44話 事態は混迷を極めて……Ⅱ
学園を後にしたボク達は、夕暮れに包まれ始めた学生区の、商店通りを気まずい沈黙と共に歩いていた。山積する問題の数々、一つ解決したと思ったら、また新しい問題が現れて、気が付けば大切な友達が何者かに襲われた。
何もできない焦燥感と、何とかしなければという焦りが入り混じって、口を開けば言い合いになりそうで、だからボク達は沈黙に身を任せている。
以前からそこまで人通りの多くなかった商店通りは、事件が起こった事で完全に人っ子一人いなくなって、不気味な静寂に包まれている。壁に近づくにつれて外側の喧騒が日々生きているのが、より一層の不気味さを醸し出す。
そして現状は、気まずい空気が表すように非常に悪い。
王統派はメルの登場で一つにまとまり、今回の事件で意外にもオズワルド殿下が立ち上がった事で、王族という高い身分と予想外なカリスマ性で、完全に彼が率いている状態。
高まった熱はクライン君の敵を討ち、犯人を捕まえるという義憤と大義名分を得て、熱狂となり、メルの策略は殆どが破綻してしまった。誰もが敵対する勢力よりも一歩前!と、連日の犯人探し。
たぶん、オズワルド殿下たちは大人しく帰ってはいないはずだ。
逆に消極的なボク達を非難している筈、そうすれば自身の果敢さを広く喧伝出来るから。
本当に事態は悪い、混迷を極めて、どうしようもなくな……あれ?路地裏から誰か、顔を出して辺りを窺ってる?うん、誰かいる。背格好から女の子で、気配は複数人、薄闇の中で顔ははっきりと分からないけど……。
「あれはアルベールと同じ5組の女子生徒じゃないか?確か、以前に……そうだ、一学期にアルベールがクライン達に連れていかれたのを、黙ってみていた」
「そうですわね、あの彼女達ですわ。ですが、こんな時間に何をされているんですの?」
「あれやろ、どうせ、いけしゃあしゃあと犯人探しでもしてるんやろうな……」
つまり……ダメだ、名前が思い出せない。
どうにも集団でいる、何か向こう見ずな行動をして問題を起こしたり巻き込まれたりという印象しかない、クラスメイトの革新派の女子生徒達だ。察するに犯人捜しに躍起になって、時間を忘れて気が付けばこんな時間帯。
犯人を恐れて警戒しながら、寮に戻ろうとしている、だろうか?
ううん……ここは、送って行った方が良いかな?
取りあえず声をかけて見よう!
「ねえ、こんな時間に何をしているのかな?危ないよ」
「っひ!?アルベール・トマ!?何でここにいるのよ!」
「何でって、それは帰宅途中だから、君こそ何時も一緒にいる子達はどうしたの?一人だと危ないよ、送って行こうか?」
「いらないわよ!あんたみたいなの一緒にいると、私まで安っぽい女に思われるじゃない!」
毎回の事だけど、とても失礼な事を平気で言う人だ。
ちょっと…いや、けっこうむっ、としたけどここは我慢……ん?よく見たら制服のボタンが一つ無くなってる。狭い路地裏を歩き回るうちに外れてしまったのかな?と、気が付いて伝えようとしけど、クラスメイトの女子生徒はまるで逃げるように去って行く。
その後姿を見送ってから、特に問題は起こらずボク達はヴェッキオ寮へ戻った。
♦♦♦♦
「んで、何時までこないなことするつもりなん?」
夕食を食べ終えてお茶を飲み始めた頃、そうレオは言い出した。
いずれはしびれを切らしたレオが、犯人探しに対して消極的なボクやメル、それにグリンダに対して、苛立ちを露にする。分かってはいたけど、考えていたよりも早く、何より考えていた以上に激しく、いら立ちをあらわにした。
それでもボクは、冷静にならないといけなと、レオを諭さないといけないのだ。
「レオの気持ちは痛いほど分かる、だけど何度も言ってるけど犯人探しなんてやったら、取り返しのつかない事になる。ここは感情に飲まれちゃダメなんだ」
「はっ!そういうわりには随分と冷静やな?ダチが襲われた割にはな」
「どういう意味?」
「まんまや!クラインがあないな目合わされて、どないしてそないに冷静でいられるんや!」
テーブルを拳で叩いて、レオは怒鳴り声を上げる。
その拍子でカップが落ちて、割れたけどそんなことを気にしていられるような空気じゃなかった。
こういう時に、止めに入るグリンダも思わず怯み、メルは固まって動けずにいる。
当然だ、ボクだって思わず冷や汗をかいてしまうくらい、レオは酷く殺気立っている。
「マリやんは、冷たいな」
「何…だって?」
たぶん、レオ自身へ向かっている怒りだ。
不甲斐ない自分へ、それをボクにぶつけている。
これは八つ当たりだ。
「友達や大切や普段は言うとるのに、クラインが目ぇ覚まさん、昏睡しとるちゅーのに、敵討ちの一つもしようとせーへんし、表情一つ変えへん。もしかして、マリやんにとっての大切ちゅーのは、その程度の事やったん?」
「レオ!お前!」
「いいよ、グリンダ」
立ち上がって、レオに掴みかかろうとしたグリンダよりも早く、ボクは椅子から降りて静止する。大切な人が傷つけられて、苦しんでいるのに自分には何もしてあげられない。それはとても辛い。
ボクの大切な人に、お母さんに、メルに、皆に、もしも起こって同じ状況に追い込まれたら、ボクだって同じように苛立って、誰かに八つ当たりをしてしまうと思う、だからレオの気持ちは良く分かるし理解も出来る。
だから!!
「頭に来てるのが自分だけだって思うな!!ボクだって!オレだって!クライン君を傷つけた奴を、今すぐにでも報いを受けさせたいさ!」
同じように無力感に襲われている人の気持ちを、汲み取らずに八つ当たりをしたレオに、ボクは同じように八つ当たりをする。胸倉を両腕で掴んで壁にレオを押し付ける。
体格差とかは魔法で補って、いくらレオが素の力でボクより上でも、魔法を使えばボクの方がずっと力が強いのだ。
「だけどレオ、そうしたらどうなるか分かるよね?犯人は分からない、姿形も手段も分からない、透明人間のような相手だよ?」
「……分かっとるわ、魔女狩りや…疑わしきは罰せよ、悪魔でも聖書を読み上げる言うて、歯止めが利かんようになる」
「なら、敵討ちよりも、事件の解決は警察に任せて、ボク達はボク達の出来る事をしよう」
「せやけど、うちにはしてやれることが分からへん、何もしてやらへんのや……」
ボクの指摘にレオは目を逸らし、そして自分の抱えている無力感を吐露し、今まで抑え込んでいた感情の堰が崩れて涙を流す。
レオにとって、クライン君はよく喧嘩し合う、本音と本音をぶつけ合える親友だ。そんな大切な親友に何もしてあげれない、ただ祈る事しか出来ない無力感。それに押し潰されない様に、耐える為にレオはボクに当たるしかなかった。
人のことを言えるわけではないけど、レオは不器用だ。
素直に自分の本心をさらけ出せない、そういう環境で生前は育ったのだと思う、ボクも同じだった、きっと同じ痛みを耐えて生きて来た。だからボクは泣き崩れたレオを抱きしめて、受け止める。
大丈夫、そういう弱い所がっても良い、ちゃんと受け止めるという思いを込めて……。




