51話 解決へと向けてⅥ
クラスメイトの女の子の証言から、主犯であるウィット先生を捕まえようとダンテスさんや警察官の人達がイリアンソス中に網を張ったけれど、ウィット先生は見事にその捜査網を突破して逃亡した。
という経緯を聞かされたけれど、何となくボクには分かった。たぶんウィット先生は生きてはいない。ダンテスさんが?と最初に思ったけど、後ろに潜む外神委員会の尻尾を掴む為に生け捕りにする筈だ。
だからボクはすぐにウィット先生は自ら命を絶ったのだと理解して、それ以上の事は聞かなかった。それとウィット先生の家から呪毒が見つかり、使われた種類が特定された事でクライン君は予定よりもずっと早く目を覚ました。
そして今日もクライン君のお見舞いの為に皆で来て…。
「大丈夫かよ?」
「問題あらへん、うちかてこれくらい出来る」
「剥くのは出来るが、ウサギにするのは難しいんじゃないか?」
「大丈夫や!」
とレオはクライン君とグリンダに心配されつつ、少しだけ不慣れな手つきでリンゴの皮を剥いている最中。ボクとメルはその光景を苦笑いを浮かべつつ、目に見えて明るさを取り戻したレオの姿に無出を撫で下ろしている。
クライン君の体調はまだ本調子じゃないから、個室とはいえあまり騒がないように言われている。普段のレオなら「うるさいで短足」と言い返しているけど、気遣って言い返さず一生懸命になってリンゴの皮を剥いている。
なのでボクとメルは気を使って、グリンダに後を任せて病室を後にする。
「それにしても、ようやく一段落ですわ」
「うん、ようやくだ」
あれから数日、三学期も終わりが見え始める時期になってようやくイリアンソスは落ち着きを取り戻し、学園は…一度点いてしまった火が消えきれず、まだ燻っていて中等部内での勢力争い春休み明け。つまり進級後に持ち越しとなってしまった。
幸いにもセドリック殿下は最初から今回の事件で、犯人探しには消極的だった事もあり、一部の生徒が熱に浮かされて暴走した。という形で幕を下ろせそうだけど…。
「アリス…またこの名前が出て来た」
「以前、エドゥアルド殿下と親しくしていた人物もアリスでしたの」
「そしてヴァレリーもその名前を口にして、今回もその名前が出て来た。つまり同一人物と見て間違いないと思う」
「ええ、逆に赤の他人という方が難しいですの」
エドゥアルド殿下に聞いた限りだと無害そうな顔立ちの女の子だと言っていた。そしてクラスメイトの女の子もまた、無害そうな女の子だったと証言していた。こうも特徴が同じなら同一人物と見て間違いない。
何より一番気になるのが…。
「アレッ…セドリック殿下に付き纏っているのもアリス」
「一応、探りを入れてますがどうやら学園内にはいないようですわ。つまり学生区内またはどこか別の集会場か?実行犯の方はどこで知り合ったと言っていましたの?」
「そこに関しては不思議な事に前後の記憶が曖昧らしい、ただアリスに会ってから自分はおかしくなってしまって言っていた」
あれから警察に保護されたクラスメイトの女の子は、まるで憑き物が落ちたように全てを白状して、自らの罪を償いたいと協力的になっていた。
それだけじゃない、移送される前に面会しに行った時、あれほどボクに対して敵愾心を顕わにしていたのに、開口一番に謝罪を口にしたのだ。さらに目つきも何だか穏やかになってもいた。
その姿にボクは思わず、エドゥアルド殿下の姿が脳裏に過った。
最初に会った時はまさにバカ王子だったけれど、今では…やっぱりちょっとおバカな所はある。それでも以前とは比べられないくらい誠実な人柄だ…自惚れな所は変わらないけど。
クラスメイトの女の子も、最後に見た時の姿が本来の姿なのかもしれない。
「ですが手がかりはウィット先生と共に闇の中へ、手詰まりな上に中等部を一まとめにする計画はご破算。都市議会の意見を学園運営に反映する運びになった事で最終利益は紙一重に赤字にならなかった、というお粗末な結果ですの!まさに惨敗ですわ!」
