狙う相手が悪すぎた
「あなたが愛人だというのなら、何故今は隣にいないのでしょうか?ゼィファリックに見合う…ゼィファリックに選んでもらえるような淑女になるように努めていれば…捨てられなかったのでは?今、あなたが捨てられたと感じているなら、あなたは私に負けたということですわね?今のお顔を鏡で御覧なさいな?世にも恐ろしい顔になってらっしゃいますから、では御機嫌よう」
言いたいことのほんの少ししか嫌味を言えなかったけれど、スッキリした。
私はゼィファの手を少し引っ張ると歩き出した。
「な…っ…そっ……」
何か叫ぼうとしているナナファンテだが、ギュリテウス公爵家の護衛と家令に押し戻されていた。
私の前を歩くリレリアード殿下は笑いを堪えているのか、肩を震わせている。
ギュリテウス公爵家の邸内に入り、大広間に着くと艶やかな夫人がフワリと私の前に現れた。
「お招き頂きましてありがとうございます、ガヴェナラ=タイレケンで御座います」
「ゼィファリック=イアソニフで御座います、お招き頂きまして…」
「ホホホ…もう~あなた達は子供の頃から知っているじゃない?今更よ?」
アンディアナ=ギュリテウス公爵夫人、相変わらずの美しさと気品に溢れた方だ。そして元王女殿下でリプスリード王太子殿下とリレリアード殿下の実姉だ。
社交界で一番怖いお方…だと認識している。
ギュリテウス夫人は目を細めてゼィファを見た。
「表が騒がしかったわね?もう大丈夫なのかしら?」
ゼィファの魔質が緊張したものに変化した。
「ご迷惑をおかけして…」
ギュリテウス夫人は、扇子でゼィファの肩をポンポンと叩いた。
「ゼィファリック…硬いわぁ硬すぎる~ガヴェナラも、こんなのでいいの?」
そう言えば…ゼィファは軍の特殊部隊『フェガロ』に入隊する前は…そうだ!アンディアナ殿下の護衛をしていたんじゃなかったっけ!アンディアナ殿下が公爵家に降嫁が決まって、ゼィファは近衛から軍に転属したんだった。
アンディアナ=ギュリテウス夫人はフフフ…と笑いながら表を少し見た。
「マカロ伯爵子息は暫く出入り禁止ね。悪い方ではないけれど、可愛い令嬢の押しに弱いのよね」
ギュリテウス夫人はナナファンテ関連は全てご存じのようだ。やはり怖い方だ。
「…で、本当にゼィファリックでいいの?」
ギュリテウス夫人は私の目を見詰めてきた。私は迷わず答えた。
「夫人、私はゼィファじゃなければ…婚姻しません」
「ヴィー!!」
ゼィファは叫ぶと真っ赤になって手で顔を覆い隠した。
周りからどよめきと歓声と悲鳴が上がった。これくらいは盛り上げないとね?婚約した私とゼィファを冷やかしたいとご指名頂いたものね?
ギュリテウス夫人は嬉しそうに頬を染めると
「いいわねぇ~いいわねぇ!」
と叫んでいる。どうやら喜んでもらえたみたいだ。ゼィファの羞恥心が死んだかもしれないけど、私的にはホッとした。
その後は会う方々全員にお祝いと冷やかしを受けた。どうやらあのナナファンテから私がゼィファを守ったかのような話に妄想と噂話が膨らんでいるみたいで、ナナファンテが完全に横入りの悪女のような扱いになっていた。
まあ、門前でのアレを見ていた人ならナナファンテのわっるい顔を見てしまった人もいるだろうしね…あんな淑女もびっくりな顔してたら、そりゃ悪女だと言われてしまうわね。
夜会の帰りの馬車の中…ゼィファはぐったりしていた。ワシレイトドラゴンの討伐帰りの時よりぐったりしているわね…
「ヴィーがあんなこと言うから…恥ずかしかった」
「あら?本心ですよ?」
「……」
ゼィファは隣に座った私を抱き寄せてきた。もう着崩れとか言わないのかな?
「俺もヴィーじゃなければ婚姻しない…」
フフフ…抱き締めてくれる上腕二頭筋が硬い~良い筋肉だ。頬摺りしているとまたゼィファにバレたみたいで
「また筋肉触ってる…」
と言われてしまった。ゼィファだって私のお尻触ってるよね!?
