55話 決闘の時間Ⅳ
「よーやっと終わったで!」
本日は期末試験の最終日。そして最後の科目が終わりレオさんは体を伸ばして、全身でその解放感を表現していました。そして少し間を開けて隣に座るグリさんも同じように体を伸ばして凝り固まった体を解していますわ。
私は時間を半分以上も残してしまったので、適度に時間を計って体を伸ばしていたので、そこまで凝ってはいませんがやはり進級をかけた期末試験は何時も以上に緊張してしまいましたわ。
「さて、この後はダンスホールにマリ…アルベールと合流してから行くんだったな?腹が立つことに」
「ええ、ですが先生方の中にはまだ採点を始められていない方もいらっしゃいますし、時間をズラしてから、ですの。実に不愉快極まりますが」
「ほんまやな。やるんなら自分でやれっちゅー話やのに!」
グリさんもレオさんも、そして私も、どうしても語尾にとある人物への怒りを付け足してしまいますの。
この後、姉様はセドリック殿下と決闘を執り行う。
本来なら決闘はご法度ですし、先生方も生徒が夜も更けぬ内からその様な事をすればすぐに駆け付けて、決闘を行った生徒を罰しますが今は人手不足でその様な暇は無い。なので放課後という早い時間に決闘が行えてしまえる。
だからオズワルド殿下は決闘で白黒をはっきりとつける、などと言って双方の、王統派と貴族派の生徒達を納得させてその場を納める事が出来た。私はよく一触即発という場で、そこまで計算して考えられたと呆れと怒り半分で感心していますの。
狡賢さへの呆れと、姉様を利用した事への怒り。
ですが当の姉様はやる気十分。辞退してほしいという妹の、私の願いなど…汲み取ってくださっていますが、決意は固く覚悟を決めていますわ。
なので妹として出来る限り姉様を支える為に奔走しますの。
繰り返しになりますが、辞退してほしいですが……。
「にしてもや、朝見たか?あのナイフの量!?ありへんやろ、どこにしまってんのや?」
「さあな、アルベールのやる事だ。一々驚いていたら持たないぞ?ドアを平然と蹴破るし」
「そうですわね、男女問わず抱きしめる悪癖もありますし」
「慣れてんなお二人さんは…話は変わるんやけど、体調は万全なん?立ち眩みなんかおこしたら一大事やで?」
レオさんの心配は最もですが、クラインさんを診る為に王都から来てくださったサラ先生に依頼して、入念に、それはもう姉様が涙目になるくらい入念に検査と滋養強壮の為の、世界樹の葉をふんだんに使った栄養剤を投与していただいたので大丈夫ですわ。
大丈夫だと思いますが、サラ先生ははっきりと言いました。
体がまったく成長していない、と。確かに背丈は最初に出会った頃に比べれば伸びましたが、それは僅か。とても私達と同年代とは見えない体つき。本音では心配でなりませんの。
ですが姉様の決意は固い、ですから無事を祈って見守りますわ。
絶対に大丈夫だと!
「クレメンテさんはいますか?」
「うちならおるで?」
と、私が決意を再度固めていると唐突に別のクラスの男子生徒が、レオさんを呼びに現れました。
レオさんが返事をすると教室の中に入って来て…この方は確か、姉様のいる5組の男子生徒ですわ。ですがそうなるとどのようなご用なのでしょう?姉様が言伝を頼むのなら、ラディーチェさん達の誰かに頼むはずですの。
一体どのようなご用なのでしょう?
「数学の、アルフォード先生が呼んでる」
「何で?」
「さあ?呼んできてくれってしか聞いてないから……」
「そりゃないやろ?あの先生ならちゃんと用件言うで?ほんまかいな??」
「本当だよ。忙しくしていたから、急用じゃなかったらちゃんと用件を言うよ。それだけ急な事なんだよ」
アルフォード先生にしてはちょっと曖昧ですわ。ですのでレオさんは疑い深くその男子生徒を問いただしましたが、彼の言い分は一応ちゃんと筋が通っていますし…何かとお世話になっている先生ですし、ここは…
「行ってさし上げくださいましレオさん。断る理由もありませんわ」
「…まあ、メルがそいうんなら…せやけど気いつけーよ?」
「大丈夫ですわ、グリさんがいます」
「そうだぞレオ、私だって一度や二度は修羅場をくぐったんだ。任せておけ」
「…分かった、んじゃちょっと行ってくるで」
レオさんは心配そうにしながらアルフォード先生の下へ、速足で向かっていきました。
さて、そうなると時間までゆっくりと待ちましょう。少ししたら姉様もこちらへ合流しますし……あら?何やら甘い香りが…何でしょう?それに少し…ねむ…――――
♦♦♦♦
「ふぅ~…」
アルフォード先生が最近の忙しさが原因で腰を悪くしてしまったらしく、試験が終わった後に答案を運ぶのを頼まれてしまったから少し遅くなってしまった。だけど日頃からお世話になっている先生の頼みなのだから仕方がない。
それに紙も纏まった数になれば相当に重いのだ!腰を悪くしている人には辛い、なら手助けをするのが人情というもの。あと決闘が始まるのはもう少ししてからだから問題は無い。
あるとしたらメル達と合流する時間が遅れてしまった事くらいだ。
とは言ってもほんの十分も無い時間だから、遅刻の範疇には…たぶん入らない。
ボクはアルフォード先生の数学の準備室から出て…
「あれ?レオ?」
「ん?アルベール?」
メル達の所へ向かおうとしたら、何故か扉を叩こうとしているレオと鉢合わせしてしまった。何でレオがここにいるんだろう?何かアルフォード先生に用事でもあるのかな?
