41話 さあ、戦おうⅣ
本当だったなら、夏休み明けに学園側がしでかす筈だった失態を、三学期の幕開けと共に出迎える事が出来たからなのか、今朝のメルは上機嫌で今日も色んな人達と交流を重ねて着実に一歩ずつ裏工作を進めていた。
グリンダやレオもそんなメルと一緒に裏工作を、最初の詰めの一手を打つ為の準備に勤しんでいる中、ボクは…ボクだって時には一人になりたい時がある。
というのも戦う、そう決めた。決めたのにどうやってセドリック殿下を止めたらいいのか?それがまったく分からなくて、また思考の迷路に陥ってしまっている。でも前みたいな醜態は見せていない。
理由は簡単、落ち込んだり、考えがまとまらない時は美味しい物を食べて、気持ちを切り替えるのが一番!そして今は美味しい物でイリアンソスは溢れている!!なので今日は授業を抜け出して少し早めお昼。
これがボクの気分転換なのだ。
正門をこっそりと出たところからでも聞こえる、キッチンカーを目当てに集まっている人達のガヤガヤという喧騒の声。連日、都市や王都のルイン・タイムズまで記事として取り上げているから、今ではイリアンソスで一番熱い場所となっている。
幸いにもソルフィア王国の人は日本人のように、綺麗に列に並んで順番を待てる人が多いから、よくテレビで目にしていたのような混乱は起きていない。だからボクでも安心してその人ごみの中に入っていける。
いけるけど…気を抜くと肘とかが顔を掠めるから、油断は出来ない。だけどこれでも執事道を習う身、これくらいの人ごみで不意打ちを受けるなんて失態は犯さない!
ゆっくりと列は前へと進んで行き、並び始めて体感だとそれなりの時間。実際にはたぶん…20分くらいでボクの番!さあ、頼むぞ、それも最近になって導入された裏メニュー!一定以上の大きさの南部風ホットドッグを複数個食べた人だけが頼める裏メニューを!
「士官科学生向けの特製南部風ホットドッグを三つください!…あれ?」
「士官科学生向けの特製南部風ホットドッグという裏メニューを頼む…ん?」
おや順番抜かし…じゃなくて、普通に前にいたボクに気が付かなかっただけみた………セドリック殿下?何でここにいるんだろう?だけど彼は背が高いから、気づかなかったのは仕方が無い。なので順番抜かしにはカウントしないでおこう。
「君は…サボりとは感心しないな」
「それはお互い様です、殿下だって裏メニューを頼めるくらい通ってるじゃないですか」
「う……」
どうやら常習犯のようだ。
だけど気持ちはすごく分かる。学園でごはんを食べるならマリーのパン屋かフォートナムの二択、食堂は…論外。幸いにもその二択はとても美味しい、美味しいけど時には、週に一度か二度は違うのが食べたい。
ましてや目の前でこんなにも美味しくて、少し普通とは違う料理を提供してくれるキッチンカーがあったのなら、授業を抜け出して来てしまうのは仕方が無い事だ。
実際にちらほらと、ボク達以外の学生が列に並んでいる。
恥ずかしそうに顔を赤らめるセドリック殿下と一緒に、注文した裏メニュー、士官科学生向けの特製南部風ホットドッグを受け取って、何というか流れでボクはセドリック殿下と一緒に、近くのベンチに座る。
一応、対立している者同士だから若干、気まずい空気だけどそれはそれとして、冷めないうちに食べないと!
この長い名前の裏メニュー、内容はこん棒のように大きいソーセージをこれまた大きなパンで挟んで、上からひき肉たっぷりのピリ辛なチリソースのようなソースと、さらにそれらを覆い尽くすチーズソースをかけたボリューム満点のホットドッグ。
冷めたらチーズが固まって美味しさが半減してしまう、だから色々と話したい事は食べた後、ではまずは一口…美味しい!