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その日から数日後
朝、いつも通りの時間に公爵家を出ると、城に向かって通勤の為に歩いていた。馬車に乗れば歩きよりは早く着くけど、この早朝の中…動き始める城下町を歩いて行くのが心地いいのだ。
あ、こんな所に新しい飲み屋が出来てる。なんていう発見も出来るしね~
そんな清々しい朝の空気の中…通りの路地から男達が飛び出してきた。
「声を出すな!いいかっこっちへ来い!」
1…2…6人か。朝から物取りなの?警邏に巡回の強化をお願いしておかなきゃね…
「おいっ!これが目に入らないのか!?」
そう言ってさっきから私の目の前に刃物を付き出してくる男。
「そんな大きなもの、目に入る訳ないじゃない…あなた達、強盗なの?」
「へへっ…悪く思うなよ?」
下卑た笑い声をあげながら、刀を私に向ける男達。
「……そう、答える気は無いのね?そちらこそ悪く思わないでね?」
「…っ?何をいっ…わあああ!?」
私は術式を素早く詠唱すると…男達を6人全員を捕縛魔法で捕まえた。
「はぁ……軍人に刃物を向けるなんて、私も舐められたものねぇ…」
結局、この男達はあっさりと自白した。
「若い女に金を渡されて頼まれた。公爵家の令嬢を攫って好きにしていい…と」
ゼィファは……絶好調に怖い顔をしてその男達を尋問していた。
若い女ね…最近の知り合いで若干1名こういうことしそうな女性はいるけど、まさかね?
そのまさかが、また起こった。
今度はもう少し出来る男達を寄越して来た。だが、私と対峙した途端すぐに逃げられてしまった。相手の力量を見極められるだけまだマシな男達だった。
ゼィファに報告するのは嫌だけど、朝一でまた男に囲まれたよ~と伝えておいた。
またまたゼィファは怖い顔をして、リレリアード殿下に報告に向かった。
戻って来たゼィファは
「ナナファンテ=スオードに監視をつけることにした。裏が取れ次第捕縛だ」
「御意」
ああ……本格的になってきたなぁ。
そしてやめときゃいいのに、ナナファンテは今度は別の角度から攻めてきたのだ。
その日、私はシアデリーナ=マインデ侯爵令嬢と一緒に令嬢方の茶会に出席していた。今日は私の婚約の話が皆の話題の中心だった。
そこへ……ナナファンテがやって来たのだ。
だが、ナナファンテは型通りの挨拶をした後は大人しくしており、正直拍子抜けしていた。
シアデリーナもナナファンテを時々見ながら警戒していたが、特に何も起こらなかった。
しかし帰り際、シアデリーナが手洗いに席を外した時にそれは起こった。
邸内で魔質の揺らぎを感じた…誰か、争っている?
その時、庭に軍服を着た男が飛び込んできた。
「タイレケン大尉!」
その呼びかけにすぐ気が付いた。彼は暗部の者だ!ナナファンテの…
私は軍人と共に駆け出した。
「場所は屋敷の離れです!主犯はナナファンテ=スオード、実行犯はジル=ホイッツミー子爵子息とサガレ=ポリグロシー伯爵子息、被害者はシアデリーナ=マインデ侯爵令嬢です」
「なっ!?」
「ご安心を、ナナファンテ=スオードに我々が張り付いていましたので、すぐに捕縛して未遂です」
私は屋敷の離れに飛び込んだ。
飛び込んだ玄関先には捕縛されたジル=ホイッツミー子爵子息とサガレ=ポリグロシー伯爵子息と…ナナファンテが縄に括られていた。
「ガヴェナラ!」
「シア!」
シアデリーナはもう一人の暗部の軍人と玄関ホールのソファに座っていた。駆け寄って抱き締めた。
「大丈夫よ…怪我は無いから、心配しないで!私だって事務方とはいえ、軍属よ?」
シアデリーナは気丈にもそう言って微笑んでいる。
「イアソニフ副隊長に報告を…それとリプスリード殿下にもね」
暗部の二人は、御意と叫ぶとすぐに消えた。さて……
「何故、シアデリーナを狙ったの?」
ナナファンテの前に立ってそう聞いたが、ナナファンテは不貞腐れたような顔をして無視をしていた。
よりによってシアデリーナを狙うなんて…
「ナナファンテ様…大人しく私だけを狙っていれば良かったのですよ…そうすればゼィファの機嫌が悪かろうが私個人の判断でナナファンテ様の案件は内々に済ませられたのですよ?」
ナナファンテは怪訝な顔をして私を見上げてきた。
「それ…どういう意味よ?」
「すぐに分かります…」
そして、屋敷の近くにゼィファ達の魔質を感じた。
ホラ来た…もう知らないよ?
