トラックに轢かれたので異世界転生を期待したけれど、普通に怪我して入院することになり、結果的に学校1の美少女とお近づきになれた件
タイトルだけ思いつき、書かないのも勿体ない気がしたので短編で書いてみました。
やっと死ねる。
死ぬ間際、僕はそう呟いた。
高校1年の現在に至るまで、生まれてきてよかったなんて思ったことは一度もなかったし、そう思わせてくれるような出来事だってなかった。
ただただ平凡な毎日を繰り返すだけの人生。それがこの先何十年も続いていくのだと思うとぞっとする。
僕は何のために生まれてきたんだろう。この世界における僕の役割って何なんだろう。そう、毎日のように己に問い続けてきた。
その問いに対する答えが、ようやく見つかったのは。
道路に立ち竦む一人の少年に、巨大なトラックが物凄い勢いで迫っている光景を目にした、その瞬間だった。
──たぶん、僕は。この子の未来を繋ぐために生まれてきたのだ。小さな一つの命を救うために、この世に生を授かったのだ。
僕は反射的に道路に飛び出した。両手で少年を突き飛ばす。少年は歩道に倒れこむ。
けたたましいクラクションが鳴って、道路の真ん中に立つ僕のすぐ眼前にまでトラックが迫っていた。
このまま、僕は轢かれる。そして死ぬだろう。でも、それでいい。僕は彼を救うために生まれてきたのだから。
この世界での僕の役割は終わった。
頭の中を走馬灯が駆け巡る。家族や少ない友人たちには申し訳ないけれど、僕はここで死ぬ。
今時流行りの異世界転生とかできないかな。折角良いことをして死ぬのだから、報いを受けてもいいはずだ。
次の世界では、もっと僕は天才で、モテモテで、最強で──そんな、スーパー主人公に生まれたいな、なんて。
まるで小学生みたいな、平凡な望みを抱きつつ。
「──やっと死ねる」
そう呟いて、僕はトラックに撥ねられた。
〇
死ねませんでした。
「なんで生きてるの?」
「死んでほしそうな言い方やめろ」
ベッド脇のパイプ椅子に座っている幼馴染の出流原 奏が、リンゴの皮をナイフで剥いている。
開け放たれた窓から吹き込んだ冷たい風が、冬の匂いを運んでくる。空は良く晴れていて、12月にしては暖かい陽気で過ごしやすそうだ。
だというのに、僕は病院のベッドに寝たきりのがんじがらめ。体のあちこちに巻かれた包帯が暑苦しい。
凄まじい勢いでトラックに撥ねられた僕だったが、奇跡的に命に別状はなく。腕やら脚やらの骨をバキボキに折っただけで、治りさえすれば難なく退院できるらしい。
あれだけ悲観的なモノローグを展開しておいて、のうのうと生き延びているのはなんだか恥ずかしさすら覚える。
いや、生きているのは良いことなんだけども。
とすると、退院したらまた、自分が生まれてきた意味を問い続ける平凡な日々がまた始まるわけだ。
しかも、あれだけの事故に巻き込まれてなお死ねないという点も加味して、その答えを見つけなくてはならない。これは難問だ。一生かけても解けないかも。
「本当に──運だけは良いよね、井伊くんは」
「顔と性格も良かったら天下獲ってたんだけどな」
むしろ運は良くなくていいから顔と性格が良い方がよかったのだが。
「はい、できた」と言って、奏はウサギの形になったリンゴの群れを更に載せて、サイドテーブルの上に置く。
礼を言って、かろうじて折れていない左手でリンゴウサギを一匹摘まんだ。
共働きのうちの両親の代わりに、奏は何かと入院中の世話を焼いてくれている。今日も、学校帰りにそのまま立ち寄ってくれた。
奏は幼稚園から高校までずっと同じ学校に通っていて、もはや幼馴染というより家族の域に達している。
そんなことを本人に言ったらキモがられそうだけど。
「そういえば」と、奏もリンゴをかじりながら言う。
「井伊くんが助けた子、かすり傷一つなかったって」
