も飲酒してはいるが酔いはまわっていない。
それもそのはず、私もゼィファリックも共に公爵家の人間…ゼィファリックは継承権も持っている身分。当然暗殺や毒殺の危険が常日頃からある為に、幼少の頃より毒物耐性訓練と並行して、酒類や薬系統への耐性訓練を行ってきていると思われる。
もうすぐゼィファリックと婚姻するのだし、突っ込んで聞いてみてもいいかな?
「ゼィファは対毒訓練はされているのですよね?」
「…ああ」
「勿論、酒や薬系統も耐性をつけているのですよね?」
「無理矢理つけた…というのが正しいかな」
「はぁ…やっぱり…どこも一緒ですね、私もです」
ゼィファリックはニヤリと笑って魔獣鳥の揚げ物を口に入れた。
「まあフェガロの隊員は程度は違えど皆、同じような耐性持ちだよ。でも酔わないからといって酒がマズイとは思わない。飲めば体温も上がってるし、若干体がぐらついて不安定だな」
背中に定規が入ってんじゃね?状態の姿勢なのに、体が揺れているとな?ジッとゼィファリックの端正な横顔を見詰めても酔いの兆しは全然見えない。
「酔ってます?」
「酔ってる、酔ってる」
本当に酔ってる人は酔ってないと言い張り、酔ってない人は酔ってると言い張る…というではないか。こうなればとことん飲ませて潰してやろうじゃないか!!!
三時刻後…
「お客さんっ!頼みますからもう帰って下さい!店の酒を全部飲み干すつもりですかぁ!?」
悲鳴をあげた店主に私とゼィファリックはとうとう店を追い出された。しまった……この店は今後、出禁になるかもしれない。
店を追い出されて通りでゼィファリックは大きく伸びをした。
「美味しかったな…軍の奴らが飲んで食べて騒いでいる気持ちが分かる…実に楽しい空間だった」
ゼィファリックは若干ほろ酔いかな~?というような表情を浮かべている。
二人でお酒を飲みつくしておいて、平然としている私達って……
ゼィファリックは私に手を差し出してきた。私はゼィファリックの手を取り、指を絡めた。ゼィファリックの体温が高い、やっぱり彼も酔っているのかもしれない。
外は夜中になっていたので、飲み屋以外はもう閉店していて通りの歩く人の姿は閑散としていた。
ゼィファリックとのんびりと歩きながら空を見上げると、思いの外星が綺麗に瞬いていた。そう言えばこんな時間に街の中で夜空を見上げたことなんてあったかな…
「上を見て歩いていると足元が危ないぞ」
ゼィファリックが声をかけてくるけど、誰に向かって言ってるんだ~と思ってゼィファリックに近付くと、ゼィファリックの腕に引っ付いていった。今日も絶好調に上腕骨から肩甲骨周りの筋肉が凄いですね!
「私を誰だと思っているんですかぁ~フェガロのガヴェナラ=タイレケンですよ~」
腕にくっついている私の手を反対の手で優しく撫でてくれるゼィファリック。
「ヴィー…酔ってるのか?」
「まだまだぁ全然~」
私が元気よく答えると、ゼィファリックは目を細めて微笑みを浮かべている。
あ……格好いいな、本当にこの人は格好いいな。
「ゼィファはとても格好いいですね!」
私が心からの賛辞を送ると、ゼィファリックは一瞬目を丸くしてから
「ヴィーはとても綺麗だよ」
と答えてくれた。なんだか嬉しい。口角が上がっているのが自分でも分かる。
そんな私の顔にゼィファリックの顔が近付いて来るので自然に目を閉じた。
星空の下…婚約者と口付けるなんて、まるで物語の中の相思相愛の恋人同士みたいだ…と思った夜だった。
星空の下で手を繋ぎイチャイチャしているのを、想像して下さい……甘酸っぱいです