離れにものすごい勢いで魔質が近付いて来る…この速さが怒りと比例している気がする…
「シアデリーナ!?」
玄関ホールに飛び込んで来たのは、リプスリード王太子殿下だった。殿下は走り込んで来ると、シアデリーナを抱き締めた。
「怪我は無いな!?」
「はい…ご心配をおかけしまして…大丈夫です」
リプスリード王太子殿下はゆっくりとナナファンテ達の方へ近づいて来た。
「いきなり殺さないで下さいよ?」
思わず、そうリプスリード殿下を牽制した。だってね、殿下の魔質が恐ろし過ぎるのよ…
「この者達の返答次第だ…」
するとゆっくりとゼィファとリレリアード殿下がやって来るのが見えた。
「ちょっと…!ゼィファ!早く…」
何かあった時の為に間に入ってくれる人がいないと…と慌ててゼィファを手招きした。ゼィファは嫌そうな顔をしながら、取り敢えずはリプスリード王太子殿下の後ろまで来てくれた。
「おい、お前達…何の目的があってシアデリーナを狙った?」
ふええぇ…リプスリード殿下の声が震えてるよ…魔質が怖い
ナナファンテは怪訝な表情のままリプスリード殿下を見上げている。
「シアデリーナ様は…そっそこの…ガヴェナラと仲が良いじゃないっ!本人は襲わせても強いみたいで難しいからぁ周りを痛めつけて嫌がらせしてやろ…」
「ゼィファ!!」
リプスリード殿下がナナファンテを殴りつけようとした。ものすごい魔力を乗せた拳だったのでナナファンテが跡形もなく吹っ飛ぶんじゃない!?
咄嗟にゼィファの名を叫んだら、瞬時に反応してくれたゼィファがリプスリード殿下を押さえてくれた。リレリアード殿下も押さえに来てくれた。
良かった…目の前で肉片が飛び散って血飛沫が上がったらそれを見たシアデリーナがひきつけ起こしちゃうわ…
「私の妃に…なんという女だっ…」
興奮しているリプスリード王太子殿下に直接はツッコめないが、心の中で「まだ妃じゃないよ!」とツッコんでおいてあげた。
そう…シアデリーナとリプスリード王太子殿下はまだ正式発表こそしていないが、もうすぐ正式に婚約する恋人同士だ。彼らは恋愛婚だ、王族で反対もされず皆から祝福される珍しくも奇跡的な恋愛婚なのだ。
リプスリード王太子殿下の最愛の恋人のシアデリーナをそんな理由で襲ったなんて…
ナナファンテは顔面蒼白になってガタガタと震えていた。
「だから…言ったでしょ?私だけ狙っていれば良かったのよ?そうすれば私が適当に相手してあげたのに…私の周りは私より触れちゃいけない方々の集まりなのよ?」
ナナファンテはガタガタ震えながら私を見上げた。今頃誰に向かって拳を振り上げてしまったのか気が付いたみたいだ。
主犯のナナファンテ=スオード、以下実行犯のジル=ホイッツミー子爵子息とサガレ=ポリグロシー伯爵子息の処遇が決まった。
ナナファンテ=スオードは絞首刑、男爵家は取り潰し。実行犯のジル=ホイッツミー子爵子息とサガレ=ポリグロシー伯爵子息は共に国外追放の処分になった。
ナナファンテはシアデリーナを傷物にしてやろうと思っていた…と自供した。
本当に馬鹿だ…狙うところを間違えている。
それとは別に、私はゼィファから今回の件で後でめっちゃ怒られた。
「俺はヴィーにだって傷付いて欲しくないぞ!いいかっ?俺だってヴィーがあんな破落戸に何かされたと分かったら、黙ってはいないぞ!八つ裂きにしてドラゴンの餌にしてやる!」
「…はぁ」
「本気だぞ!」
「…はぁ」
ゼィファも案外拗らせてるのかな…今、あんな奴らになんて負けませんよ~と言って、ちょこっとでも反論しようものなら、コレの三倍くらいのお小言が返って来そうで何も言えない…