17話 均衡
早朝と言っても残暑はまだ厳しい。
とは言っても日本の夏と比べれば鼻で笑ってしまう程度の暑さだ。
けど、それは平時だったらの話で今はバウマンの私兵団と街の住民との間で争いが起こっている最中だ、多少の暑さは士気に直結する。
なので淑女の酒宴を筆頭に親方さんに作って貰っていた試作野外炊事具1号を使って美味しい朝ご飯を作っている。
野外炊事具と言ってもテレビで時折、紹介されている自衛隊が持っている様な物ではなく馬や人力で引ける様に車輪を取り付けた荷台の上に厨房の焜炉と同じ魔石を使う持ち運びが出来る焜炉を下に設置して、その上から大きな鍋を置いたという物だ。
今の所は大鍋で作れる料理に限定されているけど色々と便利だ。
決して親方さんとお祭りの後の反省会で色んな事を話し合っている内に悪乗りで作った物じゃない、そう何時かは災害が起こった時に役立つから作ったのだ!……はい、少しお酒を使った料理を食べて酔ってしまいその勢いで図面を描きました。
まあ、その話は一旦置いといて今は朝食作りを優先しよう。
朝食は大切だ。
しっかりと食べないと力が出ない。
お昼もそうだ、しっかりと食べて午後に備える。
夕食も一日の疲れを癒す為に……駄目だ、これだと日本で問題になっている生活習慣病をソルフィア王国にも持ち込んでしまう事になる。
今まで酒場で料理を作って来ていたから失念していた。
一日三食に10時と3時のおやつ、一汁三菜、医食同源!このままだとソルフィア王国は現代日本で問題になっている肥満児や低カロリーのジュースだから大丈夫とガロン単位で飲むアメリカの様になってしまう!
早期の内にに食育を!
「マリア、そろそろ出来上がるか?」
リーリエさんに言われてボクは正気に戻る。
スープは……うん、完成だ。
栄養満点の鶏肉とひよこ豆のトマトスープだ。
「出来上がりましたリーリエさん、それじゃあ運んできますね」
「いや、運ぶのは男共だからな、マリアは次の準備に入ってくれってさ」
「はい、分かりました?」
次……あれ?でも朝食は今ので最後の筈だけど、まだ予定があったかな?
ボクは普段から持ち歩いているスケジュール帳を取り出して今日の予定を確認する。
朝一番に宿舎に止まっている人達の健康診断と包帯などを替えて、そして朝食を作る。
明朝の朝駆けがなかったのならお昼まで警戒しつつ待機、その間に昼食を作りつつ三時のおやつの準備をして、昼頃に襲撃がなかったなら奇襲を警戒しつつ夕飯と夜食を準備しつつおやつ、これと言って予定は無い筈だけど……何か飛び込みの用事でも入ったのかな?取り合えず女将さんの所に行ってみよう。
♦♦♦♦
今、緊急時だよね?
うん、緊急時だった筈だけど………いや、どんなに考え直しても緊急時だ!
「あの…シャーロットさん?一体、何を?」
「何を?って、お姉様とマリアンナさん似の可愛らしい子を愛でているだけよ、それと親しみを込めてシャーリーさんと呼んで」
「え、あ、はい、シャーリーさん、それで何でボクは……」
シャーリーさんの膝の上に座らされいるんだろう?
料理を作り終わって女将さんの所に行くと女将さんとお母さん、そしてシャーロットさんが話し合いをしていた。
それで追加の仕事の事を尋ねたらシャーロットさんの膝の上に座らされて、そして頭を撫でられている。
本当に何で!?
