52話 決闘の時間Ⅰ
「仕方のない事情があった」
開口一番にオズワルド殿下が口にしたのはその一言からだった。
病院でラディーチェ君から決闘の話を聞いたその日に、エドゥアルド殿下を通してオズワルド殿下をフォートナム二号店の二階にある個室へと呼び出し、何でそういう話になってしまったのか?それを聞き出そうとしていた。
「どのような事情があろうと、アルベールを決闘の場に引き出す理由にはなりませんの」
「全員頭に血が昇っていたんだ、収めるには代表者が決闘するとしなければ無理だ」
ボク達がクライン君のお見舞いに行っていたその日、食堂で貴族派は学園と結託してウィット先生を庇おうとしていた。そう言い出した人がいた、最悪な事に貴族派の生徒のすぐ近くで。
聞いた貴族派の生徒は「ふざけるな!」と激昂、口走った王統派の生徒を殴ってしまい、そこからはやってやり返すの応酬が始まり大乱闘へと発展してしまう。騒ぎを聞きつけたエドゥアルド殿下が一喝して一度は収まりかけたのだけど、またしても誰かが火に油を注ぐ発言してしまい空気は一触即発。
だから…。
「後日、日を改めて代表者同士が決闘を行い白黒はっきりとさせる。それ以外にあの場を収める手段は無かった。君だってわかるだろ?」
「でしたら、最近は王統派の代表を自任されるオズワルド殿下が代表者として決闘の場に立つのが筋ですわ。アルベールが矢面に立つ正当な理由を私に述べてくださいまし」
「だからその……」
いの一番にボクを代表者に何の相談も無くその場で決めてしまいラディーチェ君が大急ぎで知らせてくれたのだ。当然、メルは激怒しオズワルド殿下を問い詰めているのだけど返答は仕方がなかったの一点張りだ。
一応、王族として色んな習い事を受けて様々な教養を身に付けている筈。エドゥアルド殿下もあれで馬術や剣術、音楽や他にも多才を誇っている。だからオズワルド殿下も相応に色んな技術を修得していると思う。
だのにさっきからずっと決闘の場に立つ事から逃げている。
「俺もそろそろ傍観を決め込むのも限界だぞオズワルド?マ…アルベールをお前の代理とする正当な道理なし、言い出したお前がセドリックと決闘を受けるべきだ。それとも出来ない理由でもあるのか?」
部屋の隅でネスタ兄さんと一緒に傍観していたエドゥアルド殿下も、煮え切らない態度の甥っ子に痺れを切らして、どうしてボクを代理として立てようとするのか問い詰める。
「…叔父上だって知っているじゃないか。兄さんは強い、凡庸な面の多い人だけど剣術に関しては同世代の中でもダントツの腕前だ。どうやっても勝てない……」
「……!?」
「何やそれ、勝てもせーへんのに自信満々に…自分、もしかしてアホなん?」
「おいレオ、あまり本当のことを言ってやるな」
自信満々に決闘の場を整えた人物から出たとは思えない言葉に呆れて絶句するメル、さらりと罵るレオとフォローをしているようで実際は追い打ちを仕掛けるグリンダ。そして部屋の隅にいるネスタ兄さんとエドゥアルド殿下は額に青筋が浮かぶ。
「分かっているさ、だから君に俺の代理として決闘の場に立ってほしい。実力に関しては執事道を修めたと折り紙付き、君なら兄さんに勝てる!」
「まったく…昔のエドがお利巧さんだと思えるくらいバカだぞ。どういう事なんだエド?」
「俺も知りたい。バカはセドリック一人で十二分だというのに、まさか甥っ子二人が揃ってアホとか…兄さんと義姉さんが不憫でならない……」
言い終えるとエドゥアルド殿下は沈痛な面持ちになってしまう。
だけど…まさか勝てない相手に、何か勝利の算段を付けた上で挑んだのではなく。最初からボクを代理として立てて自分は安全な所で観戦する算段を付けていた、正直に言うとボクは開いた口が塞がらない。
あれだけリーダーシップをとっていた人が、いざとなれば誰かの後ろに隠れようとする。
情けないし、そんな甥っ子を持ってしまったエドゥアルド殿下にボクは思わず同情したくなってしまった。
「オズワルド、はっきりと言う。お前が決闘を受けろ、これは叔父としての命令であり必要ならお前の父にして我が兄である王太子殿下に書状を持って命令してもらう、王家の名誉に泥を塗るな」
「叔父さん!?」
「そもそもだ、決闘はどういう形式で行う?まさか魔法の使用禁止だとは言わないな?」
「……」
オズワルド殿下はその質問に沈黙で答えた。
つまり魔法が使えない…え?それってボクが圧倒的に不利だ!?
