河の流れと思惑
エディオンが執務を頑張っている間、私は王と会うべく玉座の間の前でホバリングしてドアを開けてもらうのを待っていた。
ドアが観音開きに開かれ、私はその部屋に入る。
王座の間はその名にふさわしく部屋は広くていくつもある柱には美しい彫刻が施され、美しい宝石が埋め込まれている壁にある透かし彫りがこの国の歴史を綴っていた。
目の前に続く青い絨毯の先には豪奢な王座があり、そこに王が座っていた。
王と会うのはこれで三回目だ。
エディオンとこの国に来た数日後と、私の秘密を話した時、そして今になる。
この国の王は40代後半くらいなのだが、見た目は30代中頃に見えるほど若々しい。
けれど王だと納得させるだけの威厳とカリスマ的なオーラを醸し出す。
その見た目に反し、意外と人情に厚く身内に甘く優しい人だ。
彼も竜を愛し、私に対しても敬意を持って接してくれている。
少しスパイシーでありながら包み込むような香りを放つ。
「……わざわざ来てもらってすまなかったな」
王の口からこぼれる低いバリトンの声は心地よく。
緩やかなカールをしているアッシュブロンドの髪を首の後ろで一つにまとめ、簡易王冠であるサークルを頭につけている。
瞳はアイスブルーでクールなイメージだ。
たくさんの人間の中にいても、きっと彼を見つけることが出来る。
そう思わせるほどオーラを放ち人目を惹く。
もう少ししてシワでも出るようになれば、ナイスミドルなイケメンに育ちそうだ。
シーフクスとアークスのどちらも王には似ていなかった。
「キュ!」
まだ部屋には王族騎士達がいる為、話せないので私はこくこくと頷く。
王には話せることも人の姿になれることも話してあるが、まだ王族の誰にも人の姿を見せたことはない。
人の姿がうっすらと分かる程度ですら、グエンだけだ。
頼まれれば人の姿になることはかまわないが、私はドラゴンだ。
意味のない変化はしない。
王はゆっくりと立ち上がりる。
「今日来てもらったのは少し見せたいものがあるからなのだが……。世界樹の庭へ行こう」
世界樹の庭とは王宮の奥、王の居住区のさらに奥にある庭で、そこに世界樹があり、限られた人だけが入ることを許されているのだ。
そうやってどの国の世界樹も大切に守られている。
その重要度は王よりも高い。
もし人の手で世界樹が傷つけられたり、何かあればこの国は滅ぶしかないからだ。
世界樹はこの世界のマナを集め、増加し、魔を払う役目がある。
つまり魔法の力の源を生み出し、魔物は世界樹に近づくことは出来ず、国を守っているということだ。
王の代わりはいても世界樹の替わりはない。
世界樹が枯れた国は魔物が住み着き、大地は汚染され人が住めなくなってしまう。
この世界に12あった国は今11しかないことから、そのことはすでに証明済みだ。
つまり1つの国の世界樹が枯れて滅んでいる。
だからこそ世界樹は何においても守らなければいけない。
玉座の裏にある扉の向こうが王の居住区になっており、そこを抜けて長い廊下の先に1つの白い扉の先に高い塀に囲まれた場所がある。
そこに世界樹があった。
瑞々しい苔の上で大地に根を張る大きな大樹。
幹は白く、青みが強い葉を茂らせ、その周りを小さな光が沢山浮かんでいる。
その美しい幻想的な風景に心が奪われた。
「魔法が使える者はそう多くない。しかし便利な生活を送るのなら魔石が必要だ。その魔石はマナをエネルギーにしている。大樹が精霊を生み、マナが魔法となる。一国に1本しかない幻想的で不思議な樹だ」
「……」
王が左手を上げて騎士達を下がらせる。
命令を受けて騎士達が姿は確認できるが声が聞こえないところまで足音を立てずに下がっていく。
さすが王宮騎士。
「声が聞こえる範囲の者は下がらせた。もう話しても大丈夫だ」
そう言われてもう一度周りを見回す。
塀の上に竜に乗った騎士が何人かこちらを見下ろしている。
世界樹を守っている竜騎士なのだろう。
この距離なら声までは聞こえないはずだ。
「何故私に世界樹を見せたのですか?」
「見せたいのは大樹の裏側だ。こっちに来てくれ」
大きな大樹なので、裏となるとぐるっと回らなければならない。
王の後ろに付いて行き、後ろ側に回る。
すると一箇所、白い幹の枝先の分かれ目に、紫の煙のようなものが幹にまとわり付いていた。
「あれは?」
そう聞くと、王は煙のある場所を見上げた。
「やはり見えるのだな……」
「見える? 見えない者もいるんですか?」
「そうだ。私と神官長と宰相だけ、見えたが他の者は見えない」
「え? たった3人だけですか?」
「ああ」
こんなにはっきりと見えるのになぜなんだろうか?