「用事や何も、うちは呼ばれてきただけやで?なんや知らへんけど、うちに用事があるって、5組の生徒やったで」
「アルフォード先生が?ボクは何も聞いてないし、用事なら…5組の答案用紙を運ぶのは今終わったところだよ?」
ボクはレオの言葉に思わず首をかしげてしまう。
アルフォード先生がレオを呼んだ?だけどレオを呼ぶ出す必要のある用事…特に無いと思う。だってボクがいるから力仕事はボクに頼んだら良い、高い所にある物を取ったり、逆に収めたりするのはレオじゃないと無理だけど、それなら近くにいる男子生徒に言う筈だ。
という事はつまり…
「「…しまった!?」」
ボクとレオはお互いに見合ってから、ハッと気付いて全力で走り出す。
嫌な予感がする、レオをメルとグリンダから遠ざける為に嘘の呼び出し、しかも決闘が始まる前。自尊心の強い貴族派の生徒ならそういった手段は講じてこないと思っていたけど、考えが甘かったみたいだ!
アレックスが…セドリック殿下が卑怯な手段を使うなんて考えもしなかった!
早くメル達の所へ行かないと!だから今は普段は絶対やらない事を!
「レオ!ここから飛び降りれば短縮できるよ!」
「ついでに屋根走るで!緊急事態や!文句と校則違反の罰則は後日や!」
「うん!」
窓から飛び降りて、屋根を走って、メル達の下へ最短距離!
途中、目撃した先生の怒鳴り声が聞こえて来たけど今は無視!緊急事態だから仕方が無いのだ!後でちゃんと反省文と罰は受けます!
「メル!グリンダ!!」
「無事かいな!!」
教室へ飛び込むと…そこはもぬけの殻だった。ただしメルとグリンダが座っていた場所には…上級生の男子生徒が不作法に足を上げて座っていて、慌てて入ってきたボクとレオを見るなり、下卑た笑みを浮かべ二枚のネクタイを手に持ちチラつかせる。
間に合わなかった!ボクは思わず苦虫を噛み潰したように顔を歪めてしまう。
そんなボクの反応が楽しかったのか、上級生は下卑た笑みを強める。
「誰やお前?」
「お前らの大切なお友達を預かっている上級生の一人だ。それと敬語を使えよな?失礼だな」
険しい声でレオが尋ねると上級生は特に悪びれる事も怯むこともせず、不敵にそう言い放った。あの顔は…確か以前、クラスメイトの女子と言い合いになっていた貴族派の男子生徒だ。
それに…甘い臭いが微かにだけど残っている。
ボクとレオが異変を察して戻るまでの短時間で、二人を誘拐するのなら眠らしたりして抵抗できなくさせる必要がある。たぶん眠り薬みたいな物を使ったんだと思うけど…嫌な臭いはしないからたぶん大丈夫だ。
流石にヴィクトワール家の令嬢と西部の田舎でもウォルト=エマーソン家の令嬢に対して、危険な薬品は使うとは思えない。いや既に冗談では許されない事をしているから、この上級生は退学は免れない。
そう今は冷静に相手の出方を伺わないといけない、カッとなって迂闊な行動をすればメルとグリンダの身に危険が及んでしまう。だから言葉を慎重に選ばないといけない。
ボクは出来るだけ相手の神経を逆なで内容に質問をした。
「どういう目的で二人を攫ったの?」
「決まってるだろ?決闘を辞退しろ…てのは露骨だから負けろ。出来るだけ違和感なくな」
「もしもその要求をのまなかったら?」
「その時は勿論、酷い事になるのだけは確約してやる」
今日一番の、何度も使っているけれどそうとしか例えようのない下卑た笑みを浮かべて上級生は言い切った。一瞬、とてもイラっとしてしまったけど、辛うじてボクは冷静さを維持する事が出来た。
ここで怒ってはダメだ…ダメだけど一つだけ気になる事がある。
どうして態々、脅迫文とか使わずに直接人を使って脅迫して来たのか?例えば関係の無い人を脅して、なら分かるけど自分達の仲間を寄こした理由は?…レオもそれに気づいたらしく怪訝そうな表情を浮かべている。
あとは後ろには……よし、少しだけ鎌をかけてみよう。
