その1
いつもとは違う日常。いや、日常って、ほんとうはちょっとづつ違って当たり前ですね。そして大きな事件があっても日常は続きますし、大きな事件が続きすぎても日常は続きます。
家に帰ってきてこたつに入ろうとしたら、おっさんがこたつの中にいた。
「げっ」
と驚いたら、先に入っていた父が、
「どうした?」
という。父は何事もなくこたつに入っている。そしてこっちを見て何だかニヤニヤしている。これが誰なのか、何故ここに人が入っているのか聞こうと思ったが、やめた。どうせ父が何か企んでいる。それだけだ。黙ってこたつに入ることにする。足がどうしてもおっさんにあたるので、あぐらをかく。
持ってきた数Aの問題集を広げる。すると、父は、
「お、数学の勉強か。珍しいな」
とニヤニヤしながら言う。俺は慌てて
「いや、何、たまにはね」
肩まですっぽりとこたつ布団をかけた父は、ニコニコしながら
「そうか、中間テスト、すぐだもんな」
という。
おい、父。どうしてそんな入り方をしているんだ。こたつ布団を肩まで上げておく必要はないだろ。隙間があって中が暖まらないし。もっと普通にやれよ普通に。
俺は、ちょっとカマをかけてやろうと思って
「違うよ。中間テスト、もう終わったとこじゃないか。昨日も話したよね」
といってみる。すると父は、非常に慌てて、
「そうだった、そうだった。いやいや、忘れてた」
苦笑いを作り、おでこをペシペシ叩きながらそう言った。そのときこたつ布団が肩からハラッと落ちた。父の上半身がちらりと見えた。太っている。細身の父が、でっぷりと太っている。
(やっぱり)
俺は確信した。フェイクだ。そもそも俺はもう大学生で、中間テストとかあるわけないだろ。これは、予備校のバイトの予習だっての。そんなことも知らないのか。
父はさっとこたつ布団をかけ直すと、何事もなかったかのように座っている。黙って座っているのではない。待っている。次に何が起こるのかを楽しみにしながら待っている。しかし俺はその期待に応えることもなく、今日講義で教えなければならない確率の問題を黙々と解き、演習問題をどれにするか選んでいた。
そこへトントントンと二階から妹が降りてきた。コタツのあるこっちの部屋をキョロっとみると、あれ?という顔をして、ニコニコして部屋に入ってきた。今年高一になったかわいい妹だ。まだ制服姿だ。妹の通う聖ハレルヤ女学院は、制服がかわいくて有名なのに、妹にはそれががたまらなく似合っている。
妹は、チェックの膝上のスカートをちょいと抑えながら、ささっとコタツに入ろうとする。すると、足に何かあたったらしく、こたつ布団をチラリとめくった。