28話 アグネスの決意
常連客と化した異端審問官の三人に護衛されながら私は教会を訪れています、お店が忙しくなった事で責任者であるベルが頻繁に店を開けてしまう訳には行かず、しかし連絡は信用のおける人物に限られてしまう以上、私がここに来るのは必然と言うもなのでしょう。
相手があの男でなければと何度も思ってしまいます。
「アグネス、珍しいな君が遅刻するなんて」
「珍しいですね、貴方が時間を守るなんて」
レオニダスは言葉を返しませんが内心では苛立っている様子です、何せ信頼を置いていた友人が殺されいたのですから仕方がありません、嫌みを言うのは控える事にしましょう。
「こちらは大きな変化はありません」
「そうか、こちらも調べたがどうやら今回もバウマンは関わりない様だ。ただ身辺警護は変わらず行う予定だ……疑問に思っているだろうが君が思っている以上に彼女達は微妙な立ち位置にいるのだ、事情は私が墓場まで持って行くつもりだがな」
手足を切り落とされても答えない、目がはっきりと語っています。
この男は時折、兄君と同じ目をするのだから質が悪い。
人として落第点でありながら心にあるのは国を思う強い決意と誇り。
「それでは私はこれで失礼させていただきます」
私が会釈をして帰ろうとした時、突然レオニダスは深いため息をつきます。
一瞬、癇に障りましたが言いたい事がまだある未定ですしもう少し付き合ってあげましょう。
「一つ、一つだけ伝えておくことがある」
「何でしょうか?」
「実はな、君も知っている彼がな、その、今アーカムに来ている。グスタフ殿に面会と西部貴族への慰問で……」
「……本当ですか?」
「今、教会の一室を客室としているんだ」
呆れますねこればっかりは、まだ幼い彼に何をさせたいのでしょうか。
ただこの男の法螺話と言う可能性もありますので話半分にしておきましょう。
と、思っていましたがまさか帰ったらいました、彼が……。
「なら明日も来てください、明日は副女将さん特製のフライドチキンが出ますので、このお店で一番美味しい鶏肉料理なんです!」
マリアの営業スマイルではない、心からの笑顔は純情な彼には刺激が強過ぎるようです、顔を真っ赤にしています。
マリア、恐ろしい子、あの反応からして好意を抱かれましたね。
ただ母親譲りの天然と鈍感でマリア本人は気付いていないみたいですが、どうしましょう場合によって面倒な事になってしまいます。
後でマリアから聞きましたが彼はアレックスと名乗ったそうで、悪童に襲われている所を助けてくれたとか、どうやら彼は思っていたよりも精神的に成長していたみたいです、父親は才能と能力は高いのですが肝心な他者を思い遣る面が少し欠けているので、息子も同じ様になるのではないかと危惧していましたが、杞憂だったみたいです。
しかしどうしたものでしょう、彼はアーカム滞在中は必ずこの店に来ることになりました……。
そうなると彼が一線を越えてしまう可能性も、いえそもそも彼はマリアより二歳年上なだけの純情な少年です。
きっと手を握るだけでも勇気を必要とするはずです。
それならばそこまで警戒をする必要もありません、何より梅雨が本格化する前に王都に帰る筈です。
一時の綺麗な儚い初恋の思い出となる筈なのです。
ふふふ、見守るだけにしておきましょう。
ええ、そうしておきましょう。
「姉さん、入り口の前で何してんだ?」
ふふふ、マリアは私が守ります。
ソルフィアの絶倫大王と謡われている国王陛下の孫、セドリック・ライオンハート王孫殿下から……。




