その2
こたつの中に入っている知らないおっさんを無視して、いつもと違う父を相手にしていたら、かわいい妹が二階から降りてきて、そのこたつに入ってきた。
「えええ?」
と妹が叫ぶ。
俺が「どうした?」というのとほぼ同時に、父も「どうした?」という。
妹は、一瞬、父と俺に疑問の目を向けてきたが、思い切ったようにして
「よいしょ」
というと、何事もなかったようにして、ごそりとコタツに足を入れた。スカート丈は短い。中にいるおっさんの目も気になるだろうに。俺は父の方を見た。父も同じような視線を送ってきているように見えた。妹の方を見た。妹は、なあに?という表情を作って、ニッコリ表情で返してきた。もう、たまらない。カワイイから、何でもいいや。
父が「学校はどうだ」というと、妹は顎をこたつのテーブルにつけて
「へへ。内緒だよー」といってククククと笑った。
しばらくすると、玄関の方から「ただいまー」という声がして、妹が入ってきた。肩からバドミントンラケットの入ったケースを提げて、手には学生カバンを持っている。コタツに入っている妹が、「お姉ちゃん、おかえり~」といってこたつに入ったまま振り返ると、帰ってきた方の妹は一瞬凍り付いたような表情になった。
が、すぐにニッコリと「ただいま~」といって、洗面所へ行った。
<妹>と似ている。というより全く同じ顔だ。背丈も同じくらいだ。これは、どういうことだ。妹って、双子だったっけ?これは、なんとか聞き出さないとまずいな。
「なあ、マイカ。あのさ、誕生日は何が欲しい?」
「う~ん。自分で作れる石けんセットかな」
「ガキかおまえは。相変わらずだなあ」
そういいつつ、
「あのさ、もう一人の、さっきの、えっと・・・」
「お姉ちゃん?」
「そうそう。お姉ちゃんは何が良いかな。同じので良いかな」
「え?マイ?お兄ちゃん、何言ってるの?<お姉ちゃん>って、何?自分の妹でしょ」
「あはは。ごめんごめん。マイだ、マイ」
「あはははは」
父もガハハと笑い出した。
「マイのことは知らな~い。聞いてみたら?」
俺の妹は双子で、姉の方がマイ、妹の方はマイカ。なんちゅー適当な名前だ。思わずにやけてしまう。するとマイカが意地悪そうな目をして
「ねえねえお兄ちゃん、私たちの誕生日って、まだ半年以上先だよ~」
といってきた。そんなはずはない。俺はすかさず、
「何いってんだ。お兄ちゃんなんだからお前たちの間違えるわけないだろ。ま、そこのお父さんは間違えるかもしれないけどね」
いきなり話を振られた<父>は、ギョッとしながら
「忘れるもんか。マイカの誕生日。そうそう。マイカが生まれた日のことまでよーく覚えているさ」
「え?ほんとに?教えて教えて」
<父>は、語り出した。
「おまえはな、お父さんとお母さんがよーく考えて生まれてきたんだ。おまえのお父さんはな、イヌイットと呼ばれていた屈強なカナダの少数民族。そしておまえのお母さんはな、なんとヘップバーンだ」
「誰?それ?」と俺が言うと、父は自慢そうに語りだした。
「昔、映画っていってな、本物の人間が一生懸命に演技をして、それを記録して、大勢の人が集まってお金を払って観るという商売があったんだ。ヘップバーンはその時の大スターだ」
「それ、ハリウッド映画っていわれてたやつでしょ。USAの」
「おお、知ってたか。さすがにかしこいなあマイカは」
その時「おお、面白そうな話だな」
そういいながら、じいさんが奥の部屋からやってきた。
「マイカの生まれたときの話なら、おじいさんがしてやろう」
そういいながら、こたつに入ろうとした。
(自分で自分のことをおじいさんっていうなよな)そう思ってみていた。
<おじいさん>は、こたつに足をいれた瞬間、え?という顔をした。その一瞬の表情は、お爺さんの表情ではなかった。おじいさんは、そのまま無表情でこたつに入った。そして足で何かを蹴っていた。何度も蹴っていた。蹴って良いものだったのか、と気づかされ、調子に乗って俺も、しこたま蹴ってやった。こたつの中から、「やめ、やめ」というくぐもった声が一瞬響いた。父が、それをごまかすかのようにガハハと笑い出した。マイカもキャハハと笑い、俺もじいさんも大声で笑った。