笑顔が可愛い
ヒロインの名前を思いっ切り間違えておりました。ご指摘ありがとうございます
ナナファンテは真っ赤な顔をして小走りに走って逃げた。
「スオード男爵令嬢は、当店のドレスはお気に召されなかったようですね」
と、シレッとした顔でそう言って店長はペロンと私とゼィファに、ナナファンテに見せていたドレスの値札を見せてくれた。
なるほど、基本料が200万シゼか…まあそれでも大金だよね。そこから裾や胸元にレース飾りをつけてもらったら料金が更に追加されるしね…
私は走り逃げたナナファンテの消えた方向を見た。ゼィファもため息をついて店の外を見ている。
こういう時って元彼としてはどう思うのかな?私だったら前に付き合っていた人が、恥を晒して尚且つ周りに当たっているのを見たら、例え元彼に心を残していたとしても、完全に決別したくなるくらい幻滅するけれど…
その後、靴と宝石を選び終えて…ゼィファとシュシュアメント洋装店で買い物を済ませて、店を出た。
「歩いて帰ろうか?」
と、店を出た後にゼィファが言ってきたので、御者に先に帰ってもらうことにした。
公爵家の子息令嬢という立場の私達だけど、共に軍人で…誘拐や強盗などの危険は無い…と言い切れるほどに強い。私も自分で『私強いです』と言い切れるくらいに強い自負はあるけれど、ゼィファはそれを遥かに凌駕して…怖い。その一言に尽きる。本人が無自覚なのがまた怖いのだが王国一、いえ…周辺諸国でも抜きん出て魔術でも最強、剣技でも最強の強者だと思う。
今が戦乱の世なら時世の覇者になってそうだ…と思うくらいに強いのだが…
でも、女性に対しての耐性が幼児並みなのよね…どちらかに振り切れてしまっている天才だからなのか、あっちが最弱なのかしらね、神様もゼィファの才覚をどちらに重きを置くか迷ったのかな、難しいよね。
ゼィファは通りを歩きながら、私の腰を引き寄せて歩いている。彼は外では絶対に手は繋がない。手を塞いでいたら有事の際に動きづらいものね、分かるわ…分かってしまう自分も令嬢からかけ離れているけれど…
「ゼィファ、屋台で何か買いますか?」
何となくゼィファの魔質が屋台や店先の食べ物に向いているような気がして、そう聞くとゼィファはハッとしたような顔で私を見て破顔した。
あらま、やっぱり笑った顔は可愛いわ。
ゼィファと蒸し饅頭と果汁の飲み物を買って丘の上の広場まで移動した。広場の中は友達同士かな?で遊ぶ子供と、老夫婦…若い男女の数名しかいない。備え付けの椅子に座ってゼィファと並んで蒸し饅頭を食べた。
「この挟んでいる肉、甘辛くて美味しいな」
「たまにはこういう屋台の食べ物もいいですね」
ゼィファは笑い声をあげて広場を駆けまわっている男の子達をぼんやりと眺めている。
「ナナファンテ嬢は……買ってあげたらすごく喜んでくれたんだ」
突然、自分語りを始めたゼィファに…やっぱりキタか、と居住まいを正した。
シュシュアメント洋装店でナナファンテを見てから、ゼィファの魔質が乱れて…何と言いますか、良くない感じに歪んでいる気がしていたのだ。
ここで、愚痴なりなんなりを吐き出しておかないと魔質の歪みは病気の元になるしね。
ゼィファは自分語りを続けている。
「その喜んでくれた顔を見て俺も嬉しくなって…ついせがまれるままに買い続けてしまった。今思うと男女の恋愛というより子供におもちゃを買い与えている親のような感覚だったな…」
「そう…ですか」
ゼィファは再び饅頭を口に入れて…暫く咀嚼していたが、大きく息を吐き出した。
「あんな風にシュシュアメントで取り乱して…従業員に怒鳴って、俺は…何を見てたのかな。女性の本質も見抜けなかったし、ヴィーに気の利いた言葉もかけられない。本当にこんな俺が婚姻相手で済まない…」
あわわっ!?ゼィファの魔質が目まぐるしく動いて、歪んで暗く濁って…ああ負の感情に流れている。
「あ…あのえ~と、私も気の利かない所がありますし、その軍人ですので女性らしい可愛らしさも皆無ですし、そのゼィファの妻としてどうかな…とか…」
「いや…ヴィーは市井で歩いていても色んなことを良く知っている。俺のような朴訥な男とじゃつまらないと…それにさきほどもシュシュアメントで堅物だから融通が利かなくて…と言っていただろう?本当にそのとおりだと…」
あわわっ!?確かに言いましたが…ゼィファの魔質が落ち込んでいるのが分かる!?
