40話 さあ、戦おうⅢ
ピッツァ職人さんたちの同意を得たなら一段落…にはまだ早くてここからが大忙しだ!
メルとアンリさんは、旦那様とシャーリーさんから追加の融資を得る為に企画書を作ったり、断られた時に備えて銀行から融資をしてもらう準備と、追加の自動車の確保で手一杯。
なのでそれ以外のやっておかなければいけない事は、グリンダとレオに協力してもらいながら、ボク達で進めないといけないのだ。
まずは都市役所に営業許可を貰う為の追加申請、と同時に次に具体的にどのような営業をするのかの説明。さらに前例の無い事だから各関係窓口全てに追加申請と説明。
そして許可が下りるまで連日、ピッツァ職人さんたちと、どんなピザやピッツァを取り扱いのか?提供する際の大きさや出来上がり時間を何分以内に収めるか?といった打ち合わせ。
許可が下りると今度は研修。
繰り返しになるけどキッチンカーはソルフィア王国で前例の無い事業だ。なのでお役所さんの目は何時も、普段の倍以上に厳しく過敏なのだ。些細な『このくらいで十分だろう』という、いつも通りの行動が即決自分の首を絞める結果に繋がってしまう。
衛生管理に関しては神経質に取り組まないといけないのだ!
なのでキッチンカーを任せられる店主さんたちへの衛生管理に関する研修はボクが担当する。ふふふ、これでもボクはメイドの道を歩む者。衛生管理には一家言あると自負している。
他のキッチンカーの店主さんたちも一緒にメイド道における掃除の基本の所作や心構えを踏まえて、徹底した衛生管理の指導を行い。冬休みも中頃を過ぎたあたりでようやくキッチンカーが全台揃うと今度はギルガメッシュ商会の従業員さんをお客さんに見立てての予行演習。
紙の上での計画を実際にやってみるとどういう不都合な事が起こるのか?
洗い出しを何度も何度も入念に行って、ようやくこの日を迎えた。
♦♦♦♦
「おーいこっちやで!」
「二人共!もう始まっているぞ!」
少し離れた所へ車を停めたから、正門前の広場に到着するのが遅れてしまった。
先に現地で待っていたグリンダとレオの二人は、ボクとメルの姿が見えるとこっちだと手を振って教えてくれる。
どうやら準備を終えたキッチンカーから順に開店したみたいで、既に事前の宣伝を聞いた人や噂を聞きつけた人が、各キッチンカーの前に長蛇の列を築いていた。
漂う美味しそうな、お腹が空いていたら立ち止まるどころか速足で向かってしまいそう香りが漂っているから、偶然近くを通りかかった人もその列の中に加わっている。
「どうやら初日から大盛況みたいですわ」
「うん、それにどのキッチンカーも問題なくお客さんをさばけてる。勢いに飲まれてもいないみたいだ」
「そりゃあ当然やで!事前に士官科の、飢えた上級生を相手に予行演習をやったんやで?それに比べたら、こんなんお行儀のええ列や!」
「ああ、ただこっちは今日一日手伝うつもりだったから、若干肩透かしをくらった気分だ」
マリーのパン屋やフォートナムの時と比べると、かつては大勢の学生を相手に連日の奮闘を繰り広げて来た、その道の超一流にして熟達者の集まりだから、押し寄せる人の波を物ともせず次々とさばいて行く。
ボクもグリンダもかつてはお店に立っていたから、純粋に凄いと思うと同時に手伝うつもりだったから物足りなさを感じてしまう。レオは今すぐ列に並びたいみたいだし、メルはメルで色々と大変だったから、薄く化粧をして隠しているけれど目に隈が出来てしまっている。
…うん、純粋に楽しむ側に回るのも時には。ここ最近、ずっと奮闘に次ぐ奮闘だったから丁度よい骨休みだ。
するとまずはどこから並ぼう?
