7話 憤激のマリア
前からボクは疑問に思っている事があった。
ボクは血縁上の父親であるバウマンに会ったら、どんな事をしてしまうのだろう。
それがとても疑問だった。
はっきりと言ってしまえばボクは怒るのが苦手な性格だ。
相手を叱ったり注意したりする事は出来るけど、感情に任せて相手に敵意を抱くのが何と言うか、苦手みたいだ。
ボクが記憶している中だと司祭様がお母さんを侮辱する発言した時、その一度だけ感情的に敵意を剥き出しにしたけどそれ以外では特にない。
感情に任せて暴走する事はあるけど、それでも敵意を抱いて行動に移した事は一度だけだ、だからボクはボクがこの世で最も憎い相手と出会った時にどんな事をしてしまうのか全く分からない。
そう思っていたけど今、分かった。
ボクはバウマンを見れば必ず殺そうとする、いや殺す。
だってボクはバウマンの望みを叶える為にエマやクラスメイトを傷つけようとしているカリムを心の底から殺したい!
「マ…マリア?」
「エマ、逃げてください。正直に言いますと、周りに気を使える自信がありません。ボクは今、たぶん、人生で初めて……本気で怒り狂っていますので!!」
ボクは再び机を蹴り飛ばす。
性懲りも無く何かをしようと手をかざしたカリムに目掛けて、するとカリムは手の平と手首の中間の辺りにある穴から、火の玉を打ち出した。
火の玉は机にぶつかると爆発して火花を散らす。
「残念、先程は不意を突かれましたが力自慢だけが取り柄の貴女など、この様に私が得意とする火葬式を用いれば文字通り子供の腕を捻るが如く。勝ち目はありませんよ?大人しくやがぶべ!?!?」
色々と長かったので殴り倒した。
確かにボクは腕っ節が一番の取り柄だけど、出来なくても挑み続ける諦めの悪さと牛歩でも進み続けるド根性も取り柄だ、何が言いたいかというと護身だけじゃなくて格闘もしっかりと修練を積んでいる。
ここだけの話だけどボクはナイフを使うより、護身や格闘の方が得意だ。
ナイフで切ったり投げつけたりするよりもずっと得意だ。
だって、ナイフは色々と手間が多い。
しっかりと握って構えて、切り込む角度を考えながら握る力も考えないといけない。
だけど拳は楽だ。
考えて判断して動くだけで良いのだから。
「な!なにゃにをひは!?」
「殴っただけですよ?ああ、先生では認識できない速度で動きました。ボクは内向魔法だけに特化しているので腕力だけでなく、瞬発力や脚力も強化する事が出来ます」
カリムの顔は恐怖一色だった。
ラシード、黒衣の男に襲われたのが2歳の頃で今は7歳だ。
確かに7歳児だけどこれでも5年でボクは圧倒的に強くなった。
まだまだ皆の足元にも及ばないけどこの程度の相手なら余裕だ。
それと、とても困った事になった。
苦戦する事を前提にしてエマに皆を逃がして貰っていたけど、逃がし切る前に決着が付きそうだ。
でもこういう手合いは最後の抵抗で逃げ遅れた人を道連れにしそうだ。
それだと色々と面倒だ。
うん、黙らせるか。
「それでは先生、おやすみさない」
拳を振り上げた時だった。
後ろから殺気を感じてボクは横に飛ぶ。
後ろでは何もない空間が陽炎の様に揺らいでいた。
そこからゆっくりと誰かが現れる。
その姿は何の冗談なのか、とてもふざけた格好をしていた。
「おや、この格好は変でしか?私にとしては気に入っているのでもう少し怯えて欲しいですね」
嫌に甲高い声の男はそう言った。
当然だその恰好の意味を理解する事はこの世界の住人には無理だ、だけどその口振りからその恰好の意味を男は理解しているという事が伺える。
そしてボクはその恰好に見覚えがある。
海外の未解決事件を特集した番組で一度だけ見ただけだったけど、その特徴的な格好から覚えている。
サングラスを掛けて袋を被り、そして胸の辺りに丸印に十字のマーク。
アメリカで起こった未解決事件、ゾディアック事件の犯人の格好だ。
その恰好をしているという事は目の前に現れた者はボクと同じ世界から廻って来た廻者だ。
「説明は面倒なので省きますが、一言で言うなら好きな様に人を殺して高鼾をかいている人間の格好ですよ」
その言葉でボクは確信に至った。
司祭様やロドさんが言っていた外神委員会、この男はそのメンバーだ。
それととっても危機的な状況だ。
直感が言っている、相手は間違いなくボクより格上みたいだ。
他の生徒は…まだ逃げ切れていない、出来ればボクがカリムと戦っている間に退避が終わっていて欲しかったけど……。
「いや、それにしても強い。カリムはまあ、序列では下から二番目で捨て駒だけど、子供に負ける様な強さじゃない。それを一方的に追い込むとは、君は私より弱いがそれでも死力を尽くさないと負けるね……」
「そうですか、でしたらここは痛み分けという事で解散にしませんか?」
「それはいい、と言いたい。私は何事も計画的に進めるのが好きでね、ほら前に君を襲ったのも私の部下なんだがバウマンの戯言を真に受けて勝手に動いてね、それに今回も予定なら大人しく出て行く予定だったんだ」
「でしたらボクもこのままお帰りになる事をお勧めしますよ、やはり物事は順序を決めて動くのが一番ですから」
時間を稼げ、出来るだけ話して時間を稼いで一人でも多く逃がさないと!
「ふむ、君…さっきは感情的だったが今は冷静だね、冷静に時間を稼いでいる。採点するなら花丸をあげたい、がっ!私にも矜持がある、例えこれがあの愚か者の発案でも委員会の者として矜持がある!」
男はそう叫んでカリムの胸を貫いた。
「セー…シャル……様?」
「死んで尊師に詫びて来い、お前の愚行で計画は水泡と帰した」
何で、何の為に、自分の仲間を殺したんだ?
自分の意に反した行動をした部下を粛清した?いや、それだと矜持があると言っていた事と矛盾する、矜持があるという事はボク達を害する何かをするという事だ。
カリムを殺す事と何か関係があるのか?
そう言えばカリムは火の玉を出していたけど、あれって魔法?
そこで思い出したのは蛇口だった。
水道の蛇口を捻って水を出す、カリムのそれは蛇口と同じ?なら胸を貫いたのは蛇口を破壊するのと同じ理由!?
それに気づいてボクは走った。
カリムの腕を掴む、手に走った痛みで思わず離してしまった。
カリムの体は焼けた石の様に熱くなっている、どういう理由かは分からないけど、たぶんカリムは中から破裂する。
実際に少しずつ体が膨らんで行っている、早く何とかしないと!
ボクは窓を開けてカリムを外に目掛けて投げる為に破裂させない様に慎重に掴む。
掴んだ手が焼ける音と匂いがしたけど構っていられない!早くしないと水風船が破裂して水を撒き散らす様に、カリムが破裂して炎を撒き散らしてしまう!
ボクは力を振り絞りカリムを窓から外に投げると同時にカリムは破裂した。
爆風と爆炎が上がり窓ガラスを吹き飛ばす、割れた大きなガラス片が逃げ遅れた生徒に飛んで行き、エマはその子を守ろうと覆い被さっている。
ボクは机を投げて破片を砕き、ナイフを投げて砕き、そして飛び散る火の粉から守る為に防火の機能を持っているエプロンを脱いでエマに被せる。
そして振り向いて―――。