舌を駆け巡るピリッとした辛みを優しく包み込むチーズソース!溢れる肉汁!何度食べてもやっぱり、感動する美味しさ。それに士官科の先輩方の『もっと量が食べたい!』という要望で生まれた裏メニューだけあって、三つ全部食べ切る頃にはボクのお腹も、心地よい充足感に包まれている。
「一つ、失礼な質問をしてもいいか?」
「いいですよ?」
食べ終わったセドリック殿下は、何故かボクを見つめながらそう聞いて来た。
失礼な質問…どんな質問をするんだろう?
「あの大の大人でも、一つだけ満腹になる大きさを三つ、その小さな体のどこに入るんだ?」
「ボクは普通の人の倍以上の魔力があるからたくさん食べるんだよ。これでもお腹八分目、食べ過ぎにはいつも注意しているんだ」
「いやいやいやいやいや、普通に、いやいやいや、いくら魔力の総量が常人を越えていてもそれは食べ過ぎじゃないか?明らかに体積以上だぞ」
だぞ、と言われても実際に食べてしまうのだ。
お母さんだってすごくよく食べる、明らかに物理の法則や質量保存の法則とか度外視した量をぺろりと食べてしまう。そしてとてもスタイルが良い、ボクの把握している限り常に体型を維持している。
ボクもちゃんと維持している、だけどセドリック殿下は納得が出来ないという顔のままだ。そんなに不思議かな?レオだってよく食べるのに。
あと…今日はシャンとしている。
何と言うか時折、正体を失っている時がある。
ボクがそう思っているとセドリック殿下はボクを真っすぐ見て、意を決したように口を開き、
「俺は、今回の事で学園側を、理事長を支持しない。むしろ君達と対立しようとしている者を説得して、協力体制を築けるようにしようと思っている」
とボクに告げた。
それは…嬉しい提案だけど、今までの方針を、路線を完全に変える事だ、どうしてそんな提案を急に?
「不思議に思うのも当然だ。あれだけ全面的に対立していたからな、だが今回の事は、黙ってはいられない。理事長は俺との約定を破った、だから彼には責任を全うしてもらう」
「責任?」
「ああ、上に立つ者の最大の役割は責任を負う事だ。言った言葉、誓った言葉、何より自分に従う者達の為に、責任を負いそして果たす、だが彼は生活面で改善すると誓ったが守らなかった」
「だから、責任を果たさせる。その為に王統派と協力するって事?」
「そうだ」
しっかりとした目でセドリック殿下は言い切った。
「貴族とは責任を負い、自らそうあれかしと律する事によってその正当性を示すことが出来る。それは上に立つ者にも当てはまる、出来ないのなら上に立つ資格はない。俺が彼を支持するのは、思想に共感しているからじゃない」
「じゃあ何で、貴族派を率いているの?」
「それは……」
貴族派は積極的に理事長を支持している。彼の運営方針は…正直に言うと何がしたいのかよく分からない。本来のイリアンソス学園は門は狭い、限られた選ばれた者だけが入学することが出来る、ソルフィア王国随一の難関校だった。
理事長は門を広くして、今まで通れなかった人を通れるようにした。理由はより多くの生徒を迎え入れて育てる為、それと家柄や出身による格差の是正も同時に謳っている…わりには貴族階級を必要以上に、特に南部連合出身者を厚遇している。
結果は三勢力に分かれての対立、コンラッド理事長が就任してから入学した者の多い中等部は、学園の火薬庫状態。
そんな理事長を支持する貴族派の旗振り役を、何でしているのか?
ボクは彼を止めたい。
どうしてなのか、はっきりと言えないけれど間違っていると確信できるから。彼が抱いていた思いを、はっきりとは知らないけれど、あの日ラフタ灯台で見た彼の目はもっと、真っすぐで綺麗だった。
今は違う。
時折、彼が正体を失くしている、そう思える時に限って漂うあの臭い。
ボクは彼を止める為に、シャンとしている今だからこそ聞きたい。
「何で理事長を支持するのか?何で貴族派を率いるのか?何より…君が何をしたいのか?それを教えて欲しい。提案をメルに伝えるかは、それを聞いてから決める」
この作品が韓国語訳されて転載されているらしいのですが、無許可かつ無断でおこなわれたものです。
ただどう抗議したらいいのか分からずお手上げ状態なだけで、出来るのなら今すぐに削除してほしいのが本音です。




