22話 張れぬ闇は静かに胎動する
「アリス、まだ君がこっちに居たのは計算外だったよ、本当に心配した」
「ごしんぱいをおかけしました、セーシャルさま」
王都行きの列車の中で笑う男の仮面を被りながら紳士の様な出で立ちのセーシャルは自分の前に座る少女に微笑みかける様な声で話し掛ける。
アリスと呼ばれた少女は舌足らずだが丁寧に返答する。
王都行きの最も豪華なそれこそ侯爵家といった大貴族が使う様な列車の一等客室で揺られながら二人は言葉を交わす。
「それで、何の為にアーカムに残っていたんだい?」
「まりあろーずおねえさまにおあいするためです」
「ああ……」
(厄介な事をしてくれたものだバウマンは、いやカリムかもしれないな、ラシードは…あれは最初から精神が壊れていた、そんな知能は無いが…まさかこんなに早く、マリアローズと顔を合わせさせるとは、下手をすると蒔いた種が芽を出さないかもしれないな)
「それで会えたのかい?」
「……おはなしをしようとおもったのですがおうちからでてこなくて、なんどもおあいしようとおもったのですが、がっこうでもおはなししようとしても、おともだちとばかりはなして、わたしのことをむしして、だからすこしいじわるをしてしまいました」
「そうか、だが悪いのはマリアローズだ、君の所為ではない」
(感づかれたかな?力量差を瞬時に見抜く観察力、それと後で調べて分かった事だがカリムに対して何かしろの疑念を抱いていた洞察力、下手をするとアリスの本質も感づかれたかもしれない)
「だけどおねえさまはわたしがいじわるしたのにおこりませんでした、だからまたおあいしたいです」
「そうか、それは良かったね」
笑顔のアリスに対してセーシャルは優しい声で言葉を返すが心の中では全く違う事を考えていた。
(そう、マリアローズは奇妙な事に喜怒哀楽の内の怒の感情が少し欠落している節がある、カリムに対して怒りを露にしていたがとても冷静だった、恐らくどれだけ怒りを覚えても欠落があるから思考を搔き乱すまでは行かないのだろう、逆に言えば感情が搔き乱される程の怒りを覚えたらどういう風に変貌するか、予想できないという事でもあるが……)
小さな点でしかない、大局には決して絡んでは来ない筈の少女の事が気になり、言い表せない不安にセーシャルは襲われる。
だが同時にセイラム領での計画は元からバウマンという不確定要素が主な原因だった、ならば次の計画はきっとマリアローズは関わって来ない。
セーシャルはそう納得して不安を振り払う。
「つぎにおあいすることができたら、まりあろーずおねえさまはわたしのことをちゃんとみてくれるでしょうか?」
「それは難しいね、マリアローズは父親の事を憎んでいるから父親を尊敬している君とは馬が合わないだろう」
「それはひどいです!おとうさまはとてもすばらしいおかたです、すこしわがままだったかもしれませんが、それでもひどいです!」
「彼女は自分の出生の秘密を知らないからね、仕方がないよ、何時か会えた時に教えてあげるといい」
「はい!」
(親子で本質が違っていたがまさか姉妹でもここまで本質が違うとは、しかし人間味が薄い事は似ている…二人共どこか作り物の様な所がある。アリスは言うまでも無いが、マリアローズはそうあれかしと自分を律して作り上げている様な気がする)
セーシャルは内心でそう思いながら無邪気に笑う自分以上の邪気を持った少女を見る。
栗色の髪と父親譲りの毒の無い顔立ち、何より猛毒でありながら自分に毒があると主張しないその人柄と、何より相手の望む事をだけを口遊むその性質はとても与えられた能力と相性が良い。
セーシャルは顔がニヤける感覚に襲われる。
バウマンの失態、部下の失態、多くの失態が重なり破綻したセイラム領で内乱を起こす計画は目の前の少女の存在で帳消しになるからだった。
(内部に根を張るなど馬鹿馬鹿しい、最初からこうすれば良かったのだが尊師は聞き入れてくれなかった、だがやっとその機会が訪れた。内部から王国を腐敗させる、如何なる大樹も根が腐れば立ち枯れとなる、この娘はまさに大樹を枯らす猛毒だ)
目の前に座る少女を見ながらセーシャルは自分がソルフィア王国を離れアルビオンに逃亡しても計画は問題なく進む事を確信する。
目の前の少女、アリス・アンダーソンなら尊師が残した力の一つ『精神汚染』を十全に使いこなせる、一等優れた『精神支配』を与えられながら力に溺れて妄想の世界で生きたバウマンとは違い、その力を息をする様に当然で必然で自然にアリスは使いこなす事が出来る。
セーシャルはそう確信していた。
廻者だけに目覚める尊師の残した力、バウマンを助ける手立ても見つかり、目覚めていない力は『精神感応』だけとなり尊師の目指した世界に近付いているとセーシャルは実感していた。
(我々を拒んだ世界に、我々が歩んだ歴史を準えさせる。大争乱なんぞ百年戦争と同義、ダラダラと不真面目に殺し合いをしただけの事だ。この世界に生きる全ての知的生命体が手段と目的が入れ替わり、何の為に戦うのかも忘れ、ただ一心不乱に殺し合いをする、政治の延長だった筈の戦争がその意味を変質させ平和の対義語だと勘違いされる程の大災厄を引き起こす、それによって尊師の目指した世界に至る事が出来る)
夕暮れに染まる客室で窓から外の景色を見ながら、一面が血と硝煙と屍に覆われる光景を思い描きながらセーシャルは明日から始める謀略に心を躍らせる。
(全てが花開くのは4年か5年先、それでも最初はソルフィア王国で最も権威ある学園を内部から蚕食し我らの根城にする、そしてアリスを時代の傍らに置いて最後は王国を立ち枯れにする、上手く行くととても愉快で痛快な惨劇が起こりそうだ)
「セーシャルさま、わたしとてもたのしみです」
「何がだい、アリス?」
「だって、おうじさまとおちかづきになれるんですから!」
第三章完結!次は第四章です。
とまあ、言ったはいいが正直に言いますと現在停滞中。
思いのほか、執筆が滞っておりまして次回の投稿は少し間が開いてしまいます。
本当に申し訳ありません。
ですが!それでも出来る限り停滞させない様に頑張って行きます!
なので書き上がりましたら何時投稿するか活動報告で報告いたします。
それでは四章を乞うご期待ください!