「えっと…あのでも、ゼィファの真面目で融通が利かないのも私は素敵だと思っていますし、同じ軍人としてもとても尊敬していると言いますか…」
ゼィファと変な言い合いになって、お互いに目が合って何だかおかしくなってきて吹き出してしまった。
「っ…ウフ…すみません、お互いに駄目だ駄目だと言っていて…私達って自己評価が低いですね」
ゼィファも一緒に笑い出してくれた。
「っ…ハハ、本当だな。でも俺は本当に駄目だけど、ヴィーは違うと思うぞ?」
まだ言ってる!
おかしくなって笑顔でゼィファの顔を見たら…ゼィファは真剣な顔をして私を見ていた。
「…!」
不意にゼィファに抱き締められた。
フワッと香るゼィファの普段使っている香水の香りが私を包む。
「ヴィー……」
温かいな…抱き込まれてゼィファの素晴らしい胸筋に顔を埋めて、頬擦りしてみた。ついでに背中まで手を回して背中を撫でまわしてみた。
背筋が凄い…この硬さ!いつまででも触っていられる。
「ヴィー?さっきから俺の筋肉の付き具合を確認していないか?」
ギクッ…何故バレた?
ゼィファは声に出さないで笑っているようだ。
「やっぱり…ヴィーはブレないな、そこが良い」
「ソウデスカ……」
やっとゼィファが体を離してくれた。するとゼィファの肩越しに子供達と目が合い、子供達の視線が刺さる。すると子供達はニマニマと笑いだしたじゃないか!
「子供達にものすごく見られています……」
「スマン…今後は人目につかない所ですることにしよう…」
人目ってなんだ!?とか、今後ってなんだ!?とか色々とツッコミどころが多かったけれど、目の縁を赤くして照れているゼィファが非常に可愛かったので、心の中でツッコむだけに留めておいた。
それからと言うもの…ゼィファは本当に人目の無い所で私に抱き付いて来るようになった。
素晴らしい筋肉に包まれるので、私としてはいつでも抱き付いてくれて構わないという気になっているのだが、ゼィファは必ず人の気配が無い所でしか抱き付いてこなかった。
婚約者なのにコソコソしている……それも何だかおかしいやら可愛いやらで、いつもホッコリしてしまう。
そしてとうとう、アンディアナ=ギュリテウス公爵夫人に招かれた夜会の日になった。
もう嫌だな~とは思わなくなっていた。シュシュアメントのドレスが早く着てみたいとか、ゼィファはどういう感想を言ってくれるかな?とか…軍の詰所で毎日会っているくせにゼィファに早く会いたいな…とか考えている自分に、恥ずかしいやら嬉しいやら…で顔がほてっているのが分かる。
私の高揚している気持ちが分かるのか、ドレスの着付けをしてくれているタイレケン家のメイド達は朝からずっとニヤニヤしながらドレスを着付けてくれている。
着付けの最中に覗き込んだ鏡の中には…婚約者を待つ嬉しそうな顔の女の人が映っている…私だ。私、こんなにニヤけた顔をしていたの?本当に恥ずかしい…
そして着付けを終えて、軽食を食べているとゼィファが迎えに来てくれたと知らせを受けて、玄関ホールに移動した。玄関ホールにはゼィファリック=イアソニフが立っていた。
今日もうちの副隊長は格好良いですね!
濃紺色のすっきりした短髪に、少しきつく見える紺碧色の瞳。体は全身筋肉で構成されているであろう、完璧なる肉体美を持っている。
「ヴィー、綺麗だな」
「あっありがとうございます…」
恥ずかしいーーー!これなに??本当に何?世の中の女性は婚約者とか旦那とかからこんな辱め(ちょっと違うか?)を受けているというの!?
