57話 決闘の時間Ⅵ
合図が出た、そうおっしゃってから慌ただしく足音を響かせながら準備を始めましたわ。外にいたと思われる数名を合わせて、足音と話し声は…5人、会話の内容からは貴族派の上級生、セドリック殿下と同級生の中等部三年生なのは間違いありませんの。
合図が出た…それはつまり姉様の身に!?いいえ、姉様が不覚を…もしや決闘の最中に立ち眩みを?そうだとしたら……いいえ!いいえ!きっと大丈夫ですわ。
それよりも彼等が次にどう動くのか?気掛かりでなりません。私とグリさんを攫い、姉様を脅迫する、ただそれだけが目的ではないのは間違いありませんの。会話の内容からも、彼等はセドリック殿下を見限っていますわ、つまりセドリック殿下も陥れるつもりなのは間違いありませんの。
そして姉様が勝利する事も望んでいないのなら…誰が主犯なのか?冷静に誰が最も利を得るのか?主犯はあの方ですの!今になって考えてみれば、最初から怪しい事だらけでしたわ。悔やむのは、怪し過ぎて警戒心を緩くしてしまっていた自分自身の間抜けさですわ!
「遅いな…合図が出たんだよな?ならもう来る頃だろに……」
「落ち着けよ、引き渡した後の段取りは終わっているんだ」
上級生の1人が苛立ちながらそう呟き、もう1人が宥めました。
どうやらあちらは予定通りに進んでいないようですが、当初の段取りがどのような流れなのかは分かりませんが、本来なら既に私とグリさんを救出する役に引き渡しを終えている、というのは容易に予想できます。
ならあの方があの場にいるのも納得が出来ますの、悪を糾弾する正義の味方、という役を…あら?誰かが扉を叩いていますの、噂の引き継ぎ…その割には何と言いますか…酷く慌てふためているような……。
「慌てるな、今開ける」
「早く、早くしてくれ!!そこに!そこに!!ひぃッ!?来るな来るなあああ!!」
「どうした!?おい!?」
と悲鳴が聞こえ、大慌てで上級生の1人が扉を開けました、ですが開けた瞬間、ドタン!と音を立ててズタボロになった…彼は確か以前、クラインさんを襲った犯人探しの集会に参加されていた王統派の上級生ですわ!やはり予想通り王統派の内部に以前から、貴族派や、もしかしたら革新派の内部にも既に彼の息のかかった者がいたという事ですの。
それなら大事にしないように手を回そうとしても、上手く行かずに今回の様な決闘騒ぎが起こるのも当然ですわ、彼が双方に忍び込ませた仲間によって争うように囃し立て誘導させられていたのですから。
今回の誘拐は隠していた野心を明確に顕わにするつもりで起こした、姉様が時間稼ぎに徹するのも計算に入れている筈ですわ、なんと悪辣!ただ滑稽なのは肝心の詰めが甘い事ですわ。時間をかけ過ぎて証人が目を覚ましているのですから、あとズタボロになっているというのはつまり…。
「おこんばんわ~グリとメルを攫ったチンピラ連中やな?覚悟はええか?今から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタさせたるからなぁッ!」
レオさんが私とグリさんを助ける為に現れて全てをご破算にした、という事ですの
♦♦♦♦
「一つ確認しておきたい」
「何でしょうか?」
「いったい!何本のナイフを隠し持っていたんだ!?」
床中に散乱するナイフを指さして、セドリック殿下は叫んだ。
何本?ええと、両袖と上着と靴とそれと…後はこことあそこと、それにちょっと窮屈になるけどあそこにも隠して、投げる様だったらもうちょっと隠せた、小振りだし物によっては細長い棒状の、所謂棒手裏剣とかとても隠しやすい。だから全部で合わせて…。
「いやもういい、もう考えるのは止そう…降参してくれないか?今ので最後の筈だ」
「お断りしますし、まだとっておきのが一振りあります」
ボクは腰に隠してあるナイフ、親方さんが作ってくれた大降りのナイフを左手で抜いて構える。
立ち眩みを起こしてしまったけど、セドリック殿下が躊躇い剣筋が鈍ったおかげで辛うじて受け流せた…けどそれからずっと防一戦。
肩で息をしながらボクはその事実を噛みしめつつ、脇目で彼を見る。
最初こそボクが善戦している事に表情にださないものの、内心でほくそ笑んでいた。三文芝居の負け方をされるよりも、白熱した決闘の末に敗北するのなら、勝利の不当性を糾弾した際に劇的な演出の一助になるから。
その上でボクは何食わぬ顔で決闘を長引かせてきた…そろそろ彼の我慢は限界かもしれない、苛立つ表情を隠せなくなってきている。ナイフはもうこの一振りのみ、セドリック殿下は…ボクが息を整えるまで待ちつつ、自分の息も整えている、つまり勝負を決めに来る気だ。
これを失えば、負けを認めるしかない。
それでも長引かせようとすればメルとグリンダの身に危険が及んでしまう。勝利の布石は既に置き終えてはいるけど、勝てばやっぱりメルとグリンダの身に危険が及んでしまう。
正念場だ!
ボクは一気に踏み出し、迎え撃つセドリック殿下の…。
「なっ!?」
横薙ぎを直前で、スライディング!からの立ち上がって、ナイフを逆手持ちに変えて、走り、素早く、交差する瞬間に足を斬り付ける!それを読んでいたセドリック殿下は容易く躱し逆に回り込んでくる、当然、ボクはそれを読んでいた!
「えいッ!」
ここでもボクの小柄な体躯が生きた。
力いっぱい踏ん張って、剣を振り下ろすよりも早く方向を変えて、セドリック殿下のお腹を目がけて突進!肘打ち!同じ背格好同士なら通じないけど、ここまで体格さがあれば振り下ろした刃が届く前に懐へ潜り込める!
「がはっ!?」
セドリック殿下は苦悶の声を上げて後退る、効果は敵面だ。
どれ程体格さが、身体面で差が大きくても不意を、人体急所の鳩尾に肘打ちを全速力で全体重を乗せ、さらに一切の誤差なく正確に打ち込めばボクがどれだけ小さく軽くても効果は抜群。
一歩、二歩と鈍痛に表情を歪めながらセドリック殿下はさらに後退る。
正確に打ち込んだから息はし辛いはず、さっきはボクが息を整えるのをまってくれた、今度はその返礼としてボクが待つ、という体で時間を…左手が軽い…ナイフが…無い!?
「探し物はこれか?」
「ふぇ!?何時の間に!」
ボクは思わず大声を上げて驚いてしまう、セドリック殿下はナイフの腹を右手で摘まんで持っていたからだ!どうやって?しっかりと握っていた筈なのに…いや突進の一瞬、狙いを定める為に意識が向いていなかった。
その僅かな、ほんのちょっぴりの隙を狙われた、肘打ちをするのを読んでいて、その上であえて体当たりを受ける事でボクに隙を作らせた。肉を切らして骨を断つ、まさか優位に立っている相手が捨て身の策を使うなんて、完全にボクの予想の上を行かれた。
何より万事休す、だ。
最後のナイフを奪われた、たったそれだけだけど負けを認めなければ…メルとグリンダの身に危険が及んでしまう、だって降参するには丁度良い展開なのだから……。
「勝負ありだ、負けを認めてくれないか?」
「……っ」
どうする?返答を長引かせれない、だけどまだ…万事休す。
何も手が浮かばない、メル、グリンダ、レオ、皆…ごめん。