私は煙を見上げる。
大きさ的に言えば煙は5.6センチくらいしかない。
けれど、私にはその煙がひどく嫌な物のように感じる。
「あの煙は今まではなかったものなんですね?」
私に見せたいものがあの煙なのなら、それは今まで無かったものなのだろうと予想して言ってみれば、王はその言葉に頷く。
「気づいたのは先月だ。王の役目として世界樹に自分の力を送り込む儀式が毎月あるのだがその時気づいた。立ち会いに神官長と宰相など国の重要人物が何人かいたのだが、見えたのは先程も言ったとおり私の他に2人だけだ。それから大きさも場所も変わらぬが紫とは魔の色でもある。不吉なので原因を調べようと魔法でさぐったが何の反応はなかった」
私は高度を上げて少しその煙に近づいて見る。
煙はゆっくりとだが動いているようなのだが、その場所から動いてはいない。
煙の先の木の枝を見てみると、なんとなく葉の色が沈んでいて漂っている光も近づこうとはしていないように見えた。
「先日ある書物を入手し、同じような煙についての記述を見つけた……」
「書物? それにはなんて書いてあったんですか?」
「滅びた国、ブリンディアの古書。それには世界樹に紫の煙がまとわり付いた。その煙はどんどん大きくなり世界樹を飲み込みやがて世界樹は枯れ、国は滅んだ……と、そう書いてあった」
「え……」
恐ろしい言葉に振り返ると、王は辛そうな表情で世界樹を見ていた。
煙は滅びの始まり?
つまりこの国が滅びるってこと?
「書物にも煙が生まれた原因も解決方法は書いてなかった。現状それ以上は判らぬ状態だ」
「じゃあどうするんですか?」
「今必死に古書をひっくり返し、魔道士達が解決することが出来る魔法を探している。今はこのまま広がらぬことを願って解決方法を探すしか方法はない……」
「……」
「この話は息子達も知らぬ。そなたはこの国の守護竜だから話したが誰にも口外してはならぬ」
「……はい」
不吉な煙に世界樹が脅かされていることに、私自身もかなりショックだった。
この煙が世界樹を包んだ時、この国は滅びる。
でも私が言われたのは1つの国の滅びではなく、この世界だったはずだ。
……ならこの煙があるのはこの国だけじゃない?
「この煙について調べているのはうちだけですか?」
「どういう意味だ?」
「他の国の世界樹にはこの煙は現れていないのでしょうか?」
「他の国……だと? まさか……今すぐそれも調べてみよう」
顔を青くした王は動揺を隠せないようだ。
もし、この煙がすべての世界樹に現れたとしたなら、それはこの世界の滅びを意味する。
あの白い世界で言われた滅びの始まりはこのことなのだろうか……。
10年以内に滅びるかもしれないこの世界。
ここに来てもう2年ほどは経っている。
残りの時間は8年。
じわじわと滅びに向かっているなら今始まりが起きてもおかしくはない。
私は世界樹を見上げ、嫌な予感に心臓がドキドキしていた。
「え?」
話を聞いたエディオンは戸惑ったような声を出す。
私なら「は?」って言うと思う。
やっぱ育ち?
育ちなのか?
