43話 事態は混迷を極め……Ⅰ
クライン君が何者かに襲われて、学生区の商店通りの入り組んだ路地裏で見つかったのは、週の始めの月曜日。前日の夜にクライン君が人に会って来ると外出したッきり戻らず、心配したラディーチェ君がアルフォード先生に相談。
それでアルフォード先生が中心になって捜索して、倒れているクライン君を発見。
すぐに学生区の外にある、大きな病院へ搬送されて治療を受けたのだけど、一向に意識が戻る気配は無く、だけど目立った外傷は無くて、どうして昏睡しているのか?病院のお医者様は、皆目見当がつかないと言っていた。
ラディーチェ君からその事を聞いたボクやメル、グリンダやレオはすぐに病院へ駆けつけたけど、容態が容態だけに面会は出来ず、少しだけなら様態を聞く事が出来てその事だけは分かったけれど、安心するにはとても足りなくかった。
特にレオは治療にあたってくれているお医者様に掴みかかってしまう程に、酷く狼狽してしまい、宥めるのがとても大変で、最終的にダンテスさんの当身を受けて強制的に病院を後にし、面会はクライン君の様態が安定してからとなった。
最初は皆、大丈夫、すぐに目を覚ますと思っていた。
いや、信じたかった。
現実はボク達の願いをあざ笑うように悪い方向へと向かっていく。
一週間が経ってもクライン君の意識は戻らなかった。
何をしても反応を示さない昏睡状態、でも原因は不明。
治癒魔法を使える人が連日、魔法による治療を試みているけど、容態がこれ以上悪化するのを防ぐのでやっと。エドゥアルド殿下が王都にいるサラさんへ助けを求めてくれたけれど、どんなに急いでもサラさんが来るにはまだまだ時間がいる。
どうにかそれまで、容態がこれ以上悪くならないように皆で出来る事をやろう、そう決めた頃、学園側が警察の介入を学生区で起こった事件だからと言って、拒んでいる事が公になり、それが新たな対立を生み出す。
クライン君を襲った犯人を見つけた勢力が、今後の中等部の覇権を握るという対立。
ようやく中等部が一丸となってという空気を、全て台無しにする争いが生まれ、まるで示し合わせたように奇妙な噂まで広まり始める。
それは事件は、イリアンソス学園に古くからある秘密倶楽部が起こしたのだという噂。
秘密倶楽部、イリアンソス学園が始まると同時に産声を上げたという、当時の世相では異端とされたり、忌避されたりする趣味を持った学生が、秘密裏に同好の志と共に設立したという学園非公認の倶楽部。
アルフォード先生が言うには余程の、カルト的な側面を持たない事柄だけに絞って伝統的に黙認されていたらしいのだけど、コンラッド理事長に代わってからは非公認の倶楽部活動を全面的に禁止し、取り締まりを始めて殆どの倶楽部は、アルフォード先生の把握している限りだともう片手で数えられる程度にしか残っていないらしい。
話をかいつまんで聞くと、確かに怪しいと言えば怪しい…だけど、その人達がこんな事件を引き起こしても何の得もない。
だから無関係だと、アルフォード先生は言っていたしボクも同じ意見、ただしそれは全体で言えば少数派で殆どの生徒が……。
「全員、集まったね?それじゃあ対策会議を開く」
図書館の一角に、中等部の王統派の主要なメンバー。
主に上級生達とオズワルド殿下、それとボクやメル、レオとグリンダが集まっている。
議題は秘密倶楽部摘発の為にどうすればいいのか?という内容。
誰もが使命感に満ちた眼差しで、今までメルが立ち上がるまでまともに動こうともしなかった人達が主体となって、とても嫌な言い方だけど、日和見を決めていたオズワルド殿下が発起人となって、同じような事をしていた人達が集まって、この作戦会議は開かれるようになった。
それも噂が広まるよりも早く、不透明で何をしているか分からない秘密倶楽部が怪しいと、オズワルド殿下が王統派の発言力のある人達と、冷静さを失っているレオに声をかけて回って、だ。
「現状、貴族派やバラバラな革新派も秘密倶楽部がどこを拠点にしているのか、掴めていないと見ていいだろう。こっちも探せる限り、都市全体を当たっているがそれらしい場所はまだ見つかっていない」
「こっちでも連日聞き込みを続けていますが、学生が集会を開いているような話は聞きません」
「私服だったら分からないさ、それよりも所有者が不明な建物が怪しいんじゃないか?」