「なら、わざわざ骨を折った甲斐もあったってことだな」
結果として、あの少年の命を救い、そして僕自身も命を落とすことはなかった。
誰も不幸にならずに済んだのなら何も問題はないだろう。いや、事故を起こしたトラックの運転手は不幸になったけども。
そのへんの話は、両親がうまくやってくれているようで僕はまだあまり聞いていない。退院したら聞いてみようと思う。
「で、その子の苗字。聞いた?」
「苗字?」
なぜ僕が助けた少年の名前を気にする必要があるのだろうか。
わからず首を傾げると、奏はふっと笑って、
「現川、だって」
現川──その苗字を聞いて、彼女のことを思い浮かばない生徒は僕らの通う高校にはいないだろう。
現川伊織。僕らと同学年にしてクラスメイト。そして、学校1の美少女として名高い。
小さい頃は子役をやっていたとかやっていないとか、実はアイドルだとか、根も葉もないうわさが立つほどに彼女は美しい。
彼女の周りには常に男女問わず人で溢れ返っていて、学校1の人気者でもある。
「現川伊織と関係あるのか、あの少年は」
「まあ、関係ゼロではないんじゃない?知らないけど」
奏がさして興味もなさそうに呟いた、その時だった。
病室の外の廊下を、パタパタと駆ける足音が聞こえて、すぐ後に「こら、走らない」と叱責する女性の声がした。
そして、コンコン、と控えめに、僕の病室がノックされて。
僕は奏と顔を見合わせた後、「どうぞ」と呼びかける。
ガラリ、と戸が引かれて。顔を覗かせたのは、一人の男の子。
「お兄ちゃんこんにちは!」
「こんにちは……あー、あの時の」
そう、僕が身を挺して助けた少年である。いや、正直確証はなかった。あの時はきちんと顔を見る余裕なんてなかったし。
しかし──その後に顔を見せた女性の顔を見て、僕の考えは確信に変わる。
「……こんにちは」
「……現川、さん」
開いた戸の向こう、控えめにこちらを覗く現川伊織の姿が、そこにあった。出流原と同じ制服に身を包んでいる。学校帰りにそのまま来たのだろう。
彼女はぺこりと頭を下げて、病室の中に入ってくる。
目ざとくテーブルの上に置かれた皿に気づいた現川弟は「りんご!」と嬉しそうな声をあげてベッドに駆け寄ってくる。
「食べる?」と出流原が皿を差し出すと、「ありがと」と言って一つ口に頬張った。
「こら、たっくん貰うんじゃないよ。後食べるなら手洗ってから」
現川伊織が弟を叱責しつつ歩いてくる。出流原が脇のパイプ椅子を勧めると、「ありがとう、出流原さん」と微笑んで座った。
「井伊くん、怪我の具合はどう?」
「え?あ、ああ──まあ、骨が折れただけで特には。まあそのうち治るよ」
現川が僕の名前を憶えていたことに驚きを覚える。
「本当にごめんなさい、うちの弟のせいで。なんとお詫びしたらいいか……でも、井伊くんのおかげで弟には怪我一つなかったわ」
「やっぱり、現川さんの弟さんだったのね」
出流原が、口いっぱいに頬張ったりんごを咀嚼する現川弟を見ながら呟く。
「まだ小学校一年生なの」と、現川伊織が愛おしそうに弟の口元をハンカチで拭う。
それから思い出したように、「これ、よかったら」と紙袋をベッド脇に置いた。菓子折りだろう。
「別にいいのに」
「そうはいかないわよ。弟の命の恩人だもの」
現川伊織は、じっと真面目な瞳で僕を見た。
彼女の整った顔立ちを真正面から見るなんて初めての経験に、僕は自然体が強張る。
「自分の身を挺して人を救うって、普通の人じゃできないと思う。井伊くんって、本当にすごい人だね」
「お、おう……いや、そんな」
ここまで真っすぐ人から褒められたことがないので、どう反応していいのかわからない。
挙動不審になる僕を見て、出流原はフフッと笑って、「まあ、現川さんの言う通りだね。井伊くんはすごいよ」と便乗した。