「オズワルド殿下、体格の差、体力の差、力の差、そういったのをボクは内向魔法で補っている。いくら技術があっても魔法が使えないなら勝ち目はないよ」
「そうですわ!何を考えてますの?アルベールに代理をしろというのなら、魔法の使用を前提に形式を決めるべきですわ。決まりました、お断りですわ!」
「それだと兄さんが圧倒的に有利なんだ。あの人の魔法は王族の中では下から数えた方が早いけど、それでも一般と比べれば優れているし内向魔法に近い系列なんだ」
「そんで魔法の使用禁止たちゅ―ことか?」
「そうだ」
だから純粋に技で勝負出来る場を整えた、とオズワルド殿下言いたいみたいだけどそれならますますボクを代理とする理由にはならない。何故ならボクが代理を務めるべき相手はメル…まさか!
「中等部の王統派を代表するのはメルセデス・ヴィクトワールだと明示されている。だから代理を務めるべきなのはアルベール・トマだと誰もが納得している。俺はあくまで王統派に属する王族でしかない」
殴りたいくらいドヤ顔でオズワルド殿下は言いきる。
どうやら既にメルが代表だと主要な王統派の人達への根回しは終わらせていたみたいだ。。
そうなればボクが受けないという選択肢を選べば、メルが逃げたという事にされてしまう。そんな事は絶対に避けないといけない…だけどこのまま黙って受け入れるのは少しだけ気が収まらない。
何よりメルを利用しようというのは、姉として看過できない事なのだ!
「分かった、代理として決闘を受ける」
「アルベール!?」
「そう言ってくれると思っていた!」
「ただし条件がある」
真っ直ぐオズワルド殿下の目を睨んで、ボクは二つの条件を提示する。
「一つ、ボクは王統派の代表であるメルの代理として決闘の場に立つ。二つ、メルは王統派のただ一人の代表でありオズワルド殿下とは対等であり同格である。この二つの条件を飲めないのならボクは受けない」
「っ……!?」
何となくだけれどオズワルド殿下の考えは読める。つまり自分の信任を受けた代表であるメルの代理であるボクが決闘の場に立つ、そういう構図を作りたいのだ。
そうすればメルよりも各は上になり、決闘の勝利はすなわり自分の功績としてセドリック殿下の上にも行ける。という腹黒い計算をしていたに違いない、実際に二つの条件を提示すると一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
ふふふ、これでも生前は何かと悪巧みをする人達に囲まれていたのだ、捕らぬ狸の皮算用とよく言うけれど、早い内から野心を見せ過ぎて簡単に感付くことが出来た。
一応手心として、面子を保てるようにメルの方が上だとはっきりさせていない。提示すれば飲まずにさらに面倒な策謀を巡らしそうだから。
「分かった、その条件を飲む。ただし期日はこちらで決めさせてもらう」
「ええ良いですわ」
さて、取り合えずオズワルド殿下の企みは阻止できた、今日はこれでお開きだという空気になった直後、唐突にオズワルド殿下は口を開く。
「アルベール、君に一つ聞きたい事がある」
「ボクに?答えられる事なら」
「兄さんは決闘の相手が君だと言った途端、結局は空気に押されて折れたが酷く動揺して難色を示した…何か心当たりは?」
「……無いよ」
何か心の内を探るような質問だったからボクは知らないと言って誤魔化しつつ、もしかしたらアレックスはボクの事を思い出し始めてくれている?
そんな淡い期待を抱きながら、ボクはメル達と一緒にフォートナム二号店を後にした。




