12話 マリア。ダルトン工房へ行くその2
「こいつは……画期的だな」
「すげえなマリア、これなら危なくねえ」
ボクの書いた図面を見た親方さんは驚いて食い入る様に図面を見ている、リーリエさんはボクの頭を撫でながら褒めてくれた。
「この安全器具、掴み易い形で裏は尖ってるから食材は滑らねえ、それに使わない時は側面のレールに通せばふんし―――」
「ダル!私、これ欲しいわ!」
「どぅわ!?」
「ふえ!?」
ボクと親方さんは驚いて二人揃って情けない声を上げてしまった。
気付いたらニムネルさんが後ろからボクの描いた図面を食い入るように見ていた、何時の間に来たんだろう、さっきまでアストルフォを撫でまわしていたのに……。
「スライサーで自分の手をうっかりスライスしちゃう事がよくあるのよ、これは全ての主婦と料理人が抱える悩みだわ~でもこれならその悩みから解放されるわ!それに安全器具の紛失防止と言う配慮、それにこの受け取り皿、完璧過ぎよ10000ソルドでも買うわ!!」
それは言い過ぎなのでは、日本だと安い物なら千円以下で買える品なんですよ?まあ本格的な刃の取り換えが出来る物だと、それでも一万円は超えない……と思う。
ボクが生前使っていたのは、ホームセンターで大特価で売られていた三千円の万能スライサーだったから、もしかしたらボクが知らないだけで一万円のスライサーが売っていたのかもしれない。
だけど全ての主婦と料理人の悩みというのは言い過ぎなので―――あれ?リーリエさんも同意してる!本当に共通の悩みだったんだ、なら何で発明されてなかったんだ!?
隣で考え込んでいる親方さんを置いてニムネルさんとリーリエさんは熱くスライサーの悩みを語り合っている、親方さんはそんな二人を無視して唐突に工房の奥へ向かって手招きをした。
すると工房にいた職人の人達が集まって来る、確かリーリエさんが言うには親方さんに弟子入りしている、セイラム領で職を失った他の鍛冶師に弟子入りしていた見習いさん達だ。
多くの職人は弟子を連れて移住して行ったけど中には弟子を放り出して夜逃同然にセイラム領から出て行った職人がいて、親方さんは路頭に迷った見習いさん達を弟子として迎え入れて育てているとリーリエさんは言っていた。
「何すか親方、夜逃の相談すか?」
「んな訳ねーだろ、するくらいならバウマンの馬糞野郎をぶっ殺してらあ」
おおう、ボクの血縁上の父は予想以上に恨まれているらしい、まあボクも会った事はないけど大嫌いだ。
「こいつを見ろ、お前らならどうする?」
そう言って親方さんはボクが描いた図面をお弟子さんたちに見せる。
最初に意見を言ったのは冗談を言ってい眼鏡を掛けた青年だった。
「こいつは便利っすね、ああ、でもこれだと全鉄じゃないと無理じゃないすか?」
その意見に対して大柄の青年は道具を入れている前掛けから何やら半透明の棒を取り出して親方さんに見せる、何だろうあれ?
「こいつで成形すりゃあ全鉄にしなくても良いと思いますよ、割と安いし」
「樹石か?でも強度はどうすんだ」
じゅせき?なにそれ化石の親戚かな、見た目はすごく固そうだけど親方さんは強度の事を言っているから見た目とは違って脆いみたいだ。
「新品種です、鉄まで行きませんが今までの二倍以上の強度で加工が楽、熱にも強くて炉の火力じゃないと溶けませんよ」
大柄の青年は親方さんに樹石を渡して、受け取った親方さんはそれを曲げようとしたり地面で叩いたりして強度を確認している、プラスチックより硬いかも。
「これなら問題ねーな、んで値段は?」
「まあ10000すね、まとめて買えば安くはなりますよ」
あれ一本で?違うかたぶんキロだと思う、この世界だとグラムはグラーブでキロはそのままキロだから1キロ10000ソルドという事なかな?それとも別の意味かな、分からないけど親方さんの顔を見る限り恐ろしく高い訳ではないみたいだ。
「鋳型に流し込む方式で、おい少し削っても良いか?」
「どうぞどうぞ」
そうして親方さんとお弟子さんたちもニムネルさんとリーリエさんと同じ様に自分たちの世界に入ってしまい、リーリエさんとニムネルさんはまだまだ熱く語り合っているし……どうしよう、話に入ってけない。
色々聞きたいことがあるのに話に参加できない、気付いたらボクだけ蚊帳の外だ。
うん、アストルフォと遊んでいよう。
ボクはお店の中で寛ぐアストルフォに抱き着いて話が終わるまでアストルフォを撫でまわし続けた。
「わりーマリア、つい夢中になっちまった」
「ごめんねマリアちゃん、お菓子食べる?」
「お気になさらずに、あ、でもお菓子はいただきます」
ニムネルさんは缶に入ったクッキーを取り出してお皿に乗せ、一緒に紅茶も出してくれた。
ボクはお皿に乗せられてクッキーを手に取り一口…このクッキー、バターの味がしっかりとして美味しい、もう一枚貰おう!