ゼィファが差し出してくれた手に自分の手を重ねた。触れた時に感じる魔力がフワッと体に流れ込んできて…私の体に吸い込まれているのが……気持ちいい…ああっ!何考えてるの私ってば…
ゼィファに手を引かれて馬車に乗った。
お母様とお父様に
「頑張れ!」
と言って送り出された。いや…余計に緊張したし、煽らないで欲しかった。
そして車中でゼィファとふたりきりになった時に
「ゼィファも素敵ですよ?」
そう伝えてみた。ゼィファは変な手の動きをしながら、あーとか、うーとか唸っている。
「今は抱き付いたら着崩れてしまうな…ああ、物凄く抱き付きたいのだが、ああ…そうだ」
独りでブツブツと呟いた後にゼィファが車中を移動して私の隣に座ってきた。どうしたの?ゼィファを見詰めていると、スゥ……とゼィファの端正な顔が私の顔に近付いて来て、ゼィファの唇が私の唇に触れた。
「…ぅ…ん」
何?何が起こっているの?驚いてしまって目を開けたままだったので視界にはゼィファの肌しか見えない。
ゼィファからついばむような口付けを受けた後、ゆっくりとゼィファの唇が離れて行った。
「ヴィー…」
離れていくゼィファの顔を見詰めていると、ゼィファと目が合い、ゼィファが顔を真っ赤にして、また私の方へ顔を近付けて来た。
「っくそ……ん」
「!」
結局、ついばむような口付けを何度もされた。その後紅を差し直したり、ゼィファの唇の紅を拭いたりしている間にギュリテウス家に到着した。
馬車を降りて、自然とゼィファとの距離も近くなる。ゼィファと目が合うと蕩けるような微笑みを返してくれる。そんなゼィファの様子を見て、同じく招待客の令嬢方から感嘆の声が漏れていた。
そんな中、甲高い声が響いてきた。
「私だってご招待を受けています!だってマカロ伯爵子息の同伴なのよ!」
あれ?この声…
「ナナファンテ嬢…」
「そうよね…」
ゼィファと二人で唖然としながら公爵家の門前から建物に向かって近付いて行った。ナナファンテの周りには既に人だかりが出来ているが、皆、少しその騒ぎを覗いただけで、すぐに招待状を見せて中に入ってしまう。
私はすぐに中に入らずに後方からナナファンテの様子を窺った。
押し問答している声を拾うとどうやら、マカロ伯爵子息の同伴としてこの夜会に入ろうとしているのだが、生憎と招待枠はマカロ子息だけのようだ。
「無茶を言うご令嬢だよね~」
「…そうで…っ!リレリアード殿下!?」
私とゼィファの間から顔を覗かせて第二王子のリレリアード殿下が笑顔で背後に立っていた。周りの皆様も膝をつかれたので、私もリレリアード殿下にカーテシーをした。
すると、そんな周りの声にナナファンテが気が付いたのだろう…私と横に居たベラウエラ伯爵夫人の間を割って入るようにして、ナナファンテがリレリアード殿下の前に飛び出して来た。
「は…初めましてっ!ナナファンテ=スオードと申しますっ!リレリアード殿下とお会い出来て…」
大変に興奮しているようなナナファンテは私達を押し退けたことに気が付いていないのか?押されたベラウエラ夫人がよろめいたので、私は慌てて夫人を支えた。
「大丈夫ですか?ベラウエラ夫人」
「ま…まあ、ありがとうございます。ガヴェナラ様」
ベラウエラ夫人は体勢を立て直してから、ナナファンテの後ろ姿を睨み上げている。勿論私も一緒に睨んだ。
リレリアード殿下は表情を変えずに、口上を述べているナナファンテを見下ろしている。
「あ、あの殿下っ私ぃ殿下と一緒…」
リレリアード殿下はフイと顔を逸らすと、私を見た。
「じゃあ行こうか?ゼィファ、ガヴェナラ」
流石……リレリアード殿下はナナファンテを存在ごと無視することに決めたようだ。
私は差し出されたゼィファの手を取った。ゼィファの表情は少し強張っている。そりゃそうだろう…こんな場面でにこやかな表情を浮かべられる男なら、ナナファンテなんぞに金蔓扱いにはされないだろう。真面目で打たれ弱いのだ…恋愛面に関しては。
それでも私の手を取って歩き始めた時にはいつもの魔質になっていた。
私はゼィファの耳元に小声で
「大丈夫ですよ、心配しないで」
と呟いてあげた。
大陸一強いかもしれないゼィファだけど、こんな時くらいは私が守ってあげないとね…と思い、後ろのナナファンテをチラリと見た時だった。
突然ナナファンテが叫んだ。
「わっ…私そこのゼィファリックの愛人です!!!」
「!」
ギュリテウス公爵家の前庭の話し声が一斉に止んだ。
何を言っているのだ?ナナファンテはここで叫んでどうするというのだ?
ナナファンテはニヤリと笑うと
「ゼィファリックは私を捨てるの!?」
と再び叫んだ。
ゼィファは固まっている。そりゃそうだ……魔獣の攻撃は瞬時に避けられても、こんな女の不意打ち精神攻撃は避けようがなかったのだ。
私はナナファンテからの視線を遮るように、ゼィファの前に立ち塞がった。
「捨てられるような女に成り下がったあなたがいけないのではなくて?」
私はそうナナファンテに言い放ってやった。もう我慢はしないぞ、覚悟しておけ。
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