49話 解決へと向けてⅣ
闇夜に包まれる学園の一角。
通常ならば魔石を用いて作られる魔石灯で照らされるべき一角でもあったが、経費の削減を続けた結果、照明器具はカンテラに納められた蝋燭の頼りない灯のみ。それでも真っ暗な闇に包まれるくらいならマシだと、見回りを命じられている若い教員は同じく若い同僚と共に学園の中を歩いていた。
つい先程、秘密倶楽部の代表者を捕縛したばかりで、仲間が助けに来るだろうと警戒を強めている関係から、普段なら教員用の宿舎に戻っている時間に見回りを命じられた為か、非常に不機嫌になっている。
「はぁ……バカバカしい」
「おい、理事長派に聞かれたら後が面倒だぞ。俺達みたいなまともな実績の無い奴は、すぐに首を切られるぞ」
「分かってるがよ…お!良い大きさの木箱がある。少し休もうぜ?一服したいしよ」
「あのなぁ…吸い殻は持って帰れよ?」
「分かってる分かってる」
そういうと若い教員はドスンと木箱に腰を下ろしてから、懐にしまっている両切りのタバコを取り出して、マッチで火を点けて肺一杯に煙を吸い込んでから不平や不満を漏らすように吐き出す。
「にしても学園はどうなるんだろうな?お前は資格持ってるから良いけど、俺は外で取った資格だからな、移民だから許されているが実際は微妙で違法スレスレだし」
「スレスレどころか完全に違法だ。まあ、俺の資格も金で買った物だし、噂だと…あまり言うなよ?実は他人の戸籍を使ってる奴もいる」
「マジか!」
「ああ、ほらあいつだよ、いけ好かない理事長のお気に入り。南部連合から派遣された来た奴が、あいつが教鞭を振るっていた学校の出身らしいんだが一度も見た事がないらしい、本当かは分からないが相当に怪しいぜ」
「言われてみれば…裏口入学した奴が多いしな。今年の中等部一年、南部連合出身者は全て不正入学だろ?ウィットのクラスとか、トマ以外は入試の結果が操作されていたらしいし。まあクラインとか一部の生徒は上位に食い込む成績だけどよ」
学園がどれだけ腐敗しているかをその諸悪の一つである二人が愚痴を零す様に言い終えると、タバコの火を消して立ち上がり再び見回りに戻る。
足音が遠くへと行ったのを確信したのか、突然木箱が動き出し中からレオノールが現れた。
「何や、学園も随分真っ黒なんやな。呆れて思わず笑いそうになったわ」
とてもレオノールのような長身の少女が入れるとは思えない大きさだっただけに、中から現れる様は一種のマジックのようで、警戒していても気づきようもなく、何より四角い木箱に隠れていた様は、異世界の人気ゲームを彷彿とさせた。
なお、レオノールがなぜ入れてたのか?というと純粋に彼女が豹の獣人で、猫科だけにとても体が柔軟、猫鍋のように体を曲げて入る事が出来たという簡単な理由である。
「あれやな、助かるには助かるんやけど何でこないな物まで持ってるんやろう?」
レオノールはさっと持ち上げたそれを見つめながら、友人の非常識さに呆れるべきか?否かで迷う。
アルカ先輩救出作戦と銘打たれ、さあ出撃だと思った矢先にマリアローズから『ララさんから何かあった時に役に立つって渡されていたんだ』と、手渡されたのは散弾銃だった。
中折れ式で上下二列、銃身や銃床は短く切り詰められた所謂ソードオフだが、装填されているのは散弾ではなく、殺傷力を抑えた樹石製の大きなBB弾のような物を銃弾とする物で、つまりライオットガンである。
「それと一回時間つこうて説明しとかんとあかんな。実弾やないなら非殺傷やと思うとるかもしれへんし、アホがよう至近距離から撃ってバカやっとるし」
とレオノールは思いつつ、闇夜に包まれた学園を突き進む。
猫のように夜目の利くレオノールには特に苦労せず目的とする部屋まで、散弾銃を構えながら一直線に進む。
途中、途中に遭遇する見回りの教員は様々な方法で交わして、単独潜入から三十分もしない内にアルカが捕まっている部屋に辿り着く。
「……中には人一人やな。ドアは…不用心やな、それとも罠?」
聴覚と嗅覚を研ぎ澄まして部屋の中の様子を伺い、中には一人しかいないと確信しつつも扉に施錠がされていない事を訝しみ、静かに扉を開けて、もしも罠だった時に即座に敵を無力化出来るように銃を構え突入する。