一番人気は言うまでもなくピザとピッツァのキッチンカー。
かつての学生区で店を構えている、というのは日本で言う所の銀座に店を構えている。と同じ事だから事前に告知を聞いていた人達は、真っ先にそこへ並んでいるし、ピザという普通と違う見た目のピッツァを、美味しそうに食べている姿を見て気になり集まった人達も合わさって凄い列だ。
他のキッチンカーは?
それもまた軒並み大盛況。
今流行の西部料理のキッチンカーはもちろん、それ以外の『西部料理』と『メイド風』などでゴリ押ししている、異世界由来の料理を取り扱うキッチンカーも大盛況だ。
ソルフィア王国で食べれているクレープは、基本的に日本のような形式ではないから、受け入れられるか心配だったけど、手に持って食べ歩けるという手軽さと、見た目の華やかさもあって逆に斬新だと受け入れてもらえたみたいだ。
「あれやな~甘い物より塩っ気がええな~」
「そうですわね…でしたら私はホットドッグが食べてみたいですわ。普通のは食べた事はありますが、あの南部風というのはありませんの」
「そうなん?せなら今日はホットドッグの食べ比べやな!」
シャトノワ領は西部から遠く離れているから、西部料理は殆ど伝わっていない。淑女の休日で提供する事はあるけど、一般にはそこまで広まっていないからメルは興奮を抑えられないという感じだ。
普通のトマトケチャップやマスタードをかけたのは、何度か食べた事はあるけど広まるに連れて生まれて行った、各地の特色を盛り込んだホットドッグをメルは食べた事が無い。
というのもメルは終始、銀行や都市役所などを回っていキッチンカーで取り扱う料理の味見には殆ど参加できずにいた。
なのでチリドッグに似た南部風も、具材を山盛りに載せたシカゴ風に似たホットドッグも、広まっていく段階で各地の特色や名産品を盛り込んだ風変わりな、例えば鹿肉のソーセージを使ったホットドッグも食べた事が無い。なら、レオの提案通り今日はホットドッグの食べ比べだ!
だけど人が大勢来ているから、一件ずつ回るのは時間が掛かってしまう。
ここは分散して並んだ方がいい。
「それでしたら、私とレオさん、アルベールとグリさんという組み合わせで並びましょう。お二人共ホットドッグの本場から来た方々ですし」
「そうだな、その組み合わせならこの人ごみでも見失う心配もない」
……うん、まあ、自覚はしてるけどやっぱり指摘されると凹んでしまう。
入学してから今日に至るまで、ボクの身長は1ミリも伸びていないのだ。
それどころかボクと同じように小柄に分類されるメルに、さらに差をつけられてしまった。だから人ごみの中に入るとボクはすぐに見えなくなってしまう、汽車の乗り降りとかとても大変なのだ。
あとこの組み合わせなら、何が起こっても対処できる組み合わせでもある。
「そんじゃ買い込んだらお二人さんが車止めとる場所に集合やな!そこなら人ごみを気にせんで食べられるし」
「うん、それじゃあメルをよろしくねレオ」
「任せとき!んでそっちはグリをよろしゅーなー!」
よし、それじゃあまずは南部風から回って行こう。
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こうして初日かあ滑り出しは上々で、売り上げも当初の目算を大きく上回る結果となった。それから三日間は全キッチンカーが一か所に集まって販売、それから日替わりでイリアンソス各地の広場や、出店の許可を取っている場所で移動販売を続けた。
新聞でも大々的に報じられて、大きな話題を呼び、そして当初の予定通り早めに帰省した学生達が徐々に戻って来た友人に教えて広まり、三学期が始まると多くの学生がキッチンカーを求めて学生区の外へと足を延ばす事態となる。
するとついに学園側は迂闊にも『学生達の休憩時間に重なるのは迷惑!学生を危険にさらす行為だ!』と抗議をしたのだ。
なので計画通りにさっと休憩時間に微妙に重ならないように出店すると、あと一歩の所で並べなかった学生達の不満は瞬く間に急上昇して行く。そして冬休みの間に修繕した筈の学生寮の設備が、不調を起こしたり故障するという事態が起こり始める。