「それでもクライン君が無事に目を覚ましたんだから終わりは良し、ていう事にしよう?」
「…ええ、そうですわね」
全ては春休み明けに持ち越し、クライン君はご両親がイリアンソスに到着したら、そのまま故郷へ療養の為に春休み前に帰省し、進級試験に関しては免除される事になっている。
あとこれはエドゥアルド殿下から聞いた事なのだけど、どうやらウィット先生の戸籍は偽物で、その事から都市議会は在籍する教員の身元調査に乗り出し、さらにその過程で不正に入学した生徒が中等部にいる事が分かったらしい。
どういう風に進展するかは分からないけれど、場合によっては多くの退学者を出すかもしれないと、ただ救済措置は設けるらしくて、再度入学試験を受けてもらいその結果次第で退学か?そのまま在籍するか?を決める運びになっていると言っていた。
こうして残すは進級試験だけ、それが終わればボク達の最初の一年は幕を下ろす。
「それよりもアルベール、試験勉強は十分に出来ていますの?」
「普段から予習復習は怠っていないから大丈夫。ただレオがクライン君が心配のあまり、勉強も手に着かない状態だったから、レオの勉強をみんなで手伝った方がいいかもしれない。それにクライン君も」
「クラインさんに関してはレオさんにお任せた方が良いですわ。お二人の間を私達で仲立ちしてさしあげませんと」
「え?二人は別に仲は悪くないよ?確かに口喧嘩とかよくするけど、あれは友達同士のじゃれ合いだよ」
「姉様って、察しが良いと思わせて実際は鈍いですの」
鈍い?ボクが?
どういう意味なんだろう?たぶんボクが考えている事とは別の意味合いでメルは言ってるみたいだけど…うん、分からない。
「取り合えず今は次を見据えて動くだけですわ。セドリック殿下と、いずれは決着をつける必要もありますし、それに今まで隠していた爪をむき出しにし始めた方もいますし」
そうオズワルド殿下は、今までセドリック殿下と表立って対立する事を避けていたのに、今回の事件を契機に突然、表立って動く様になった。犯人捜しはしゃしゃり出て、現場を振り回すだけだったけれど、それでも野心を持っていると自ら曝け出した。
進級後はさらに活動的になるのは間違いないのだけど、彼について分かっている事は少ない。だから何を考えていて、何を目指しているのか?それがよくわからない相手だけに未知数で、目下、ボクやメルの悩みの種である。
他にも問題は山積しているけれど、それは次としては進級試験に向けたテスト勉強に集中しよう。
そう思いながらメルと一緒に病院の廊下を歩いていると…。
「大変だ!アルベール!一大事だ!」
とラディーチェ君が血相を変えて現れた。
一大事…もしかしてクライン君のご両親に何かあったのだろうか?それとも別の事態?
「落ち着いてくださいまし、まずは深呼吸ですわ」
「あ…ああ」
ラディーチェ君はメルに促されて深呼吸をする。
そして頭の中を整理してから話し出す。
「実は学園で騒動が起こって…」
「「騒動が起こって?」」
「王統派と貴族派の代表者が決闘する事になったんだ」
どうしたらそんな事態になるのだろう?
ようやくクライン君が襲われた事件が解決して、後は進級試験に向けてテスト勉強に集中しないといけないこの時期に…下手をすると退学処分になるかもしれない決闘を……。
「それで双方の代表者は誰ですの?」
ボクが困惑していると、メルはすぐにラディーチェ君は誰が代表者として決闘の場に臨むのかを確認する。
たぶん貴族派の代表者は彼しかない。
「貴族派からはセドリック殿下で…」
やっぱり、となると王統派からは?
ボクやメル、それにグリンダとレオも病院にいたから王統派の代表者として名前は上がらない筈。その場にいた、騒動を引き起こしたりそれを仲裁しようとした人が代表者になる筈だけど…嫌な予感がする。
「王統派からは…アルベールだ」
……予感が的中してしまった、それとどうやらまだまだ一段落とはいかないみたいだ。