同時に二人の女子からべた褒めされ、顔が火照ってくるのを感じた。
僕はそれを誤魔化すように、
「現川さんが僕のことを認識してるなんて意外だったな」
と呟く。それは本当のことで、クラスメイトではあるけれど僕は現川さんと話したことがない。
そして僕は教室内の隅っこで大人しくしている、俗にいう陰キャだ。彼女がスクールカースト最上位だとしたら僕は最下層。生きている世界が違う。
「なにそれ」と現川伊織は笑う。
「クラスメイトなんだもん。知らないわけないじゃない」
学校1の美少女と、こうして話すことができる日が来るなんて。
やはり、骨を折った甲斐もあったと、そういうべきであろうか。
「伊織お姉ちゃんとお兄ちゃんはともだち?」
現川弟が、無垢な瞳で現川伊織を見上げる。
現川伊織は僕の方をちらっと一瞥して、「ええ、友達よ」と微笑んだ。
「こっちのお姉ちゃんも?」
「ええ、友達」
いくら弟の前だからとは言え、あの現川伊織に友達と言ってもらえたことに驚き、そしてまた、照れくさいような気持ちになる。
けれど現川弟はそれだけに留まらず、
「しんゆう?」
と、現川伊織をじっと見つめた。
現川伊織は弟を愛おしそうに見つめて、ふふっと笑った。そして、少し考えるような素振りを見せてから、
「それは、これからかな」
と言った。
そして、彼女は改めて僕たちの方に向き直る。
「井伊くん、出流原さん──私と、これから仲良くしてくれないかしら」
照れくさそうに現川は言う。呆気に取られた僕と対照的に、出流原は「ええ、こちらこそ」と微笑む。
少し遅れて、僕も「こちらこそよろしく、現川さん」と応えた。
現川伊織は、今日一番の笑みを浮かべる。よくわかっていない現川弟は、「よかったねえ」と嬉しそうにする。
なんだか気恥ずかしい空気が流れたところで、「そろそろ行こうか、たっくん」と現川伊織は立ち上がった。
「えー、もうちょっといようよぉ」
「だーめ。たっくんがあんまり長居すると、お兄ちゃんの怪我もなかなか治らないよ」
「それは大変だ」
現川弟も椅子から立ち上がり、てててと出入り口まで駆けていく。先に言っていた現川伊織を見上げて、「また来る?」と問いかける。
ちょっと困ったような表情を現川伊織が浮かべたので、「いつでもおいで」と声をかけた。現川弟は、嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「じゃあ──また来るね。井伊くん、お大事に。出流原さんは、また明日学校で」
そう言って、現川姉弟は病室を出ていった。二人の姿が見えなくなるまで、僕と出流原は手を振り続けた。
〇
再び二人だけになった病室は、祭りの後のようながらんとした寂しさで満ちていた。
窓の外に見える裸の木々がその寂しさを助長させる。
「子供を使って姉を篭絡しようとするとは、大した男だね」
出流原が、ジトっとした目で僕を見た。
「いや、そういうんじゃないし。そもそも現川伊織に僕は不釣り合いだろ。無謀すぎる」
「どーだか」
僕はベッドに深く身をうずめた。
あとどれだけ続くかわからない入院生活も、今後現川伊織がたびたび訪れてくれるなら、退屈なだけにはならないだろう。
そして、退院後も──学生生活の中に、友人としてでも彼女がいてくれるなら。灰色だった青春にも、少しだけ色がつくかもしれない。
「井伊くん、下心が顔に出てる。キモい」
出流原が呆れたように吐き捨てた。
そんなに変な顔をしてるかな、って左手で頬をこねくり回す。
下心なんてものはないと思うけど。
ちょっとだけ──平凡な毎日が、変わっていくんじゃないかって。
そんな平凡な望みを持ちながら、僕はまた、彼女に会える日を楽しみに待ち侘びるのである。
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