「マリアは菓子に関しては遠慮しねえな。まあ全く我儘言わねえから別に良いだけどな」
うん、今度からお菓子に関してもちゃんと遠慮しよう、と思った瞬間、リーリエさんはボクの頭にチョップを入れて来た。
「ふえ!何するんですか!?」
「今度から遠慮しようなんて思っただろ?良いか遠慮なんざしたら、次はこっちだからな」
そう言ってリーリエさんは握り拳をボクに見せる。
怯えるボクを見たニムネルさんは苦笑いを浮かべる。
「マリアちゃん、子供なんだから変に気にせずに食べなさい。我儘を言い過ぎるのは悪い事だけど、全く言わないのも悪い事なのよ」
「ですがボクはけっこう我儘を言っていますよ、お母さんと一緒に寝たいって言いますしよくリーリエさんにお菓子を―――ふえ!?」
「それ我儘て言わねえ」
言い切る前に再びリーリエさんはボクの頭にチョップを入れる、痛くないけどでもビックリする。
「こら!すぐに手を上げない、そもそもリーリエが変な事を言うからでしょ、こういう子はゆっくりと教えて行けばいいの、変に教えよとすると間違った方向に行くから」
「ちっ、悪かったよマリア、兎に角だ菓子は変に遠慮すんなよ」
「分かりました」
お菓子に関してはこのままで良いみたいだ。
「もうすぐお昼だし、お菓子を食べたら帰った方が良いと思うわ。ダルは新しいスライサーに夢中だから、見積もりは後日持って行くわ」
「ああ、女将に伝えとく」
その後、ボクがお菓子を食べ終わるとアストルフォの上に強制的に乗せられて工房を後にする。
ボクが使う調理器具は3日後に完成してお弟子さんが持って来てくれた、ボクに合わせて普通の物よりも小さく作られているけど業物だった、だってこれでもかと言うくらい良く切れるし、手に良く手に馴染んで使いやすい。
そして安全器具の付いたスライサーも問題なく完成して今からボクが女将さん達の前で使って見せる事になった。
それならばカプレーゼ以外の料理に挑戦しようと思い、じゃが芋を用意した。
ちなみにカプレーゼはワインを好んで飲んでいる人たちに大好評でトマトを売っていた店主さんは嬉しい悲鳴を上げて定期的に納品しに来てくれる事になった。
「それでは今日はボクのいた世界で定番だったポテトチップスを作ろうと思います」
皆の顔は真剣だった、特に女将さん、副女将さん、リーリエさんの顔は周りの倍以上も真剣だった。
少し怖いけどこれもお店に出る前の予行演習だと思おう。
ボクは皮を剥いたじゃが芋を手に持ち、皆に見える様にスライサーの上に乗せる。
「皮を剥いたじゃが芋をこの様に安全器具で抑えてスライスします」
それにしてもこのスライサー、よく切れる。
軽く力を入れると綺麗にスライスされて行く、あと樹石で作られたフレームや受け取り皿はボクが力を入れてもびくともしない、これなら女将さん達が使っても壊れたりしないと思う。
「スライスし終わったじゃが芋を水にさらして表面の澱粉や灰汁を取ります」
そして濁ったらザルに移してボールに新しい水を入れてまたスライスしたじゃが芋を水にさらすを2,3回繰り返して、日本だったら紙タオルで水気を綺麗に拭くんだけどここは異世界で魔法がある。
「リーリエさん、お願いします」
「ああ、表面の水気を取れば良いんだな」
リーリエさんは水属性の魔法が使える、ただお母さんみたいに何も無い空間に大気中のマナを使って氷を作ったりは出来ないけど、水を操る事が出来る。
スライスしたじゃが芋に付着していた水分がリーリエさんの手の平に集まり水球がになり、じゃが芋は紙タオルで拭いた以上に水気が無くなっている。
「次はこれを油で揚げて行きます、今回は量に余裕のあるオリーブ油を使って揚げますが菜種油や大豆油、ラードなどでも問題ありません」
ボクは厨房に移動して副女将さんと一緒に揚げる準備を始める。