抱っこしている腕に力が入り誰にも私を渡したくない仕草をするエディオンに、話しているノイも言いにくそうだ。
「もう一度お話させていただきますね。先日陛下の方に竜種研究所からクレール様の研究を申請されました。陛下はエディオン様とクレール様が了承するなら協力しても構わないとのことで、研究所からこちらに協力申請が入っております」
「……つまりそれはクレールを研究したいと言うことでいいのか?」
「はい。クレール様は竜種とは思えないほど人間に近い思考をされています。それがグランドドラゴン全てに共通するものなのか、それともクレール様が特別なのか研究したいそうです」
見た目はドラゴンでも中身は人間(私)なのだから、人間と同じ思考なのは当たり前だ。
それでも、グランドドラゴンは人間に?化することが出来、人の言葉を理解する。
そかしそれは人間に知られていないことだ。
人間に知られていないからこそ、グランドドラゴンは生き残れている。
だからこそ私がそれを言うわけにはいかない。
私はエディオンに首を振ってみせた。
「クレールは嫌がっている。断ってくれ」
私が嫌がれば研究は出来ない。
王がそう決めたのだ。
だから断れば話はそこまでだと思っていた。
まさかそれを無視してくるなんて考えもしなかった私は危機感が足りなかったと思う。
廊下をいつものように飛んで移動していた私の頭の上から突然網が投げられ、驚いた私が網に絡まったまま床に転がった私を一人の男が見下ろしていた。
「グルルルル」
威嚇音を発しても男は見下ろしたままだ。
男の年齢は50代くらいだろうか。
ボサボサの白髪によれよれのローブ。
そしてめちゃくちゃ臭い。
私に悪意のある匂いではなく、単純に鼻がツーンとする臭さだ。
見た感じ肌色は悪く、ローブの肩にはフケらしいものがいっぱい落ちている。
もしかしてこの臭いのって衛生面から匂う臭さってこと?
つまりお風呂入ってない匂い!?
男の手が私に伸びてくる。
ひぃいいい!!
触らないでぇーーーーーー!!
私は爪で網を切り裂き穴をあけてそこから飛び出す。
後は男から十分な距離を開けた。
それは捕まらない距離ではなく、臭い臭いが来ない距離を指す。
「ドラゴンの爪では引き裂けない鉱石を織り込んだ綱に強化魔法をかけた網をあんなにあっさりと……。素晴らしい!!」
男は目を大きく見開いてうっとりしたような表情で私の方に走ってこようとしたので、私は思いっきり後ろに飛んでもっと距離をとった。
何この人!?
ヤバイ人?
怖い!!
「ああ! 逃げないで……。美味しい肉もありますよ」
ローブのポケットから生肉の塊を取り出し、それを私に見せる。
肉には何か色々と小さなものが付いていて、肉の一部が黒ずんでいた。
ひぃいいいい!!
それいつの肉なの?
絶対腐ってるし、小さなゴミがいっぱい付いてるよね?
そんなのいらない!
生肉なんて食べられないし、焼いてあってもポケットから出された時点で食べたくないから!
私はもう限界とばかりにその場所を逃げ出した。
すぐ後ろから男が待ってと叫んでいたけれど、怖くてとても振り返れない。
なにあれ?
誰なの?
王宮には身元が明確なそれなりに地位のある人間しか立ち入れないんじゃなかったの?
男は私を追いかけて来てるのか、後ろで男の声が聞こえ私は泣きたい気持ちで私はエディオンの執務室に向かって一直線に飛ぶ。
執務室のドアを開けてドアに鍵をかけるとすぐにエディオンの胸に飛び込む。
「ピィ! ピィ! ピィイイ!!」
エディオンの胸に頭を擦り付けて、恐怖を訴える。
「ク、クレールどうしたの?」
「ピュイ! ピィピィ!」
書類を持ったまま驚いた表情のエディオンに対し、必死にしがみついて鳴く。
王宮って安全じゃなかったの?
なんで私、誘拐されそうになってるの?
しかもアイツ臭いし、ヤバイ肉持ってたよ!
人間の言葉を話していないから当然エディオンには通じないんだけど、私の喚く様子にエディオンの瞳が鋭くなり私を守るかのように抱きしめた。
「グエン、外の様子を調べてきてくれ。ノイはここで警戒を」
「はっ!」
グエンはすぐに部屋の外に飛び出して行き、ノイがエディオンの横に立つ。
「こんなに怯えてるクレールは初めて見る。一体何があったんだ?」
「時間的にシーフクス様の所からお戻りになっている最中だったと思われます。ですが王宮でクレール様に害をなそうとする者などいないはずでですから、いったい何があったのでしょうか?」
腰の剣をいつでも引き抜けるような体制で警戒しているノイに向かって、私は泣きながら首を横に振る。
網投げて捕獲しようとしてる時点で害されてるから!
いったいなんなの?