魔石灯に照らされる室内には椅子に座るアルカのみ。
それでもレオノールは警戒を緩める事無くアルカに近づいていく。
「誰です…ひっ!?」
近づく気配に気づいたアルカは、相手が銃を構えている事に気づき顔を青くして小さな悲鳴を上げるも、入って来ていたのは学園でも有名人の一人であるレオノールだと気づくと…。
「驚きました…確か中東部のクレメント・レオノールさんですよね?」
「そうやで、アルカ先輩やな?助けに来たで」
「助けに?それでは味方なのですね…他の子達は無事ですか?」
「殿下…エド先輩とネスタ先輩が保護しとるから無事や」
「良かった……」
と務めて冷静に七人の姉妹に所属する女子生徒の安否を確認する。
もしも捕まってしまえば、家柄から下手な手出しのできない自分とは違い、後輩達が捕まえれば無事では済まないと心配していただけに、レオノールの口から一番頼りに出来る相手の名前が告げられた事で安堵する。
「そんじゃあ逃げるで…楽やけど心臓に悪い逃げ方と、大変やけどそこまで心臓にわるーない逃げ方。どっちがええ?」
「……どっちも心臓に悪いんですよね?」
「せやな」
「ではそこまで心臓に悪くない逃げ方でお願いします」
楽だけど心臓に悪い逃げ方とレオノールは口にする当時に窓を指さし、反対にそこまで心臓に悪くない逃げ方と言って銃で扉を指し示し、何となく察したアルカは後者を選ぶ。
レオノールは「そんじゃうちの後ろを静かについて来てーな」と言うと、先導して歩き出す。
ここまで来る途中におおよその巡回ルートを記憶しているレオノールは、行きとは違い速足で誰とも遭遇する事無く、アルカを守りながら学園を突き進み特に問題も起こらず脱出に成功する。
「トマ君もそうですが、今年の中等部一年生は随分と優秀な方が多いのですね」
「まあな、うち以外にも優秀な奴は多いで。意外かもしれへんけどクラインと愉快な一味は、あれで建築関係には強いしな…で、実際に犯人なん?」
「っ!?違います、断じて違います。私達はその…少し特殊な形式での恋愛を題材にした小説を好む、ちょっと不可思議な秘密倶楽部なだけでやましい事など何もありません」
「すまへんな、分かっとっても疑わなわけにはいかへんから」
集合場所としているヴェッキオ寮に向かう道すがら、レオノールはアルカ達が秘密倶楽部が真犯人なのか?と鋭い目つきで尋ね、アルカは一瞬怯むもすぐに睨み返して潔白であると主張する。
その返答に嘘はないと判断したレオノールは謝罪してから、「アルベールが夕食作って待っとるから、さっさと帰ろうで」と言って再び歩き出す。
「にしてもあれやな、てっきりうちはもう少し乱暴な尋問でもされとると思ってたんやけどな。縛られてもないし、つでに部屋に鍵もかかってへんかったし」
「当然です。私の実家は名家、下手に手出しをすれば例え理事長でも無事ではすみません。監禁拘束などすれば事です。何より私が運動音痴である事は高等部でも有名、逃げても捕まえる自信があったのでしょう、それに……」
「それに?」
「学園側は犯人を捕まえる気は…無いのかもしれません」
「何やて?」
思わぬ一言にレオノールは立ち止まりアルカを見つめる。
目を見開いて驚くレオノールにアルカは取り調べの一部始終を語りだす。
「クラインさんを襲撃したのは誰か?とは最後まで聞かれませんでした。聞かれたのは…我が秘密倶楽部で発行している小説雑誌の、バックナンバーのありか。しかも特定の時期に刊行された、何刷り目かを指定して執拗に聞かれました」
「…なんやねんそれ、その…小説雑誌?が何か知らへんけどそないに価値のある物なん?」
「人によりけりです。知る人ぞ知る、薔薇の友という名前に反応すれば皆同族という…ですが学園側が必死になって欲するような物ではありません。そういう趣味をお持ちならまだしも…」
その返答にレオノールもまた、もしくはレオノールもようやくマリアローズが、メルセデスが、グリンダが抱いているモノを感じて共有する。
外神委員会という、得体の知れない存在が影で蠢いているという、言い様のない不快な感覚に……。