カウンターには皆が集まって凝視している、正直って怖いです。
「マリア、この焜炉は魔石を使った物です。端にある突起に魔力を篭めると中の魔石に溜まり、この取っ手を回す事で何時でも火が出せます」
見た目は三口のレトロなガスコンロだけど火口の所に赤色の石が取り付けられていて、副女将さんが取っ手を回るとガスコンロみたいに火が付いて取っ手で火の強弱を変えられるみたいだ。
副女将さんはオリーブ油をフライパンに注ぎ込み焜炉に乗せて火に掛ける。
「マリアにはまだ危ないので揚げるのは原則私がします。貴女は指示を出す事に徹してください。反論は認めません、もしも転んだ拍子にフライパンが倒れれば全身で油を被る事になりますので大量の油を使う揚げ物は原則として禁止です」
副女将さんは反論は認めない、と目で語っていた。
うん、この目の時に下手に反論したら後で身も凍るお仕置きが待っているからボクは素直に「はい」と言って脚立に上って副女将さんに指示を出す、今後も勝手に揚げ物は絶対に作らない、だって約束を破ったらすごく怖いから……。
「油が温まったらまずは小さなじゃが芋を入れて周りが泡立ったら適温なので、スライスしたじゃが芋をバラバラになる様に入れて行きます、入れすぎると温度が下がってしまうので回数を分けて入れてください」
時々混ぜてゆっくりと揚げて行き色づき始めたら火を強くしてカラッと揚げる。
そして網の付いたパッドで油をしっかりと切るという手順を繰り返し、そして最後は温かい内に塩を振って―――。
「完成です、これがボクのいた世界でおやつからお酒のおつまみとして愛されているポテトチップスです」
「へえ面白いねえ、最初はフライドポテトかと思っていたが丸で別物だね」
女将さんはポテトチップスの食感を楽しみながら次々と食べて行く、ボクも食べてみよう。
適度な厚さで噛んだ瞬間のバリッという食感はまさにポテトチップスだ。オリーブ油の少し癖のある風味で好き嫌いは分かれるかもしれないけど、うんでもこれは美味しい。
「上手く行きました、ありがとうございます副女将さん」
「いえ、マリアの指示が的確だったからです、それにしても良い食感ですね、オリーブ油と塩が良い味を出しています」
そう言いながら副女将さんは次々とポテトチップスを食べて行く。
生前とあるスーパーでオリーブオイルで揚げた外国産のポテトチップが売っていて、試食が出されていたから食べた事があった、思っていたよりも癖が無くて食べ易かったから上手く行くとは思っていた、皆の反応を見ると予想以上に上手く行ったみたいだ。
だけど問題はここから、オリーブオイルは西部ではそこまで一般的ではないのだ。
女将さん達は元々、西部の人ではないしお母さんとリーリエさんは南部の出身だからオリーブ油に親しんでいる普通に食べられるけど、場合によっては別の油で揚げる必要があるかもしれない、ただ今まで揚げ物を出していなかったから当面の間、油で余裕があるのはオリーブ油だけだ。
「後はお客さんの反応次第ですね」
ボクがそう呟くと副女将さんがある方向を指さす、その方向を見るとテーブルに座るこの場にいる筈の無い人が三人ほどいた。
「あの人達は確か司祭様と一緒に居た」
「ええ、今回の試食会に参加してもらいました。彼らは西北部出身なので参考になります」
三人は我先にポテトチップスを食べていた。
あ、普通に大丈夫そうだ。
これならお店のメニューに載せてもらえる。
とボクが安心していると副女将さんが神妙な顔でボクを見て、そして口を開く。
「マリア…一つ重要な質問があります、これを食べ過ぎるとどうなりますか?」
「太りますね、食べ過ぎたらですけど」
ボクの言葉でお母さんとセリーヌさんとララさん以外の手が一斉に止まった。




