冬は鍋をつつきませんか?
ごとん、と自動販売機から飲み物が落ちる音がする。
かじかむ指を、今しがた買ったばかりのホットドリンクで温める。じんわりと冷えた手に熱が広がっていき、ほっと一息をついた。
冬の駅のホームは、やけに寒い。風が吹き抜けるからか、それとも別の何かが原因なのか。
ふと、横を見ると、備え付けのベンチに今どきの女子高生が二人。
一人は、長い黒髪のロングストレート。もう一人は、茶色がかったセミロング。
前に放り出した足は、ミニスカートで太ももが露出しており、この寒いのによくこの格好ができるもんだ、これがじぇけぇ魂というやつか、と、ある意味感嘆する。
二人の間に会話はない。目も合わせてはいない。二人とも、スマホの画面を見ている。
しかし、二人の間には、マフラーひとつ。
よく見ると、互いの手も握っている。
改めて見ると、彼女たちの顔が赤いのは、寒さのせいだけではないのだろう。
正月早々、良いものを見させてもらいました。合掌。
ホームに電車が入ってくる。
汽笛とアナウンスの音と共に、電車の入り口がぷしゅうと開いた。
中に入ると、それほど混んでいなかった。されど椅子に座れるほどがらがらという訳ではなかった。幸い手すり付近は空いていた。どうせ長い時間乗るわけでもないので、手すりに体重を預けて、楽をさせてもらう。
今日の夕飯は何にしようか……。そんなことを考えていたら、近くで楽しげな話し声が聞こえる。
ふとそちらを見てみると、中学生くらいの女の子と、高校生くらいの女の子が、二人で一つのタブレットを見ながら、笑っていた。
最近はやりのワイヤレスイヤホンというやつだろうか。詳しくは分からないが、ワイヤレスと言っても接続機器との間がワイヤレスというタイプ。右耳と左耳にはまだ線が繋がっている。それを片方ずつ共有して、音を聞いている。動画でも再生しているのかもしれない。
姉妹、なのだろうか。二人は時折笑いながら画面を指さす。所々もれだす微笑みは、二人の間にある関係をの欠片を写し出していた。小さい方には、快活な笑顔。大きい方には、おおらかな微笑み。
そんな二人を見ると、自然に心が温かくなった。
そして、何故か無性に鍋を食べたくなった。理由は分からない。
ただ、白湯風味に鶏肉と白菜とシイタケをたっぷり入れた鍋が、とても魅力的な湯気を立てながら、心の中から離れてくれない。
夕飯は鍋にすることに決めた。
電車を降りて、駅から自宅までの間にあるスーパー。仕事帰りによく寄るこのスーパーも、年始だというのに忙し気に人が動いていた。
鍋の具材をかごに入れていく。そういえばティッシュペーパーが切れていたな、とか、締めはうどんかおじやかどちらにしようかな、なんて考えながら、店内を回る。
レジへ向かうと、幸いにも誰も並んでおらず、そのまま会計できた。どうやら間が良かったらしい。
ぴっ、とバーコードを読み取る店員を見る。ひどくつまらなさそうに作業していく彼女には見覚えがあった。普段からここでバイトしている学生で、何度か見かけたことがある。
こんな時にもバイトしているなんて。だから不機嫌なのか、と一瞬思ったが、思い返してみれば、彼女はいつもこんな感じだった気がする。
わざわざ会話なんてする気はなかったが、新年早々働いている彼女に一種の同情というか、励ましをしたくなったので、おつりを受け取る時に「あけましておめでとうございます」とあいさつのようなものをすると「あっ……おめでとうございます」と返ってきた。
彼女に余計な負担を強いる気はなかったから、返事は期待していなかったし、返してほしいとも思っていなかったが、予想に反して返ってきた返答に少し驚いた。
その時、初めて目が合ったような気がする。いつもけだるそうに接客していた彼女。そんな印象とは正反対に、瞳の中は、とてもきれいで儚げな虹彩をしていた。
スーパーを出て、買い物袋を下げながら自宅への道を歩く。少し経つと、雪が降ってきた。カバンの中には、折り畳みの傘が入っていたが、自宅までもうそれほど距離が離れていないことと、両手がふさがっていたこともあって、そのまま雪を被りながら帰ることにした。
自宅に帰ると、玄関に見慣れた人影が見えた。
こちらを見ると、少し駆け足に近づいてきた。
「お姉ちゃん! どうして傘ささないの、もう!」
「いやぁ~、両手ふさがっちゃってるし……」
妹は、手持ちの傘を精一杯上にあげながら、空いている方の腕で、私の体に乗っている雪を払ってくれた。
「いっぱい買ってきたね。何の材料?」
「鍋にしようと思ってさ。二人で囲って、鍋をつついて。なんだかあんたと無性に喋りたくなっちゃったんだ」