「何をしているのですか、リンドブルム嬢?今は今後の事を話し合っている最中ですよ、早くその子を下ろしなさい」
あ、やっぱり非常識だった。
うん、ボクの感覚は間違っていなかった。
ダンテスさんは前程ではないけどボクを見るその目はとても厳しい、本当に子供嫌いみたいだ。
「ちょっとダンテス、そんな顔で睨まないでよ。怖がるでしょ」
「この顔は生まれつきです、それと前回の件は不可抗力です。どこかのご令嬢が突発的に予定を早めて、一か八かの脱出劇を終えたと思ったら部下が豚の様に肥えていたら誰だって苛立って睨んでしまいます、ですからマリアローズさんがおも―――」
「はっはっははは!何の事かな、ボクは全く身に覚え無いです!!」
人が記憶の片隅に追いやっている事をさらっと言わないで欲しい。
すっごく気にしているんだから、やっとおねしょが治ったと思った矢先のあの醜態だったんだ、早く遠い昔の過去の出来事にしてしまいたい。
「ダンテス、そんなんだから左遷されるのよ」
「ぐっ……」
シャーリーさんに指摘されたダンテスさんは黙ってしまいシャーリーさんはボクを膝の上に乗せ続ける、そしてお母さんはその姿を嬉しそうに微笑みながら見ている。
確か今後の方針を話し合っていた筈だったけど、その話をしなくても大丈夫なんだろうか?と思っていたら、ボクを膝の上に乗せたまま話し合いが再開された。
女将さんはアーカム周辺の地図を広げて小高い丘の上を指差す。
「シャーリー、ここに私兵団は集結しているんだね?」
「ええ、そしてあの馬糞野郎は今も館の中で右往左往しています、部下の大半はマフィアやギャングで丘の私兵より練度は高いですが、忠誠心は殆どありません」
「成程ね、ベティー…嫌な事を思い出させるが領主館の周辺はどうなっているか覚えているかい?」
「はい、雑多な粗雑な造りの建物が迷路の様に入り組んで建てられています。正規の訓練を受けた兵士でも待ち伏せや挟撃に合う可能性は高く、とても自警団の人達を突入させられません」
「そうかい、とすると…陸軍待ちだね」
女将さんはシャーリーさんとお母さんの話を聞いて考え込む、ダンテスさんはその間も窓から見えるギルガメッシュ商会の三階から送られてくる発光信号を見ている。
「さてマリア、何で自分が呼ばれたのか分からないって顔してるね」
「はい、ここにいるべきなのはボクではなく自警団か警邏官の人だと思います」
「分かっているのですね、本当なら貴女の様な子供は呼ぶ筈はありません」
「ダンテス……」
ボクの返答を聞いたダンテスさんは苦虫を噛み潰したかのような顔で、吐き捨ている様に言い女将さんはそんなダンテスさんを嗜める。
……分かった、そう言う事か。
ボクが呼ばれた理由は分からないけどダンテスさんの態度はボクが廻者だからだ。
きっと先の争乱で大切な人を失ったんだ。
「さて、話は戻すがねマリア、アストルフォは戻って来たかい?」
成程、女将さんがボクを呼んだのはそう言う事だったみたいだ。
実はアストルフォは現在、グスタフさんが書いた手紙を持って西部方面軍の司令部があるヴァンデに飛んでもらっている最中で、アストルフォの飛ぶ速さなら一日で到着する筈だ。
そしてアストルフォが戻って来たら真っ先にボクの所に来るからそれで呼ばれたみたいだ。
そして残念だけどアストルフォはまだ来ていない。
司祭様が動いてくれているらしいけど、グスタフさんは念には念を入れる必要があるとバウマンの私兵団が丘の上に布陣すると同時にアストルフォに飛んでもらった。
心配だ、魔獣だと勘違いされていないと良いんだけどすごく心配だ。
「まだ帰って来ていません」
「そうかい、となると防衛戦は後一回で弾薬が底を付くね……」
女将さんは腕を組みながら思案する。
後一回分だけしか残っていない……最終的にはボクがレンガとかを全力で投げ付ければ砲弾代わりになると思うけど、それでも数頼みでこられたらどうしようもない。
ただ、何故か数で優位に立っているバウマンの私兵団は街の入り口の前で守りを固めて動こうとしていない、その気になればあっと言う間に飲み込めるだけの差があるのに……何か、待っている?そんな風に捉える事が出来てとても不気味だ。
女将さんもお母さんもボクも、陸軍の到着まで街を守り続ける良い案が思い付かず場の空気が重くなり始めた時、シャーリーさんは何か思い出しかの様に懐中時計を取り出して時間を確認して窓から信号を確認しているダンテスさんに話し掛ける。
「そう言えばダンテス、時限爆弾は何時間後に設定して行ったっけ?」
……え?時限…爆弾!?ああ!?やばい、セーシャルなら、あのたぶん瞬間移動みたいな魔法で爆弾に気付いていたのなら移動させられるかもしれない!
それなら私兵団が何かを待っているかの様に守りに達している理由にも辻褄が合う!
「シャーリーさん!セーシャルと言う男がたぶん、魔法で―――」
「安心なさいマリアローズさん、対策済みです」
「……え?」
ボクが慌てて訴え様とした瞬間、ダンテスさんは呆れた様な声でボクに言って懐中時計を取り出して時間を確認する。
対策、済み、という事はセーシャルが時限爆弾をこっちの弾薬とか医薬品とか食糧のある所に移動させている可能性は無い、という事みたいだ……何だろう?本当にボクは今回は後手に回ったり取り越し苦労ばかりだ。
そして私兵団も本当に怯えて攻めて来ていないみたいだ。
つまり、うん、これは自滅待ちで良いみたいだ。
何だろう、それに気づいた途端どっと疲れた……。
「そろそろですね」
ダンテスさんはそう言って懐中時計をポケットに収めると同時に、遠くから落雷の様な轟音が鳴り響いて窓ガラスがガタガタと揺らいで―――。
「ふえ!?」
何か建物もガタガタとかグラグラとか揺れてる!何?何なの!?
え!?時限爆弾って、これ何と言うか、テレビの衝撃映像とかに出て来る様な大爆発が起こった感じだよ!何を仕掛けたの!?
「ねえダンテス、どこに仕掛けたの?」
シャーリーさんはニヤニヤと笑いながらダンテスさんに質問する。
「火薬庫ですが?当然でしょう」
さも当然の事の様にダンテスさんは答えた。