パニックになっている私の背中を優しくなでてくれるエディオンにしがみついていると、しばらくしてグエンが戻ってきた。
「戻りました!」
「何があった?」
「先日研究協力を断った竜種研究所の研究員がこちらに再度協力の申し出に来ていたようで、申請書の提出後に運悪くクレール様と廊下でかち合ったようで、信じられないことに竜用の捕獲網をクレール様に使って捕獲しようとしたようですが、クレール様は自力で脱出し、こちらに逃げてこられたそうです」
「なんと……愚かな!」
グエンの報告にノイが呆れている。
「それで研究員はどうした?」
「すぐに確保され、幽閉の塔に入れられております」
「研究員はしばらく幽閉の塔に閉じ込めて今後二度とこの王宮には入れるな。竜種研究所にはそれなりの責任をとってもらう。こちらの要望を審判者に伝えておけ」
「はっ!」
審判者とは王宮内で起きたことの罪を決める人だ。
いくら王族でも勝手に罪を決める事はできないが、被害側はある程度の要望は受け入れてもらえる。
「クレール大丈夫?」
「キュゥ……」
心配そうな瞳が向けられ、怖かったとばかりにエディオンの首にしがみつく。
協力を断ったのに網を持っていたと言うことは誘拐する気まんまんってことでしょ?
あの時、網が破れず捕まっていたら、私、どうなっていたんだろう。
このことで結構怒っていたらしいエディオンはそれからしばらく私を離そうとはせず、どこでも着いてきて執務中は執務室にまで連れて行かれるほどで、エディオンに過保護なまでに守られて私の日課は一時中断するしかない状況だった。
「計画は……失敗です」
男がそう言うと椅子に座っていた男が立ち上がる。
「当たり前であろう! あのような単純で杜撰な計画で竜が捕まると本気で思ったのか!!」
「そうは言われましても、厳重な警備の王宮内にいる上に、聖属性のドラゴンでは魔法も効きません。方法は他にもたくさんありますゆえ。ご安心ください」
「安心? 安心など出来ぬわ! このような適当な計画では破綻するのは当たり前だ。ちゃんと計画を見直せ!」
「……かしこまりました」
男はもう1人の男からの叱咤を受け、その身を小さくして頭を下げる。
怒鳴った男は疲れたように椅子に座るとこめかみを押さえた。
「いったいどうすれば……」
男のつぶやきはそっと空気に溶けた……。
長身の青年が山の一部の崖縁に立っていた。
目の前に広がるのは枯れ木などが点在している赤茶の水分もなくひび割れた地面が続いている。
その向こうは滅んだ国、ブリンディアがあった場所だ。
地面が赤茶色なのはマナが存在していない証拠で、この先の中心にはどす黒く変化してしまったブリンディアの世界樹がある。
世界樹が枯れ、マナの存在しなくなってしまったこの国は様々な魔獣がおり、聖都と呼ばれた城にすら向かうことが出来ない。
男は昔の記憶を重ね手をきつく握りしめる。
「ゼノス様……お時間です」
立っている男にもう一人の男が近づき傅く。
「ああ、わかった。では行こう……アイビンエネスへ」
「我が君……本当に神竜を?」
「そうだ。アイビンエネスの竜が神竜かどうか、それを確かめなければならぬ」
「……かしこまりました。どこまでもお供いたします」
男は滅んだ国の王族の末裔。
ブリンディアが滅んだのは230年も前の事。
彼だけでなく、この国から逃げた者はいつか自分の国に戻れることを信じて行きてきた。
ゼノスは紺の長髪を風に揺らし、赤い瞳を閉じる。
神竜が世界を救う。
そう古書の預言書に書いてあったことを、ゼノスは親から聞いていた。
人間のように賢く、文字を操って人と意思を通わせる。
今、アイビンエネスにいる守護竜が神竜なのか確認しなければならない。
だからゼノスはアイビンエネスに向かう決心をしたのだ。
もしアイビンエネスにいる守護竜が神竜なら、奪わなければならない。
国の再建を願う者を束ねる者として……。
読んでくださってありがとうございます。
お気に入り、評価などありがとうございます!
他の作品の更新が続き、更新が遅くなってしまってすみません。
しばらくはこちらの更新に専念する予定です。
まだまだお話の序盤ですが、頑張りたいと思っておりますのでまったりと楽しんでいただけたら幸いです。