「ねえ、二つだけ確認したいのだけど…二人をどこに連れて行ったのか?この後どこで合流する予定なのか?それを君は知っているの?」
この質問は、下手をすると相手の神経を逆なでてしまうちょっと危険な質問だ。だけど幸いにもこの世界には離れた人と会話をする為の魔法は無い。ボクが知らないだけなのかもしれないけど、少なくとも聞いた事は無い。
だから二人に危害を加える為の合図を送る事は出来ない、その確信があるからの質問。
で、ここからが肝心なのだけどこういう質問に対する答えは「知っていても教える訳がないだろう」という決まり文句。でもボクの予想が正しければ…
「え?あぁ…その……ええと……」
「もしかして、伝えてこい。とだけ言われていたの?ボクやレオが逆上して君を殴ったり蹴ったりしないと思っていたの?」
「いや…その…はっ!?」
どうやら二人を攫う事は手段の一つでボクを負けさせるのが目的、という事ではなかったみたいだ。もしかするとボクを負けさせるのも手段の一つ、目的は…という事になれば彼は捨て駒みたいだ。
彼には要求を伝える以上の役割は無い、伝えた時点でこちらが迂闊に動けなくなるだけで充分、これを思いついた主犯は彼のその後どういう目に合わせられるかはどうでも良いみたいだ。
レオもその事に気が付いてみたいでニィ、とまるで獰猛な大型のネコ科の様な笑みを浮かべる。その変化に上級生は顔を真っ青になり慌てて立ち上がり、ボク達から距離を取って少しずつ離れる。
「ええと、一応言うけど二人の居場所を大人しく話すなら痛い思いはしなくてすむけど、どうする?」
「話すかバーカ!!」
「ふぇ!?」
「まぶっ!?」
まっ眩しい!?まるで閃光灯の様な強い光!?でも写真機は持っていなかった筈…まさか強い光を生み出す魔法?そんな魔法があったなんて…じゃなくて上級生は…目がまだ…よし何とか見える様に…しまった!扉の方まで逃げられている!レオは…
「のわーーーー!?目が!目がああ!?」
ボクは目を閉じる事が出来たけど、レオは閉じるのが遅れたらしく、直接見たせいでまだ目が見えるようになっていない。
「バーカバーカ!俺の魔法を一発芸と甘く見たな!強い光を出すだけの魔法もこう使えば相手の意表をつけるんだよ!」
そして上級生は一回…いや三回は引っ張叩きたいくらい人を小馬鹿にする顔で、まるで悪ガキの様な捨て台詞を吐いていた!殴りたい!すっごく殴りたい!でも…どうやら上級生は逃げきれそうにない。
だって外にいるのは何となく分かっていたから…
「いや~ん、どこ行くの先輩?」
「女子と話すのが苦手で逃げ出しちゃうなら、俺達が話し相手になるぜ?」
「ちょっと裏まで行こうや?」
逃げ出そうとした上級生を状況を察して外に待機していたラディーチェ君達が取り押さえる。たぶん、血相を変えて走り出したボクとレオを見て、何か事件が起こったのだと追いかけて来てくれていたのだ。
上級生を取り押さえる皆は額に青筋を浮かべて、今にも袋叩きにしてしまいそうな程に怒っていた。
「で、どうするアルベール?処す?それとも処す?」
「アホか!適当に縄で縛って空き教室にでも放り込んどいたらええ。後で先生に引き渡せばええんや、それよりも…ちっ、時間があらへんな」
鳴り響く鐘の音が、決闘開始時間が近づいている事を無情にも知らせてくる。
メルとグリンダを救出してから決闘の場に出る事は出来なくなってしまった。それなら選択肢は一つだけだ!
「レオ、出来るだけ試合を長引かせるからその間にメルとグリンダを助け出して」
「それはええけど…魔法が使えへんのやで?体力持つんか?」
「大丈夫、体力には自信がある。だから二人をお願い」
「分かった、任された。そんじゃあラディーチェ等はそいつ縛ったらこっち手伝ってや」
「任された!」
ボクはレオとラディーチェ君達にメルとグリンダの救出を託して、決闘の場であるダンスホールへと向かう。