主要メンバーなどとボクは称したけど、そう評するしかないというのもある。
今まではメルが先頭に立つまで誰も、立ち上がろうとしてこなかった。
現状が変わるとしれっとした顔で、上級生だという事を理由に、さも王統派の中心人物だと言わんばかりに、集まったこの名前を覚える気にもなれない上級生達。ボクもメルも、グリンダも、参加するつもりは毛頭なかった。
でも、レオは違った。
クライン君を襲った犯人を許さないと、冷静さを失って参加すると言い出し現在に至る。
本当だったら、今やるべき事は自衛だ。
一人行動を可能な限り避けて、昼間でも人通りの少ない場所には近づかない。
それと警察の人達に見回りをしてもらう。
するべき事は決して犯人探しじゃない。
ただ学園が学生区で起きた事件だから、学園で処理すると警察の介入を拒否。頼みの学園が雇用してい、警備員は、旧ルッツフェーロ商会系という事もあり頼りには出来ない。許可証もない人が普通に学生区に立ち入るのを、平然と黙認しているからだ。
学園側は頼りに出来ない、だけど警察は高度に自治を、王国から許可されている学園に立ち入る事が出来ない。
犯人探しという流れは、こういった現状が原因なのだけど、それはともすると、魔女狩りに繋がる。疑わしいのは誰だ?疑わしいから犯人なのではないか?という猜疑心が心に宿れば、怪しきは罰せよという結論に至ってしまう。
ボクは、本心ではこの場の人達全員に、今すぐ止めるように言いたいけど、さっきから殺気立っているレオもだけど、きっと届きはしない。
一方は正義感や使命感から、もう一方は友人を傷つけた者を許さないという思いから。
せめて、取り返しのつかない事にならないように、ボク達がブレーキ役になるしかないと、メルは渋々参加を承諾した。
実際は失策だけど、レオを一人だけにする訳には行かない。
「逐一面倒に考えんと、怪しい所は片っ端から当たればええやん?オズワルド先輩は王族なんやろ?権限でも何でも、使えるもんは全部つこーてしまえばええやん」
今一番、我を忘れているレオを一人にするのは絶対に出来ない。
それにしても…何時も冷静に全体を見ているレオがここまで感情に飲まれるなんて、人生経験も一番長いのに……クライン君とレオは、よく口喧嘩してるけど仲は良かった。
「いけませんわレオさん、そんなことをしてしまったら、犯人に利するだけ。計画的に調査をして、ここと決めて初めて大きく動くべきですの、拙速は厳に慎むべきですわ」
「せやかて、もう二週間やで?クラインやられてもう二週間や!その間にうちらは何かやれたんか?何も出来てへんやろ!こないにちんたらしとったら、また誰か襲われるで!」
「落ち着けレオ、メルに当たってもしかたないだろ?」
グリンダに諫められたレオだったけど、不服そうに腕組をしてそっぽ向いてしまう。
嫌な空気だし、流れだ。
冷静になろう、当然のような正論も異論として反感を買ってしまうのだろう。
それでもボクが!言うべきことは言わないといけないのだ!
「それよりも時間がだいぶ遅くなったから、今日はもう解散しよう。それでいいよねオズワルド殿下?今は犯人探しに熱中するよりも、自衛が優先。ボクも、ここにいる皆も素人、下手な犯人探しは冤罪を生むだけだ」
「それを防ぐ為の作戦会議だ、一日でも早く犯人を捕まえる為の作戦会議は必要だろう?」
「オズワルド殿下、今は自衛が優先です。集団行動を基本に、人通りの少ない場所に近づかないを意識してください。シャトノワで起こった事件も、一人で行動していた人達が襲われました」
「だがアル――――」
「オズワルド殿下」
「……」
こっちは、ボク達は友達を傷つけられた、それでも最悪の事態にならないように冷静に動こうとしている、それを妨げる部外者。と、意識をしてしまった所為か、うっかりオズワルド殿下を強く睨みつけてしまった。
その所為か、周りの人達も沈黙してしまっている。
「それでは皆様、解散ですの。薄明りはとても危険、集団で行動しているからと言って油断せず、自室に戻るまで気を抜かずに行動してくださいまし?」
ここでメルが話は終わりと、お開きの言葉を断言して、この日の作戦会議は終了する。
上手く進展を妨げた…けど、レオの苛立ちはより一層、強まってしまった。




